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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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第七章 追跡3

 スウェル・アルト(すうぇる・あると)は、鬼城貞継の友人として、彼を探しに遊郭までやって来た。
 露天を見つけては『貞継公に似た人』を聞いてまわる。
「貞継、知らない? 黒髪で、片目が隠れた人」
 露天商は首を振る。
 いつの間にか買っていたのは、ひょっとこのお面だった。
「スウェル、そんなんじゃ店の人もわからないだろ。といっても、俺たちも手がかりなしで捜査してるわけだが」
 ヴィオラ・コード(びおら・こーど)は、あんパン片手にスウェルにぴったりとはりついていた。
 遊郭などという危険な場所にスウェルが行くこと事態が彼にとって事件であり『ヤマ』なのだ。
「ああいう場所にはタチの悪い男がうようよしているんだろう!?貞継って奴に似た奴が現れ出した時期や場所を調べようか?」
 彼は張り込みにはあんパンが基本だと言って、ほおばっている。
 貞継を張っているのか、スウェルを張っているのか、もはやよくわからない。
「タチの悪い奴らは、俺様がそれとなーく相手してやるとしますか……っということで、登楼しない?」
 作曲者不明 『名もなき独奏曲』(さっきょくしゃふめい・なもなきどくそうきょく)はのんびり付き合っている。
 『名もなき独奏曲』は、遊郭そのものには興味があるようだ。
 ヴィオラは猛反対していたが、すべてはスウェルの鶴の一声だった。
「いこう、ムメイ。もしかしたら、貞継いる、かも? 遊郭って何する場所か、知らない、けど」
「はいはい、お嬢ちゃんの仰せのままに。貞継の兄さん……探しに行きましょ!」
 『名もなき独奏曲』はウキウキと茶屋への案内書を開いた。

卍卍卍


「……貞継公、何をされてるんです。こんなところで?」
 『八咫烏(やたがらす)』から情報を得ていた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は茶屋の座敷に上がりこみ、目の前の貞継公そっくりな男を見て絶句していた。
「その姿は一体……妹君の鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)も来てますよ」
 彼は英霊の諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)をマホロバ城へ残し、町奉行などを説得に当たらせていた。
 灯姫は頭巾を頭からかぶって顔を隠し、遊郭に貞継の確認のためやってきていた。
 それが鬼城家からの条件だった。
「おまえが貞継本人ならば、真意を問わねばならん」と、灯姫。
 しかし、貞継に似た男は、そんなことにも意に介さず、酒宴にて醜態を繰り広げている。
「んん? おー美人だにゃー。苦しゅうない、ちこう寄れ」
「姉に向かってその言い草はなんだ、貞継。貴様には、天誅を見舞いしてやらねばなるまいか!」
「……姉? そうか、姉か。やはり鬼城の血筋は争えんにゃー。そういえば昔、側室に入れた女に似てなくもないにゃー」
「黙れ、世迷言をいうか!」
 灯姫は長刀を構え、貞継に切りかかった。
 貞継は手にした杯を放り投げ、瞬時に刀を抜き、それを受け止めた。
「まだまだだにゃー。それではわしは切れんにゃー」
「貴様は一体……誰だ!?」
 愕然とする灯姫に、優斗が再び問う。
「あなたは誰なんです。鬼城の血縁者なんですか?」
「血縁……と、いえなくもないし、原因ともいえるし……」
 貞継はまた酒を舐めている。
 葦原明倫館影月 銀(かげつき・しろがね)が前に進み出て、頭を下げた。
「貴方が貞継様であり、何らかのご意思のもとここにおられるなら、俺はそれに従うまで……ですが?」
 彼女は剣の花嫁ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)とともに遊郭中を当たり、こうしてここまでたどり着いた。
「今、情勢が不安定な葦原藩において、マホロバで大切なお方は、扶桑の天子(てんし)様と前将軍貞継様だと思っている。お上に付き従うのは忍びとして当然のこと。どうかお力にならせてほしい」
「葦原藩か……葦原には随分世話になった。おかげで、二千五百年経っても続く、天下太平を築けたのだから……な」
 貞継は遠い目をしながら答える。
 どこかに思いを馳せているようだ。
 ミシェルが銀にそっと耳打ちする。
「ねえ、何かおかしいよ。この方も……ううん、この遊郭全体が……なにか変」
「おかしいって……将軍様をつかまえていうことか」
「だって、変なんだもん。なんだか……作りものみたい……」
 銀たちがひそひそと話している間、優斗は再度、貞継に確認していた。
「もう一度、お尋ねしますが、貴方は鬼城貞継様ではないのですね?」
「……うーん、それもまた否定できんにゃー」
「どっちなんです」
「この身体は借り物だし。だが貞継は知らんな、どこぞに消えてしまっておる」
「……消えた!?」


 そのとき、外から大きな悲鳴が聞こえた。
 ざわざわとした人の声が渦となり、うねりとなり、混乱の叫び声が聞こえる。
「あれは……龍……騎士!? こんなところに単騎で? どうやって!?」
 銀たちが驚くもの無理はない。
 その影は、遊郭に向かってゆっくりと天空から舞い降りてきたのである。
 龍の背から凛とした男の声が聞こえる。
「『影時間』に、『黄金の天秤』が示す方向に行けば、必ず会えると思っていた」
 男はそう言って、眼下を見下ろしていた。
「いや、『鬼』が呼び合ったのですかな?
初代マホロバ将軍――鬼城 貞康(きじょう・さだやす)公!」

「貞康? 貞康ってあの……?!」
 その場にいたものの視線を一斉に浴び、貞継――いや、貞康はゆらり立ち上がった。
 『宗近』の鞘から刀を抜く。
「無茶をするにゃー。東雲は幕府のお膝元ちゅうのに……」
「そちらこそ、マホロバがいつまでも鬼のものだと思わないことだ」
 しかし、龍騎士は身を翻し、ティファニーに向かって手を伸ばした。
「胡蝶、私と来い」
「……!?」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)が両手を広げて間に立つ。
「ちょっと待ちや! 彼女は俺が……俺達が身請けしたんや!」
「いくらだ」
「は?」
「いくらでも持っていけ」
 正識は天空から金をばらいまいた。
 遊女や芸者、太鼓もちが歓声をあげながらこぞって拾っている。
「ティファニーちゃん!」
 龍騎士は槍の柄で社をはね飛ばすと、ティファニーの手を強引に引き、龍の背に乗せた。
「私はエリュシオン帝国第四龍騎士団団長、正識(せしる)。そして瑞穂藩藩主として、諸悪の根源であるマホロバ幕府の倒幕を、ここに宣言する!」
 正識はそう叫び、龍は急上昇した。
 ティファニーは申し訳なさそうに振り向き、社を見る。
「ティファニーちゃん……どうして……?!」
「ゴメンナサイ……姐サンが……暁仄姐サンが……」
 彼女の声は龍の姿とともに遠ざかっていった。


 程なく、第四龍騎士団による一斉侵攻が始まる。
 誰もが遠い春を感じていた――