|
|
リアクション
呪われた手紙を届けましょ(1)
「あ〜、くそっ」
手紙を受け取った直後から椎葉 諒(しいば・りょう)は機嫌が悪かった。なんだってこんな手紙をニルヴァーナまで運ばなければならないのか。
呪いがかけられた、とは聞いていたが、その手紙は意外にも普通だった。便箋も薄い桃色をしたシンプルなもので、それがまた実に落ち着いた面持ちで女性らしい。とてもとても吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)の想い人が窘めたものとは思えなかった。
と、まぁ手紙に関してはまだいい、問題は、最大の問題は―――
何故どうしてバイト明けにこんなことをしなければならないのか。
確かに福岡県出身の自分が序盤のランナーを務めれば効率は良いだろう、時間的にも余裕はないようだし。しかしだからといって何故に自分なのか。修羅の国を出身とする者は他にも星の数ほど居るだろうに。
……いや、言い過ぎた。星の数ほどは居ない。そんなには居ない。
「はぁ……」
『タイムウォーカー』に乗っているし、体は椎名 真(しいな・まこと)の物を使っているから別に疲労的なものは心配してはいないが。
「ん? 来たか?」
九州を抜けて山口県へと入ったときだった。なにやら全身が水に浮かんでいるような、それでいて何やら温かい。これは……この感覚は……。
手紙の呪いが諒にもたらしたもの、それは温泉に浸かっている時の快楽だった。
「おぉぅ。こいつは悪くねぇな」
都市高を使って行くよりもJRや長距離バスを使った方が速いとも思っていたが、この感覚を長く味わえるなら陸路も悪くない。
心もフヤケて動けなくなるまで諒はどうにか『タイムウォーカー』を駆らせて手紙を繋ぐのだった。
時間がないのなら、とにかくバイクで飛びましょう。
そう言ってレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)は『軍用バイク』で高速を飛ばしているのだが―――
「はふぅ……」
早くも呪いの効果が出始めていた。しかも快楽の内容はまさかのドンかぶり、温泉に浸かっている時の快楽だった。
しかし皆の者、ご存じだろうか。男性のそれと女性のそれでは得られる快感の度合いが違うという事を。
腰まわり、お腹まわりに、むっちり太股のまわり。女性のそうした箇所は実に冷えやすい、故に温かいお湯に浸かった時の開放感と安心感は男性が感じるそれの比ではないのだ。女性が長風呂である理由、その一因がここにある。
とは言ってもレジーヌは軍人、しかも少尉である。今日だって10名の部下を引き連れて任務に当たっている。もとより恥ずかしがり屋な一面を隠そうと、人前では余計に気丈に振る舞ってきた。
と、いうわけで―――
「はふぅ」
なんて無防備な声を漏らしたかと思えば、
「い、いけません、いけません」
と、瞳をキリッとさせるのだが……沸き上がる快楽にはやはり勝てずに、
「はへぇ」
とフニャフニャ、
「いえいえっ。なっ、なんでもありません」
とキリリと背筋を伸ばして……すぐにまたフニャリと―――
バイクに跨がったまま挙動不審に体を波打たせる上官の姿を間近に見て「こんな姿の少尉見たことがない……」と部下の一人が言ったそうな。
「ちょっと! 今のレジーヌは見ちゃダメー!」
パートナーで機晶姫であるエリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)が見かねて手紙を取り上げて『加速ブースター』を噴かしたが―――
「あ……あぅん」
すぐに快楽に負けて脱落した。彼女の快楽はくすぐったいマッサージを受けているような気分だそうだ。
彼女の様を見れば……レジーヌは非常に頑張ったんじゃないかな?
電車やバスといった手段を使えない理由がここにある!
「ぐふふ。いいわ、いいわぁ、イケるわぁ」
手紙を持っているわけではないのにティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)は興奮しっぱなしだった。手にした『デジタルビデオカメラ』で撮っているのはパートナーである清良川 エリス(きよらかわ・えりす)だ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
こないな時ぐらいしか力になれへんのやもん。そう意気込んでこのリレーに臨んだエリスは自分の足で手紙を運ぶことを選んだ。つまりマラソンである。もっとも京美人な彼女はこんな時でも着物姿ゆえに歩幅は異様に小さいのだが、それでも必死に額に汗して走っていた。
そんな彼女にも等しく快楽は訪れる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁんっ!!」
突然、ビクンっ! と体を跳ねるエリス。
「あんっ……もう……ヤメテぇな」
耳元を押さえて体をクネらせるエリス。ティアは「フホォ!!」と大興奮である。
必死に耐えながら再びにエリスは走り始めたが、耳元の次は背筋にキタようで―――
「あっ……ちょっ……いやぁ……」
「ハフォ……ハフォフォフォフォ……フフォフォフォフォフォ……」
走り続けている事に加えて、何度も体をクネらせた事で、エリスの身なりは、というより着物が程良くはだけ始めていた。そして密着撮影するティアは鼻血ダラダラだった。
分かって頂けただろうか。こうした「ラフ変態」な様を一般の方々に見せ続けるのは……やはり酷だろう。
小走り小町なエリスは力尽きるまで息を乱して走り続けたそうな。
「ラフ変態」なら許される? ならば「ガチ変態」はどうだろう。
答えは否! それでも望まれなくても変態は入場を果たすのだ。
「フゴーーーッフゴフォァーーーーーッッッ!!!」
クラスはラヴェイジャー、本質は変態。ドM変態酒杜 陽一(さかもり・よういち)が降臨した。
「フーーーーーフォォォオーーーー!!!」
歓喜の雄叫びに続いて、まっ裸の憂いを大空に叫んだ。もっとも黒縁眼鏡に海パンだけは装着しているのだが、それこそが彼の勝負下着。
「フリーレ! フリーレぇ!! フリーレ様ぁあ!!!」
「ええい近付くな! 卑しい豚め!!」
走路前方からフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)がご褒美を……いや『サンダーブラスト』を容赦なく放つ。もちろん変態は正面からそれを浴びに行く。
「フフフフフ……フフォフォフォフォー!!」
「近付くなと言っているであろう! 豚は豚らしくドブ底で汚らわしく啼いているがいい!!」
攻撃も口撃も悦びにしかならない。更なる快楽を受ける為に陽一は彼女を追いかける。
手紙は頑丈な箱に入れている。故に陽一が快楽を感じるのにかかった時間は通常よりもずっと遅いのだが……ご覧の通り、彼は別口から快楽を得ているわけでして。
耐性がある事も相成ってか、彼らはかなりの距離を稼いで運ぶことに成功した。
手紙の呪いが彼にどんな快楽をもたらしたのか、それは最後まで分からなかった。