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リアクション
第四章 ようこそ、わんこの楽園へ
<月への港・最下層・子犬たちの部屋>
と、そんなこんなで。
戦場をくぐり抜けた先にあったのは……楽園だった。
広い広い空間に、数えきれないほどの数の子犬たち。
集まってすやすやと寝息を立てている子もいれば、思い思いに走り回ったり、じゃれあったりしている子もいる。
その光景に、一同はしばし今の状況を忘れて幸せな気持ちになった。
「幸い、この近くまではまだ敵も来ていないようだし、戦闘の喧噪の影響も大きくないようだな」
子犬たちの無事を確認して、安堵の息をつくゲルバッキー。
「……なあ、これまさか普段は一人で世話してるのか?」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がそう尋ねると、ゲルバッキーは首を横に振った。
「いや、さすがに一人では手が回らないからな。防衛用の機晶姫の一部を子犬のお世話用に換装して転用していたのだ」
「……貴重な防衛戦力を使い回さないでください」
呆れながらツッコミを入れるエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)だったが、ゲルバッキーは華麗にそれをスルーする。
「ともあれ、その辺りはみんな防衛戦用に戻してしまった。とても手が足りんので手伝ってくれ」
もちろん、その言葉に異存のあろうはずもなく。
かくして、無数の子犬たちのお世話&ふれあいタイムが開始されたのであった。
「わあ、ゲルバッキーさんって光るわんわんなんだ! かっこいいー!」
そう言いながら、ゲルバッキーにぎゅっと抱きついたのは南天 葛(なんてん・かずら)。
そのまま幸せそうな顔でもふもふっとしている葛を、白銀の狼――ダイア・セレスタイト(だいあ・せれすたいと)が宥める。
「葛。ご挨拶は?」
「あ、はーいっ」
ダイアの言葉でようやくゲルバッキーから離れ、ぺこりと可愛らしくお辞儀をする葛。
「はじめまして、ゲルバッキーさん。ボクたちにもここのわんわんたちのお世話を手伝わせてください」
「ああ、ぜひよろしく頼む」
ゲルバッキーの返事を聞いて、葛はまた嬉しそうに笑った。
「よかったー! う゛ぁる、あれ持ってきて!」
「ずっと持ってるっての! つーか、ばかずら、本当にこんなに必要なのかよ!?」
そう悪態をつきながら、背中に背負っていた大きな風呂敷を降ろしたのはヴァルベリト・オブシディアン(う゛ぁるべりと・おびしでぃあん)。
風呂敷を開くと、ドッグフードやおやつ、ミルクや水などから、トイレシートにウェットティッシュ、タオルに毛布、そして子犬用のおもちゃが大量に出てくる。
「ったく、仕入れに結構かかったんだぞ、これ……」
なおも何やら言っているヴァルベリトだったが、葛の意識はすっかり子犬たちの方に向いている。
「これ、わんわんのごはんとか、少しでも役に立てるといいなって」
「そうか、ありがたく使わせてもらおう」
満足そうに頷くゲルバッキーと、ますます嬉しそうな葛、そして蚊帳の外なことにあぜんとするヴァルベリト。
「君たちになら安心してここを任せられる。私もできる限りのことはしなくてはならないからな」
「うん! いってらっしゃい、ゲルバッキーさん!」
次の場所へ向かうゲルバッキーを見送ると、葛たちは早速子犬たちの方に向かった。
「やあ、ゲルバッキーさん」
「ん?」
不意に名前を呼ばれて、ゲルバッキーは足を止めた。
「いえ、実はあなたに少々興味がありまして。『アルターゴゾ・ゲルバッキー・ムニューダー』さん」
そう呼び止めたのは、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)。
その後ろからひょっこり姿を現した賈思キョウ著 『斉民要術』(かしきょうちょ・せいみんようじゅつ)が、おもむろにゲルバッキーに近づくと、何度か背中をなでた後、いきなりその毛を引っこ抜いた。
「痛っ!」
「ふむ。痛い時は痛がる……か」
採取した毛をしまいつつ、ゲルバッキーの声などどこ吹く風でメモを取り始める斉民要術。
「全く、いきなり何をする?」
ゲルバッキーは不機嫌そうにそう言ったが、斉民要術は全く悪びれた様子もなくこう答える。
「え? 君達もやってるんでしょ、別の種族に? 一方的なのはフェアじゃないよね」
確かに、ポータラカ人の奇行を知る者に言わせれば、この程度で「何をする」などと言えた義理か、というのもあるのだが。
「斉民、それくらいでやめといてあげてよ」
弥十郎が助け船を出すと、斉民要術はあっさりと引き下がる。
「……で、何の用だ。見ての通り状況は切迫していて、私は忙しいのだが」
憮然とするゲルバッキーに、弥十郎は苦笑しながらこう尋ねた。
「では、長話ができる状況でもなさそうなので、一つだけ。何のつもりであんなメールを送ってきたんですか?」
「見ての通りだ。あのデヘペロを追い払うのにも、子犬たちの安全を確保するのにも人手がいる」
「それなら、正直にそう事情を説明して、救援を求めればよかったのでは?」
弥十郎の指摘に、ゲルバッキーは顔を伏せる。
「それでこれだけの人数が動いてくれたと思うか? またポータラカ人の言うことだし、と信じてくれなかった者の方が多いだろう」
「ああ、自覚はあるんですね」
斉民要術の鋭い一言に、ゲルバッキーは一度ため息をつく。
「それはそれで仕方のないことだとは思う。が、今回ばかりは『仕方のないこと』では済ませられないからな」
そんなかけ合いを、たまたま近くにいた司は聞くともなしに聞いていた。
いかにゲルバッキーが老獪……というのとは少し違うかもしれないが、「熟練の浅ましさ」を誇るといえど、それはあくまで言葉や謎の理屈といった彼らの土俵に相手を引き込めて初めて武器になる。
そう考えると、今回のデヘペロのように、はなから話し合う気がなく、すぐ暴力に訴えようとする相手というのは、彼等にとってはひどく相性の悪い相手だろう。
だとすれば、そんな相手をどうにかしなければならない状況に追い込まれた時、彼らははたしてどうするか。
答えは一つ、その脅威を何とかできるだけの力を持ち、かつ、自分たちの土俵に引きずり込んで動かせる相手――契約者を頼る以外にない。
まあ、もとよりわかりきっていた結論ではあるのだが。
「では、せっかく来たことですし、ワタシたちもお手伝いしましょう、斉民」
「そうですね」
結局、それだけ問いつめて満足したらしく、弥十郎たちも子犬の世話を手伝ってくれることになった。
相手が話の通じる契約者であれば、わりとこんなものなのだろう。
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