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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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【ニルヴァーナへの道】泣き叫ぶ子犬たち

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第三章 ああ、勘違い、勘違い 2

<月への港・B2F>

「まずいな」
「今度は何だよ?」
 ゲルバッキーの言葉に、王 大鋸(わん・だーじゅ)は不機嫌そうな声を上げた。
「敵が動いてきた。このルートをこのまま行くと、敵二体に遭遇する。かといって、今から戻っていては相当なタイムロスになるな」
「何だって!? ちっ、ふざけやがって!」
 苦々しげに吐き捨てる大鋸。
 この先で遭遇するデヘペロ弟が最後の二体ではない以上、こんなところで足止めをくうわけにはいかない。
 一刻も早く最深部に駆けつけ、子犬たちを守らなくては――そんな彼の内心が、度会 鈴鹿(わたらい・すずか)にははっきりと伝わってきていた。
 初対面の相手には見た目で誤解されることも多いが、本当は彼が誰より心優しい人物であることを彼女はよく知っている。
 だからこそ、こんなところで彼の邪魔をさせるわけにはいかなかった。
「大鋸さん! ここは私達に任せて、最深部へ急いで下さい!」
 追い抜きざまに彼にそう言いながら、列の先頭に躍り出る。
「鈴鹿!?」
「早くワンちゃん達を安心させてあげて下さいね」
 後ろから聞こえる驚いたような声に、一度だけ振り向き、にこりと笑ってみせる。
 ここで少しでも不安そうな様子を見せたら、彼は足を止めてしまいかねないから。
「ワンちゃんと王ちゃん……紛らわしいの」
 そんな冗談を言いながら、イルが彼女の後に続く。
「イル様……すみません。おつき合いいただけますか?」
「是非もなし、じゃ。全く、鈴鹿も大鋸殿もとんだお人よしじゃの」
 鈴鹿の声に一度小さく肩をすくめてから、相変わらずサクラコに抱えられたままのゲルバッキーをちらりと見る。
「『えーてぃーえむ』とまではいかずとも、戦いを少しでも楽にできる機械や装置でもなかろうか……のう?」
「防衛用の機晶姫は全て出撃しているし、建設用の重機までかり出しているが……ご覧の有様だ」
「やれやれ。聞いたわらわが愚かじゃったわ」

 そうこうしているうちに、目の前にデヘペロ弟の巨体が見えてくる。
「この横道は通れるんですね……私たちが気を引いている間に、皆さんは先へ!」
「鈴鹿……」
 不安も、恐怖も、全て隠し切ったはずなのに。
 やはり、心優しい彼には、その隠したはずの奥底も見えてしまうのだろうか。

 そうして足を止めかかった大鋸の背中を、緑の髪の少女が押す。
「ダーくん! ここはみんなの言葉に甘えよう!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。
「お、おう! すまねぇ、恩に着る!」
 横道へ駆け込む二人の様子を、少し複雑な思いで見送る。
 あだ名で呼べる関係が、どうしてか、少しだけ羨ましい。

 ……と、その時。
 パワードスーツ姿の二人組が、彼女の前で足を止めた。
「シャンバラ教導団中尉、叶 白竜(よう・ぱいろん)です。微力ながら、お手伝いさせていただきます」
「同じく、シャンバラ教導団の世 羅儀(せい・らぎ)、よろしく」
 律儀に敬礼をする二人に、鈴鹿は戦士の顔に戻って頷いた。
「ありがとうございます。皆さんのためにも、子犬たちのためにも……ここは食い止めましょう!」





 そもそも、今回の事件は不可思議なことが多すぎた。

 パラミタが、そしてポータラカが関わっている以上、「ありえないこと」などもはやない。
 それくらいはすでに重々承知しているが、それにしても、だ。

「一つ確かめたいことがあります。少し時間をいただけますか」
 鈴鹿たちにそう言って、白竜はデヘペロ弟の方に歩みを進めた。
 身構えるのではなく、あえて淡々と。
 だからこそ、デヘペロ弟たちの側で彼に気づいても、いきなり攻撃をしかけてくることはなかった。

「ペロロゥ? なんだ、テメェはァ?」
「君たちに、一つ尋ねたいことがあります」
 怪訝そうな顔をするデヘペロ弟たちに、白竜は自分の携帯電話を突きつけた。
 画面に映っているのは、あのメールに添付されていた子犬達の画像である。
「君たちは、この子たちをどうするつもりですか?」

 ブラッディ・ディバインが月への港を狙うこと自体は、まあ、わかる。
 だが、ここの最深部にいる子犬達を誘拐して、はたして何の得があるというのだろうか?
 むろん、何かこちらには理解しがたい深遠な目的があるという可能性もある。
 けれども、もし、そうでなければ――これが全て彼らの勘違いによるものであれば、説得して帰ってもらうことも可能なのではないだろうか。
 彼のその考えは――確かに、半分までは当たっていた。

「ペロロゥ? この子犬たちがどうかしたのかァ?」
 訝しげに答えるデヘペロ弟。
 シラを切るなどという高度な演技力を持ち合わせているとは到底思えない以上、これで子犬たちが目的でないことだけははっきりした。
「ここの最深部にいるのはこの子たちだけですよ? この子たちこそ、『ゲルバッキーが大切にしているもの』なんですから」
 白竜がそう続けると、デヘペロ弟たちは顔を見合わせ……やがて、大声でこう叫んだ。
「そんなハズはねェ! とぼけてもムダだからなァ!!」
「とぼけてなどいませんが……聞く耳持たず、ですか!」
 一気に後ろに飛んで距離をとりつつ、鈴鹿たちと合流する。
「連中を怒らせてどうするつもりじゃ?」
 呆れたように言うイルに、白竜は淡々とこう返した。
「それについてはこちらの失態ですが、危険に見合った価値のある情報は入手できました」
 そして、パワードスーツに内蔵されている通信機を用いて、ゲルバッキーを含めた仲間たちにこう報告したのだった。
「敵の狙いは子犬ではない、繰り返す、敵の狙いは子犬ではない!
 ただし、敵は最深部に『それ以外の何か』があると信じて疑っていない模様!」