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吸血鬼の恋、魔女の愛

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吸血鬼の恋、魔女の愛

リアクション


chapter.1 parts 


 人は何かを調べる時、主に2つの部位を使う。ひとつは自ら動き回り、調査を行うための足。もうひとつは、文献や資料などから情報を摂取するための頭だ。そう考えた時、今ここにいる数名の生徒たちは後者を優先的に使っていた。

 蒼空学園図書館。赤月 速人(あかつき・はやと)御槻 沙耶(みつき・さや)、そして剣の花嫁である彼女のパートナー嵩乃宮 美咲(たかのみや・みさき)が何冊もの本と格闘していた。
「どうだ、なんか吸血鬼と魔女に関係する資料とか見つかったか?」
 新しく数冊の本を抱えながら、速人が話しかける。
「いや、全然見つからへんわ。あの説話が載ってる本しか手がかりがないってどういうことやねん。そしてここに女が美咲しかおらへんのはどういうことやねん」
 むしろその発言がどういうことだよ、と思いながら速人はふたりを見る。一見とても魅力的な外見をしている沙耶と美咲だが、その豊満な体は男ではなく女のためにあるのだと言わんばかりのオーラを放っている。放っているが、そのオーラに食いつくのが女性かどうかはまた別問題だった。特に美咲の胸は相方の沙耶も軽くひくほどに豊かであり、女好きでなくても健全な男ならば視線を奪われて当然だった。どういうことだよ。速人は再びそう思った。言うまでもなく、彼女の胸に対して。

 そんな3人のいる部屋に入ってきたのは、羽入 勇(はにゅう・いさみ)と守護天使のパートナー、ラルフ・アンガー(らるふ・あんがー)だった。
「ダメだー、地図が見つかんないよー!」
 3人が説話に関する文献や資料を探している一方で、彼女はロウンチ島の地図を探していた。しかしやはり情報が少なく、発見できずにいた。
「お話が載っている本の方にも、島のことはあまり書いてませんでしたね」
 ラルフも残念そうに呟く。意気消沈するふたりと反対にテンションが上がったのは、沙耶だった。
「女の子おるやん! まあ、まだ発展途上ってとこやけど、これもアリやな」
 言うや否や、突然服を脱ごうとする沙耶。
「え、ちょっ、ちょっと何してんだよ沙耶さん!」
「何って、とりあえず女の子がおったら脱がな始まらへんやろ」
 慌てる速人を尻目に、沙耶は何の躊躇もなく服に手をかけた。
「いや、よく分かんねえし、俺ら説話の資料探しに来たんだろ?」
「ほー、それ言うんやったら、あんたの持っとるその本はなんや?」
 沙耶が速人の抱えている本の背表紙を指差した。そこにはおおよそ説話とは無関係なタイトルが並んでいた。
『美味しいパラミタの地酒100選』
『誰でもできる音痴解決法 明らかにうまくなっている!』
『TRAP9月号 この秋流行のマストトラップはこれ!』
「いや、これはほら、なんつーかおまけっていうかついでっていうか……」
「まあまあ、沙耶も速人さんもひとまず落ち着きましょう?」
 大きな胸を揺らしながら美咲が言う。速人から言わせればお前の胸がまず落ち着けよという話だが、美咲の言葉ももっともである。
「あ、あはは……なんか、すごい部屋に入っちゃったみたいだね、ラルフ」
「そのうち注意されなければ良いのですが……」
 完全にひき気味の勇は、ラルフに話を振る。
「それにしても、吸血鬼はどうして他の生き物を襲うようになっちゃったんだろう?」
「調べようにも、手がかりがありませんからねえ……」
「そのことなんやけどな、理由はどうあれ、とりあえず血があったら襲うのをやめると思うねん」
 沙耶が話に入ってくる。
「輸血パックとか、まあ最悪あたしの血あげたるわ」
「私も、差し上げられるのでしたら提供いたします」
 沙耶の意見に同意する美咲を見て、勇も同調した。
「そうだね! ボクも血をあげることにするよ!」
 しかし、それをパートナーのラルフは許さなかった。
「いけません! そんなことをして、ずっと与え続けるつもりですか?」
 珍しく険しい表情のラルフを見て、一瞬びくっとする勇。そんな彼女を見て、息をひとつ吐くとラルフはぽんと勇の頭に手を乗せた。
「すいません、つい声が大きくなってしまいましたね。けれど、分かってほしいのです。貴女を守る役目を奪わないでほしいということを」
「……うん、ありがとラルフ」
 ラルフの手の温もりを感じながら、勇は小さく告げた。
「なんやイチャイチャしとんなぁ」
「ふふ、微笑ましいですね」
 脱ぎかけた服を着なおしながら、沙耶と美咲が楽しそうに言葉を交わす。
「……居場所がねぇ」
 速人は普段自分を振り回しているパートナーが今日に限ってここにいないことを、軽く後悔したのだった。

 少しの時間の後、新たな入室者が現れた。瀬島 壮太(せじま・そうた)風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)風祭 隼人(かざまつり・はやと)の3人だ。優斗が力なく言葉を漏らす。
「例の説話が載っている本を出版しているところに問い合わせてみたんですが……やはり情報は得られませんでした。作者不明ということで、仕方ないといえば仕方ないのですが……」
 彼は出版社に問い合わせることで魔女に関する情報を聞き出し、あわよくばコンタクトをとろうと考えていたが、電話口から優斗の期待する答えは返ってこなかった。
「俺は吸血鬼側の情報を集めてきたぜ。島周辺の住民に色々聞いてみたんだが、まだ人は襲われてないようだったぜ。ただ、いつ襲われるか分からないって怯えてもいたけどな」
 優斗と瓜二つの双子、隼人が後に続いて言う。壮太がそれを聞き、言葉を足した。
「オレの方も色々聞いて回ったけど、同じく人間の被害者は出てねーみたいだな。ったく、ますます分かんねーぜ。なんだって吸血鬼は、わざわざ島から出てまで他の生き物を襲うのに、ターゲットを選んでんだ?」
 隼人や壮太は周辺住人への聞き込みを行っていた。しかし分かったことは断片的な情報だけで、やはり真実は島に行かないと分からないようだった。
その時、優斗の携帯が鳴る。
「もしもし、あ、テレサですか? そうですか、分かりました。では僕たちもそちらへ向かいます」
 電話を切り、優斗がその場にいた全員に話しかけた。
「もうそろそろロウンチ島へ行く船が出るそうです。私と隼人はそれに乗りますが、皆さんはどうされるんですか?」
「こっから先は、自分の足で確かめろ、ってことだな」
説話と直接関係はないが、吸血鬼や魔女に関する記述がある本を手に取り、速人が部屋の扉へ向かって歩き出す。
「できたら、吸血鬼をここに連れて帰りたいもんやな」
「魔女さんの方でなくてよろしいんですか?」
 冗談交じりに言葉を交わしながら、沙耶と美咲も続いた。
「ボクのカメラで真実を写し出して、事件を解決するんだ!」
「それはいいですけど、あまり写真に熱中しすぎないようにしましょうね」
 カメラを持つ勇と、それを見守るように後ろを歩くラルフ。
「よし、行くぜお前ら!」
 壮太が元気に声をあげ、扉を開ける。
 扉を開けてすぐ、一同の前に現れたのは図書館司書の柳川さつき先生だった。
「あなたたち、何を騒いでいるの? 図書館ではもう少し静かにしないとダメですよ」
 黒ブチ眼鏡をくい、とあげ、凛とした口調で言う柳川先生の雰囲気に圧倒された一同はすぐさま頭を下げた。中には雰囲気というかクールビューティーな先生の魅力に圧倒された者もいたが、もちろん柳川先生がそれに気付くことはなかった。



 蒼空学園からそう遠くない、小さな港。
 そこに着いた一行の中に優斗の姿を確認すると、彼のパートナーで剣の花嫁のテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)が顔を綻ばせた。
「ちょうど今から出航だそうです。さあ、私たちも乗りましょう!」
 すでに他の生徒たちは乗船を済ませており、後は図書館にいた一行が乗り込めば乗船完了である。定員が50名ほどの小さな船。その中にはもちろん、吸血鬼に会うために小谷 愛美(こたに・まなみ)とパートナーの守護天使、マリエル・デカトリース(まりえる・でかとりーす)も乗っていた。
「そろそろ出発かな?」
「あ、待ってマナ、あそこにもうひとり女の子がいるよ!」
 マリエルの言葉どおり、彼女の人差し指が示した先には、船に向かって走ってくるひとりの小さな女の子がいた。彼女はレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)。剣の花嫁だ。
「待ってくださーいっ! すいません、あたしも乗ります! 乗せてくださいっ!」
「大丈夫、ちゃんとみんな乗るまで待ってるよ! ていうか、すごい慌てようだね」
 船からレミに声をかける愛美。当の本人は船の前に着くと、膝をつき息を整えてから答えた。
「愛美先輩! いやその、実はあたしのパートナーが先に島に行っちゃって……だから、あたしも連れてってほしいんです!」
 それを聞いた愛美は笑顔でレミを船内へ招き入れる。
「レミちゃん、パートナーさんのことそんなに心配してるなんて、すっごいラブラブなんだね!」
「ちっ、違います愛美先輩! あたしはただ勝手に先走って迷惑かけてる彼を一発殴ってやりたいだけですっ!」
 慌てて否定するレミを見て、「ふ〜ん、そうなんだ〜」と言いながら愛美はにやにやしていた。

 やがて陸地と船の間に架かっていた橋がたたまれ、乗客確認が済んだ。
「よしっ、これでいよいよ出発だね!」
 愛美が元気よく声をあげると同時に、小型船は海へと出た。
「吸血鬼さんと会って、ちゃんと話が聞けるといいなあ」
 水平線と空が混ざった、青一面の世界を見ながら愛美が呟く。彼女の言葉を吸い込んだ空は、まだ太陽を頂上に浮かべてはいなかった。