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リアクション
御神楽 陽太(みかぐら・ようた)
環菜の好きなことなんだし、俺もビジネスは嫌いじゃないです。
でも、ビジネスの世界にどっぷりひたっている経営者の方の中には、あまりお近づきになりたくないタイプの人が多いのも事実で。
例えば、経営力を、手段を問わず、どれだけ稼いだかで判断するのは、やっぱり、どうかと思うし、企業としての業績は大事だけれども、そこで働く一人一人の方が自分と同じ感情のある、血の通った人間であることを忘れてしまったような話しぶりは聞いていて気分が悪くなってきます。
俺と環菜が鉄道ビジネスで成功するのが、かかわるすべての人にとってプラスになる形になればいいですね。
理想論かもしれませんが、経営者としての俺の信条はそれです。
先輩経営者のみなさんの前では、話してもいつも笑われてしまいますが、俺は真剣ですよ。
刑務所に突然、就職してしまったパートナーのノーンや、知り合いのくるとくんとあまねさんも気になって、俺は、コリィベルの運営団体「ゆりかごの揺らし手」に接触してみました。
今回は、探偵や捜査手伝いというのは表にださず、訪問の名目は企業の社長として、共同ビジネスの可能性を検討するための施設見学です。
予想はしていましたが、俺はコリィベルにきても、囚人にはほとんどあわせてもらえず、団体の重役と場違いな豪華な応接室でランチを共にし、彼の口から施設の崇高な目的についての話をえんえんと聞かされました。
「ですから、犯罪者自身の問題はひとまずおいておいて、彼、彼女らの周囲の人間の苦悩について考えていただきたいのです。
常軌を逸したものが一人いるだけで、周囲の人間がどれだけの被害をこうむるのでしょう。
それは、甘んじて受けなければならないものなのでしょうか?
家族だから、隣人だから、友人、クラスメイト、会社の同僚、たまたま道でスレ違ったから、無法者の身勝手な行為によって、平穏な生活を脅かされるのはしかたのないことのだと思われますか。
心身を傷つけられ、ヘタをしたら一生、ストレレスを感じ続けなければならないのは、逃れられない運命、宿命ですか?」
これまで、いろいろな人に何度も同じ話をしてきたらしく、彼は話し慣れた様子で、感情をたっぷり込めた口調で語りました。
「我々の答えは、もちろんNOです。
既存の司法制度では充分にケアできなかった、無法者の周囲にいる人々の苦しみを、恐怖を、我々はやわらげ、消し去ってさしあげるのです。合法的に」
「クサいものにフタと言うか、犯罪を犯した人たちから更生、再生の余地を奪ってしまうんじゃないんですか」
「国や家族から、途中で何度も救いの手がさしのべられたのにもかかわらず、自分でそこまで堕ちていったのですよ。連中は。
限度があるのです。なにごとにもね。
際限のない慈悲や終わりのないリトライなんて、この世には存在しません。
連中は、ある意味、コリィベルに収容されることで、ゴールにたどりついたと言えるのです。
ここから先、彼らにあるのは、死ですからね」
彼のどこか満足そうな表情に、俺は寒気をおぼえました。
「俺の知り合いでかわい維新という女の子がいるんですが、彼女は、一度、収容されたにもかかわらず、コリィベルから出所しました。
そういうケースは、まさか、彼女だけじゃないですよね」
「かわい、維新」
苦々しく、彼は、つぶやきます。
「あれは、御家族が違約金を払い、契約を解約して、ここを去ったのです。
かわい家の当主の麻美氏が、腹違いの妹をかわいそうがりましてね。
維新嬢が収監された頃にはまだ、麻美氏の病状がおもわしくなくて、事情がよくわかっていなかったそうなのです。
同じかわい家の歩不君の契約も解約されようとしたのですが、歩不君本人の要望もあって、彼はここに残りました」
「その歩不くんが、いまは所内で行方不明らしいですね」
一瞬、憎悪のこもった鋭い光がメガネの奥の彼の瞳にはしりました。
「私は関知しておりませんな。
現場レベルの日常的な出来事の一つ一つまでは、申し訳ありませんが、さすがに把握しておらぬのです。
こうみえて、私もそれなりに忙しいの立場なのですよ」
「囚人の行方不明事件などとるに足らない、とおっしゃるのですか」
「いえいえいえいえ。
私も、私の属するこの組織も人道主義なのです。
さきほども説明したように、そもそも罪のない多くの人々の生活を豊かにするための最終的な方策として、コリィベルを運営しているのでして。
ただ、現実として、コリィベルの日常は、囚人にとって過酷なものです。
自分自身も周囲の人間も、ためらいなく不幸にする輩が、集団生活を送っているのですからねぇ。
世間にある犯罪はすべてここでも起こります。
連中の頭の中に、共存共栄の文字はありません。
ですので、囚人が姿を消し、そのまま、永遠にいなくなってしまうことは、ここでは、ごく普通の情景なのです」
「人一人が死んでいるかもしれないのに、それで、終わりですか」
「フフフフフ。
コリィベルに収監された時点で連中は、公式には死人同様です。
かわい歩不。
たしか彼は、コリィベル内でも、特Aクラスの危険人物だったはず。
彼がどんな結末を迎えても、因果応報ではないのでしょうか」
運営がこうでは、維新ちゃんがくるとくんを頼るのもわかる気がしました。
ノーンは、こんなところで働いていて、大丈夫なのか。
「実は、俺のパートナーのノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)がここで見習いスタッフとして、お世話になっているようなのですが」
「はい。存じ上げておりますよ。
ですが、そのおっしゃり方は、正確ではありませんな」
からかうような言いように、少しいら立ちを感じます。
「ノーン嬢は、ここにはおられません。
彼女が配属されたのは、この刑務所ではないのです」
「意味がよくわからないんですが」
「あなたの専門でらっしゃられる設備投資と人員配置、人材育成の話ですよ。
御神楽 陽太社長。
率直に申し上げて、企業として我々、ゆりかごの揺らし手と、手を結んでいただきたいのです」
握手を求める格好で、右手をさしだし、彼は聞き取りにくいかすかな声で言い足しました。
「ノーン嬢のためにも」