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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第2回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第2回/全4回

リアクション



金剛突撃前


 バリケードに使われた机や椅子を撤去し、危険な溝や落とし穴も埋めたイリヤ分校で、ミツエ、曹操孫権劉備、そして張角は作戦会議を始めるべく適当なところに円になってしゃがみ込んでいた。
 と、そこに何やら食欲をそそる匂いが漂ってくる。
「これ……カレーライスの匂い?」
 ミツエが顔を上げるのを待っていたかのようなタイミングで、楽園探索機 フロンティーガー(らくえんたんさくき・ふろんてぃーがー)が作りたてのカレーライスを運んできた。
「ミツエ様、ずっと身を隠していてゆっくりお食事をなさる暇もなかったでしょう。元気のでるカレーライスなどいかがですかな?」
「いい匂いね……いただくわ」
「はい、召し上がれ」
「ありがとう」
「おぬしらもどうだ? フロンのカレーはうまいぞ」
 フロンティーガーの後に続いてカレーライスを運んできたドロシー・プライムリー(どろしー・ぷらいむりー)が声をかけると、孫権が真っ先に手を挙げた。
「ちょうど腹減ってたんだ。これから一戦やるってのに腹ペコじゃ力が出ないからな」
「ふふ、おかわりもあるぞ」
「いったいどうやって作ったんです? 校舎は壊されてしまったでしょう? 村人に厨房を借りたのですか?」
 カレーライスを受け取りながら疑問を口にする劉備へ、フロンティーガーは自慢気に答えた。
「調理器具と材料は持ち込みました。火はドロシー様の火術ですよ。これだけで充分です」
 劉備は感心したように唸った。
 フロンティーガーは張角にも勧めた。
「張角様もどうぞ。……何ともカレー好きそうな身形ですな」
「どういう意味だ?」
「いえ、こちらのことです」
 フロンティーガーは黄巾賊のシンボルでもある黄色い頭巾を指して言ったのだが、張角にはわからなかった。もし、『幸せの黄色いハンカチ』の話をしたら通じたかもしれない。砕音、いやラングレイに勧められてそれを見て、今の張角があるのだから。
 それはともかく、カレーを一口食べた張角は、カッと目を見開くと、
「辛い!」
 と、叫んだきりその後は何も言わずに凄い勢いでカレーをかき込み始めた。
 口に合ったのか合わなかったのかわからないが、フロンティーガーは前向きに受け止めることにした。
 カレーライスはまだまだ沢山あり、調理を手伝ったミナ・エロマ(みな・えろま)ミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)により次々と運ばれていった。
「これが噂の『乙カレー』ね! スパイスのきつさもおいしいじゃない。ただ辛いだけじゃないのが本物よね」
 気に入ったらしいミツエの賛辞に、フロンティーガーは今こそと本題を打ち明ける。
「ところでミツエ様、あなたもご存知のこのカレーの商品名ですが、名前に王朝名である『乙』が入っております」
「そうね」
「かまいませんか? つまり、僕は乙王朝の名付け親ですが、その名の使用権は王であるミツエ様にあるはずです。許可を得るのが筋かと思いまして」
「ああ、そういうこと」
 ミツエはいったん食べる手を止めると、フロンティーガーを見て答えた。
「いいわよ。この商品名は『乙カレー』。それと、あたしが国を手に入れたら、それがどこにあっても一等地にあなたが店を構えることを許可するわ」
「それを聞ければ満足です。では、これより僕はあなたの配下として兵の食事を担当しましょう」
「よろしくね」
 話を聞いていたドロシーが、よかったなと言うようにフロンティーガーの肩を叩いた。
「兵の中に店員として見所のありそうな奴が何人かいたぞ。黄巾賊に多かったのはさすがと言うかやはりと言うか……」
 抜け目ないドロシーであった。
 乙カレーを配るミナとミアは兵達に人気だった。誰だっていかつい兄ちゃんよりは、かわいい女の子に食事を運んでもらえるほうが嬉しいだろう。
 さらにミナはスタミナ巻きとすっぽんスープも作り、カレーの盆に添えていた。
「生徒会の皆さんは、こんなおいしいものは食べられませんわよね。この戦いに勝ったら、もっとおいしいものを作りますわよ」
 笑顔でそう言えば、兵の士気も上がっていく。
 それを聞いたミアは、金剛にいるだろう風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)を思った。
 ミアは彼のために愛情をたっぷりこめてお弁当を作っておいた。帰ってきたら一緒に食べるためだ。
 そんな健気な姿を一緒に料理しながら見ていたミナは、
「ちゃんと元気に戻って来ますわ。それでミアちゃんのお弁当においしいって言ってくれるに違いありませんわ」
 と、励ました。
 その言葉に少しは安心したのか、ミアは笑顔を浮かべた。

 作戦会議は乙カレーを食べつつ再開された。
 途中でレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)も加わり、出陣前に聖水がどうのだとかあれやこれやと積極的な意見交換なされる中、艶やかなツインテールを揺らしてアンジェラ・エル・ディアブロ(あんじぇら・えるでぃあぶろ)がやって来た。
「マミーから連絡よ」
 無愛想に告げるが、マミーが誰を指しているのかミツエ達は知らなかった。
 そんなことはどうでもよい、とアンジェラはミツエに持っていた携帯を突き出す。
 戸惑いながらも受け取ったミツエは、何通も送られているメールに気づいた。
「見ていいの?」
 尋ねるミツエに、頷きを返すアンジェラ。
 最初のメールを開いたミツエはその内容に息を呑んだ。
 彼女の様子に周りの者達も顔を寄せてくる。
「これは誰が?」
「マミー……ドルチェ・ドローレ」
 曹操の問いにアンジェラは質問の意を察して言い直した。
 前回そのまま金剛へ入ったドルチェ・ドローレ(どるちぇ・どろーれ)が、捕虜救出のために動くミツエ達のためにと収容所や武器が保管されているロッカールームへの道筋、その他重要そうな艦内の箇所を画像に簡単な説明をつけて送ってきてくれたのだ。特にロッカールームに関しては詳しく調べられていた。
 なお、鷹山剛次や捕虜の監視を命じられているメニエス・レイン(めにえす・れいん)の動向は詳細がわかりしだい追って送ると書かれていた。
 最後に、どういうわけかラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)だけは別室に入れられていることが付け加えられてあった。
「何としてでもこれに報いなければね」
 見つかったらタダではすまない危険を冒してまで情報をくれるドルチェに、ミツエは感謝と決意を込めて携帯を見つめた。
「ところでミツエ」
 今まで黙々と乙カレーを味わっていたイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が、からになった皿にスプーンを置いてミツエに話しかけた。
「このことはメル友に相談したのか? いつも親しく話してると思っていたのに、本当に大変な時に頼ってくれないなんて知ったら、そのメル友はショックだと思うぞ」
 ミツエは何かを思い出したように苦笑した。
「実はね……董卓の謀反の時に弱音吐いたのよ。でも、達也さんに言われたの。『俺が本当に戦う相手なら、お前に言われなくても戦いに行っている』って。つまり、この程度の戦いは自分で乗り越えなきゃダメなのよ。あたしと、味方してくれるイリーナ達とで。メールはもちろんしてるけど、もう情けないことは言わないわよ」
 達也さんに呆れられちゃうもの、と言ってミツエは最後の一口を食べた。
 イリーナはミツエのメル友の名前として何度か耳にした『達也さん』が気になっていた。
「その『達也さん』というのは、どんな人なんだ?」
「今も次の戦いのために修行をしているそうよ」
「いや、そうではなく……外見などのことだ」
 ミツエはきょとんとした。
「会ったことないからわからないわ。上杉達也さんて言って、あたしが放浪してる時に出会い系サイトで知り合ったのよ」
「そうか……ふむ、私はてっきり……」
「てっきり?」
 考え込むイリーナの口から漏らされた名前にミツエは大きく驚きの声を上げた。
「そんなまさか! イリーナもヘンな冗談を言うのね」
 イリーナはかなり真面目に考えたのだが、ミツエはすっかり冗談だと思っているようだった。
 達也さんとはドージェではないのか?
 イリーナはそう予測したのだ。しかし会ったこともなく、登録名しかわからない以上はどうしようもない。
 ミツエのバックにドージェがいるとわかれば、生徒会に対し有利に立てるという目論見は外れてしまった。
 けれど、ミツエがそのメル友のおかげでくじけずにいるのなら、今はそれでもいいかということに落ち着くしかなかった。

 おかわりが耐えないくらい大好評の乙カレーの匂い漂う中、桐生 ひな(きりゅう・ひな)はアンジェラの携帯に送られた情報を元に全体の攻め方をまとめようとしていた。
 レロシャンの作戦、張角の配置、突入組のタイミング……。
 曹操と孫権も加わり話し合う様子を、劉備は浮かない顔で眺めていた。
「どうしたの?」
 尋ねたミツエに、劉備は小さく呻いてからチラリと張角に視線を送って呟いた。
「本当にあの者の力を借りるのですか?」
「あの者って、張角さんのこと? 何を今さら……」
「今さらではありません。あの者は」
「ストップ。劉備、あなたは考え違いをしているわ。張角さんは砕音先生のお友達よ。横暴な生徒会にいじめられてるか弱い一般生徒のあたし達に、先生の立場では直接協力できないからと送ってくれた味方よ。あなたが思っている人とは違うわ。人違いよ」
「人違い……ですか」
 そうよ、と胸を張り、言い切るミツエに劉備はこれ以上何を言っても無駄かと肩を落とした。
 ヒソヒソ声ながらも傍にいたために途中からやり取りが耳に入っていたひなは、心配する劉備の腕を落ち着かせるように軽く叩いた。
「大丈夫ですよ。だって、黄巾賊って元は民でしょう? 民と共にミツエが立つのですよ」
「良いことを言う。ミツエ殿に民意が集まっているというわけだな」
「その通りなのです」
 フフフと笑いあうひなと曹操。
 孫権はもはやこの話題に関わる気はないようだ。一緒に戦うならそうするまで、と受け入れている。
 こうなっては劉備も腹を括るしかない。
「わかりました。張角殿は砕音先生のお友達、ですね」
 覚悟を決めたような表情の劉備に、ミツエは大きく頷いてみせたのだった。
 仲間割れにならなくて良かったと安心したひなは、次に地位の話題を持ち出した。
「前にチラッと聞いた乙王朝独自の地位には賛成です。一体感も生まれますし士気も上がると思うのですよ」
「そうなんだけど、あたし達、国としてはまだ何もやってないのよね。すぐに潰されちゃったし。……でも、ひなの言うことももっともだと思うわ。今すぐにはできないけど、みんなのためにも何かしら示したいわね」
「では、保留ですね。……あ、それと」
 ふと、ひなは一瞬言いにくそうに躊躇い、小さくその名を口にした。
「ナガンのことですけど」
「ないわよ」
 ピクッとこめかみのあたりを震わせたミツエが低い声でひなのセリフを遮った。
 それからフロンティーガーへ目を向ける。
「歩と天華達にも後で乙カレーを食べてもらいましょう。……でも、ナガンと武尊の分はいらないわ」
 子供じみた嫌がらせに苦笑しながらも、これなら大丈夫かなとひなは思うことにした。
 裏切り者として見ているというより、拗ねているようにしか見えなかったからだ。