イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第2回/全4回

リアクション公開中!

横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第2回/全4回

リアクション



ミツエ軍殲滅作戦前


 乙軍と黄巾賊からの防衛戦にあたり、食料確保のために近隣の村々を訪れたサルヴァトーレ・リッジョ(さるう゛ぁとーれ・りっじょ)は実に紳士だった。
 前回、金剛内で名前を売り出した三井 八郎右衛門(みつい・はちろうえもん)の商売を確かなものにするためだ。
 パラ実つなぎをうまく和服風に作り変え、背中に『越』と書かれた服を配下に配った。彼らは今、越後屋の丁稚として働いている。
 金剛で八郎右衛門が受けた注文はサルヴァトーレに伝えられる。
 次の村を訪ねたサルヴァトーレは、丁寧に挨拶してから出迎えた村長に言った。
「生徒会は黄巾賊と戦うために食料を必要としている。村で必要とする最低限の食料以外、全て買い占めたい」
「か、買い占め……?」
「そうだ。迷惑料として多少だが利益がつく金額を支払おう」
 略奪ではない申し出に、村長は応じた。
 サルヴァトーレの態度に感心したのではなく、断って機嫌を損ねて根こそぎ持っていかれたのではたまらないと判断したからだ。
 それから、サルヴァトーレは声をひそめて付け加える。
「自称小麦粉の原料があれば、それも買い取ろう」
 生徒会の本気を見た気がした村長は、顔を強張らせたまま頷いた。
 つい昨日まで略奪にヒャッハーしていたサルヴァトーレの配下も、今はおとなしく勤勉な丁稚として無法は一切働かず、指示に従って買い取った食料などを馬車の荷台に積み上げた。
 村を去る際、サルヴァトーレは村長と握手をしながら、じっと目を見つめて言った。
「逆賊達に協力しないかぎりは、この村と生徒会は良き隣人になれるだろう。これからも取り引きを続けたいものだな」
 暗に「裏切るなよ。裏切ったら……」と脅しているのだ。
 サルヴァトーレの目からそれを充分に汲み取った村長は、冷や汗をかきながら数回頷いた。
 満足そうに目を細め、サルヴァトーレは村を去っていく。
 こうして、村は一つ一つ手懐けられていった。
 その頃金剛では。
「ただ今でしたら、食料を大量に発注いただいた方には、こちらの小麦粉もお付けしております。戦いのお役に立つ、ただの白い粉でございますよ」
 八郎右衛門が集まった四天王達にもみ手をしながら説明していた。
「食料は当然だが、その小麦粉……混ざりもんじゃねぇだろうな?」
「手前どもの店は信用第一でございます。混ざり物など滅相もございません。では、こちらの見本を差し上げましょう。同じものをお売りいたします」
 疑り深い四天王の一人は、八郎右衛門から見本の薬包紙を受け取ると、包みを開いて中の小麦粉を確かめた。
 そして彼は八郎右衛門に注文した。
 大切なお客様の名前を受注票に書き、顔もしっかり覚えておく。
 そして今は儲けのことは赤字が出ない程度に抑えておき、多くの顧客を得ることに重点を置いた。
 ありがとうございます、と何度も頭を下げた八郎右衛門は、まとまった注文をサルヴァトーレへと送った。

 八郎右衛門の活動を垣間見て生徒会室を訪れた桐生 円(きりゅう・まどか)は、鷹山剛次に提案した。
「イリヤ分校を潰されて補給がきかなくなった上に、サルヴァトーレがこの辺の村から食料買い占めてるんでしょ。わざわざ戦わなくてもミツエ軍は勝手に滅ぶんじゃない?」
 剛次は、フッと鼻で笑った。
「全日本番長連合に大敗しても諦めず、建国二十日後にして国を滅ぼされてもまだ立ち上がり、ついこの前拠点にしようとしていたイリヤ分校を半壊させてやったというのに、ミツエどころか周りの連中もまだ離れようとしない……。補給を断ったくらいでは生ぬるいと思わんか?」
「まぁそうかもしれないけど……じゃあ、こういうのはどう?」
 円は張角の名をあげた。
「世間を騒がす鏖殺寺院と手を組んだミツエを討伐するために生徒会は兵を挙げた、というのは? 大義名分を立てれば、他校からの表立った支援は防げるし、ミツエを孤立させることができると思うよ」
「いい考えだが、一時的とはいえ鏖殺寺院と手を組んだのはこちらも同じだ。それに、ミツエは張角のことをあくまでも砕音の友達だと言い張ってるそうじゃないか」
「だから、武力で潰すってわけね」
 納得したか、と冷たく笑う剛次。
 二人がそんな話をしている傍で、剛次の契約者であるバズラ・キマクは、自分宛に届けられたダンボール箱を開いていた。
 各地の法律の研究をしているオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)は、一緒に箱の中身を見ながら、まずはバズラと親しくなろうと話しをふる。
「バズラ様、ラルクさんと砕音さんはどっちが攻めだと思います?」
「ラルクに決まってるじゃん」
 砕音がラングレイだとわかっても、バズラの中でその位置は変わらなかった。
「ところで、無防備に開けて大丈夫なんですの?」
「ちゃんと調べさせてあるから平気……こっ、これは!?」
 中に入っていたのは数冊の同人誌。それも『ラルク×砕音』の。
 カッと目を見開いたバズラは物凄い勢いで中身を確認する。
 そしてあっという間に半分ほどに目を通すと、一度本を閉じた。その手は小刻みに震えていた。
 何か小さく口の中で呟いたかと思うと、出した時と同じくらいの早さで本を片付け、差出人を確認する。
「ミナ・エロマ……。剛次、このミナって奴に話したいことがある。ついでに黄巾賊も蹴散らしてくるから」
「ついでの選択が違うだろう。……まあいい、行ってこい」
「この箱には絶対触るなよ」
「わかってる」
 そもそも剛次にBL本を見る趣味はない。
 急いで出て行こうとするバズラを慌ててオリヴィアが追いかける。
「バズラ様、オリヴィアもご一緒いたしますわ。それで、お尋ねしたいことが……」
「あとあとっ!」
 ドタバタと賑やかに出て行く二人。
 乱暴に閉ざされた扉をしばらく眺めていた円は、同情するような目を剛次に向けた。
「大変なパートナーを持ったね」
「人のことを言えるのか?」
「マスターは知的好奇心が旺盛なんだよ」
 すると、そこに暇を持て余していたミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が二人の間に割り込んできた。
「ミネルバちゃんもバズラちゃんと行く!」
 それを聞いた円は、少し考えた後、自分も行くことにした。何となくミネルバを野放しにするのは不安だったからだ。
 二人は急いでバズラ達を追いかけた。

 束の間、静寂が訪れた生徒会室。
 配下にお茶の用意でもさせようと命じると、入れ替わるようにして来客が告げられた。
 最近できた分校の分校長とそこの生徒会長らしい。
 剛次はお茶の追加と、客を通すようにと言いつけた。
 案内された神楽崎分校校長の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)に続き、同校生徒会長の羽高 魅世瑠(はだか・みせる)、契約者のフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)ラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)アルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)が室内に入ってきた。
 剛次が勧めた椅子に全員が腰掛けると、さっそく亜璃珠が丁寧に挨拶を始める。
「C級四天王神楽崎優子補佐兼神楽崎分校長の崩城亜璃珠と申します。そちらの任じたものである以上、四天王の名を使わせてもらっていることの義理は通すべきかと思い……このたびは対ミツエ軍の労いに、挨拶に馳せ参じましたわ」
「ご苦労。ところで」
 と、剛次は視線を魅世瑠に移す。
「そちらの四人はミツエ軍でご活躍と窺ってるのだが?」
 とっさに魅世瑠が反論しようとしたが、亜璃珠がそれを制して口を開く。
「本来なら分校全体として協力するのが筋ですが、まだ小規模で未整備な上、四天王自身はパラ実の扱いに不慣れ。また他校の目もあるため、今は迂闊に動かすことはできませんの。ただ、敵対の意志もありませんし、今回は分校長である私の協力と生徒会長である魅世瑠の投降という形に代えさせていただこうと思いますわ」
 亜璃珠の話に黙って耳を傾けていた剛次は、不意に目つきを鋭くさせて睨みつけた。
「調子に乗るなよ。すっかりそのつもりで話を進めているようだが、それを認めるかどうかを決めるのはお前ではない。……が、いいだろう。認めてやる。せっかくできた分校だ、そのままにしておいてやる」
「ありがとうございます」
 その時、茶器を抱えた配下が入ってきて、紅茶とクッキーを置いていった。
 剛次は再び魅世瑠を見た。先ほどから何か言いたそうにしているからだ。
「何だ? 投降は認めてやる。賞金首リストからも外そう。それでも言いたいことがあるのか?」
「そのことは、それでいい」
 これで神楽崎分校のみんなに迷惑をかけることはないだろう、と魅世瑠は安堵したが、一つ剛次に理解しておいてほしいことがあった。
 本当は亜璃珠のいないところで言いたかったが、促されてしまった以上は仕方がないと腹を括った。
「あたし達は別に乙王朝やミツエに忠誠を誓ったわけじゃねぇ。そもそも最初にミツエについていけって言ったのはそっちだぜ。後は単なるなりゆきだ」
「ラズはとーたくさんと食べ比べしてただけだよー」
 魅世瑠は全日本番長連合との戦いのことを、ラズは文化祭の時のことを言っている。
「あの時の火口君、ちょっとカッコよかったですわね」
 クスクス笑うアルダト。
 話がそれそうになることに、魅世瑠は微妙な視線をラズとアルダトに送ったが、二人はまるで気づかずクッキーを食べている。
「なりゆきねぇ。牙攻裏塞島の件は?」
「権造は弱かった、それだけだろ。パラ実生が上位四天王に挑んで悪いのかい?」
「フッ、ものは言いようだな」
 フローレンスの言い分を剛次は冷たくあしらった。
 カチンときたのかフローレンスは挑戦的な笑みを浮かべる。
「そう言うなら、あたし達を強制退学させて百合園送りにでもするかい?」
「それでしおらしくなるようなタマでもないだろう」
 剛次は愉快そうに笑った。
「今も昔もミツエのために動いたことはないと言いたいんだな?」
 頷く魅世瑠。
「わかった。覚えておこう。それなら、外の黄巾賊をバズラと共に蹴散らしてくれるな?」
「ああ。けど、イリヤ分校は攻められねぇ。和希はあたしの兄弟分だ」
 生徒会に敵対の意志はないが、譲れないものもあると魅世瑠は告げた。
 剛次は気に入らないかのようにわずかに目を細めたが、魅世瑠の主張を受け入れた。
「それはいずれ他の者にやらせよう。お前達は黄巾賊を相手にしろ」
「そうさせてもらう」
 魅世瑠がソファを立つとフローレンス達も立ち上がり、生徒会室を後にした。
 ああ、そうでした、と不意に席を立つ亜璃珠。
 剛次に背を向けると、髪を高く結い上げ上着を脱ぐ。それから何かをしたあとに振り向くと特徴的だった紅い瞳は青色に変わっていた。カラーコンタクトを入れたようだ。服装も薄手のドレスになっている。
「これでも百合園生ですので、ここにいる間は名と素性を偽ることを許していただければと思います」
 剛次の傍に立ち、身をかがめて耳元で囁くように言う。その時、豊かな胸元を寄せるのも忘れなかった。
「……名は?」
「黒鉄亜矢で。艦内警備をお任せいただけますか?」
「三千人の配下をつけよう。素性か……俺の情婦というのはどうだ?」
 いやらしい目つきで舐めるように亜璃珠を見る剛次に、けれど彼女は艶やかに微笑んで「かまいませんわよ」と答えたのだった。
 どちらもどこまで本気かはわからないが、金剛内では亜璃珠は剛次の情婦として通ることになった。