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リアクション
「ヒプノシスが効かないのか……」
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が、アルフが戦う様子を見てふむぅと唸る。
アルフと詩穂は、なんとか商人からアンリを引き離そうと攻撃を地道な攻撃を続けている。
しかし、アンリを盾に取られている上に、商人の得体のしれない体術に翻弄されている所為で二人とも本来の能力を発揮できずにいる。
隣ではエールヴァント・フォルケンが狙撃しようと銃を構えているが、こちらもアンリに当てる訳にはいかないのでなかなか踏み切れずにいる。
「クレーメック様、ここは、わたくしが――」
クレーメックのパートナーである
島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)がひそひそと耳打ちする。
その提案に、クレーメックはやってみよう、と小声で答える。
「何の相談だ?」
そこへ、追いついてきたケーニッヒ・ファウストと天津麻衣が加わる。クレーメックのもう一人のパートナー、三田 麗子(みた・れいこ)も加え、五人は顔を寄せ合い、にわか作戦会議の態勢だ。
かくかく云々、とクレーメックが作戦を説明すると、ケーニッヒはなるほどと頷く。
「それならば、我々も協力しよう。麻衣」
「はいっ」
ケーニッヒの言葉を受け、麻衣は式神に合図をする。すると、ケーニッヒのコンピューターに、式神からの映像が送られ始めたる。……よく見れば、めまぐるしい戦闘を繰り広げている商人たちの足元に、式神化している銃型コンピューターがぴょこぴょこ飛び回っている。
「では、陽動は私が」
麗子が一歩前に出る。
「タイミングは我が合図しよう」
「ああ、助かる。それで行こう」
ケーニッヒとクレーメックは顔を見合わせて頷く。
ヴァルナがケーニッヒの隣に立つ。
ケーニッヒはすぅと息を整えると、ぐっと腰を落とした。
「行くぞ、三、二……」
ゼロ、の声と共に麗子とケーニッヒが地を蹴った。
と同時に、ヴァルナは唱え終えた術を解き放つ!
「封印解凍!」
声と共に、アンリの体が突如光に包まれる。
さしもの商人も、これは予想外だったのか、動きが止まる。
その一瞬を逃さず、麗子は商人の懐へと飛び込んだ。
鬼眼での睨みつけは効果がないようだったが、死角からのカーマインによる一撃は確実に商人をひるませる。
その間にも、光に包まれたアンリの体は、見る見るうちに収縮していく。
そして、光が収まった後、アンリがいたはずのところには、握りこぶしほどの魔石がひとつ、宙に浮いていた。
ものを魔石に閉じ込める、封印解凍の術だ。
魔石が割れれば閉じ込めたものはもとに戻る。商人もそれは承知のようで、魔石を砕こうと手を伸ばす。が、麗子が立ちふさがるため、思うようにいかない。さらには、詩穂が蜘蛛の糸を放って商人の動きを封じる。
その間に、神速で移動速度を高めたケーニッヒが天井を蹴って飛び込んでくる。
初めて、商人の顔に焦りが見えた。
確かに捉えていた感触が、詩穂の手から突然消える。
「えっ……?」
詩穂は改めて糸を手繰るが、商人はいつの間にか束縛から脱出していた。
そのままアンリが封じられた魔石へと手を伸ばすが、ケーニッヒの方が瞬間、早い。
ケーニッヒは伸ばした手で魔石を掴む。
商人はケーニッヒの腕へ目がけて蹴りを放つ。
それが直撃する瞬間、ケーニッヒは魔石を中空へと放った。
腕に商人の蹴りを受けてケーニッヒは床に転がる。しかし、魔石はまだ宙に浮いたまま。
く、と商人は魔石に向かってつぶてを放った。
それは狙い違わず魔石へと向かっていき、ぱりんと小さな音を立ててそれを砕く。
見る間に光があふれ、人の影が宙に放り出される。商人は焦らず再びアンリを手にしようとする。
しかし。
「そうはさせません」
商人の進路を塞ぐように割り込んだのは、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)だ。
よく鍛錬された動作で、商人に向けて回し蹴りを放つ。
商人は空中にもかかわらず姿勢を制御し直撃を避ける。が、その間、アンリから意識が逸れる。
「胡散臭い商売は、終了のお知らせだっ!」
そこへすかさず、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が飛び込んできた。アンリの体をしっかりと受け止めると、急ぎ戦線から離脱する。
「……おやおや……」
黒の商人がぼそり、と呟く。
アンリを取り戻した一行は、今だとばかり商人に向かって得物を振り上げる。しかし。
「まあ……良いでしょう」
商人は、にたりと口を歪めて笑う。そして、帽子のつばに手を掛けると優雅に一礼して、滑るように洞窟の奥へと消えていく。
「待てっ!!」
数人が商人の後を追う。
しかし大半は、アンリを取り戻したことに安堵し、その周りへと集まった。
「お姉ちゃん……!!」
一番後ろで事の成り行きを見守っていたウイユが、喜びの涙を目元に溜め、アンリのもとへと駆け寄る。
「ウイユ……どうして……」
「だって! お姉ちゃんが生贄にされるなんてそんなの、そんなの絶対、嫌!」
驚き、戸惑っているアンリに、ウイユはすがりつくようにして泣き出す。
「良かったよぉ……お姉ちゃん……」
ぐじ、と鼻をすする音がする。アンリは戸惑いながらも、その頭をそっと撫でる。
「……ウイユ……」
「アンリさん」
助かったというのに何故か晴れない顔を浮かべているアンリに、エッツェルがすっと近づいた。
「貴方は、もしや自らの意思で生贄になることを選んだのではないですか?」
確かめるように問いかけるエッツェルの、その異様な風体に、アンリは少し驚いたようだったが、それでもその言葉を受け止め、はい、と頷いた。
「……あの男は、私に言いました。村を救いたくはないか、と。……何をさせられるかはわかっていました。けれど、私一人の犠牲で村が救われるなら、私は……」
「そういうことでしたら、今からでもヒュドラのもとへ運んで差し上げましょうか。薬は、持っているのでしょう?」
エッツェルはまるで悪魔のようにアンリの耳元で囁く。
「貴方がヒュドラを眠らせてさえくれれば、こちらは腕利きのコントラクター揃い。村はきっと救われましょう」
その言葉にアンリの瞳が揺らぐ。しかし、アンリは残念そうに首を振った。
「薬は、あの男が持っていました。住処に着いたら渡される手筈で……」
アンリの言葉に、それは惜しい、とエッツェルは肩をすくめて見せる。
「おいおい、アンリさん、冗談はよしてくれ」
そこへ、二人のやり取りを聞いていた正悟がずいっと進み出た。
「自分を犠牲にして誰かを助けようなんてのは、ただの自己満足だ。気に入らないね」
そう言って正悟は、アンリに向かって拳を振り上げる。
思わずぎゅっと目をつぶったアンリに、正悟は優しく、コツン、と拳を当てて見せた。
「悲しむ人のことも、考えてやれよな」
それから、アンリに抱き着いたままのウイユを目で示す。
「ウイユちゃんは、たった一人で俺たちに助けを求めに来た。それだけじゃない、危険な洞窟を、ずっとここまで着いてきた。アンリさん、あなたのために」
「ウイユ……」
正悟の言葉に、ウイユはぎゅっとアンリを抱きしめる手に力を込める。
「そうだよお姉ちゃん。お姉ちゃんの犠牲の上の平和なんて、欲しくないよ……」
「……そう……ね……ごめんね、ウイユ……ありがとう」
アンリは、ウイユの肩をそっと抱く。
そしてようやく、笑顔を見せた。
「よし、アンリさんは無事に救出したことだし――」
ウイユからの依頼は達成だ。ヒュドラは気になるけれど、今は一旦引こう――
一行がそんなムードに包まれた、その時。
盛大な水柱が上がった。
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