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リアクション
●6:ヒュドラとの対峙
なんだ、と一行は慌てて振り向いた。
すると。
――シャァアアアアアアアアアア!
三つの首が、水面に姿を現していた。間違いない、ヒュドラだ。
「きゃぁああっ!」
その巨体に、ウイユは思わず悲鳴を上げる。
「まだ気力がある者はヒュドラを! 残りはウイユとアンリを守れ!」
咄嗟に、誰かが鋭い声で指示を出した。
突然のヒュドラの出現に硬直していた者たちもいたが、その一言でハッと我に返る。
既に戦闘で気力、体力を消耗している人々は、数を頼りにウイユとアンリの周囲を囲む。そして、じりじりと洞窟の入り口へと向けて後退を始めた。
ここまで気力を温存していた人々は逆に前線へと飛び出していく。
その中に、永倉 八重(ながくら・やえ)と結城 奈津(ゆうき・なつ)の姿があった。
二人は小学校時代の同級生。それ以来交流はなかったのだが、この依頼の途中、共に道を往く中で再開を果たしていた。
「作戦通り、行くよ!」
「アンリさんはもう助かっちゃったけどね」
本来は八重のパートナーであるバイク型の機晶姫、ブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)がアンリを乗せて撤退する作戦であったが、すでにアンリはこちらの手の内。
あとはヒュドラを倒すのみ。若い女を好む性質を利用し、水源から引きはがそうという作戦だ。
「作戦の成功は、囮のお前に掛かっている。危険だが、やれるか?」
「誰の心配をしてるのかな? クロは黙ってそこで見てなよ」
八重は得意げに軽口をたたく。その反応に、ブラックはやれやれと……人間型なら、肩をすくめたのだろう。そんな気配がした。
「それだけの軽口が言えれば大丈夫だな」
「なっちゃん、気を付けてね」
奈津のパートナーの秦野 萌黄(はだの・もえぎ)が、心配そうに奈津の顔を覗き込む。
「怪我とかしないでね、無茶しないでね」
「怪我はわからないけど、無茶はしないわ。大丈夫」
万が一怪我しちゃったらヒール、お願いね、とウインク一つ。奈津は萌黄の頭をぽんぽんと撫でて、ヒュドラの方へ向き直る。
「さあ、ここからは本気よ!」
まず駆けだしたのは八重だ。
「ブレイズアップ! メタモルフォーゼっ!」
八重が叫んだ。すると、八重の体が真っ赤な魔力の光に包まれる。
髪を、瞳を、赤い光が灼いていく。そして最後に洋服のかたちに炎が踊り、その後には、紅の魔法少女・ダブルド・ルビーの姿!
「ええぇっ、八重の方が先にプロレスラーデビューしてたのっ?!」
奈津は、些か勘違いしているようだが。
「くそっ、あたしも負けてられない!」
炎のプロレスラーを名乗るものとして、たとえ友人であっても、負けるわけにはいかない。
奈津はマイクを握るフリをして、やぁやぁと名乗りを上げる。
マイクパフォーマンスは苦手だが、ヒュドラの気を引くためには頑張らなくては。
「かかってこいやぁ!」
奈津の挑発に、ヒュドラの首の一つがこちらを向く。
よし、と二人はそのままヒュドラの前に身を投じる。案の定ヒュドラは、二人を食べようとそちらへ首を伸ばす。
そこで二人はくるりと踵を返すと、一目散にダッシュする。
その後を一本の首が追ってきた。が、本体ごとやってくる気配はない――どうやら、水辺から離れるつもりはないようだ。
「そう簡単にはいかないか……」
「暴れられる前に、倒すしかないね」
作戦が失敗したことに落胆した二人だったが、しかしすぐに気を取り直してヒュドラへと向かう。
さてヒュドラのもう一本の首はというと。
「こっちだよっ!」
レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が囮となり、首をひきつけている。
ヒュドラは大きな口をあけてレキを飲み込もうと襲い掛かる。
しかしレキは、その殺気を敏感に感知して、紙一重で避けていく。
その隣ではパートナーのミア・マハ(みあ・まは)もひょこひょこしているが、どうやら興味対象外のようだ。
「むう……やはりかのう」
魔女という種族の特性上実際の年齢は推し量ることができないが、少なくともミアの見た目は完全に小学生だ。
いくら「若い」女性を好むヒュドラといえど、少々幼すぎる。
「仕方ないのぅ、時間稼ぎといくか」
ミアはちょちょい、と呪文を唱えると、ブリザードの術を湖面に向かって放つ。
一瞬湖の表面が薄く凍りつき、ヒュドラの動きが鈍る。
そこに生まれた隙を敏感に察知して、飛び込んできたのは佐野和輝だ。「蟲」に体内を侵食させることで強化した脚力でもってヒュドラの頭の高さまで飛び上がると、すかさず両の手に持った二丁の曙光銃エルドリッジでヒュドラの頭部を狙う。滞空時間はそれほど長くない。しかし、落下の間の隙は、空飛ぶ箒・ファルケに乗ったアニス・パラスが氷術で牽制する。
――アニス、もう一度氷術を……
和輝は精神感応でアニスとの連携を図っている。口に出さなくて良い分、素早い意思疎通が可能だ。
――首を落とすぞ
――はーい!
二人はもう一度ヒュドラに攻撃を加えるため、構えを取る。その殺気を感じたか、ヒュドラの首がそちらを向いた。
視線の先に、アニスと和輝が入る。
と、ヒュドラが一際大きな声で鳴いた。
「しまった、アニス!」
「ひゃぁああっ…………あれ?」
アニスを狙ってヒュドラの首が大きな口をあけて襲い掛かる――かと思いきや、ヒュドラの首はアニスの横を素通りし、一直線に和輝のもとへと突っ込んでいく。
「……ありゃ? 和輝が狙われてる……そっか、アニスのために女装しててくれたんだね!」
「そんなわけあるかぁっ!」
突如ヒュドラに襲われた和輝は、慌ててその場を飛び退く。しかしヒュドラの頭の一つは、しつこく和輝を追い回す。
まあ確かに、和輝は顔だちも整っているし、最近散髪をさぼっている所為で髪もショートボブと言われればそんな感じ。
しかし、横にアニスが、さらにはレキもミアもいる中で、和輝を集中的に狙いだすなど――
「ちょっと納得がいかないんだけど、ボク」
レキとしては少々複雑である。
「ふざけないでよねっ!」
怒りに任せ、レキは黄昏の星輝銃を取り出すと、立て続けに二発を撃ち込む。エイミングでしっかり相手の弱点――露出している内臓、目を狙ってのサイドワインダーだ。
狙いは違わず、弾丸はヒュドラの瞳に直撃する。
フシャァアアアア、とヒュドラは苦しみもがきだすが、戦闘不能には陥らない。
「くそっ……ヒュドラが不死身というのは本当なようだな……」
和輝がチッと舌打ちをする。……なんとかヒュドラの求愛からは解放され、内心ほっとしてもいる。
「やはり、眠らせなければだめか……?」
和輝が悔しげな顔でヒュドラを見上げる。
その視界の隅に、人影が入った。どうやら、レキや和輝たちが騒いでひきつけている間に、うまいこと接近に成功したようだ。
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、ヒュドラの背後に回ることに成功していた。
三つ首のヒュドラとはいえ、胴体は犬様――スケールはだいぶ違うが。その背はヒュドラ自身からは、死角になるようだ。
「悪いが、おとなしくしてくれよ」
エヴァルトは両手からワイヤークローを射出すると、ヒュドラの首を咬め捕ろうとする。
しかし、いかんせんあちらは三本こちらは二本。
複数本の首をまとめてしまいたいのだが、そもそも首それぞれが好き勝手に動いているので思うようにいかない。
「クソッ、こうなれば……!」
狙いを変更し、自分の足元……胴体に近い部分をワイヤークローで巻きつける。そして、絶零斬の冷気をたたきつけた。
おおおお、とヒュドラが身を震わせる。が、そのあまりの勢いに、巻きつけていたワイヤークローに逆に振り回されてしまう。ラヴェイジャーとして相当力には自信があるが、それでもヒュドラの三本の首が暴れる力にはかなわない。
くそ、と吐き捨てて、エヴァルトは巻きつけていたワイヤークローを解除する。
「何とか、何とかならないのか!」
ワイヤークローで捕縛することは難しそうだ。
エヴァルトはぎり、と奥歯を噛み、金剛力を込めた手で直接殴りかかる。
それでどうこうできるとは思っていない。八つ当たりのようなものだ。
案の定ヒュドラには、衝撃こそ与えられたものの、ダメージらしいダメージは与えられない。
と、ヒュドラの目の前を、佐倉紅音――商人に同行していた少女だ。おいて行かれたらしい――がおろおろと横切っていく。それを目ざとく見つけたヒュドラは、大きな口をあけて紅音を狙う。
「きゃ……!」
紅音は小さな悲鳴を上げる。何とかよけようとするが、遅い。
紙一重直撃は避けたものの、ヒュドラの咢が紅音の衣服をびっ、と裂く。
身にまとった天学の制服は、無残にも大きく裂け、素肌が露出する。
「おい、何をしてる!」
ああ、とその場にへたり込む紅音のもとへ、エヴァルトが慌てて駆けつける。再び紅音を狙おうと首を伸ばすヒュドラに、正面から金剛力の力を乗せた則天去私の一撃を放つ。べしょ、と顔面を迎え撃たれたヒュドラは、ひとたまりもなく身をのけぞらせる。
その隙に紅音の体を抱きかかえると、エヴァルトは素早くその場を離脱する。
――その、目の毒な制服は見ないようにしながら。
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