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ヴァイシャリー観光マップ

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ヴァイシャリー観光マップ

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 再びゴンドラは大運河へ戻る。
 朝日がきらきらと水面に輝き、建物やゴンドラが映りこんで美しい。
「ツァンダは空の蒼、ヴァイシャリーは水の青だな」
 いいこと言ったとばかりにちょっと胸を張るエミリー。
 ぱちぱちとヴァーナーが拍手する。フェルナンも拍手する。みんなで拍手する。
 なんだか和やかな雰囲気で注目を浴びて得意げなエミリーだったが。その気分は突如ぶち壊された。
「あれは──何でしょう?」
 運河を行き交うゴンドラの上の人々が、地上の通りを歩く人々が、足を止め指を差しているその先には。
「ロザリィヌおねえちゃんです!」

 ロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)は周囲の注目を一身に集めてご満悦であった。
「おーほっほっほ! もはやこれは城というより、海上要塞か豪華クルーズ船ですわねっ!」
 運河上に突如出現したのは、豪華五階建ての段ボール城だった。その屋上に、彼女は立っていた。
 つい先日、公園の段ボール城を奪われたばかりのロザリィヌ。
 彼女は考えに考えた。公園に建ててもまた追い出されるのではないか。では追い出されないためにはどうすればいいか? 問題は土地。土地を占有するのがまずかった。では、水上に建ててしまえばいいのではないか?
 そんなわけで、運河に城を建てることを思いついたのだ。目立ちたいのも多分理由の半分だけれど。
 苦節ン年の段ボール建築技術を集大成した五階建て。なけなしのお金を気前よくはたいて、鉄壁の防御力を備えたベニヤ板城壁。そして進水を可能にした基底部の泥船……泥船?
 巨大な段ボール城は、ゆらゆらと水上を漂って船の運航を邪魔していたが、徐々にその巨体を沈め始めた。
「あら? 何か嫌な音が……」
 あろうことか運河の真ん中で、水が染みこんで脆くなった泥船は、ぐずぐずと崩れていく。土台を失った段ボール城はきしみ始めて、一階部分の床も壁も装飾品もばらばらのパーツに分解され、水の上に放り出された。
 徐々に近くなる水音と落下していく感覚に、ロザリィヌは叫んだ。
「そんな……! お城が沈んできていますわーっ!?」
「解りきっていたのであるな」
 ロザリィヌの隣では、毎度付き合わされてご不満なシュブシュブ・ニグニグ(しゅぶしゅぶ・にぐにぐ)が、腰に浮き輪を装着済みだ。
「お先に失礼するのであるな」 
 シュブシュブは崩れゆく城から、ぴょんと運河に飛び込んだ。
「ああっ! もうここまで水が……!」
「頑張るであるなー」
 赤白しましまの浮き輪に捕まって、既に傍観者の構えだ。
 ロザリィヌが溺れても、誰か(特に女性)が助けてくれるなら良し。誰も助けてくれなかったら、仕方なく助けるくらいのつもりだ。
「紙のドレスが溶けてしまいますわ!」
「……後先考えないから困るのであるな」
 シュブシュブはバタ足で泳ぎ、側に漂っていたびしょぬれの段ボールを一枚確保した。流石にパートナーがわいせつ物陳列罪でお巡りさんのお世話になるのは勘弁だ。

 
 大運河から一本奥に入った運河に、そのゴンドラ工房<ニコロ・スクエーロ>はある。沢山のゴンドラが停泊し、また逆さまになって半分陸に乗り上げている。陸に揚げられているのは修理中のものだろうか。黒い塗装のゴンドラが多いが、緑や青、白、赤のカラフルなゴンドラもある。
 一隻の飛空挺が、オレンジ屋根の建物の前に舞い降りた。
「この飛空艇、オーバーホールしてほしいんだけど大丈夫?」
 八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)は、ゴーグルを額に押し上げながら、エプロン姿の男に声を掛けた。逆さになったゴンドラの前で、こびりついた藻を削っていた彼は汗を拭き拭き彼女の元にやって来る。
「うん、飛空挺かい?」
「ああ、三万Gは持ってきたから新品以上に仕上げて欲しい」
「こりゃひどいねぇ」
 優子の飛空挺は空族とやりあったおかげで、大分傷が付き、塗装が剥がれてしまっている。
「それから、狐のノーズアートと、底面の防水加工も。運河から発着陸できるようにしたいんだ」
「いやぁ、済まないねぇ。飛空挺は古代の遺産だから、手に負えないよ。ゴンドラは木で作るもんだから、塗料も違うしねぇ。塗っても剥げそうだ」
 フェルナンにゴンドラの修理工房を紹介してもらったのはいいが、見当違いだったようだ。
 落胆したのを見て取って、男はじゃあ、と付け加える。
「飛空挺じゃなくて、飛行艇でいいなら近くに別の工房があるよ」
「飛行艇?」
「水上で発着陸できるようになってる飛行機のことさ。下部が船みたいな形になってて、フロートが付いてる。まぁ、飛行機だから、操縦は全く別モンだけどな」
「分かった、そっちに行ってみるよ。そうだ、それとは別に聞きたいことがあるんだが……」
 彼女はふと観光マップを作るという話を思い出して、工房の営業時間などをインタビューしてみる。
「これでよし」
 携帯で情報をメール送信し終わった頃、職人がそっぽを向いていた。視線を追う。 
「……何の騒ぎだろうねぇ」
 大運河の方から、がやがやと声がする。
 建物の切れ目から覗く大運河を、段ボールの塊が流れていった。
「どなたか助けてくださいませーっ!?」
 女性の悲鳴が聞こえる。
「……はぁ」
 狐のストラップが付いた携帯をぱちんと閉じると、ため息を一つ。飛空挺に跨って。
「面倒かけたな」
 空高く舞い上がる。
「あんたにゃまだまだ頑張ってもらわねーとな」
 飛空挺の腹を足で擦るように蹴って、優子は人助けに向かうのだった。
 その後、彼女は水面下で白鳥さながら足で水をかきつつ気絶のフリをして、人工呼吸のキス待ちをする涙ぐましい努力をする少女を見付けたが……見なかったことにしたとかしないとか。