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リアクション
鬼院尋人も、救助役の早川呼雪のために、時間稼ぎに徹していた。
高周波ブレードにアルティマ・トゥーレを乗せ、さらに超感覚を用いて、襲いかかられる前に倒していく。
SPの消耗が激しい。ブレードの柄が汗で滑る。
剣を取り落としそうになる瞬間に、大蛇の牙が尋人の手元を狙った。
「っ、……」
だが、その大蛇は見る間に凍り付いた。
同じく、剣と氷術を使い分けながら大蛇を食い止めていた棗 絃弥(なつめ・げんや)である。
尋人はブレードを握り直し、停止した蛇の胴体を二つに割った。
「はぁっ、はぁ」
「……大丈夫かい、薔薇学の」
「ああ、……すまない。助かったよ」
絃弥は感嘆していた。
この少年の体力は、とっくに限界を超えている。
どこに剣を振れる力が残っているのだろう。
蛇は体温を下げれば目に見えて動きが鈍くなるが、肝心のメデューサ本体がそうではない。
新しい蛇をつぎつぎ切り離してくるのだから、いかに部屋の温度を下げようとも、全て氷漬けにするということはできない。
絃弥は氷術に勝機を見いだそうとしていたが、それは難しそうだと判断する。
「まあ、それならそれで、普通に戦うまでだな」
……とにかく、メデューサを元に戻すまで、邪魔はさせない。
俺に出来ることはそれだけだ。
目の前のこいつらを、ひたすらに、倒す。斃す。たおす。
絃弥はそれだけを意識の中心において、体力の限界までいく覚悟だった。
メデューサ本体に立ちはだかるのは神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)とミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)、さらにクレアと本郷涼介、そして皐月と卯月である。
涼介は既に、清浄化のために魔力の集中に入っていた。
私の力で必ず助けるという意志が、体から風のようにほとばしっているのが分かる。
「リファニー! 聞こえるか、リファニー!」
迫りくる蛇を切り払いながら、皐月はメデューサの名を呼ぶ。
しかし、全く効果はなかった。
メデューサにとっては、意味のある音なのかどうかも疑わしかった。
歯を噛みしめる皐月。
「ほらほら、こっちだよー!」
その間にも、クレアはパラディンのスキルを駆使して、涼介とエイボンに極力狙いが行かないよう、懸命に攻撃を誘導している。
「私がいきます!」
有栖がアシッドミストの構えに入った。
広範囲魔法で、眷属もろともダメージを与える。
「ミルフィ、皆さん、下がって下さい……」
手鏡越しにメデューサを注視しながら、酸の霧を放とうとした瞬間。
鏡の中のメデューサと目が合う。
「……!」
有栖の神経に違和感が走った。
鏡に映る双眸が――見る間に色を変えて――。
先にその正体に気付いたのはミルフィの方だった。
「お嬢様!」
飛び出したミルフィが、有栖とメデューサの間に割って入る。
このメデューサの石化は、視線によって行われるのではない。
発射される光線によって行われるのだ。
「あ……う」
「ミ、ミルフィ……っ!?」
分厚い氷に亀裂が入るような音を立てながら、ミルフィの体は見る間に彩度を失っていき――。
そのまま、彼女は高い音を立てて石畳に転がった。
「ミルフィ!」
なんてこと。自分のせいで。
動転しそうになる心を必死で抑える。
メデューサはミルフィが石化したのを認めると、蛇を放ち、それを自分のところへ引き寄せようとした。
が、その蛇は真横から突進してきた何者かに、瞬時にバラバラに切り刻まれた。
――橘恭司は、エクスカリバーについた血糊を振り払い、石化したミルフィのカバーに入る。
「石化を解くまで、俺が盾になる……いいな、ミハエル」
「諒解しました、主」
本郷 翔(ほんごう・かける)とソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)は、怪我をした契約者の治療と、石化した人間の治療に専念している。
翔がサイコキネシスで怪我人を運搬し、ソールが治療するという流れだ。
特に、石化した百合園生は非戦闘員なので、再び石化されたりしないよう、保護しておくという役目も負っていた。
「翔、泉美緒の石像は見つかったのかい?」
額の汗を拭いながら、ソールが尋ねる。幾度にも渡る清浄化で、疲労はかなりのものだった。
「まだです。おそらくは、メデューサのすぐ側か、あるいは水路の深くにあるのではないかと」
「早くお目にかかりたいもんだよな……噂によると、新入生にして既に伝説なんだろ?」
「?」
全く分からないという風に首をかしげる翔。
と思ったら、急に声を荒げるソール。
「おおおおお!」
「ど、どうしました?」
「この石像……すげぇかわいい」
確かに、メリハリの利いたスタイルといい、顔立ちといい、美しく整った石像だった。
「チャンスだ……。そう、気がついた瞬間に目の前にいるものに惚れるってのは、心理学の基本!」
「……失礼ですが、女性とカルガモを混同なさってはおりませんでしょうか」
「よし、気合い入れて戻してやるぜ、かわいこちゃん」
全く聞いてない。
しかしこの人物、腕は確かである。
ソールが清浄化を用いると、その石像は美しい形のままに、人間となった。
「う……ん……」
「気がつかれましたね……お嬢様、気分はいかがですか」
「お嬢……様?」
「ええ。わたくしはソール・アンヴィル。宜しければ連絡先などを……」
「お嬢様ぁーー!」
かわいこちゃんは凄い勢いで起き上がると、有栖の元へ脱兎のごとく駆けだしていった。
――そして、遠くの方で感動の再会を果たしている。
「……」
「……医は」
「……」
「……医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救うを以て志とすべし。
わが身の利養を専ら志すべからず……」
「うるさぁーーい!」
涙目のソールにつける薬はないとばかりに、肩をすくめる翔なのだった。
◇
「あれがメデューサ……リファニー、なのね」
そう呟くのは牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)。
シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)が答える。
「そのようだ。どちらが本当の姿かは、分からぬが」
「きゃはは……やるんだね、アルコリア」
ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)はすでに魔鎧となって、アルコリアの体を鎧っている。
「ええ、ラズンちゃん。ナコちゃんも、頼むね」
「イエス、マイロード・アルコリア様」
ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)がそれに続いた。
シーマが、先程の戦闘で気付いたことを言う。
「アル、メデューサの石化光線に対して鏡を使うのは、かえって危険なようだ」
「うん……うまく跳ね返したとして、どこに飛ぶか分からないものね」
「では、正攻法でいくしかないか」
「シーマちゃん、不安でもあるの?」
「あるはずなかろう。いくぞ」
シーマはまず、メモリープロジェクターでメデューサの周囲に幻影を展開した。
突如大量の映像に囲まれて、案の定、メデューサはパニックを起こす……
……起こしたかに見えたが、蛇の熱感知器官(ピット)を頼りに、幻影であることを見破った。
「ち、時間稼ぎにもならんか……」
「じゃ、いくよ!」
アルコリアが突進する。両手には妖刀、陵山三十人殺し。
「牛ちゃん、蛇はまかせて!」
後衛に入るのは桐生 円(きりゅう・まどか)。
カーマインを地面すれすれに構え、シャープシューターを乗せる。
「一匹も逃がさないよ!」
そのまま二丁拳銃を連射。
這い寄る蛇の、頭ではなく胴体を打ち抜けるほど低い弾道。
ライフルの精度にマシンガンの速度で繰り出されるそれに、メデューサがしびれを切らす。
――赤い光が、一瞬前まで円がいた場所を照らした。
が、すでにそこにはいない。スナイプポイントは次から次へと変化するのだ。
「さすがだね、円ちゃん……負けてられない!」
そのまま一気に、懐に潜り込もうとする。
メデューサの正面。アルコリアの眉間めがけて石化光線が飛来する。
しかし、アルコリアは視線を完全に見切っていた。
難なく避け、抜刀術の間合いに入ろうとした……その時。
「マイロード、後ろです!」
ナコトが叫ぶ。
「!!」
屈んだ体勢から強引に体をひねる。
と、鼻先すれすれを赤い光が通過していった。
「空中で……光線が、向きを変えた?」
そんなことって。
しかし、考える余裕もなく、次々と光線が放たれ、それはまるで追尾機能があるかのように、アルコリアを執拗に狙ってきた。
(くっ、反射させれば他人が巻き添えになるし……どうすれば?)
「後ろに……操ってるヤツがいる」
ロイ・グラードが先程、通路で認めた気配の正体……。
行き先が同じで、単独行動ならば、当然道も同じになる。ロイが彼の存在に気付くのはむしろ必然だった。
それが今、メデューサの近くにいるというのだ。
「それは……どこですの!」
冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が声を上げた。
「おそらく、メデューサの影の中に潜んでいる。サイコキネシスで、鏡を操っているんだろう」
「影の中、ですって?」
「……ああ」
「それなら、むしろ得意分野ですわ」
「?」
「私も、これを使用いたしますの」
言いながら、小夜子は狂血の血煙爪を取り出すと、そのまま水路の影に潜り込んだ。
(くっそー、なかなか当たんないや。でもま、これもオツなもんだよねー。石化光線から逃げまどう姿を眺めるってのもさ)
マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は、上機嫌で長い尻尾をふらふら動かしながら、メデューサの影の中にいた。
手鏡を割った破片をその辺にばらまいておき、サイコキネシスで石化光線を自由に操る。
(さてさて、そろそろ本気で行くよーん)
「お待ちなさい!」
「!!」
マッシュの耳がぴーんと立つ。
小夜子の姿を見つけると、にやりと不適に微笑んだ。
「ずいぶん早く見つかったもんだね……それに、こんなところまで追ってくるなんて」
「あなたと同じことを考えて、同じ所を通ってた人がいたんです。目的は逆ですが」
「あははは、なんだ、そうかー」
言うなり、マッシュは逃げ出した。
「こら!」
小夜子は、神速に軽身功まで付けている。勝負は一秒で決まった。
しかも、よりにもよって、敵の方を向いている唯一の体のパーツが、最大の弱点である尻尾とは……
「ふ、ふにゃ〜〜ん」
あっさり力を奪われたマッシュは、影から引っ張り出されると、その場で縛られて見学、ということになったのであった。
◇
石化光線の乱反射が止んですぐ、メデューサの前に現れた影。
白津竜造とウェム・レットヘルである。
「リファニーさんよ! あんたのなくした指輪……これかい?」
竜造がそう言うと、ウェムが指輪を掲げた。
が、リファニーが指輪をなくしたかどうかは定かではない。一種の賭けのようなものだった。
徐々に間合いを詰めていくウェム。
メデューサは反応せず、彼女に向けて攻撃の体勢を取る。
「ち、しょうがねぇな……茶番だったぜ」
そう言うと、竜造は日本刀のように長いドスを取り出す。
「突っ込め! ウェム!」
ウェムはそれを聞くと、糸の切れた人形のようにメデューサに走り寄る。
その後ろから、竜造が駆ける。ウェムもろとも、メデューサを刺し殺そうという魂胆だ。
刹那、メデューサの目が光り、ウェムは虚ろな目の石像へと変化する。
「なに!?」
竜造のドスは、石と化したウェムに弾き飛ばされ、それから――
「……!!」
アルコリアが反応する。
この一連のやり取りで、メデューサが、かすかではあるが、蛇の動きを止めている。
千載一遇。
ナコトの空飛ぶ魔法で、かすかに宙に浮いているアルコリアは、音もなくメデューサの背後に回り込み、そして渾身の抜刀術で、峰打ちを叩きつけた。
「う、ぁ、……」
初めて、メデューサの足がふらついた。
(今ですわ)
エイボンの書が、限界まで溜めた魔力を解き放つように、子守歌を歌う。
旋律はメデューサの神経を貫き、意識を体外へ弾き飛ばした。
ゆっくりと倒れ込み、昏倒するメデューサ。
尋人が叫ぶ。
「呼雪!」
皐月が叫ぶ。
「涼介!」
呼ばれた二人はほぼ同時に、持てる力を全て込めた清浄化を、メデューサへ注ぎ込む。
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