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地下水道に巣くうモノ

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地下水道に巣くうモノ

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「リファニーさん、確かに百合園女学院の生徒だったよ」
 七瀬歩は落ち合った場所で、調査の結果を話し出した。
「もう、かなり前から休んでいるみたいだけど、学校には療養中としか届けられていないみたい」
 巡が相槌を打つ。
「ふーん……病気かぁ」
「まあ、百合園に通う生徒ですから……簡単に行方不明、とは言えないでしょう」
「なんで?」
「色々あるんですよ」
「ちぇ、武明のケチ」
「その内わかります……ところで、僕の方ですが」
「うん」
「繁華街からカジノへ行って、ちょっと裏の方々と接触してきました。その結果」
「うんうん」
「何もなし、です」
「……」
 乗り出した分だけバランスを崩すふたり。
「いえ、逆に言えば、悪の秘密組織のようなものではない、と考えられますが」
「そうねぇ……確かに、怪しい人物とか、物音とか、そういう話は一切出なかったし」
「調べるほど、分からなくなりますね」
「ええと、じゃあさー、もう『知らないヤツの仕業』ってことにすりゃいいよ!」
 巡の発言に、はっとする二人。
「そうか。僕たちの、全く想像できないような相手、という可能性か」
「でも、そうなると……リファニー本人以外に、手がかりがなくなるね」
「大丈夫ですよ、救出作戦は成功します。あれだけのメンバーがいるのですから」
「うん……そうね。信じて待とう。必ず、なんとかしてくれるはず」

   ◇

 ――それにしても。
 ペットというものが、これほど多様なものだとは。
 そして、飼われることを前提として生まれてきたにも関わらず、なんと強靱に生き抜いてきたものか。
 清泉 北都(いずみ・ほくと)、とクナイ・アヤシ(くない・あやし)は、気を抜くと膝をついてしまいそうなほど消耗していた。
 度重なる元ペットたちとの遭遇。ある時はロープで拘束し、あるときはヒプノシスで眠らせる。
 こちらが善意を持って接しても、彼等からすれば人間は敵だろう。
 その意識がハンデとなり、殺さずに沈静化するというのは大変な作業となった。
「さっきのパラミタオオトカゲには、さすがに参ったね、クナイ」
「はい……足下にお気を付けて。水路がそばにございます」
 クナイは北都の肩に腕を回して支えながら、片方の手でSPルージュを取り出す。
 素早く唇に塗り、北都にヒールをかけた。
「なかなか、様になってるねぇ、それ」
 さりげなくしたつもりだったが、北都はしっかりそれを見ていた。
「……あまりご覧にならないで下さい」
 ルージュは目立たない色とはいえ、クナイはかすかに頬を染める。一瞬、穏やかな空気が流れるが、それも束の間だった。
 人工精霊の明かりが照らす範囲のさらに奥に、二つの光る目があった。
 北都が体を起こす。
 ――パラミタオオカミ。
 呼吸の荒い口元から除く牙は、明らかにこちらを餌とみなしていた。
 ここまでくると、もはや、ペットとモンスターの区別もつかなかった。
 北都とクナイは、戦うしかない、と判断する。
「……待て待て。我にまかせておくのじゃ」
 二人の背後から、ウォーデン・オーディルーロキが声を上げた。
「まあ言葉はなかなか通じぬが、大人しくさせることはできるゆえ」
 そう言うと、適者生存のスキルを使う。
 と、オオカミはすぐにその場に腰を落着け、耳を伏せる。
 クナイが感心する。「ビーストマスターの方でしたか……さすがです」
「いや、これは心を許したのではない。あくまで、自分より力の有る者だと思わせただけじゃ。もうここの『元ペット』には、――期待せぬほうがよいかもしれぬ」
 そう言うと、急ぐゆえ、と言い残し、ウォーデンは先に行ってしまった。

「『元ペット』か……。クナイ、あいつらは今と昔と、どっちが『本当の自分』だと思ってるのかな?」
「さあ……。我々には、それを想像する資格さえ、あるものかどうか」
「……うん」

   ◇

「おいおいまだ着かねーのかよ、おまえパチモンの地図掴まされたんじゃねぇの?」
「……」
「こんなんじゃ日が暮れちまうぜ……まあこの状況じゃ暮れてもわかんねーが」
「……」
「ところでよ、毒蛇って自分を噛んだら死ぬんだっけか? メデューサって絶対間違って自分の仲間に噛み付いてるやついると思うんだよな……すげー密集してるし。「あ、わりぃ」とか言ってよ」
「……」
「でもよ、本体とつながってんだから、わりぃじゃすまねぇよな。俺様が本体だったらマジギレだな。てめー何やってんだよ、毒で頭ふらふらしてきたじゃねーかよ、ちょっと俺の目見ろ、なんつって。一匹だけ石化の刑だな。会ったらビビるぜ。すげー立ってんの、一匹だけ。仲間うちで『アンテナきたー!』とか言われて爆笑。きっついわマジで。ひゃははは」

 ――ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)は、おもむろに着ていた常闇の 外套(とこやみの・がいとう)(以下ヤミー)を脱ぐと、下水の上にかざした。
「ちょ、ストップ! 分かった! 黙る黙る!」
「……」
 何も言わずにまた羽織る。
(まあ、アレだ、このうすら寂しい下水道を少しでも楽しく行こうっつー、親心だな)
 
 ヤミーの親心の真偽は置いておいて、ロイは自ら囮となるべく、単身(正確には二人)メデューサを目指していた。暗闇に紛れ、うまくメデューサの背後をとる。そのためには単独行動しなくてはならない。そういう思惑だ。

 と、その時、視界の端を何かが通り過ぎていった。
 人の形をしていた。殺気看破を働かせていなかったら気付かなかったであろう、小さな気配。
「――まさか、俺の他にも、一人でメデューサのところへ向かう者がいるのか?」
 ロイは悪い予感がした。しかし、その胸中を表現するのは、今はやめておく。
 ヤミーの前では、特に。

   ◇

 また別の地点では、上月 凛(こうづき・りん)ハールイン・ジュナ(はーるいん・じゅな)が、美緒の友人の失くした指輪を探すべく、別の地点を捜索していた。とはいえ、すぐ合流できるよう、本隊とそう離れていない場所である。
 流した指輪の情報はなく、トレジャーセンス頼みの作戦である。
 しかし、ここに至るまで、それらしい反応は全くなかった。
 センスの有効範囲を考慮するなら、もう残るはメデューサがいると思われる地点だけである。
 ハールインが凜に尋ねる。
「見つかりませんね……というか、下水に指輪を流してしまった時点で、普通はあきらめるのではないかと思うのですが。誠実ですね、美緒さんのお友達は」
 松明をあかあかと掲げた凜の顔は、火の色に染まっている。
「ハル、姉さんなら、どうしたと思う?」
「あの方でしたら、そうですね、……、探しに来たと思います」
「うん」
「でも、見つかるかどうかは、別の話ですよ。指輪のような小さなものを、この広大な水路の中から見つけるなんて……しかもあなたは、このような場所は苦手ですのに」
「あとで、添い寝してくれるんだろう?」
 途端に、うろたえるハールイン。
「そ、それは、許可した覚えがありませんが」
「そうだったっけ?」
「そうですとも」
「……残るはメデューサのところだけ、か。……行ってみようか、ハル」
 ハールインは溜息をつく。
「私がお姉様に叱られるのだけは、ご勘弁願いますよ」
「……」
 凜は声を立てずに微笑むと、フェンリルの部隊の方へゆっくりと歩を進めた。