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地下水道に巣くうモノ

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地下水道に巣くうモノ

リアクション

 まだ道程の半分も来ていなかったが、フェンリルは大分疲弊していた。
 先日よりも明らかにモンスターの数が多い。
 ……この奥から発せられる何かが、地下通路を恐ろしい地下迷宮にしてしまっている。

 ようやく、メデューサのいる下水道への階段にたどりついた。
 本来、上水道と下水道は交差しないものであるが、規模が規模なので、衛生上問題ない場所に階段が作ってあるのだ。
「ちょっと待って、フェンリル……ランディ君」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が声をかける。彼女は蒼空学園の生徒でありながら、フェンリルが自分の名前をあまり好きではないこと、薔薇の学舎の生徒がランディと呼んでいることを承知していた。
 フェンリルが振り向くと、「命のうねり」で彼の傷を癒し始めた。
「あ、有り難うございます……」
 アリアは治療しながら、フェンリルの剣をまじまじと眺めた。
「これ、『ルーンの剣』だよね」
「ええ」
「ランディ君のパートナーって、もしかして、この剣?」
「あ、いえ、剣ではなく……一応、人の形をしていますが」
 妙な受け答えになってしまう。
 アリアは笑った。
「ごめんね。普通そうよね……でも、意思のある魔剣について、何か知ってるかな、と思って」
 フェンリルはルーンの剣の、黒い刀身を見ながら言う。
「意思のある魔剣……オレもフェルブレイドの端くれですから、存在は知っています。知性があり、我々の味方になってくれるものや、一度触れたが最後、所有者の精神を浸食して、意のままに肉体を操るというものも。しかし、そのように危険なものは、まだ見たことはありません」
「そう……私ね。使い手のいない魔剣がいたら、保護したいと思ってるの」
 フェンリルは驚く。
「危険ではないのですか?」
「ええ。だから、何か噂を聞いたら教えてね」
 この少女の目は疑いを差し挟めないような、強い光を放っていた。
「……分かりました。何かあれば、連絡します。くれぐれもお気を付け下さい」
「うん。ありがとう」

   ◇

 地上から地下水道に降り立ったとき、肌で感じた恐怖。
 ……これに比べれば、如何ほどのものだろう。
 上水道から更に地下深く、下水道に降り立った者は、充満する魔の気配と臭気に目眩を覚えた。
 造りこそ上水道と同じだが、赤茶けた壁は苔生して、流れる水は形容しがたい色をたたえている。
 遠くの方からは、何者かの呼吸のような、しゅうしゅうという音が聞こえる。
 そこはまさに、死の世界とでも言うような場所だった。

 ――が、そんなことは全くお構いなしとばかりに下水道を闊歩するのはガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)と、シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)
「先生! パラミタリクガメを1匹捕まえました!」
「おう! ……明日の飯代くらいにはなるかの」
 2人の目的は至極単純。貴族が捨てたペットを捕まえて、転売しようというのである。
「にしても、もっと大きいのはおらんのかいのぅ」
 今のところ戦果は3匹。亀2匹とトカゲ1匹である。
 貴族の捨てたものだから、ちょっとは価値のあるものかもしれないが……なんというかこう、一攫千金感には少し欠けるのも事実。
「トカゲはトカゲでも、イグアナとかいればいいんですけどもね……」
 大きく伸びをして、ガートルードがそう呟いた瞬間。
 目の前から、何か白いものが押し寄せてきた。
「お、親分……なんじゃありゃ!」
 シルヴェスターの目が見開かれる。
 その純白の小さな生き物、その正体に気付いたガートルードが歓声を上げる。
「パラミタフェレットです、先生!」
「なんじゃとぉおおお!」
 フェレット。誰がどこからどう見ても金の匂いしかしない。しかも、群れ。
 ガートルードは迷うことなく、群れに向かってサンダーブラストを放った。
 気絶で済むくらいに、威力は弱めてある。
「そおりゃ!」
 ひっくり返ったフェレットを、シルヴェスターが次々とロープで優しく捕縛していく。
 ガートルードの頭の中は、すでに皮算用で忙しい。
(あの服とあの靴とあの帽子と……ああ、抑えきれない……!)
 少女の欲望が、今まさに果てしなく翼を広げていこうとする瞬間――。
 フェレットの群れを作り出していた原因が、突然姿を現わした。
 それは巨大な、一匹の白い蛇。
 これも貴族が捨てたのであろう、パラミタアナコンダの成れの果てである。
 さらにはジャイアントバットの姿もあった。
 ガートルード達は、まさにアナコンダとコウモリが餌を追い回していたところに遭遇したというわけだ。
 しかも、その餌は捕まえてしまっている。となれば。
 怒りに燃えた蛇の牙が、シルヴェスターに襲いかかる。
 思わずのけぞってかわすが、反撃の手が出ない。
「先生! 何してるんですか!」
「……だ、だめじゃ」
「だめ?」
「わ、わし、白蛇とは戦えん」
「……あーっ!!」
 そうだった。大事なことを忘れていた。
 アナコンダはもう、次の一撃の体勢に入っている。
「くっ……! 間に合え!」
 ガートルードがフェレットの捕縛をあきらめ、サイコキネシスを蛇に向ける。

 その時。蛇の動きがぴたりと止まった。
 サイコキネシスではない。手応えが違う。
「……何?」
 返事の代わりにガートルードが耳にしたのは、どこからか聞こえてくるオカリナの音。
 蛇が笛の音に弱いのは、古今東西、全く疑いのない事実だ。
 その調べにのって、浮かび上がるように姿を現わしたのは銀星 七緒(ぎんせい・ななお)
「あ、あなたは……?」
「通りすがりの……退魔師」
 言うが早いか、飛んで来たジャイアントバットを居合い一閃、抜く手も見せずに斬り下げる。
 さらにその後ろから、ロンド・タイガーフリークス(ろんど・たいがーふりーくす)が姿を現わした。この妖艶な美女を認めるや、コウモリの一団が襲いかかる。が、近づくこともできずに、次々と背後からのリターニングダガーの餌食となっていった。
「うふふ、せっかちで得することなんてないのよ」
 寸分違わぬ位置に戻ってきたダガーを握り直し、ロンドは赤い舌を出して微笑む。そのまま宙に舞い、壁を蹴り進んで的を絞らせない。変幻自在の体術に、コウモリの群れは完全に攪乱され、散り散りになる。
 ルクシィ・ブライトネス(るくしぃ・ぶらいとねす)が、七緒の側に進み出た。
「今よ……ナオ君、ルクセイバーを!……は……、くっ」
 七緒は彼女の胸から十字剣の光条兵器を取り出すと、アナコンダ目がけて突進する。素早い蛇の一撃をかわし、すれ違いざま、胴を真っ二つに切り裂いた。
 どう、と倒れて、動かなくなる大蛇。
 この間、わずか数十秒。
 ――敵がいなくなったのを確認すると、七緒たちは再び、音もなく水路の奥へ消えていった。
 礼を言う暇も与えてもらえなかった、ガートルードとシルヴェスター。
「通りすがり……のう……」

 その後しばらく呆けていた2人だが、何はともあれ助かった安心感と、フェレットの影も形もなくなった悲哀とを抱きつつ――帰り道の方に足を向けたのだった。

(さっきのペットの群れ、静かになったな……撃退されたか?)
 通路一本隔てた隣では、一足先に、フェレットとアナコンダをやり過ごした男がいた。
 闇の中、音もなく下水通路を徘徊している。
 その視線が目指すものは――メデューサではなく、お宝であった。
(普通はなんかあるよな……貴族が暮らしてる真下だもんな)
 パラ実のS級四天王、兼パンツ番長で鳴らす国頭 武尊(くにがみ・たける)だが、なにしろ日銭がないことにはパンツ生活にも潤いが出ないというもの。ここはひとつ――ヴァイシャリーの地下で、トレジャーハントしておこうという算段である。
(……お!)
 幾度めかの角を曲がった瞬間、ダークビジョン越しの瞳が開いた。
 明らかにこの場で廃棄されたとおぼしき、多量の本が積まれている。
(これは……)
 ぱっと見ただけでも、「パンツリボンを発明した男たち(DVD・限定)」「パンツヒストリア・リボン編(写真集・廃刊)」「むしろ。パンツが。飾り。(詩集・初版本)」という、その筋では結構な値段で取引されているレアものばかり。いずれも高く売るにはそれなりのルートを確保しなくてはならないが、武尊はそのラインナップに、持ち主の確固たる信念と意志を感じてもいた。
 変態は変態を知る。
(一分のスキもないポリシーだぜ……貴族の中にも、尊敬すべき野郎がいるってことか)
 彼はそれらを余すところなくリュックに詰め込み、再び闇へと消えていく。
 金欠病をこれで解決することはないだろう。しかし、彼の口元には、確かに笑みが浮かんでいたのだった。