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地下水道に巣くうモノ

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地下水道に巣くうモノ

リアクション

「ローザ……せっかくの休みだってのに、付き合わせてごめんな」
「いいのよ、どちらかといえば教導団の仕事みたいなもんだし」

 傍目には、熾月 瑛菜が独り言を言っているようにしか見えない。
 しかし実際は、彼女を含めて3人が併走している。
 残る2人はローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)
 ローザマリアは光学迷彩、エリシュカは隠形の術で、姿を完全に擬態している。
 光源はダークビジョンを用いており、先に発見されることはまずないであろう装備だった。
 3人ともかなりの俊足を誇り、地下水道の遊軍として、ペット退治をまかされている。
「うゅっ、ローザ、なんか……いる、よ?」
 いち早くエリシュカの瞳に映ったもの。
 ほどなく二人もそれを認める。
「ウサギ?」
 瑛菜が呟いた。
「いえ、ちょっと雰囲気が違うわよ」
「まあどっちにしろ、最初の一手は決まってるけど」
 そう言うと、瑛菜の鞭がしなり、空中で激しく破裂音を立てた。
 たいていのペットはこれだけで撃退できる。
 しかし、そのウサギは、逃げるどころかこちらに向かって飛びかかってきた。
「ヴォーパル・バニーよ!」
 ローザマリアが叫ぶ。
 すらりと長く伸びた前歯が、瑛菜の首を狙って飛ぶ。
 ヴォーパル・バニー。別名「首狩りウサギ」である。
「はわ……んんっ!」
 エリシュカがサイコキネシスでウサギの動きを封じる。
 ローザマリアのアサシンソードが閃き、ウサギはその場で倒された。一瞬の出来事である。
「あ、危なかった……歌手生命が終わるかと思ったよ……」
 歌手というか、普通に生命が終わるところだったが、瑛菜はそこまで深刻ではない。
「にしても、ローザとエリー、凄いコンビネーションだよな……何が何だか分からなかった」
「うふふ」
「はわ……」
「? なに?」
「瑛菜に向かって行くのは決まってたからね。それが分かってれば、簡単よ」
 瑛菜は納得した。
「ああ! ふたりは見えないもんな……つまりあたしは的に……的!?」
 ローザマリアは笑う。
「的だなんて人聞きの悪い。瑛菜がいなければ、このコンビネーションは成り立たないのよ」
「そっか! あたしもコンビネーションの一部なんだね。……いや、そう言われると何か嬉しいな」
 端的に言うと、このあたりが、熾月瑛菜という人物の魅力のひとつであろう。
「なんか貸スタジオ行きたくなってきたよ。今ならいいグルーヴで演れそうな気がするんだ」
「はわ……終わったら、行こう、ね?」
「ようし、とっとと片付けるわよ」 
 そう言って、猛然と足を速める3人であった。

   ◇

「もうすぐです。この角を曲がれば、あとはまっすぐ……」
 鉄心と朔夜の指示通り、フェンリル一行は、まさにあのとき、美緒を失ったその場所へたどり着こうとしていた。
 その、最後の角を曲がる。鉄格子は……ない。
 水路が枝分かれする度に、人数を割いてそちらに当たらせてきたため、本隊の人数はずいぶん減った。
 それでも、フェンリルたちが最初にメデューサの元にたどり着いたのは、またしても幸運だろう。
 連絡手段を持っているものは、急ぎ本隊に合流するよう呼びかける。
 あとはメデューサをなんとかするのみだ。

 その最後に超えるべき十字路に、とんでもないものが待ち構えていた。
 熊である。いや、常識から言えばとても熊の大きさではない。
 ……パラミタ・グリズリー。体長4メートル、体重1トン。
 この場所以外で出会ったなら、逃げる以外の選択肢はない。
 その凶獣の目は、突如訪れて住居を踏み荒らす集団に対しての、紛う事なき怒りに満ちていた。
「ここまで来て……くっ!」
 フェンリルが苦渋の表情を見せる。
 その眼前で、悠然と前足を掲げるグリズリー。
 耳をつんざく咆哮が、通路中に響き渡る。

「これも、ペットの成れの果てだと言うのですか……」
 進み出たのは、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)
 自分より倍以上も大きい相手に、憶する様子もなく、その前に立つ。
「あなた方に対して、身勝手は百も承知です。しかし、邪魔するというのであれば容赦はできません」
 クライスはヴァーチャースピアをゆっくりと構えると、グリズリーと真っ向から向き会った。
「こいつぁまた、でかい獲物がいたもんだぜ」
 クライスのパートナー、ジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)が軽口を叩きながら、クライスの側に並ぶ。
 肩にはクレセントアクスを無造作に構え、悠然と熊を見やる。まるで犬か猫を見るような目だ。
 と、ジィーンはいきなり、グリズリーに猛然と体当たりをぶつけた。
 予想外の先制攻撃に、さすがの熊も、数歩後ろに下がる。
 通路に隙ができた。
 熊の右腕が、ジィーンに向けて振り下ろされる。食らえば死ぬ。間違いなく。
 しかし、その鉄も削るような爪の一撃を、クライスはエスクードでがっちりと受け止めた。
「ぐ、くっ」
 受けた手の骨がきしむ。速い、そして重い。
「ランディさん!」
 クライスが叫ぶ。
「ここは僕達が食い止めます。どうか……」
 エスクードに力を込め、グリズリーの右手を引きはがした。
 もはやグリズリーの殺意は、完全にクライスとジィーンの二人に向いている。
「どうか、先に」
 ふたたび槍を正面に構える。グリズリーが一際大きな咆哮を上げた。

   ◇

「ない、ない、このゾーンにもない、っと……」
 その頃、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、メデューサ化の原因を探すべく、地下通路の探索を進めていた。
 トレジャーセンスを全力で働かせているが、引っ掛かるものは皆無であった。
 時にはメデューサがいると目されるゾーンの裏側まで回って探索してみたが、やはり何も見つからない。
 とりあえず、アイテムではないことは確定のように思える。
「うーん……アイテムじゃないのかしら? じゃあどうやって、人間をメデューサに変えるっていうの?……」
 体にまとっていた魔鎧の那須 朱美(なす・あけみ)が、鎧から人の形に戻って答える。
 別に鎧のままでも会話できるのだが、まあ気分的な問題だ。
「アイテムじゃないなら、まあ、人ってことだよね。誰かに直接、呪いか魔法をかけられたか。恨みを買うとか、なんとかしてさ」
「それにしたって、人を直接魔物に変えるほどの魔術師とか呪術師なんて、いるの?」
「んー……。いない、とは言い切れない、としか言えないけれども」
「煮え切らないわねぇ」
「お互い様でしょ」
「……でも、取り敢えず調べるところはもうないわ。メデューサ組と合流するしかなさそうね」
「うん。こうなるとメデューサ自身の他に、手がかり無いようなもんだし」
 二人は頷き合うと、朱美は再び祥子の体を覆った。
「もうひとふんばり、お願いね」
「はーい」

 二人は、取り留めもない会話を続けつつ、最後に残された一画へ向かって歩き始める。