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地下水道に巣くうモノ

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地下水道に巣くうモノ

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 その日のヴァイシャリーは、雨だった。

 普段なら色づいた街中の木々が、美しいこの街の秋を彩るところである。
 しかし空は重苦しい灰色に覆われ、行き交う人々の表情も一様に曇っていた。
 ヴァイシャリー地下水道入り口にほど近い木陰には、すでにフェンリルの呼びかけに応じた生徒がちらほらと集まってきている。
 
「メデューサ、か」
 口を開いたのは早川 呼雪(はやかわ・こゆき)
「確かに、新入生二人でどうにかなる相手ではないな」
 フェンリル・ランドールは、先輩の言葉に目を伏せた。
「……すみません」
 呼雪と同じ薔薇の学舎の、鬼院 尋人(きいん・ひろと)がいきり立つ。
「信じられないな。そんな場所に……百合園の女生徒を連れて行くだなんて」
 険しい表情を浮かべて、フェンリルを叱責する。
「しかも、一人で。――危ないとは思わなかったのか?」
「まあまあ、ランディ君はベストを尽くしたと思いますよ」
 尋人のパートナー、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)が助け船を出す。
 ランディ、というのはフェンリルの愛称だ。
「普通、この美しいヴァイシャリーの地下にメデューサがいるなんて思いませんしね」
 呼雪が答える。
「なんにせよ、その場で戻ったのは賢明だった――こうして救助に向かえるわけだからな」
 その言葉に、フェンリルは頭を垂れる。

「それにしても――」
 微笑みながら黒崎 天音(くろさき・あまね)が言う。
「君があの有名な泉 美緒と懇意とはね。隅に置けないじゃないか、フェンリル・ランドール」
「い、いえ、ただの友人です」
 そんな話を振られるとは考えていなかったフェンリルは、思わず口ごもる。
「君にはウェルチというパートナーがいたと思ったが、今日は一緒じゃないのかい?」
「……これは俺と泉の問題だと思ったので。彼は巻き込みたくないんです」
「ほう?」
 天音の眉がかすかに上がる。
「その言葉、ウェルチが聞いたら怒りそうだね……」
「そ、そんなことは」
 からかわれているのか、そうでないのか、このイエニチェリの瞳はなかなかそれを感じ取らせてくれない。
 ひゅぅ、とヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が口笛を吹いた。
「ウェルチ君と美緒ちゃん、二人をねー。ランディ、飛ばしすぎは後から来るよー」
 フェンリルは赤くなってうつむいた。後から何が来るのだろう。いやそうじゃなくて、何か誤解されているような気がしてならない。
「……天音、その辺にしておいてやれ」
 天音のパートナー、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、やれやれといった感じで天音を諫めた。
「話は全て終わってからでよかろう」
「そうだね」
 ヘルが相槌を打つ。
「だいたい、当事者が石化してちゃ面白くないもんねー。とっとと助けて続きといこうか」
 
 ――ヴァイシャリー地下水道は、上水道と下水道の二階層に分かれており、深い方が下水道となっていた。フェンリルの話によると、メデューサと遭遇したのは百合園女学院のちょうど真下あたりにある、広い一画だったようだ。

「とすると、……この辺かしら。随分遠回りしますのね」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、百合園女学院管理組合から借りてきた地下水道の地図を眺めている。
 美緒の安否はかなりの人間が気に懸けるところだが、彼女の気持ちは一際大きい。
 亜璃珠を(お姉様)と呼ぶ美緒の声を思い出すと、胸が詰まる。
「この鉄格子、開けて進めませんの?」
「分かりません……錠前は特殊な感じがしましたし、鉄格子の場所も、今とは違うように見えます」
 フェンリルが記憶を手繰りながら答えるが、メデューサへの道筋は完全には思い出せない。
 無事に帰ってきたこと自体、かなりの幸運だった、という気がする。
「そう……確かに、侵入者を遠ざける目的ですしね。仕方ありませんわ」
「でも、壁は同じですよね?」
 そう言って、銃型HCのコンソールを開いたのは笹野 朔夜(ささの・さくや)
 眼鏡に指をやりながら、地図を素早くスキャニングして、HCに取り込んでいく。
「そのデータだけで、大まかな進路は割り出せると思います。鉄格子の場所が変わっていても」
 さらに源 鉄心(みなもと・てっしん)が、自前の地図にせわしなく筆を走らせながら言う。
「ならば、手分けして進んだ方がいいのかもしれないな。大勢が一度に通れる広さでもなさそうだし」
「……そうですね。僕はマッピングに専念しますから、皆さんが一度通った道で迷うということはないと思います」

 このように、地下通路の入り口で待機していた一団。
 ――そこへ、おずおずと現れた人物がいる。ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)だ。
「お、俺様も一緒に行っていいか? ……将来を約束したパートナーが、ここで行方不明になっちまってよ……探しに行きてえんだ」
 呼雪の目に悲哀の色が浮かぶ。
「なんと気の毒なことだ……分かった。いま、地図を写してやる」
「すまねえな」
 ゲドーは呼雪から地図を受け取ると、そそくさとその場を離れた。

   ◇

「リファニー。美緒ちゃんは確かにそう言ったのね?」
「ええ。メデューサを見て」
 フェンリルに尋ねているのは七瀬 歩(ななせ・あゆむ)
「その名前を聞いたことはないけど、美緒ちゃんの友達――百合園生かもしれないってことよね」
「だと、思います。メデューサの側にあった石像も、百合園の制服を着ていました」
「――妙なこともあるものですね」
 伊東 武明(いとう・たけあき)が言う。
「人が魔物に変わる……あるいは、魔物が人の形をとっていたのかもしれませんが……」
 確かに、その可能性もある。
「……女の子をメデューサに変えちゃうなんて」
 隣では、七瀬 巡(ななせ・めぐる)の華奢な体が怒りに燃えていた。
「その悪い奴の居場所を突き止めたら、ボクが一番にとっつかまえてやるんだ!」
「巡、メデューサって知ってたっけ?」
 気合い十分の巡に、ふと歩が尋ねる。
「歩ねーちゃん、それくらい知ってるよ! 目を合わすと石にされちゃうんでしょ! そんなのボクは全然怖くないよ」
「じゃなくて、メデューサの髪は、ヘビなのよね。全体的に」
「!!!!???」
「うん。だから……おっとっと」
 あまりの衝撃に崩れ落ちる巡の体を支える歩。
 その姿勢のまま、フェンリルに言う。
「あたし達は、地下水道の外を調べてみる」
 伊東が頷いた。
「ええ、彼女に関する調査は無駄にならないと思います」
(ま、ま、負けないぞ。ボクの目が黒いうちは、悪いことなんてさせないんだ……)
 強烈な精神的ダメージを受けつつも、気丈に振る舞う巡。
 まだこの世に生まれて日は浅いが、なかなか将来有望なのであった。

「歩おねえちゃん! ボクもいっしょに、調査するです!」
 事件のことを聞き、白百合団へ協力を求めにいったヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)
 遠目に歩の姿を認めると、勢いをつけて走りながら歩の背中に飛びついた。
「う」
「わ」
「きゃー!」
 巡を抱えていたのと、ヴァーナーの勢いが強すぎたのが原因か。
 見事に転がっていく3人を、武明は微笑みながら見つめる。

 とはいえ、ヴァーナーの根回しは優秀で、すでに地下水道の入り口には治療と警戒のために、幾人かの白百合団員が集まりつつあった。
「……じゃぁボクは、リファニーちゃん以外に、行方不明の人がいないか調べるです!」
 額に巨大な絆創膏を貼りつつ、ヴァーナーは言う。
「石像がほんとに百合園の女生徒なら、必ずわかるはずです」
 歩が答える。
「うん。被害者は美緒さんだけとは限らないもんね」
「まかせとけ、です!」
 ヴァーナーは来たときと同じスピードで、そのまま街に向かっていく。
「よーし、ボクも行くよ!」
 一連のやりとりで何となく元気になった巡が、ヴァーナーの後を追うように、率先して駆けだした。

   ◇

「――殺した方がいいな」
 白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が虎徹の刃を眺めながら言った言葉に、一同が静まりかえる。
「助けるのもいいがよ……元に戻してやったとして、平穏無事には過ごせねぇよ。ずっと『元バケモノ』の烙印しょっていかなきゃならねぇし、ましてや、本人にバケモノだったときの記憶が残るなら……生き地獄だぜ」
 視線を気にもせずに、竜造は続ける。
「そんな日常に戻すくらいなら、殺してやった方が親切ってもんだ」
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が口を開いた。
「――そうかもしれませんね。ただ」
 自分の左手を見つめながら言う。
「いえ、死ねば終わりだ、などと陳腐なことを申し上げる気はありません」
「……」
「ただ、過去がどうあれ、物質的に元に戻れる選択肢が残されているのなら、あえてそれを摘み取るのは得策ではない……といったところでしょうか。全く私的な意見ですがね」
「……ふん。てめえ、アンデッドか」
「如何にも」
 エッツェルは微笑んだ。
「死んだ後に地獄を免れる保証はないということです」
 竜造の目が光る。
「面白ぇ。そんならやってみるんだな、『人助け』を。行くぞ、フェム」
「……はい」
 竜造はきびすを返すと、傍らで所在なげに佇んでいたパートナーのウェム・レットヘル(うぇむ・れっとへる)と共に、その場を後にした。