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リアクション
その頃。
フェンリル隊から少し遅れて探索している加能 シズルの傍らには、秋葉 つかさ(あきば・つかさ)、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)らの姿があった。
つかさが光精の指輪を使いながら、枝別れした道を確認していく。
別行動とはいえ、行く先々を鉄格子に阻まれて、その都度地図を見直すというのは本隊と変わりない。
時たまに襲ってくるネズミやクモを追い払いつつ、探索を進める。
しかし。
「うぅー! また行き止まりだよー!」
美羽のイライラがだんだん募ってきた。
ベアトリーチェがなだめる。
「美羽さん、探索とはそういうものです」
シズルもなだめる。
「そうです。地道な努力だけが、最後に実を結ぶんです」
つかさもなだめる。
「ええ。それに美羽様のスカート丈、絶妙に刺激的でございます」
「あぁもー! 分かったから、取り囲んで言わないで――」
美羽が耳を押さえてうずくまった瞬間、突如、頭上にジャイアントバットの群れが飛来した。
「きゃあっ!」
羽の風圧を受け、思わず叫ぶシズル。
大きい。羽の端から端まで、1メートルはゆうにありそうだ。
女性の血液に引き寄せられたのだろうか、口元には牙がちらちらと青く光っている。
いち早く反応したのはベアトリーチェだった。
「えいぃ!」
襲い来るコウモリの牙をかわし、すれ違い様に火術を放って距離を取る。
「このやろーっ!」
その隙に、美羽が巨大な剣を抜いた。刃渡り2メートルの光条兵器だ。
が、狭い通路とコウモリ相手では、その大きさの利を生かすことが難しかった。
――しばらく交戦したのち、倒せないまでも、なんとか追い払うことに成功する。
美羽は肩で息をしながら、光条兵器を格納した。
「はぁ、はぁ、おのれぇ、ちょこまかと……」
「美羽さん、あの……」
「へ?」
「……ふたりと、はぐれてしまいました」
◇
一方のシズルとつかさも、追いかけてくるコウモリの群れに手こずっていた。
「く、地上なら……もう少しやりようがあるのに」
「シズル様、危ない!」
「!」
いつのまにか後ろに回り込んだ一匹がシズルに襲いかかった。白い首筋目がけて牙が光る。
その間に飛び込んでいき、体を張ってカバーするつかさ。
ざくっ、と音がして、つかさのメイド服の肩口が、大きく切り裂かれた。
溢れる血に、コウモリ達が興奮する。
「つかささん!?」
「平気です、シズル様。――むしろ、私を囮にして撃退なさいませ」
「何を言ってるの! いま治し――」
手当をしようとするシズルの手を、つかさは押しとどめた。
「シズル様、こんなところであなたを失うわけには参りません。私、いえ私たちと共に、生命の本能、欲望の神秘に触れるその時まで……」
そう言うと、つかさは破れたメイド服を一気に引き裂いた。
真っ白い肌に揺れる、豊満な胸があらわになる。
「え、ええ!?」
思わず目を覆う。溶岩のように赤熱するシズル。
つかさは流れる血もそのままに、半裸で光る箒にまたがると、そのまま宙へ浮かんだ。
ジャイアントバットにとってこれほどの獲物は存在しない。シズルに背を向け、一気につかさへ襲いかかる。
「今です、シズル様!」
「くぅうっ!」
シズルは刀を捨て、脇差と小太刀の二刀流に持ち替えた。
そのまま水路の壁を蹴り進み、コウモリを後ろから次々と疾風突きで落としていく。
飛ぶ方向が決まっているコウモリなど、もはやただの的だった。
最後の一匹が、石畳に落ちる。
「お見事です、シズル様」
「馬鹿! なんてムチャするのよ! 早く何か着て! あ、でも手当を……」
シズルは軽いパニックになっている。
「大丈夫です、これしき……それよりシズル様」
つかさは落ち着き払った表情で服を修繕し、ナーシングを始めつつ、シズルに向き直った。
「は、はい?」
「私の胸、いかがでした?」
ばくん。
シズルの心臓が再び跳ねる。
「あ、あの、どうとかって言われても」
「今、シズル様の中にあるお気持ち……それこそ、私たちが敬ってやまないものです」
「……」
確かにあの瞬間、何か言いしれない感覚がシズルの胸を襲ったのは確かだった。
とにかく経験自体が初めてだったというのもあり、それの正体は自分でもまだ分からない。
「お分かり頂けましたか、のぞき部の、崇高なる存在意義が」
さっきよりもさらに赤くなるシズル。
「……た、探求という意味でなら……少しだけ、なら……」
つかさは満面の笑みを浮かべた。
「それでは……」
「は、早く美緒さんたちを助けに行きましょう! ね!」
言うやいなや、早足で歩き始めるシズル。
(シズル様……やはりお見事な方です、うふふ)
かすかな、しかし確かな手応えを感じながら、つかさはシズルの後に続いた。
◇
「ノクトビジョンかぁ……苦手なんだよな、これ」
また別の地点では、レオン・ダンドリオンが歩を進めていた。
地下水路はいよいよ入り組んできており、いつどこからモンスターが現れるか分からない。
闇の中で集中していることは、普段より遙かに疲労を伴うことだった。
「……ていっ」
その時、通路の安全を確認したルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、いきなり片手でレオンの肩を揉んだ。
「いだだだだだだ!!」
思わず悶絶する。無理もない。万力を使うマッサージ屋などこの世にいない。
「うーん、凝ってるね、レオン」
「……、もうすでに、凝りなのか負傷なのか分からねぇ……」
ルカルカが笑う。
「そんなに緊張してたら、いざというときに逆に力が出ないよ?」
「あ、あぁ」
「もちろん、油断は禁物だけどね……。あ、そうだ。ひとつ実地訓練といかない?」
「訓練?」
「簡単よ。そこの角の向こう、広い踊り場になってるから、2人で安全を確認するだけ」
レオンは身構えたが、それくらいなら、教導団でやっている。
「よっしゃ、お願いします、センパイ」
「ルカが先に入って右コーナー確認、あなたが左コーナーね……GO!」
言うなり、2人は角の先へ突入した。慣れた安全確認……のはずだったが。
先行したルカルカの視界に入ったもの。それは左の隅、鎌首をもたげるパラミタコブラだった。
(……!!)
続いて入ったレオンも気付いた。
「先輩! 左……」
しかしルカルカは全く気にすることなく、右隅の暗闇に目を向ける。
その腕に、コブラが飛びかかった。
「ちいぃっ!」
レオンのアサルトカービンが火を噴く。
狙いはそれほど正確とは言えなかったが、空中でコブラは被弾し、そのまま動かなくなった。
「右コーナー、クリア」
事も無げに言うルカルカ。
「センパイ、今の……」
「もちろん気付いてたよ。でも、ルカの役割は右の確認だから」
「あ……」
「もし左に何かがいた場合、あなたが何とかしてくれるってことを、信頼したわけ」
レオンは衝撃を受けた。
確かに、それも教導団で習ったことだった。もしルカルカがコブラに気を取られてしまったら、右に「別のなにか」がいた場合、2人ともやられていたかもしれないのだ。
頭では分かっている。しかし、実戦でそれができるかとなると、話は全く違ってくる。
少なくとも猛毒の蛇を前にして、それを気にしないということが、今の自分には……出来そうにもない。
「レオン、戦場で何より大事なのは、信頼よ。ルカはあなたを信頼する。今見せたように、命を懸けて信頼する。だから、あなたもルカを信頼して」
レオンの胸に熱いものがこみ上げる。
この人は未熟な自分を、今この瞬間、命を懸ける相棒として扱っているのだ。
「……了解だぜ、先輩」
レオンの目を見たルカルカは、満足気な表情を浮かべる。
「ん、よろしい。じゃあ行こうか♪」
信頼。
レオンはルカルカの気配を背中に感じながら、さっきまでの緊張が、不思議と自分の力を高めるようなものへ変わっていくのを感じていた。
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