リアクション
************************* マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)は銃を構えた。 基本の握り方、腕を真っ直ぐ伸ばして、両手で握る。 ずっと戦ってきた……これまでの人生、いつも戦ってきた。硝煙のないところで眠り目覚めた日々と、それがない日々、いずれが長いかはわざわざ比較するまでもない。 マクスウェルにとっては戦場が日常、生命の危機感をピリピリと感じる毎日に慣れきっている。だがいくら慣れようと、突入前の緊張感は決して消えないだろう。自分が突入をかける場合も、敵の突入を待ち構える場合も、いずれであっても。 ここは魍魎島の中央塔。ここがかつて、何の遺跡であったかについてマクスウェルは興味がない。現在、ここが戦場であることだけ判れば十分だ。 あえてマクスウェルは一階、それも入口付近の配備を申し出た。 そうすれば一番最初に出会うことができるだろうから。クランジ――そう呼ばれる敵と。 「ウェルさん……」 彼のパートナー御堂 椿(みどう・つばき)が心配そうに声をかけた。椿は緊張と恐怖で鼓動が高鳴っていた。超然としているマクスウェルとは対称的である。彼女は彼ほどには戦場慣れしていないのだ。 大丈夫だ、と彼は言わなかった。それこそ、椿が聞きたかった言葉であるのだが。マクスウェルに彼女を思いやる気持ちがないからではない。むしろ逆で、椿のことを思うからこそ、無責任なことを言わないのである。 かわりに、マクスウェルは言った。 「味方を信用してはいるが敵も必死だ。ここまで到達すべき理由があるだろうからな。だが、ここで食い止めなければならない」 爆発音がどこかから聞こえてくる。戦況も、変化があるたび沙 鈴(しゃ・りん)が知らせてくれた。おおむね味方の優勢だ。だが「おおむね」というのは、反乱首謀者クランジΘ(シータ)の率いる軍が、防衛網を突破して迫りつつあるという報が届いていたからである。塔に迫り来るのはその部隊であることは容易に想像がついた。 「ウェルさん、あの……」 「どうかしたか」 油断なく窓の外を見やりつつ彼は椿に答えた。 「髪、束ねる紐が切れかかってます」 椿は手を伸ばし、マクスウェルの髪――麦の穂のように美しく豊かな髪に触れた。 「持ち合わせがあります。交換しますね」 「頼む」 マクスウェルはちらりとも振り返らなかった。 実は……嘘だ。マクスウェルの古いバンドは、痛んではいるがまだ使用に耐える。彼に触れていたかったから、つい口から出た椿の罪のない嘘だった。 そっと髪を束ね直し、椿は彼の耳に唇を寄せた。 「頼りにしています」 思わぬ言葉が返ってきた。 「自分も、頼りにしている」 彼は振り向いていた。椿との顔の距離は、僅か数センチである。 椿の胸は瞬時、鼓動を忘れた。 「もうじき敵が来る」 照れくさく思ったのか、それとも他の理由か、マクスウェルは向き直って銃の弾倉を確かめ始めた。 そのとき二人の頭上で、非常警報が鳴り響いた。 「リュシュトマ少佐率いる援軍が、沿岸部のクランジΘ残党を掃討しました。あとはシータ本隊が主な敵です。本隊が接近中。このままであれば一分せぬうちに到達するでしょう。全員、警戒願います。繰り返します……」 綺羅 瑠璃(きら・るー)の声だ。彼女は沙鈴から受けた情報を、いちはやく全軍に知らせる役目を負っている。情報漏洩対策として、塔およびその外側に陣取るメンバーから通信機器一切を没収している関係状、こうやって放送のかたちで情報伝達を行っていた。 (「悔やまれるのは……、光条兵器のリンク専用携帯電話ね」) この戦闘に備えて、沙鈴はメンバーの携帯電話等を禁止したわけだが、これが光条兵器発動を不可能にするという欠点を補うべく、音声やメールでの通信機能を省いた、光条兵器のリンク専用携帯電話の作成を考えていた。残念ながら開発は間に合わず、今回はそうした道具のないままこの戦いに臨んでいるのだ。 間もなくして、等の外部から砲撃が始まった。 白い量産型機晶姫、『ピース』部隊が一斉攻撃をかけているのだ。黒の『ピース』がチェス駒を偽っての作戦行動をかけていたというタネは既に割れてしまっている。だがこちらはシータが直々に指揮しているのだ、黒の部隊ほど単純ではなかった。 「情報漏れはないはずじゃな」 秦 良玉(しん・りょうぎょく)は銃剣銃を構えると、確認すべく沙鈴に問いかけた。 「そのはずです」 鈴はさっと髪を流すと、槍を構えた。すでにこの時点で、鈴はボロ雑巾のように疲れきっている。前線指揮を担当していたクレア・シュミット大尉とは異なり、彼女は教官として、この塔を作戦司令室とし各所に指揮を出していたのだ。今日はまだ暗いうちの、軍用通信機の貸与と操作方法のレクチャーにはじまり、混成部隊各員の相互面識を深めたり、作戦概要の確認を行ったりと準備段階から大忙しだった。もちろん、敵が上陸してからは戦場全体の把握に努め、ひっきりなしに無線連絡を行っていた。 こうして警戒を始めた最初の日にクランジが攻めてきてくれたのは、ある意味僥倖ではあった。こんな緊張感に満ちた日々が何日も続けば参ってしまうだろう。 しかもこれら作戦には、ごく一部の者しか知らない『究極措置』が用意されていた。すなわち、圧倒的不利、あるいは敗北が認められた場合、リュシュトマ少佐率いる海上部隊より航空機が飛び立ち、爆撃が行われる予定だったのである。もちろん味方の避難を行う予定だが、予期せぬ犠牲が出る可能性は十分すぎるほどあった。核を使用し、魍魎島ごとクランジを地図から消すという乱暴な計画も噂されていただけに、まずは一安心と言って良いだろう。 |
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