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リアクション
●決戦
巨大なミサイルが命中し、塔が激しく揺れた。
これに耐えきれず、ついに塔の外壁は粉砕されている。
「いよいよね。外側からの味方が、間に合えばいいけど……」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は蒼炎槍を手に階段を駆け下りている。
「ルカ、急げ!」
三階からダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が声を上げた。
「ごめん。すぐに行くから」
するすると階段をルカが駆け下りてきた。
「何をしていた」
ダリルが冷たい目で問うた。
「えっと……私用」
ダリルはそれ以上は訊かなかった。ある程度想像が付いたからだ。
「早く行け」
それだけ言って、階下までルカを急かせた。
ダリルの前にはモニターがある。一台や二台のモニターではない。ずらり十数台、四大ずつ積み上げられぐるりと彼を囲むように積まれている。いずれも塔の内外に設置された監視カメラからのものだ。この数多くの『目』で彼は戦況を把握しているのだ。
モニターの一つにはルカの横顔が移っていた。どことなく少女のようでもあるが、そこには確実に、ある種のカリスマ性が感じられる。
(「その甘さがなければ、双ぶ者なき将器なのだが……」)
このタイミングで私用などと……口惜しく思う。しかもその内容は、ダリルには容易に想像が付くものだった。
ルカが直前に行っていたこと、それは、ユマへのお守りの手渡しだった。忘れていたわけではないが、直前まで渡すタイミングがつかめなかったのだ。
鋼鉄製の十字架――出撃前の話だが、ルカは一人の青年士官からこれを託されたのである。
ユマを頼みます、とその士官は言った。悲痛なまでの訴えだった。ルカは彼を知っている。だが、彼がユマに抱いている気持ちは、このとき初めて知った。
彼はこの日、リュシュトマの傍らにあり、戦列に参加していない。
せめてお守りだけでも、彼女のそばにありたいという気持ちなのだろう。
それまで鉄扉だったもの(今は崩れて中途半端な遮蔽物になっているもの)の向こうに、ついに晴れた空と不毛の土地、そして敵兵が見える。
クランジ……カスタムタイプの『ピース』と呼ばれる一群だ。いくらか汚れてはいるがその表面はいずれもつるりと白く、それが逆に、葬儀の参列客のようで不気味だった。
深呼吸して琳鳳明は構えた。八極拳の基本立ち。この姿勢を取るとき、いつでも鳳明の肉体は、養父に武術を仕込まれた修業時代のしなやかさを取り戻す。
「今日は死ぬにはいい日だ」
彼女はそっと、呟いた。
誰に聞かせるための声でもない。強いて言えば己に向かっての言葉。
これは前線に出る時の儀式。
それは覚悟。
死を想い覚悟する事で、生きる覚悟を…そして生きる術を見出すのだ。
(「死ぬのは怖い、寂しい、哀しい……。だから生きるんだ。全力で、前を向いて」)
この構えが鳳明は好きだった。なぜならこれは、前を向く姿勢だからだ。
「よし、行くよ天樹ちゃん!」
最初に入口を超えてきたクランジに、鳳明はの荒鷲さながらに飛びかかった。
藤谷天樹は幽鬼のように、鳳明の背後に付き従っている。
(「……僕はESP能力と引き換えに……戦う力の大部分を失った。そして鳳明の契約者っていう居場所を得た」)
それが良かったのか、悪かったのか、未だにわからない。判断できない。同時に、天樹は思う。
(「……ユマは他クランジからの保護と引き換えに、戦う力を失った。そして……彼女は何を得るんだろう?」)
それを知るために、今は戦おう、そう誓って彼はフラワシを召喚した。
シータは途上で残る兵力を糾合したのだろう。白の『ピース』のみならず、無印の量産型や蜘蛛型機械、犬型機械も姿を見せている。窮鼠猫を噛むのたとえにあるように、もう後がないと判っているからかその勢いは強かった。
そのとき、声が轟いた。
その声は、これだけ銃弾が飛び交い、爆発が頻発する中でも、ここにいるあらゆる国軍兵の耳に届いた。まるで突き刺さるように。
「国軍の誇りを持ち、ユマと民間人の盾となれ! 兵一人、弾一発たりとも、突破させるな届かせるな!」
「おお!」これを聞いて、最前線のカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)はどれほど頼もしく思ったことか。「ルカルカか!」
「うちの大将ながら惚れ惚れするぜ!」
夏侯 淵(かこう・えん)もその声に大いに鼓舞されている。ライフルで的確に犬や蜘蛛を撃ち抜いた。
(「さっすが……!」)
鳳明も鼓舞された一人だ。
(「甘さ……か。俺は思い違いをしていたかもしれんな」)
三階でこれを見守るダリルも、いまのルカを素直に称賛せざるを得ない気分だった。ルカルカの鼓舞が合った途端、教導団員はもちろん、マクスウェルらまで活力を得て再び勢いを増したからだ。
この瞬間、ダリル・ガイザックは戦機を見出していた。マイクに向かって告げた。
「例のやつを発動する。カルキノス、始めろ」
「おうさ!」
ルカの傍にいたカルキノスが、ぱっと走って壁に埋め込んであったフタを開いた。そこには一本のレバーがある。ためらわらず彼はこれを引いた。
装置が、起動した。
この装置は天井や床の反響を利用するため、残念ながら室内でしか使用できない。大規模な発電装置が必要という点もネックであった。しかし、その分効果は絶大である。
クランジ量産型がバタバタと倒れた。しかもそれらは、倒れたのちポンポンと、ポップコーンのように四肢と頭部を破裂されて活動停止したのだった。
「いくらかは対策してあったようだが、この環境を利用して強化しておいた」
ダリルは効果の程を見てうっすらと笑んだ。敵の少なからぬ割合を占める量産型クランジが、これで一機に戦闘不能となったのだ。外にまだいる個体ももう入っては来れない。
装置の招待は電波発生器だ。この電波は人間にも、大抵の機晶姫にも影響がない。ただし、量産型クランジだけは別だ。これを受けると動作不能になり、やがて爆発するのである。シータも短時間で対策を施したのであろうが、電波を強力にするだけで簡単に突破できた。さすがに『ピース』は無事のようだが、犬機械や蜘蛛機械も近いところの回路が組み込んであったのだろう。確実に動きが落ちた。
ダリルの計略はこれにとどまらない。
「で……『ピース』とかいう駒野郎どもにはこれだ。カスタム機が出てくることなんざ予想済み、だからこいつを用意させてもらった、ってわけ」
ライフルを構え、夏侯淵はトリガーを引いた。
ただのライフルではない。特殊弾が込めてある。
「これもダリルお手製なんだよな〜。気に入ってくれれば嬉しいぜ!」
ニヤリと夏侯淵は笑った。弾は、ゴッ、と音を立ててポーンの胸部に突き刺さった。するとポーンの動きは明らかに悪化した。そればかりか、へなへなと崩れ落ちて痙攣しはじめたではないか。
「あれは?」
セラフィーナ・メルファが問うた。夏侯淵は頷いて告げる。
「仕組みは俺もよくわからないんだが、コンピュータウイルスを放出する専用麻酔弾らしいぜ。あのユマ・ユウヅキが自ら検体を志願したからこそ作れた弾丸だ。量産型と普通の差はあるとは言っても、共通の部分はあるはずだからな。そこら辺を狂わせるんだってな……一発一発のコストが物凄く高いから、実はあと三発しか残ってないのが欠点といやあ欠点だ」
逆に言えば、あと三体は確実に仕留められると言うことだ。
「さあ、とっとと出てこいシータぁ! お前用のスペシャル弾も準備してんだからな!」 夏侯淵は吠えるが如く言った。