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リアクション
●シータとユマ
ある程度撃退したところでルカルカは味方を指揮し、二階まで後退させた。
追いかけて来たシータ軍こそまさしく餌食だ。なぜなら一階のフロア床には強力な電磁石が埋設されており、敵が到達したところで一気に通電が行われたためである。
ほぼ金属製のクランジや機械獣にとっては、食虫植物の森に迷い込んでしまったに等しい。たちまち足を絡め取られ身動きができなくなる。
「親衛隊前へ! 撃て!」
ここでルカが一斉掃射を命じた。弾丸の雨、続いて、鳳明やカルキノスら近接攻撃隊が続く。コンピュータウイルスの弾丸もある。これでほぼ、部隊は総崩れだろう。
「好調すぎませんか?」
同じくモニターを注視していた沙鈴に声をかけられ、ダリルは豁然と目が覚めたように、
「確かに……それに、シータの姿が……!」
どこへ行ったというのだ。接近時、確かにクランジΘはそこにいた。カメラに映っていた。それなのに、突入が始まって以来、彼女は忽然と姿を消したのである。
「まさか……!」
ダリルは、ようやく気づいた。
(「俺としたことが……!」)
彼はモニター前に設置された机からボールペンを取り上げ、自身の膝に突き刺した。
金属が肉を破り、神経が貫かれ凄まじい痛みを与えた。
激しい痛みに呻きが洩れそうになるも、必死で堪えてダリルは眼前を調べた。数秒前まで見えていなかったもの、正確に言えば、見えていたはずなのに盲点のように、ぷつりと視界から外れていたものが明らかになる。
「モニター6番と9番……いつから、消えていた……?」
彼の目の前にある十六機のモニター、そのうち二つが暗転していた。
催眠術だったのだ……6番は外に面したモニターだ。恐らくは、カメラ越しにイメージ映像を送るなどの方法で催眠術がかけられたに違いない。
敵襲に集中しすぎた。その心の隙をつくという、正統派と言えばこれ以上ないほど正統派の策略だった。まんまと乗ってしまったことになる。
ダリルが醒めたことにより、沙鈴も事実に気づいた。
「9番モニターは……」
ユマの部屋です、と彼女は言った。
外壁に沿って上昇し、クランジΘは部屋に入り込んできた。
彼女は一匹の蜘蛛機械を連れていた。
「この蜘蛛、飛べるよう改造したやつを一機だけ連れてきたんだ。外見は他と同じだから、まさか飛べる蜘蛛がいるなんて誰も思わない……面白いだろう?」
強化ガラスの入った窓であったが、いくら頭脳派のシータといえど、クランジゆえそれくらい楽に破れる。
「外が気になって、窓に近づいたのが運の尽きだったね。だからこの部屋をつきとめられたんだよ。クランジΥ……いや、ユマ・ユウヅキくん」
服に付いた硝子の破片を落としながら、彼女は丁寧にお辞儀した。
「シータ。私はあなたを待っていました」ユマは落ち着いていた。座っていた椅子から立ち上がると、黒い瞳でシータを見た。「こうするために……!」そこから瞬間的に手を伸ばし、棒状の武器を射出する。
「おっと!」
シータは首を傾けるだけでこれをかわした。
「その腕、武器射出機能は壊れたままだと聞いていたけれど、いつの間にか修理していたのかい? わざわざ話してから攻撃しなければ、避けられなかったよ」
ふう、とわざとらしく自分を扇ぐような手をして、シータは続けた。
「警戒しているね? ユマ、催眠術がかけられそうもないよ」
よく見ると、シータのネクタイは『Θ』の記号と、チェスの駒をちりばめたデザインになっている。
「どうして、きみのことを殺しにきたか知りたいかい? おっと、クランジ共通の弱点云々の話はやめてくれ。そんな露骨な作り話には乗らないよ」
「意地……ですか?」
「意地?」
「……結局あなたたちは、塵殺寺院という人間の集団に使われている。それが気に入らなくて、人間なしでもできるんだ、自分たちは独立した存在なんだ、と言いたかった……?」
「面白い仮説だね。イエスと言ったら、どうする?」
「幼稚ですね、と返します。あなたのやっていることは、親に反抗したいざかりの二歳児と同じ、『パパなしでもできるんだ。ママの手を借りなくたって自分の手でできるんだ』そう言っているように見えます……」
「だったらなにか悪いのかい! ええっ!?」
シータは突然逆上し、ユマの首に手をかけた。
「自分だって、ユマに化けただけの人間のくせして……! こうやって首を絞めれば、人間なんて一瞬で事切れるんだよ。死んでしまえ……! 偽物!」
「なぜ……」
「見事な変装に、内臓武器……一瞬、騙されかけたよ! けど、さっき『結局あなたたちは』って言ったよね! 姉妹(シスター)ならそんな言い方はしないはずさ!」
スピアがシータの肩を突いた。ぐっ、と呻いてシータは床に転がる。
ルオシン・アルカナロードが部屋に駈け込んできたのだ。彼はユマ――いや、髪を自ら切ってまでユマに変装したコトノハに手を貸した。
彼と共に現れたのは蒼天の巫女夜魅、そして、
「……シータ、降伏して下さい」
本当のユマ・ユウヅキだった。金のコンタクトを入れ、長いカツラを被って、ユマはコトノハに変装していた。
窓に目を走らせたシータの前で、蜘蛛型機械が火を噴いて停止した。
柊真司が大剣でこれを両断したのである。
「どんな相手だろうと……切り捨てるのみ!」
真司は剣を返し、その切っ先をシータに向けた。西日を浴びた剣尖は、なにか言いたげに冷たい光を放った。
コトノハも掌をシータに向けている。さきほどはここから、氷術で棒状の氷を飛ばしたのだ。
階段を駆け上がってくる音が聞こえる。もはや逃れる術がないのを知ったか、一部が砕けた窓にもたれてシータは含み笑いした。
「建国の夢、果たせずか。我々上位種のクランジがこうして滅び、きみやローが生き残るとは……奇妙だね」
なにか思い出したらしい、シータはふと天井を眺めた。
「ずっと気になっていたこと、思い出したよ。ああ、きみらには関係がないことだ……」
シータはじっと天井を見つめたまま、なにかブツブツと呟いていた。
「そうか、やっぱり、三局目、私が得意の戦法を駆使していたら……やられていたね。ステールメイト(引き分け)……殺し合いに勝者などいない………あの子はそんなことを言おうとしていたのかね」
剣を手に真司がにじり寄る。
コトノハも同じだ。じりじりと近づいた。
それを止めるべく手を上げて、ユマ・ユウヅキは言った。
「待って下さい。真司さんもコトノハさんも……お願いします。私はまだ彼女から返事を聞いていません。どうか……降伏して下さい」
「だが、そいつは」
大罪人だぞ、とルオシンが言わんとするも、ユマは首を振る。
「罪というのならば、私にだってあります。罪を引き受け、贖罪をしながら生きていくほうが、ここで命を散らすよりずっといいではありませんか。さあ、シータ……これは好機ですよ」
だが、真司はシータの自爆を警戒していた。
コトノハも同じで、シータが飛び降りるか、ここで爆発するかと、突き刺さるような視線を向けていた。
シータは正面を向いた。
両眼から涙がこぼれ落ちていた。
「負けたよ……投降する…………。きみらがいれば、しばらくチェスの相手には困らないだろうさ0」
このとき、シータの顔の横を銃弾が掠めた。
「えっ!?」
反射的に振り返ったことが、シータの運命を決めてしまった。
二発目は彼女の胸に命中し、膝を折ったところで三発目が右目の下を抉った。
「窓に近づいたのが……運の尽きだったね……」
唇に真っ赤な花を咲かせ、シータは凄絶な笑みを見せた。そしてよろめくと、皮肉な笑みを浮かべながら割れた窓より塔の下へと落下した。
爆発が一度起こった。
クランジΘの最期だった。