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『終宴の波乱』


“世界の終わり”まで、あと13時間



「しっかし、あれ。どうやってとればいいんだろうなぁ」
 地下二階。
 天井付近にぶら下がるハンコを見上げて、ローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)が恨めしそうに呟いた。見つけたまではいいのだが、肝心の獲物には手が届かない。
 サイコキネシスは打ち消されてしまった。なにか結界めいたものが張られているようだ。
「まいった。お手上げだよ」
 ローグは舌打ちをしながら、ぼさぼさの髪をかきむしった。
「……たいした宝はなかった」
 立ち往生するローグのもとへ、フルーネ・キャスト(ふるーね・きゃすと)がぼやきながら近づいてくる。
 宝探しのついでにハンコを探索していた彼女は、地下二階に敷き詰められた、棺桶のような宝箱をすべて開けていた。
 しかし無駄骨だったようだ。落胆するフルーネの様子から、価値あるアイテムは見つからなかったことがわかる。
「……でも、おまけのハンコは見つけた」
 彼女が広げた手のひらには、世界救済ハンコのパーツが乗っている。
「それを手に入れただけましさ。俺なんか、ご覧の有様だ」
 打つ手がないというように両腕を広げるローグ。
 そんな彼らの隣からは、なにやら怪しげな日本語が聞こえてきた。
「あなた達も終わりたくないでしょアルね? なら、私達に助力するの事ヨ」
 美しい髪をなびかせながら、ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)が必死にゴーレムを説き伏せていたのだ。
「能率アップ、あなた、わたし、嬉しい嬉しい。両方のためになる、ユー・シー?」
 よく見るとゴーレムの手には、ハンコが握られている。
 どうやらロレンツォは、戦うことなくハンコを譲ってもらうつもりらしい。
「いや、無理だろ。相手はゴーレムだぞ」
「……ふつうに戦った方が早い」
 ローグとフルーネが、戦闘態勢をとろうとした。だが、彼らの気配に気づいたロレンツォは、穏やかに微笑んで制す。
 世界中でいちばん美しいとされる鉱物を溶かしこんだような髪が、さらりと揺れた。
 ロレンツォには、どこか有無を言わせない威圧感がある。
「ここは、あいつに任せてみるか」
 構えていた拳をローグは下ろした。彼の動きを見届けたロレンツォは、穏やかな笑みを浮かべたまま、ゴーレムに向き直る。
「いいですカ。生きているもの、すべて意志がある。それ、奪えないネ。誰も」
「ウォ……」
 ゴーレムが唸り声を上げる。よくわかっていないようだ。
 それでも、ロレンツォは説得をやめない。
「無駄な命などナッシングですヨ。みんな、大切。ユーのような泥人形でも、誰かのフェイバリットですネ」
 日本語は怪しいが、必死の説得がゴーレムの琴線に触れたらしい。
「ウォ……ウォォォォ!」
 ゴーレムが雄叫びを上げながら、涙を流していた。ロレンツォの誠実な言動に感動したのだ。ゴレームはひざまずくと、震える右手で、持っていたハンコを差し出す。
 ロレンツォはにこやかに差し出されたハンコを受け取った。
「すごいな、おまえ。ゴーレムを説得するなんて」
「ハハハハ」
 ローグの賞賛をうけ、ロレンツォはまんざらでもなさそうに笑っていた。

「あら。ロレンツォも手に入れたの?」
 同じフロアを探索していた、アリアンナ・コッソット(ありあんな・こっそっと)が戻ってくるなり言った。手に入れたばかりのハンコを誇らしげに見せびらかしながら。
「それにしても。余計なことをしてくれたものね。まだまだエンディングには早いでしょ、この世界」
 こんな状況でも動じていないアリアンナに、ローグが感心しながらつぶやく。
「なかなかできるみたいだな。おまえなら、あれを取れるんじゃないか?」
 ローグが指さした、天井付近にぶら下がるハンコ。
 アリアンナは近づき、あれこれと調べはじめた。トラッパーの知識。ピッキングの技術。持ちうるスキルを総動員させる。
 だが、アリアンナの表情は暗い。
「ダメね。私じゃどうにもならないわ」
「そうか……。アゾートから聞いていた限りじゃ、あれでラストなんだがな」
 悔しそうに、ローグは最後のハンコを見上げていた。
 と、そこへ――。
「宝なんてありゃしないじゃないか!」
 フロア内に怒声が響き渡った。
 東 朱鷺(あずま・とき)が、不機嫌そうに毒づいている。
「なんだこの遺跡は。妙なトラップと、棺桶みたいな箱があるだけで、役立ちそうなものはない!」
 どうやら混乱に乗じて宝を探したものの、収穫がなかったらしい。
「……明日、世界が終わるかもしれないのに。強欲」
 自分のことを棚に上げてフルーネがつぶやいた。言っていることはもっともらしいが、そんな彼女もまた、さっきまでお宝を探しまわっていたのだ。
 フルーネを見下ろしながら、朱鷺は吐き捨てるように言う。
「ふん。たとえ世界が終わろうとも、探求をやめない。それが朱鷺の生き方だ。――地球の古い言葉にこんなものがある。『朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり』」
「あっ。その言葉、知ってますヨ。たしか「子牛」とかいう人デース!」
「孔子だよ」
 牛の鳴き声をまねるロレンツォへあきれながら、朱鷺はこの場を立ち去っていく。
「あー、くそっ!」
 去り際、朱鷺は苛立ち紛れに壁を殴った。
 彼女の姿が見えなくなってから、しばらくして。
 ガガガッ……ガガガッ……
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッ!
 壁が、激しく揺れはじめた。
「どうなってんだ!?」
 残されたメンバーは、震える体をなんとか抑える。
 なにか、トラップでも発動したのだろうか。
 あれだけビクともしなかった仕掛けが、破られようとしているのだ。いきなり強敵が飛び出してきてもおかしくはない。
――しかし。何事もないまま、揺れは収まっていった。
 静けさを取り戻した壁の前に、ぶら下がっていたハンコが、ぽとりと落ちる。
「な、なんだよ。あんだけ悩ませといて、壁ドンでよかったのかよ……」
 すっかり緊張感の抜けたローグは、やつれた表情でハンコを拾い上げた。


「ねえ、ちょっと。大変なことになったわ」
 ただならぬアリアンナの声をきき、ロレンツォがすぐ声のするほうへと向かった。
 ローグもフルーネをつれて、アリアンナのもとへと向かう。
「……まいったね、こりゃ」
 苦笑いしながら頭をかくローグ。
 本来なら、彼らの前にあるはずの階段が、頑丈な壁に阻まれていた。