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リアクション
『臨終の不安』
“世界の終わり”まで、あと8時間
「この罠を超えれば、地下三階へいけます」
階段に設置された最後の罠。
超感覚で探っていた山葉 加夜(やまは・かや)が、トラップ解除を発動させる。危険が去った階段を下りて、アゾートを先頭にした一行は、ついに地下三階へたどりつく。
念願の『世界終焉カレンダー』は目の前である。
しかし、アゾートの表情は冴えなかった。
「どうしたの。アゾートちゃん?」
「ボクが、ひとりでやれたらよかったのに」
アゾートは、面倒なことに巻き込んだのではと気にしているようだ。
責任を背負い込むアゾートへ、加夜は優しく微笑みかける。
「気に病むことはありません。アゾートちゃんが『世界終焉カレンダー』の存在を見つけてくれなければ、私たちは何も知らないまま、世界の終わりを迎えていました」
「そのとおりよ。むしろ大手柄なんじゃないかしら」
艶っぽい口調で会話に参加したのは、ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)だ。
ニキータは、アゾートに目線を合わせながら「ところで。ひとついいかしら?」と訊いた。
「女王器って、シャンバラ女王の所縁の品らしいけど。世界を終わらせるなんて物騒なもの、女王様がつくるかしら?」
「たぶん、女王様は関係ないと思う。でも、それに匹敵するくらい、強大な力がある」
「なるほど。それなら納得だわ」
淑やかな仕草で人差し指を立てながら、ニキータはつづける。
「それにしても失礼しちゃうわよね。今回の参加者には、世界の終わりを信じていない人もいたみたいだけれど。こんな可愛い子が嘘つく訳ないじゃないの!」
ニキータはそう言って、アゾートの頭をぐりぐり撫でまわした。
いくぶん迷惑そうな表情を浮かべたアゾート。だが、自分の意見を肯定してくれたので、嬉しそうでもあった。
ふたりの様子を温和な目で見つめていた風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が、囁くように口を開いた。
「アゾートさんには、賢者の石をつくりあげるという夢があるんですよね」
彼の言葉に振り向いたアゾートは、無言でうなずく。
「僕はその夢を叶えて欲しいと思っています。全力で、貴女や貴女の未来を守りたいんですよ」
「……ありがとう」
優斗に励まされて、アゾートは伏し目がちにうつむいた。照れを隠すように、くしゃくしゃになった髪を直している。
うつむき加減のアゾートを庇うように立つと、優斗は凛とした声で言った。
「貴女の未来を守るために――。まずは、この巨大甲虫たちを倒さないとねっ!」
彼の掛け声を合図にして。
一同は目の前のモンスターへ向け、戦闘態勢をとった。
地下三階。奥のフロアは。
すっかり巨大甲虫の巣窟になっていた。
彼らの前に立ちはだかる、硬い甲殻に覆われた虫の群れ。全長2メートルはあるであろう巨大甲虫が、部屋の中央に備え付けられた、石像の周りに集っている。
もはや回避は不可能であった。
このフロアにあるカレンダーにたどり着くためには、モンスターを殲滅させなくてはならない。
ざっと数えて十匹はいる巨大甲虫へ、メンバーは攻撃をしかける。
口火を切ったのは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。
彼女はスキル・絶対領域を発動させた。周囲に張られた結界により、巨大甲虫へダメージを与えていく。
敵の足止めをしているうちに、詩穂はすばやく次のスキルをくりだす。オートガード。そしてオートバリア。消耗戦を見越して、先に耐久力を高める戦法だ。
準備を整えた詩穂は、一気に戦線へ躍り出る。
小柄な体を躍動させて、猛々しく掲げた槌を、豪快に振り下ろした。
グシャッ。
モンスターの甲殻は砕かれ、吹き飛んだ血肉が、遺跡内に不気味な壁画を描く。
「世界は終わらせないよ! 詩穂には、会いたい人がいるんだから!」
壊せないものなど何もないといわんばかりに、彼女はハンマーを堂々と担いだ。
そんな詩穂の背後では、ニキータがナックルを悠然と構えている。
「あらぁ。怖い虫さんたちの、ご登場ね」
などと科を作っていたが、その瞳は真剣だ。素早い動きで射程圏内に入ると、甲殻の繋ぎ目へむけて打撃を打ち込んでいく。
武装のひとつであるフラワシ、『大熊のミーシャ』を呼び出して援護させるあたり、油断はない。
「アゾートさんはこっちへ」
優斗は、非力なアゾートを安全な場所へ誘導しながら、牽制攻撃を仕掛ける。かき乱されているモンスターへ、加夜は両手に持った剣で切りかかった。
「こうなったら、私も戦います」
できれば戦闘は避けたかった彼女であるが、とっくに覚悟を決めていた。決意を込めて振り下ろした刃は、甲虫を真っ二つに切り裂いていく。
清楚な外見の内に秘めた、大切なものを守りたいという熱き想いが、加夜を滾らせていた。
戦いはしばらく続いていた。
「みんな、もう一息だよ……。がんばろう!」
ハンマーを振り回す詩穂が仲間たちへ声をかけた。甲虫の数はたしかに減っているが、仲間たちの疲労もピークに達している。
これ以上、戦いが長引くのは危険だった。
巨大甲虫は、残り二体。
全力でかかればギリギリ倒せる相手である。
「私たちの明日のために――ここで止まるわけにはいかないの!」
最後の力を振りしぼって、皆が殴りかかっていく。
そのとき、激しい揺れが足元を襲った。
部屋の中央に飾られていた石像が、地響きをたてて動き出したのだ。
寝起きの体を慣らすように、ゆっくりと立ち上がる巨大なガーゴイル。呆然と見上げるメンバーたちを尻目に、動く石像は両腕を伸ばすと、二匹の甲虫をつかみ上げた。
指でつまんだ虫たちを口元まで引き寄せる。ガーゴイルは下卑た笑顔を浮かべると、まるで大きめのハンバーガーでも食べるように、ムシャムシャと甲虫を頬張りはじめた。
「な……なんてこと……」
武器の落ちる音がした。
ガーゴイルが甲虫を嚥下したのと、彼らが固唾を飲み込んだのは、ほぼ同時であった。
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