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リアクション
■■■序章
「この雪像って壊しても良いの?」
●●雪祭り前夜、三日前。
数秒の間。そして――パシャリ。
そんな機械的な音がして、デジタルカメラの中にヒラニプラ山脈の近隣にある、さる町役場の建造物がおさまった。撮影したのは、柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)である。
「うーん、逆行を抑えるにはどうしたら良いんだろう? 逆光もキラキラしてて、俺としては楽しいんだけれどね――試し撮りだし、もうちょっと、いじってみようかな」
乳白金の髪を冬の風にすくわれながら、彼は首を傾げている。
「……貴瀬に写真の趣味があるとは初耳だ」
最近知り合った相手の影響で、デジカメにはまっている様子のパートナーに対し、柚木 瀬伊(ゆのき・せい)が嘆息した。英霊である彼は、洒落たフレームの眼鏡の奥で、青い瞳を被写体へと向ける。
――瀬伊が視線を向けたその先。
そこでは、まさに近日開催予定の雪祭りについて、会議が行われていたのだった。
「とりあえず警備責任者は決定ですな。良かった、依頼を請け負ってくれる方がいて」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)からの『警備をする』という連絡を耳にした雪祭り開催の総責任者である四条町長は、一人安堵の息をついていた。そこへ、無機質な電子音が響く。
「失礼」
電話をかけてきたのは、娘の螢だった。彼女は現在、蒼空学園へと教育実習に出かけている。会議中ではあったが、娘からの久方ぶりの連絡に対し、彼は電話を取った。
『あ、お父さん?』
四条螢のそんな声が、会議室へと響く。ボリュームを最大にしていた町長の携帯電話から、参加している他の開催関係者の皆の耳へも、彼女の声は入ってきた。
『あのね、イコンの操縦練度を高めるために、イコンで雪像作りをしたらどうかって言う案が出ていて――』
唐突な娘の声に驚きながらも、確かに集客状況や宣伝、実際に制作されている雪像群が昨年と比較する限り、あまり良好ではないと考えていた町長は、考え込むように会議室中を見渡した。すると聴いていたらしき幾人かが、同意を示すように首を縦に振っているのが目に入る。
「良い案だな。イコンを用いた雪像制作ともなれば集客にも繋がるし、会場にも未だスペースはある。なにせ雪像案が集まらなくて、未だに募集中だからなぁ……ただし、条件がある。こちらはそういう状況だから、単にイコンの練習用に場を提供するつもりはない。いくら螢が可愛い私の娘でもな」
『そう言うの良いから。それで? 何が条件なの?』
演技かかった父親の言葉を、螢は一言で切り捨てて、用件を追求した。
「……ああ、そうだな。今年は例年に比べて、インパクトが不足しているんだ。だから、特徴ある雪像を作る事と、その他に、集客をする事も確約して欲しい」
『分かった。つまり、参加自体はOKなのね? 有難う。じゃあ私も職員会議に戻るから、またね』
プツリ――そんな音を立てて切れた携帯電話の先からは、ツーツーと通話終了を告げる音が響いてきた。溜息をついた町長は、会議室中を再度一瞥し、静かに腕を組む。
「聞こえていた者もいただろうが、蒼空学園から、イコンによる雪像制作の申し出がありました――折角です、イコンの練度が高い天御柱学院や、地元にあるシャンバラ教導団をはじめ、各校に打診してみようと思うのですが、いかがですかな?」
町長のその声に、多くの会議出席者が頷いたのだった。各人ともに、宣伝不足や雪像の不出来を自覚していたからに他ならない。
「なんとか、無事に雪祭りを開催する事が出来れば良いが……」
皆に頷き返し、眉間の皺を人差し指で解しながら、町長はそう呟いたのだった。
その頃、開催側がこれまでに作成していた陳腐な看板を眺め、天苗 結奈(あまなえ・ゆいな)が首を捻っていた。
「私、むずかしいことはわかんないよ……これ、美味しいのかなぁ?」
茶色のツインテールを揺らしながら首を傾げたパートナーに、アイギール・ヘンドリクス(あいぎーる・へんどりくす)が顔を向けた。
「ろ、露店なども、あると思います」
気弱な調子が声音からも伝わってくる彼女は、繊細そうな性格を滲ませるように、看板に描かれた雪像とおぼしき絵を見据えた。
「なんでしょう……これは。ご、ごめんなさい」
同様の絵が、今回運営側で配布したチラシにも描かれていたのであるが、誰がどう見ても、それがなんの雪像なのか分かりようもなかった。それほどの絵心のないイラストが、現在のメインとなっているのである。つまり、絵心のある人間の誰一人として、この雪祭りへと関心を示していなかったのだ。あるいは開催側に、そうした人材が不足していたと言うことも上げられるのかも知れない。昨年まで広告チラシの絵を担当していた画家が退職してしまったことも大きい。その為現在のチラシには、地球で嘗て活躍した前衛的な画家も驚嘆するほどの異物が鎮座しているのである。しかし心優しいアイギールは、自身の率直な呟きに対して、思わず謝罪したのだった。口癖でもあるのかも知れない。
このような調子だから、本年の雪祭りは、雪像案やその他のデザイン等も、著しく集まりが悪かったのである。
続いて通りかかった綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)もまた立ち止まりはした。したものの、気まぐれそうな茶色の瞳の中に、どこか『つまらなそうだ』という感想を浮かべた様子で小首を傾げる。
「どうしたんですの?」
傍らで立ち止まったがアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が、白い頬に手を添えながら嘆息した。
「雪祭り……?」
彼女は艶やかな緑色の目で、さゆみの隣から看板をのぞき込む。
「雪祭りって聴いたから、札幌みたいな盛大なものを思い出していたんだけど……なんだかあんまり面白そうじゃないかなぁって思ったんだよ。やっぱり難しいのかな、こっちでの開催は。当日まで、もうちょっと、出かけるかは考えてみようか」
さゆみの声に、アデリーヌは瞳を瞬かせながら、よく分からないといった様子で頷いたのだった。
彼女達が眺めていた看板のすぐ傍には、雪像案を紙に書いて入れる木箱が設置されていた。
何とはなしに通りかかったブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が、投書箱を目にして立ち止まる。一筆書いた彼は、几帳面な性格をうかがわせるように紙を精確に折りたたむと、箱の中へと差し入れた。情に厚いドラゴニュートの彼は、雪像案があまり集まっていない事を察して、投書したのだった。
その隣では、緑色の髪をした少年が、覚えたてらしい愛嬌のある文字で、人気のあるテレビ番組のキャラクター名を綴っていた。クマとゴーレムをモティーフにしたものである。 ブルーズは、精悍な赤い瞳でそれを見守っていた。
木箱や看板が設置されているその路地にて、通りかかったヒルデガルト・フォンビンゲン(ひるでがるど・ふぉんびんげん)が急に足を止めた。
「ヒルデ、どうかしたの?」
声をかけた月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)に対し、ヒルデガルトは青い瞳を何度も瞬かせる。
「――大きな冷たいものが会場の災いを齎す」
不意に響いたヒルデガルトの声音に、あゆみが首を捻った。
「急にどうしたの?」
「あゆみさん、未曾有の災害が起こるようです」
「幻視ね、QX」
QX――了解したと告げながら、あゆみは腕を組む。パートナーであるヒルデガルトの幻視能力を再考したからだ。幻視とはある種の予感のようなものであるが、それよりかは余程的確な『今後』を識る能力である。
「『会場』って事は、雪祭りの会場かな。うん、そこには近づかない方が良いってことだよね……だけど銀河パトロール隊員としては見過ごせない気がする、自称だけど」
「あゆみさん、未来はいかな状況でも変わるということを忘れないように」
一人の人間の、ほんの僅かな行為で未来は変化する。幻視をする事が度々あるヒルデガルトの私的な意見ではあったが、少なくとも彼女はそう実感していた。
「そうだよね。みんなに『クリア・エーテル』って伝えて、無事に雪祭りが開催されるように頑張ろうか」
クリア・エーテル――それは、『幸運を』という意味である。あゆみの声に、ヒルデガルトは穏和な眼差しで微笑する。
「だけど今って、会場はどんな感じになってるのかな?」
あゆみが、素朴な疑問を訴えた。それに対してもヒルデガルトは癖のある長い髪を揺らしながら、静かに目を伏せたのだった。
その頃雪祭りの会場では。
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が、機晶姫であるパートナーのロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)を載せたイコンを、ビニールーシートで覆っていた。覆われている機体の名称はパラデウス ビッグローである。通常ビッグローと呼ばれるこの機体は、センチネルの中でも特に装甲の厚い機体を全面的に改修したものであり、外装はロートラウトの機体形状を参考に設計されたようである。コクピットも一部改造が施してあるらしく、乗り心地は快適だ。ロートラウトは、胸部に機関部があり、青い防護服を身に纏っている。ビッグローの機体もまた、鮮やかな青が基調だ。
「警備員の募集も出ていた事だし、万が一何かあったら大変だからな」
呟いたエヴァルトは、整備を済ませておいたビッグローを雪で隠していく。一見すると、底にはセンチネルの雪像が途中まで制作されているかのようだった。青いビニールシートで先に機体を覆ったのは、間接部に雪が入らないようにするためだ。
――これで、数日は大丈夫だろう。
彼がそう考えていた時、ビッグローの内部でロートラウトは溜息をついた。機晶姫という出自ゆえ、彼女は瞬きをしながら言葉を紡いだものの、心境は複雑だった。
「会場警備の一環かぁ……」
――まぁ、ボクは機晶姫だから、飲まず食わずでも大丈夫だけど。ちょっと退屈かな……。
そんな内心は続けずに、外部の様子はメインのカメラで見られる事を思い出して、彼女は一人頷いていた。
「これも友の為、仲間の為! この命、捨てはしないが全賭けだ!」
外から響いてくるパートナーの言葉に、彼女自身も『友達が欲しかったから』という理由で契約したロートラウトは、子供らしい外見の奥に宿る陽気そうな性格を露見させるように、唇の端を持ち上げたのだった。友のため、友達のため、それはとても素敵なことである。エヴァルトのそんな情に厚い部分を、ロートラウトは、口にせずとも尊敬していたのだった。
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