リアクション
【十一 混沌と平穏の間で】
蒼空ワルキューレの球団納会は、蒼空学園のカフェテリアを貸し切って実施された。
ワイヴァーンズの納会は何だかんだいいつつ、割とまともな内容で実施されたのだが、ワルキューレの納会ではある意味、日常を大きく逸脱した世界が待ち受けていた。
会場の中心を構成するのは、宴会テーブル、ではなく、何故かふたつの屋台と、食材が山積みされた空間であった。
そしてMCを務めるレティシアが、妙に時代がかった黒いドレスを纏ってマイクを握り、屋台のうちの一方で仁王立ちになっている菊に向けて、雛壇状のステージから珍しくきびきびした口調で問いかけた。
「さぁ! 選んで頂きましょう! 弁天屋菊さん! あなたが戦う相手は!?」
すると菊は、レティシアが立つステージの更に後方、やや小高いセットが組まれたその頂きに腕を組み、これまた矢張り仁王立ちになっている正子を指差して、高らかに吼えた。
「馬場正子! 勝負だ!」
菊が名指しで戦いを挑むと、正子はひらりと宙を舞い、頭から床に突っ込んで会場を盛大にずっこけさせたものの、すぐさま立ち直ってもう一方の屋台に走り、菊と対峙する構えを取った。
場内アナウンサーを務めるミスティが、よく通る声ですぐさま実況に入る。
『さぁ始まりました! 挽擂料技(ばんらいりょうぎ)と泰山包丁義(たいざんほうちょうぎ)、ふたつの必殺調理拳が歴史上、初めて俎板を戦わせる時が来たのです! 実況はわたくしミスティ・シューティス、そして解説は蒼空学園生徒会代表の小鳥遊美羽さん、向こう正面には取りあえずその辺を歩いていたクド・ストレイフさんにお越し頂きました! おふた方、どうぞ宜しくお願いします!』
『えーっと、はい、どうぞ宜しく』
『はいはい〜、こちらこそどうぞ宜しくお願いくださいねぇっと』
美羽は未だ訳が分からないといった様子で戸惑いが隠せないのだが、クドは矢張りこういう時でも泰然自若、左右に椎名とソーマを従え、三人で適当に遊びながら応じてくる。
厨房態勢が整ったところで、レティシアがテーマを発表した。
「既に会場の皆さんは仕出し料理でご満足されていらっしゃいますから、ここは適当にお茶漬けでも作っててくださいましなぁ!」
声は非常に張りがあって勢いに満ちているが、いっている内容が凄まじく投げ遣りである。
それはともかく、レティシアの宣言が終わるや否や、菊と正子は、それぞれバットと包丁を振り回しながら屋台を飛び出し、食材コーナーへ……は向かわず、手近の宴席テーブルからお茶漬けになりそうな食材を強奪し始めた。
「うわぁ! な、何すんだよ!」
「お、およしよ、あんた! それだけはおよしなさいよ!」
エリィが悲鳴をあげ、カリギュラが何故かオバチャン口調で絶叫するも、菊と正子によるお茶漬け食材ゲットの嵐は宴席を蹂躙し続け、付近一帯に甚大な被害をもたらした。
ふたりともバットに包丁という、物凄く身近で陰惨な凶器を振り回している為、その見た目の光景も少し(どころかかなり)洒落になっていない。
菊と正子によるヒャッハー強奪の被害を受けなかったテーブルでは、料理を味わいながら、談笑に興じているひとびとの姿が極々平和的に見られた。
山葉オーナーの居るテーブルでは、左から陽太が、右から加夜がジュースのお酌攻勢を仕掛けるという光景が展開されていた。
「それでオーナー……ご結婚はいつ頃、予定されてるんですか?」
陽太からの芸能リポーター並みに容赦無い質問を受け、山葉オーナーは鼻から牛乳ならぬ鼻から烏龍茶でげほんげほんとむせ返ってしまった。
ところが加夜はというと、頬を桜色に染めて、恥ずかしそうに両掌で両頬を覆う仕草を見せた。
「いやだ、もう涼司くんったら……黙ってそんな話進めちゃったら、私、答えに困っちゃうよ」
「ちょっと待てーーーーーいっ!」
立ち直った山葉オーナーが、納会の中心で否を叫ぶ。ほんわかした空気の中で笑う陽太と加夜だが、ふたりの暴走具合も大概なものであろう。
一見して平和的な宴席のシーンも、内容をよくよく吟味すれば、菊と正子のお茶漬けヒャッハーと大差が無かった。
いや、この直前までは普通だった。
陽太はシーズンの総括や、野球の技術的な内容の会話を楽しんでいたのだし、加夜も山葉オーナーに対して過重なプレッシャーで臨んだシーズンの働きを労う言葉をかけていたのも事実である。
ところが、菊と正子が登場してから、様相が一変した。
恐らく、屋台周辺から放たれる魔空間が会場全体を押し包み、大なり小なり、理性のたがが外れてしまっているのだろう。
現に、テレビカメラを引き入れて、納会の様子をリポートする筈のセレンフィリティが、いきなりシャンパンファイトを始めてしまい、布っきればかりのビキニ姿でそこらじゅうを走り倒しているのである。
「こら! セレン! やめなさい!」
一応セレアナも制止にはかかるのだが、哀れ逆襲を食らった挙句、ほとんど瞬間的に服を脱がされていつものレオタード水着姿を曝された上に情熱的なキスまでされて、完全にやりたい放題の修羅場と化してしまっていたのだ。
「んきゃはははー! やっぱね! 一年の終わりは、派手に締めくくらなきゃ!」
完全に手が付けられなくなったセレンフィリティを、それでも必死に追いかけるセレアナという図式が、何となくいつも見ているような、ちょっとしたデジャヴ気分に浸らせてくれた。
「それで山葉オーナー、挙式はどちらで?」
「だから涼司くんってば、そういうことはちゃんと相談してくれなきゃ」
陽太と加夜もノンストップである。
山葉オーナーは悲鳴を上げた。
「そぉなのぉーーーー!?」
一方、菊と正子のお茶漬けが、完成したらしい。
勝負の判定は、無理矢理、味見席に引っ張り出された裁とカイの舌に委ねられることとなった。味見席の背後には菊と正子が仁王立ちになっており、ゴゴゴゴゴという擬音が背景に流れ出ているような雰囲気が漂っている。
「さぁー! 判定は如何に!?」
レティシアが、自分は関係無いといわんばかりに無責任な勢いで、味見席のふたりにコメントを求める。
カイが全身に冷や汗をかいて、どう答えようかと必死に思案していると、すぐ隣で裁が先手必勝とばかりに、「ごにゃ〜ぽ」
などと、肯定とも否定とも取れるひとことで、コメントを終了してしまった。
(ぬぅ……どっちにも取れる決め台詞を持っているひとは、こういう時、有利だ!)
カイは、追い詰められた。
どちらに軍配を上げても、生きて帰れる気がしない。と、そこへセレンフィリティがほとんど裸に近いビキニ姿を披露して、目の前を駆け抜けていった。
「きゃはははは!」
「こら! 待ちなさい、セレン!」
ついでにセレアナの見事なヒップラインも、眼前を通過してゆく。この時どういう訳か、カイの脳裏には某料理評論家の有名なひとことが閃き、ついそれを口にしてしまった。
「大変、美味しゅうございました」
だがしかし、どちらが、という大切な枕詞を添えなかった為、カイの命運はここで尽きた。
納会終了後に、カイは菊と正子によって体育館裏へと拉致されてしまった。
* * *
後日、空京のSPB広報室にて。
各球団の納会の様子を記事として纏めてきたエースは、応対に出た狐樹廊の、何ともいえない微妙な表情を眺めながら、自分自身、何でこんなものを記事にしたのかと、後悔の念を抱いてしまっていた。
「バットと包丁が唸る地獄の納会……神出鬼没、同じ時間に異なる納会に出現した謎のろくりんくん……いや、まぁ、ゴシップ記事としては面白いかも知れませぬが……」
狐樹廊は応接テーブル上に広げられた原稿を、眉間に皺を寄せながら淡々と読み上げている。
これらはいずれも事実なのだが、そうは思わせない奇怪さが、随所に滲み出ていた。
「やっぱり……秋季キャンプの記事だけにしておいた方が、無難かな……」
「……で、ございましょうなぁ」
ただの納会だった筈なのに――エースは心の底から、激しく思った。
どうして、こうなった。
『SPB2021シーズンオフ 更改・納会・大殺界』 了
当シナリオ担当の革酎です。
このたびは、たくさんの素敵なアクションをお送り頂きまして、まことにありがとうございました。
本リアクションを持ちまして、SPB2021シーズンは名実共に、完全終了となります。後は来季まで各球団とも、正式な動きは一切ございません。
尚、今回一部の方にSPB関係の称号が発行されております。内容に間違いが無いか、ご確認の程、宜しくお願い致します。
ちなみに天満駅クイズは、
1.東側の駐輪場をご利用くだちい。
が正解です。
それでは皆様、ごきげんよう。