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リアクション
【三 大荒野の野球事情】
葦原島に本拠地を置く葦原ホーネッツも、当然ながら秋季キャンプに突入している。
が、そのキャンプ地は葦原島ではなく、シャンバラ大荒野の一角、比較的オアシスが多く見られる南寄りのクバラス集落を拠点としてのキャンプ実施であった。
実のところ、ホーネッツのホームグラウンドとなるブシドー・ダイヤモンド・スタジアム竣工には、まだ少し時間がかかる。しかし代替地となるグラウンドが近場に見つけられなかった為、どうせなら過酷な環境で鍛えようということで、このクバラス集落での秋季キャンプ決行、という運びになったのだ。
ところが、ホーネッツの秋季キャンプ参加者は、圧倒的な参加人数を誇るワルキューレと比べると、実に惨憺たるものであった。
先のトライアウトで入団したセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)と蚕 サナギ(かいこ・さなぎ)のふたりを加えても、選手としてこの秋季キャンプに参加しているのは僅かに12名。
少数精鋭といえば聞こえは良いが、逆をいえば、鍛えるべき若手はあまり多くない、ともいえる。
これは、MLBから大量の現役一流選手をコントラクターとして迎え、ヴァイシャリー・ガルガンチュアを越える巨大戦力を整えたチーム事情が、大きく関与しているといって良い。
しかし、それらMLBからの選手達もコーチ役として秋季キャンプを訪れている。
例えばセシルの場合、体力よりも技術の習得に主眼を置いた訓練をテーマに掲げているのだが、彼女には打撃面ではデイビッド・ジーターが、守備面ではマイケル・マグワイアがそれぞれ付きっ切りで指導するという、何とも贅沢なキャンプとなっていた。
一方のサナギには、投手のロイス・クレメンスとジーン・ベティットがバッテリーコーチ的な役割で指導に入っている。
最初のうちは軽口を叩いて、他の若手選手達をリラックスさせる形で打ち解けようと努めていたサナギも、これら一流どころに囲まれてしまっては、逆に自分が緊張でがちがちになるという有様であった。
この、ある種豪華な光景を、遠巻きに眺めている者達が居る。
四条 輪廻(しじょう・りんね)、ひっつきむし おなもみ(ひっつきむし・おなもみ)、そしてエレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)の三人であった。
「噂には聞いてましたけど……本当に凄い陣容ですわね」
籠手型HCにデータを入力しながら、エレナは幾分、困ったような笑みを唇の端に浮かべる。
自軍が有利になるように、との思いからホーネッツ所属の選手達を細かく分析しようと考えていたのだが、調べれば調べる程、相手の圧倒的な戦力ばかりがクローズアップされ、却って脅威に感じてしまう始末である。
下手に相手を知り過ぎることで、逆にプレッシャーを感じてしまっていた。
その思いは、輪廻も同様である。
「うぅむ……手本として打撃フォームを披露しているところを見れたのは良いが……ほんの触り程度だというのに、まるで穴が無い。見ない方が、良かったかも知れん……」
流石にMLBで活躍してきた程の連中である。まだ素人に毛が生えた程度の輪廻からすれば、実際に捕手として対戦する場合、どこをどう攻めれば良いのかまるで見当もつかなかった。
エレナと輪廻が硬い表情で唸っているのに対し、おなもみは呑気に鼻歌を歌いながら、キャンプの様子をスケッチブックに手早くイラストで描き留めている。
あまり野球には詳しくないのが、この場では幸いしたといって良い。
変な先入観を持たず、ただ見たままを情報として絵図に残す作業というのは、おなもみだからこそ可能であった。
しばしペンを素早く走らせていたおなもみだが、あるタイミングで、ふと手を止めた。
「どうか、なさいましたの?」
エレナが怪訝そうに覗き込んでくる。おなもみは、不思議そうな面持ちで特設グラウンド端を指差した。
「誰か、チーム外のひとが入ろうとしてるみたい」
「何? どこだ?」
おなもみの指摘に、輪廻が慌てて視線を巡らせた。
確かに人影がふたつ、特設グラウンド端の出入り口付近から、グラウンド内のファウルゾーンに足を踏み入れようとしていた。
おなもみが気づいた人影というのは、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)のふたりであった。
ふたりとも、左の上腕部に『SPB公認取材班』の腕章をピンで留めている。
つまり、SPB事務局お墨付きの記者という訳だ。
若手が多く参加しているワルキューレ秋季キャンプでの取材を既に終えていたエースは、ホーネッツのキャンプで鍛えられている選手の数が驚く程少ないことに、思わず溜息を漏らした。
鍛えるべき戦力が少ないということは、逆をいえば完成形に近いともいえる。
矢張り新参ながら、来季の台風の目はこのホーネッツか――エースは記者目線で冷静且つ平等に各チームの戦力分析を始めていたのだが、ホーネッツの戦力はどう見ても、頭ひとつ抜きん出ているように思えてならなかった。
「あー! フォークナー選手だー!」
インタビューに応じる為に、練習を一旦中断して近づいてきたセシルに向けて、クマラが大喜びで駆け寄ってゆく。
エースは軽い会釈を送って、セシルを出迎えた。
本来であれば、小さな薔薇の一輪でも贈ってセシルの頑張りを労いたいところであったが、エースに記者の腕章を手渡したSPB事務局の職員から、特定チームの特定選手に対する個人的な贈与物は一切禁止されてしまった為、今回は泣く泣く諦めざるを得ない。
これが、全チームに対して公平な視点を持つ、ということか――エースは内心でひとりごちた。
「お忙しいところ、申し訳ありません。この程新たに設置されたSPB広報室の活動の一環として、各チームの有望な若手選手からインタビューを取りたいと思いまして」
「あ、そうなんですか……いやでも、有望かどうかは、私自身、よく分かっていないのですけど……」
幾分困った様子で頭を掻くセシルに、エースはこの時程、公平たる身分というものを呪いたいと思ったことは無かった。こんな時こそ一輪の薔薇を贈りたいのに、という強烈な欲求が、胸の奥に沸き立ってくる。
そんな悶々とした思いを何とか必死で抑え込みながら、それでもエースは表面上は平静を保って、淡々とセシルへのインタビューを続けようと試みた。
ところが、そこへ。
「なんやなんや。面白そうな話してるんちゃうのん? わしも混ぜてぇな!」
いきなりサナギが横から顔を突っ込んできた。
本来ならセシルへの単独インタビューという段取りだったのだが、しかしエースは敢えて異を唱えず、サナギの乱入を黙認した。
この時に、セシルがどのような反応を示すのか、見てみたいと思ったのである。
選手同士の仲の良さやコミュニケーションのレベルを観察することで、そのチームの連携状況の一片が垣間見えるというのが、エースの読みであった。
そんなエースの観察眼など露知らず、セシルは別段迷惑そうな素振りも見せずに笑う。
「んもぅ、サナギさん、びっくりするじゃないですか」
「わしもインタビューして欲しい思てな〜。ほらわし、こんな甘いマスクしてんのに、女性ファンにまだ全然答えられてへんやんか」
甘いマスク云々以前に、今のサナギはキャッチャーマスクで顔が見えない。敢えてボケているのか、ボケているなら、どういう突っ込みを待っているのか。
セシルは一瞬、考え込んでしまった。
セシルと、途中から乱入してきたサナギの両名に対するインタビューを終えたエースとクマラが特設グラウンドから出てくると、輪廻、エレナ、おなもみの三人が慌てて駆け寄ってきた。
「うぅむ、成る程……SPB公認取材班か。そういう手があったとはな」
輪廻が酷く感心した様子で唸ったが、エースは不思議そうに小首を傾げる。
「いや……俺は、どこかのチームを応援しようって腹積もりは無いんだけど」
「あら、そうなんですの?」
てっきり、記者に扮して内情を探り出そうとしていた他球団のスパイ――などと勝手に妄想を膨らませていたエレナは、出鼻を挫かれた格好で思わず肩を落とした。
「そんなセコイ真似、する訳ねーじゃん! 何たってオイラ達、SPB公認取材班なんだぜ!」
クマラが胸を張って、誇らしげな笑顔を見せる。
するとおなもみが羨ましそうな顔つきで、クマラの左上腕にぶら下がる腕章をじっと覗き込んできた。
「へぇ〜……SPBにも公認の取材班なんて出来たんだぁ」
「まぁね。俺が集めたインタビューも、ここから空スポに提供される仕組みになるらしいよ」
空京スポーツ、略して空スポ。現在のパラミタでは幾つかのスポーツ新聞が発行されているが、この空スポもそれらスポーツ新聞のひとつである。
しかし、エレナにしろ輪廻にしろ、SPBが専属の取材班を抱えているなどという話は、ついぞ聞いたことが無い。最近、設立されたものだろうか。
その旨の疑問を輪廻が口にすると、不意に背後から別の声が響いた。
「SPB広報室は、来季から本格的にリーグ活動を実施するに当たって、この程新たに設立された組織でございます」
一同が振り向くと、そこにはSPB事務局の職員バッジを胸元に光らせた空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)の姿があった。
「あら、あなたは今季一杯、選手としてワルキューレに所属なさっていた狐樹廊さんではありませんか」
エレナが目を丸くして問いかけると、狐樹廊は幾分はにかんだ様子で頭を掻く。
「いやぁ、手前はもう選手ではございません。このオフからは、SPB事務局の職員として働いております」
更に曰く、SPB事務局が置かれている空京に於いて、SPBの情報を広く一般に発信する手段をあれこれ考えていたところ、この程新たにSPB広報室が設立される運びとなったので、狐樹廊がこのSPB広報室のエージェントに抜擢された、というのである。
空京に於いてSPBに貢献する方法を模索していた狐樹廊にしてみれば、まさに渡りに船の朗報だった。
エースとクマラをSPB公認取材班に任命したのも、狐樹廊の判断である。情報発信の為には、ひとりでも多くの人手を掻き集めたいという考えからの決断であった。
「へぇ〜、そうなんだ……あ、ってことはもしかして、SPB絡みの野球漫画を描こうと思ったら、やっぱりSPB広報室にひとこと、断りを入れた方が良いのかな?」
「はい、勿論。連絡さえ入れて頂ければ、認可はすぐに下りますのでご安心くだされ」
おなもみの疑問に、狐樹廊はどこか満足げに頷く。野球漫画というのは正直、狐樹廊にも盲点ではあったのだが、これもまたひとつの立派な発信手段であろう。
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