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リアクション
【五 竜巻被害の跡地にて】
ツァンダ東端の旧バスケス領。
ここは過日、特殊な巨大竜巻の蹂躙を受け、各所で甚大な被害を出したばかりの土地である。いわば、破壊の爪痕が今尚残る被災地なのである。
この旧バスケス領で秋季キャンプを張ってはどうか、というアイデアを出したのが、ツァンダ・ワイヴァーンズの先発ローテの一角を担う南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)であった。
まだ復興作業が始まって間もない旧バスケス領で、敢えてプロ野球チームがキャンプを張ることで経済効果を生み出せば、被災したひとびとに夢と希望を与えることが出来るというものである。
勿論、光一郎が言い出した、という点で幾分胡散臭い雰囲気が無いことも無かったが、趣旨は非常に真面目であり、且つ効果的に作用するであろうという球団上層部の判断から、この旧バスケス領での秋季キャンプ実施が採用されたのである。
「ふむ……光一郎にしては、随分まともな提案であったな」
キャンプ初日の全体練習での走り込みの最中、オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が珍しく感心した様子で呟くと、両隣に位置していたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)と月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)が、ふたりしてうんうんと大きく頷き返してきた。
彼女達とて、旧バスケス領は因縁深い土地として、強烈な印象が記憶の内に色濃く焼きついていた。
だが実際にキャンプ地として選定された急造の特設グラウンドを見る限り、本当にあの大惨事があったのかと思わせる程に、土地もひとびとも、何もかもが落ち着いている。
恐らくは相当に急いで、ワイヴァーンズの受け入れ態勢を整えたのであろうが、プロ野球チームがキャンプに訪れるというその一事だけでも、地元のひとびとはテンションが上がり、普通であればもっとスローペースだったであろう復旧ピッチが、驚く程に向上したに違いない。
そういう意味では、光一郎のアイデアが早くも実となって結果を出したともいえる。
「ホント、凄いよね……こりゃ、ピンクレンズマンも負けてられないな!」
走り込みを終え、ブルペンに向かおうとしたあゆみだが、その時ふと視線を転じた先の内野守備に、何故かリカインの姿があることに気付いた。
不思議に思ったあゆみは同僚捕手のシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)に、その旨を訊いてみた。すると思いがけない回答が返ってきた。
「どうやら、内野の選手層が薄くなってきているのを気にしてるみたいよ。かくいうフィスも、実は二塁の練習を始めたところなんだよね」
「へぇ〜、そうなんだぁ」
遊撃手の位置で守備練習に入っているリカインの姿に、あゆみは軽い衝撃を覚えると同時に、内野守備層の問題を改めて認識する思いであった。
矢張り何といっても、ペタジーニが去ったというその事実が、チームに重い陰を落としている。これはもう、誰にも否定は出来ないだろう。
これまで、そしてこれからも捕手一本で通すあゆみには信じ難い英断であったが、選手自らチームを思って複数の守備位置を確保するという発想は、扇の要として守備全体の司令塔を務めるあゆみにとっても、決して悪い話ではない。
何となく嬉しくなってきたあゆみは、リカインに向けて大きく手を振った。
「リカっち〜! 頑張れ〜!」
「あいよ〜! 任せときんしゃーい!」
慣れない守備位置の練習で、早くも息が上がり始めていた為か、リカインの口調が妙に訛っていた。このリカインにしろシルフィスティにしろ、今回は練習専念ということで惜しみなくコントラクターとしての能力を発揮し、体を苛めている。
一方で、試合では使えないのだから無意味だという意見もあるが、己の肉体に試合以上の負担をかける為であれば、それは大きな意味を持つといい切れる。
ブルペンに目を向けると、七瀬 巡(ななせ・めぐる)と葉月 ショウ(はづき・しょう)の投げ込みが、他の投手達よりも頭ひとつ抜きん出ている。
特に、巡の気迫は鬼気迫るものがある。
2021シーズンではチーム事情からセットアッパーを任されていた巡だが、彼女の希望はあくまでも先発である。そしてこの秋季キャンプで徹底的にスタミナを鍛え、長いイニングにも耐えられる球種の習得にも意欲的に励んでいる。
勿論、走り込みに費やす時間も、他の投手達の倍以上を充てている。先発ローテの一角に、何が何でも食い込んでやるという意気込みが、練習の随所に現れていた。
こうなると、ショウとしても危機感を持たざるを得ない。
先発ローテの一角を担っていたショウではあるが、防御率の悪さから、時折中継ぎを命じられることもあった2021シーズンである。
巡に足元を脅かされてしまうというのは、正直なところ、あまり面白くはない。
ふたりは確かにチームメイトであり、優勝を目指すという点ではお互い目的は一致しているのだが、ことチーム内競争という部分に着目すれば、ふたりは強烈なライバル意識をぶつけ合う間柄であった。
「ナイスボール、巡ちゃん! だんだんものになってきたね〜!」
「でへへ〜、ありがと〜」
あゆみに褒められ、嬉しそうに笑いながら頭を掻く巡。
そんな巡から更なる刺激を受けたのか、シルフィスティが構えるミットに、ショウは磨きに磨いた速球を次々と投げ込む。
「ショウも良いボール投げてるよ! キレも良くなってきてるんじゃない?」
「何の、まだまだ。こんなもんで満足してられないぜ」
尻に火がついている立場のショウとしては、もっと上を目指さなければならない。決して景気付けでもなければ強がりなどでもなく、心底そう思っての台詞であったろう。
一方、こちらも相当な球数を投げ込んでいる光一郎であったが、相手があゆみでもシルフィスティでもなく、普通のブルペンキャッチャーであるという点で妙にモチベーションが下がってしまっており、投げ込む球の質そのものが、今ひとつレベルアップに繋がる内容になっていない。
(な〜んか……調子が乗ってこないじゃ〜ん?)
などと内心でひとりごちていた光一郎だが、そんな彼のテンションが一気に上昇する契機が訪れた。
バットを担いだオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、おもむろにブルペンを訪れ、光一郎の相手を務めるブルペンキャッチャーの斜め前に立ったのである。
「ちょっと良いかしら? どうもバッティングマシーンばっかり相手にしてると、活きた球の感覚が思い出せなくて、困ってるのよね」
勿論、光一郎は美女のバッターボックスインは大歓迎である。
「オーッケェーイ! 俺様の投球が役に立つなら、幾らでも見学してって欲しいじゃ〜ん?」
急に元気づいてきた光一郎の活き活きした表情に、それまで強烈なライバル意識をぶつけ合っていた巡とショウも、つい苦笑を浮かべて互いに顔を見合わせた。
ところが、ブルペンに乱入してきた打者は、オリヴィアだけではなかった。
「あー! オリヴィーだけずっるーい! ミネルバちゃんも、一緒にやるー!」
ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が物凄い勢いでバットを振り回しながら、あゆみがミットを構えるベース付近に突っ込んできた。
「ぎゃー! 危ない危ない危ない!」
バットが空を切る鋭い空振り音に、あゆみはキャッチャーマスクの奥で青ざめ、慌てて逃げ出した。
特設グラウンド脇には、これまた急造の特設クラブハウスがどっしりと礎を構えている。
突貫工事で仕上げたとはとても思えない程の立派な造りであり、地元のひとびとが如何に、この秋季キャンプを歓迎しているのかが、よく分かるというものである。
巡の付き添いとして秋季キャンプを訪れていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、特設クラブハウスのロッカールームで、携帯にメールが届いたことを知らせる着信音に気づき、その液晶画面に視線を落とす。
思わず、あっと小さな声を漏らした。
送り主は、ワルキューレの正子だったのである。
「どうしたの?」
ブルペンから休憩の為に戻ってきたばかりの秋月 葵(あきづき・あおい)が、不思議そうな面持ちで小首を傾げて入り口付近に佇んでいる。
すると歩は幾分嬉しそうに、携帯のLCDを葵に見せた。そこには正子からの、味利き品評会に関する連絡について、事細かに記されていた。
「実はね、正子さんにお願いして、納会に出す料理の仕入先を見極める為の品評会に参加させて欲しいってお願いしてたんだ」
「えっ……正子さんって、あの正子さん?」
葵は正子が、料理研究部鉄人組の組長たる事実を、あまりよく分かっていない。実際、正子の料理の腕は相当なものなのだが、あの容姿とあの性格から、とてもそうとは思えなかった。
しかし歩は、正子とはそこそこの付き合いがあり、その実力もよく知っている。納会の料理をどこに依頼するかを見極める為には、鉄人組組長の舌にこそ頼らなければならないと考えていたのである。
「そぉかぁ……納会の料理にそこまで力を入れるんだったら、あたしも負けてらんないな〜」
実は葵は葵で、納会での自身の役割について、あるプランを温めている。
簡単にいってしまえば、突撃魔法少女リリカルあおいとしてステージを企画していたのであるが、昨日スタインブレナー氏から許可を取り付けたばかりであり、具体的な準備は、まだ何も出来ていなかったのである。
「う〜ん……やりたいことがあるにはあるんだけど……今はまだ、キャンプに専念しなくちゃいけないしなぁ……」
葵はロッカールームの窓からブルペンの方へと視線を飛ばした。
そのブルペンでは、振り子打法を極めんとするオリヴィアと一本足打法を追求するミネルバが、全く異なるスタンスで、投げ込まれる白球をじっと凝視しながら、スイングする素振りを見せてタイミングを計っている。
振り子打法は、かつてはシアトル・マリナーズのイチローが、日本球界でプレーしていた際の代名詞としていたが、MLB移籍後は、球威でぐいぐい押してくる投手が多い事実に限界を感じ、結局は振り子打法を断念したという経緯がある。
待つのではなく、自ら呼び込んで打つ方法である為、タイミングは取り易い打法なのだが、内角に弱く、球威の強い球には対抗し辛いという弱点があった。
だが、オリヴィアはコントラクターなのである。パワーとスイングスピードは十分に補えると判断し、振り子打法を徹底的に極めようと考えた。
その発想は、正しい。
普通の地球人たるイチローでは為し得なかったことを、オリヴィアはリスペクトしつつも、それを更に越えようというのである。
その心意気は見事であるといって良い。
一方のミネルバは、ヒットメーカーに適した振り子打法とは対極的な、完全なスラッガータイプの一本足打法の完成を目指している。
その為には、徹底して下半身を鍛えなければならないのだが、この秋季キャンプを通じて、ミネルバの下半身の粘りは驚異的に増大している。
それは、すぐ後ろのキャッチャーサークルから見ているあゆみにも、よく分かった。
「へぇ〜……あのおふたりさん、実は結構な努力家なんじゃ〜ん?」
思わず光一郎が、マウンド上で感心の声を漏らす。
打線の方は、日々厚みを増しつつあるといって良い。では、投手陣はどうか。
「打撃のチーム……だなんて思われるのは癪だな」
「……だね」
ショウの低い声音に、巡も同調して頷く。
すると、シルフィスティが立ち上がってキャッチャーミットをばんばんと叩いて、大声をあげきた。
「ほらほら、どんどん投げ込んできなさいって! ここで差をつけられちゃったら、それこそ打線頼りのチームになっちゃうよ!」
いわれるまでもない――ショウと巡はすぐさま、それぞれセットポジションとワインドアップに入った。
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