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SPB2021シーズンオフ 更改・納会・大殺界

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SPB2021シーズンオフ 更改・納会・大殺界

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【九 新たなる門出】

 ヴァイシャリー・ガルガンチュアの球団発足記念パーティーは、ヴァイシャリー家の別邸のひとつで執り行われる運びとなった。
 会場である大ホールには、地元の商工会から大勢の客人が招待され、その他にも一般参加の地元民が多数押し寄せ、結構な賑わいを見せていた。
 そんな中、清音はキャンディスの姿が無いことに、あからさまな程に安堵の表情を浮かべている。あの異様な外観のパートナーがこの宴の中に居たらと思うと、もうそれだけでぞっとする光景となっていただろう。
「あら……今日は随分、穏やかに過ごしておられますのね」
 亜璃珠が、意地悪そうに笑いかけてきた。清音は苦笑で応じざるを得ない。
「えぇ、まぁ……嫌な顔を見ずに済んでいるのが、一番大きいですね」
「嫌な顔って、あのサニーGMよりも嫌な奴が世の中に居るってこと?」
 記念パーティー開催の裏方役として大車輪の働き振りを見せた千歳が、目を丸くして問いただしてきた。
 千歳にとってはサニーさんこそ世の大敵であり、あの人物を越える『嫌な存在』など、決して有り得ないと思っていたのである。
 その思いはイルマも同様か、或いはそれ以上の強烈な信念として心に抱いていたのだが、仮にもサニーさんはガルガンチュアのチーム編成に関わる権限を握る人物なのである。
 あまり大声で悪口を吹聴するのも憚られる為、この場の会話はなるべく周囲には聞かれないよう、細心の注意を払わなければならなかった。
「そのサニーGMなんですが……何でも今回、また大きな補強を成功させたみたいですわ」
 忌々しげ、という表現がぴったりな程、イルマは半ば吐き捨てるようにして、司会進行役が場を占めるステージ脇へと視線を飛ばした。
 実は丁度これから、その新戦力の紹介が為されようとしている。ステージ下のマイクスタンドで、理紗が手元に資料に目を落としながら、明るい声でその名を読み上げた。
「さぁ、それでは入場頂きましょう! この程、MLBからガルガンチュアへと移籍して参りました、ブランドン・ファルケンボーグ投手と、マリオ・ズレータ外野手ですっ!」
 理紗が紹介すると同時に、タキシードを纏ったふたりの長身の人物がステージ前へと姿を現し、大勢の招待客達から割れんばかりの拍手喝采を浴びた。
 そんな中で、ブリジットとミューレリアは両目を剥き、思わず身を乗り出す格好になっていた。
 プロとして1シーズンを過ごしたふたりは、地球の野球事情にも相当に詳しくなっている。そのふたりが、ファルケンボーグとズレータの名を聞いて、驚かない筈が無かった。
「あらま……ホーネッツに触発されたのかしら。凄いビッグネームを引っ張ってきたじゃない」
「確かにな……ファルケンボーグか。こりゃ来年のブルペンは、面白いことになりそうだ」
 ミューレリアが武者震いに身を震わせる一方で、外野の守備位置争いがより一層激しくなる格好になったマリカとレキは、複雑な表情を浮かべている。
 チームが強くなるのは喜ばしいことなのだが、自分達の活躍の場が危うくなるのは、それはそれで困った話になるのである。
 だがそんなふたりに、ロザリンドとさゆみが逆に羨ましそうな視線を向けている。
「良いなぁ……あんな凄いひとが競争に加わるってことは、相当レベルが高くなるってことだよね」
「そうですわね。内野はペタジーニさんという柱がいらっしゃいますけど、他はどちらかといえば、どんぐりの背比べですし……」
 ブリジットが聞いたら怒り出しそうな話ではあったが、しかし実際、ペタジーニが頭ふたつもみっつも抜け出しているのは、疑いの余地は無い。
 だがそれはそれとして、レキは成る程、と内心で小さく頷き返した。そういう発想もあるのか――ちょっとした感動にも似た思いが、レキの心を僅かに刺激する。
「確かに、ハイレベルな争いになればなる程、自分自身のレベルアップに直結するよね……こりゃ、負けてらんないな」
 果たしてサニーさんが、レキのやる気を引き出すことを目的に今回のような補強を成功させたのかどうか。
 それは、余人の知り得るところではない。

     * * *

 一方、ホーネッツではガルガンチュアのような球団発足記念パーティーなどの大々的な宣伝活動は実施していないのだが、それでも地元の有志による記念の宴席が催され、徐々にではあるが、野球熱が盛り上がり始めている。
 葦原島そのものが、日本情緒を幾分アメリカナイズした街並みで形成されている場所が多いのだが、総体として風光明媚な土地が整備されているといって良い。
 ホーネッツの選手やスタッフも、葦原の城下町を往来する際には、土地のひとびとに倣って長着や袴などを着用するよう、努力義務が規定されていた。
 この日、ホーネッツは球団として、五穀商松永屋が主催する激励の会に招待され、選手や現場のスタッフのみならず、事務方の面々も宴会場に姿を見せていた。
「いや〜、こないに盛大な歓迎をしてくれたら、あんな地獄のキャンプもエエ思い出に昇華出来るってもんやでな〜」
「思い出にするのは結構ですけど、鍛えた結果まで忘れちゃ駄目ですよ」
 供された料理に舌鼓を打つサナギが余りに呆けた表情を見せた為、セシルは余計だとは知りつつも、つい諌める台詞を口にしてしまう。
 だが実際、シャンバラ大荒野で過ごした十数日の秋季キャンプは、ふたりにとっては毎日が血と汗と涙に満ちた激動の日々であった。
 本当に、いつ倒れてもおかしくないという程の強烈なシゴキのメニューが連続し、いくらコントラクターとはいえ、流石に死んでしまうのではないかとさえ思われた。
 だがそれでも、サナギとセシルは最後まで耐え切った。これは、間違い無く誇って良い。
 それはともかく、ところで、とサナギが不思議そうな面持ちで宴会の席の一角を眺めた。そこには何故か、ガルガンチュアの捕手である筈の輪廻の姿があったのだ。
 輪廻自身も、何故自分がここに居るのかよく分かっていないといった様子で、居心地悪そうにしている。正確にいえば、理由は分かっているのだが、どうして自分が、との思いが強いという方が正しい。
「キミ、自分とこのチームのパーティーには出席せんでエエのん?」
 サナギに呼び止められた輪廻は、本当に心底困り果てたような面持ちで、小さく肩を竦めた。
「それがだね……何でも上の方で話はついているから、こちらの宴会でしっかりご挨拶してこいとのお達しなのだよ。聞けばうちのGM、マホロバ出身らしくてね……葦原島でも顔が利くそうなのだよ」
 サナギとセシルは、思わず顔を見合わせた。
 知っている者は知っており、知らない者は全く知らない事実なのであるが、あのサニーさんがマホロバ出身だとは、ふたりには正直なところ予想外であった。
「へぇ、そうなんや……あのおっさん、何っちゅうか、ものごっつぅおいしいキャラしてるから、一回挑戦してみたいんやけどなぁ」
「いや、やめておいた方が良いと思う。あれはもう、次元が違う」
 サナギは然程、真面目にいったつもりは無かったのだが、輪廻は酷く心配そうな表情でかぶりを振った。球団発足からここ数週間、サニーさんの餌食に遭った者は数知れず。輪廻もご多分に漏れず、そのひとりだった。
 更にサナギが何かをいおうとした解き、これ以上この話題を続けるのは苦痛だといわんばかりに、輪廻は全く別方向に視線を向けて、妙な顔を作った。
「それはそうと、何故あの御仁がここにいるのだろうな?」
 輪廻は、何気に激励の会に紛れ込んでいる大柄な体躯をじっと見遣り、僅かに首を捻った。サナギとセシルもその人物に視点を結んだが、輪廻同様、あの人物がここに居る理由がよく分からない。
「あの方は……SPBのブルーバーグ審判員、ですよね?」
 何となく自分の記憶にはあまり自信が無いといった様子で、セシルがおずおずとその名を口にする。
 輪廻がこの宴席に居るのは、選別基準はどうあれ、ちゃんとした理由があってのことであるが、ホーネッツ球団に対する激励の会であるのに、何故審判員たるキャンディスが何食わぬ顔で参加しているのかが、まるで理解出来なかった。
 実際、前後一両日内に練習試合や審判を招いてのシート打撃があった訳でも無いし、その予定も無い。
「オー! 良いわネ、この蕪蒸し! さすがマホロバテイスト! ミーの美食好奇心を大いにそそってくれるわネ〜!」
 周囲からの視線など一切気にせず、ひたすら己の世界を振り撒いて舌鼓を打ち続けるキャンディスの姿は、それはそれで一本筋が通っているようにも思える。
 少なくとも、輪廻、サナギ、セシルの三人をドン引きさせても、一切の疑念を口にさせないだけの圧倒的な迫力が滲み出ていたのは間違い無い。
 後で聞いた話だが、このキャンディス、ほぼ同時期に開催されたガルガンチュア球団発足記念パーティーを除いて、全ての球団納会や何がしかのパーティーには顔を出していたらしい。