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リアクション
年を忘れる宴1
年を忘れ、時を忘れ、垣根も越えて楽しまれる歓喜の宴。
それこそが忘年会。イーダフェルト大忘年会の始まりであった。
「よーし、飲み比べだー! じゃんじゃんお酒持ってこーい!」
そう言って叫ぶのは、自称普通の女学生を名乗る各務 竜花(かがみ・りゅうか)だった。
彼女は契約者である。とすれば、当然のように普通の女学生であるはずはないのだが……。
――そこはそれ、気にしたら負けという奴である。
彼女は右手にお酒がなみなみと注がれたジョッキを持ち、わーっと盛り上がっている。
どうやらすっかり出来上がってしまっているらしい。
そんな彼女をじとっとした呆れた目で見やるのは、彼女のパートナーの斗羽 神山(とば・かみやま)だった。
「竜花……さすがに飲み過ぎだぞ。騒ぐのはいいが、羽目を外しすぎないようにな」
「んにゃぁ、もう! 神山ってば頭固すぎ! 今日は無礼講なんらぁ! 好きにパーッと騒いでいいんだよ!」
「いや、つってもそれにも限度が……」
「むー、眠くなってきたー」
「…………」
まあ、何というか。
神山が心配するのも無理はなかった。
なんせ竜花はこれでもそこそこ容姿の整った娘である。
酔っ払い、すっかり出来上がった竜花は頬を赤くして服まで肩からずり落ち、はだけている。その姿は普段の彼女からは想像できないほど妖艶で、周りの男たちの目を嫌でも引いてしまうのだった。
もちろん、神山は別に竜花の恋人でも何でもない。
とはいえ――自分の契約者の無防備な姿を他人に見られて、気分がいいものだろうか?
(否! よくない!)
神山はそう結論づけて、竜花の保護者さながらに、彼女を守るため目を光らせていたのだった。
なのだが……
「むぅ……神山ぁ……眠い」
「なに?」
「膝枕ー」
「あっ、おいバカ! 竜花! こら!」
神山がそう言うのも聞かず、竜花はこてんっと彼の膝の上に頭を落とした。
それから、すーすーと寝息を立て始める。すっかり寝入ってしまったらしく、それからまったく起きなかった。
(……やれやれ)
神山は呆れたようにその寝姿に目を落として、ため息をついた。
まあ、たまにはこんな日もあっていいかもしれない。
そんなことを思い、いましばらくは竜花の好きにさせてやろうとする神山だった。
一方、忘年会の中央の方では、何やら盛り上がりを見せていた。
中心にいるのはたいてい、酒を飲む契約者やパートナーたちである。
彼らは飲めや食えやと互いに大騒ぎしていて、時にはテーブルまでひっくり返す始末だ。
無論、そのこともまあ承知の上で、イーダフェルトは稼働しているのだが。
ポムクルさんたちはテンションこそがイーダフェルトの原動力だと述べた上で、自分たちまで騒ぎ、楽しんでいる。
その様子を隅の方から見やりながら、瓜生 コウ(うりゅう・こう)はのんびりと酒を飲んでいた。
「うん。たまにはこういうのもいいかもな」
そう呟くコウは、どこか遠くを懐かしむ目だ。
そんな彼女に、マリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)は言った。
「たまにはって……コウは普段、お酒は飲まないの? もう飲める年齢になったんでしょ?」
そう尋ねるマリザは、右手にワインのグラスを持っている。
コウは小さなグラスに入ったお酒をちびちびと飲みながら、マリザに答えた。
「まあ、飲める年齢にはなったんだけどさ……。あまり、普段から飲んだりはしない」
「そうなんだ」
「マリザとこうして飲む機会も滅多にないだろう? だから今日は、貴重な日だな」
「そういうこと、自分で言う? まあ、いいけどさ」
マリザはそう言って、肩をすくめた。
「ねえ、コウ。覚えてる?」
「ん?」
「これまでの冒険のこと。このパラミタで過ごした日々のこと。あなたって、そういうのすぐに忘れてしまいそうじゃない。だから、ちゃんと思い出に残ってるかなぁってね」
「そうか? これでも覚えてるつもりなんだけどな」
そう言うコウの顔は笑みへと変わっている。
マリザはくすっと笑った。
「そうなの?」
「ああ。なんだったら、話して聞かせてやるよ。そうだな、どこから話そうか。あれは……浦賀に黒船が集まってきて……」
そんな始まりから、コウの話は語られた。
やがて、彼はかくある思い出話を話して聞かせた後、すっかり酒に酔って寝入り、気づけば――
「うわ! なんでオレは素っ裸なんだ!」
「コウ……あなた凄かったわよ。――色々と」
「色々ってなんだ! おい、マリザ! なんで目をそらすんだよ、おい!?」
そんなこんなで、また新たに別の思い出を刻む二人だった。
マリザとコウが二人の時間を楽しんでいるその時である。
森崎 駿真(もりさき・しゅんま)たちは仲間の宴会芸をやんややんやと楽しんでいた。
「いいぞー! もっとやれー!」
仲間をはやし立てる駿真。
その横で、セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)はグラスを傾けていた。
「やれやれ……すっかり出来上がってるね、駿真は」
「なーに言ってんだよセイ兄! セイ兄も盛り上がらなきゃダメだぜ!」
すっかり酔っ払った駿真が、顔を赤くして言う。
それを見ながら、セイニーは柔らかく微笑んだ。
そもそも、彼は駿真の本当の兄ではない。
どちらかと言えば魂の契りを交わした義理の兄と言ったほうが正しいか。
セイニーは駿真のパートナーであって、あくまで『兄』というのは形でしかなかった。
しかしそれでも、彼にとって駿真は本当の弟のようであり、駿真にとってもセイニーは兄そのものだ。
二人は本当の兄弟のように杯を交わし合い、それぞれぐびぐびと酒を飲み合った。
まあとはいえ――実際に酒に酔っているのは駿真だけであるが。
彼は酒に弱く、すぐに酔っ払う。一方のセイニーはその限りでなく、彼はどれだけ飲んでも、その様態を崩すことはなかった。
「うむ〜……セイ兄……キィルはどこだ〜」
「駿真、キィルは今日はここには来ていないよ。それよりも少し休んだらどうだい? 君も疲れてきただろう」
「むぅ……そうかなぁ……」
呟きながら、駿真はこてんっとセイニーの肩にもたれかかった。
そのまま、すうすうと寝入ってしまう。すっかり出来上がった弟を見て、セイニーはくすっと笑った。
「来年も……良い年でありますように」
さてさて。
一方で日下部 社(くさかべ・やしろ)たちはそんな駿真たちの飲み合いを見ながら、隅のほうでぼーっとしていた。
「……年末やなぁ」
そんなことを呟いている。
その社に声をかけるのは――
「やー兄! お疲れさま!」
社の実の妹たる日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)だった。
しかし実際のところは、この千尋は本物の千尋ではない。
彼女は社が地球に残してきた実の妹の千尋と、その妹を心配する社との気持ちが混ざり合って誕生したアリスなのだった。
アリスと言えば、もちろん妹のような存在であることは明らかである。
だが、とはいえ彼女はアリスの角を持っているわけで、しかも千尋とは容姿が全く同じ、記憶の一部を共有していたりと……まあ何かとややこしい存在なのだった。
しかし、社はそんなことは気にしない。
彼にとってはこの千尋も地球にいる千尋も、どちらも同じ『妹』である。
そこに優劣は存在しないし、優劣をつけようなどとも社はこれっぽっちも思っていなかった。
そんな社に、千尋はお酒を注いであげる。グラスにこぽこぽっと注がれたお酒を見て、社は感慨深そうに呟いた。
「もう今年も終わりやなぁ。ずいぶんと色んなことがあったわ」
「あれれ……やー兄、もしかして思い出にひたってる?」
「お、よく分かったな? 千尋はひたるってことを知っとるんかいな?」
「んー、ちーちゃんはよくわかんないけど、お友達が言ってた。大人になると、そうやって昔のこととか懐かしいこととかを思い出すことが多くなるんだって。そういうの、『老い』って言うんだよ!」
えっへんと胸を張って千尋は言った。
肩を落とす社。
「いや、『老い』って……これでも俺、まだ21なんやけど……」
「やー兄は早熟してるんだね!」
千尋が早熟の意味を理解しているのかどうかは、はなはだ疑問である。
とはいえ――素直な感想には違いない。
社は千尋に言われたことを気にして、色々と自分の過去を振り返った。
「うーん……まあ、芸能事務所の社長にもなったしなぁ……そりゃ早いっちゃ早いんかもしれんけど……」
「ねえねえやー兄! ちーちゃんが来たことはどう?」
「あん? 千尋が来たこと?」
社が聞き返すと、千尋はにこっと笑った。
「そう、ちーちゃんが来たこと! それってすごいことでしょ! ね、ね?」
尋ねられて初めて、社は確かにそうかもしれないと思った。
考えてみれば、千尋が初めて自分のところにやって来たときは、社は驚きで目を丸くしたものだ。それぐらいの衝撃が彼女にはあった。というより、彼女と彼との出会いには。
社はそのことをぼんやりと思い出しながら語った。
「せやなぁ……。確かに、千尋と出会ったことも大変な出来事やったなぁ」
「ねーねー、他には?」
「うーん、パラミタが消滅しそうになったり、地球が消滅しそうになったり、世界が危機に瀕したり、俺ら契約者がいなくなるかもしれなかったり……」
喋りながら社は、どんだけ危機に陥ってるねん、と思った。
とはいえ、それもまた思い出の一種である。彼はカランとグラスに残った氷を傾かせて、そんなことを思った。
「えらいもんで、よう生きてたよなぁ」
「もうそんなこと言ってー! やー兄ってばおじーちゃんみたいー」
千尋に言われ、ぐさりと来る社である。
しかしそれもまあ、またよい思い出となるかもしれない。
「やー兄! ちーちゃんがお酒ついであげるー!」
「お、ホンマか? おっとっと……やー、千尋が晩酌も出来るようになって、兄ちゃんは嬉しいわぁ」
ほんのり赤く染まった頬を緩ませて、社はそんなことを言った。
千尋はそんな兄に、えへへと照れくさそうに笑ってみせるのだった。
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