リアクション
年を忘れる宴7
盛り上がりを見せるメイン会場の一方では、食事の用意や給仕に忙しい忘年会スタッフたちの姿があった。彼らの多くは契約者である。その目的はもちろん、調理をしたり、テーブルのセッティングをしたりと、大変忙しい。そんな彼らの中に渋井 誠治(しぶい・せいじ)の姿もあった。
「へーい、ラーメン一丁大盛り出来上がりー!」
彼は出来たてのラーメンをどかっと置き、それを給仕スタッフが持っていくに任せる。
これまでラーメン愛を貫いてきた彼にとっては、これはまさに戦場にも等しかった。
自分のラーメンがどこまで通用するかを試す良い機会でもある。そして同時に、まだまだラーメンを知らない多くの人々に、ラーメンを知ってもらう良い機会でも。
そう思うと、誠治の心は高揚してくるのだった。
「ふっふっふっふ。見てろよ、パラミタのみんな! 俺がラーメン道を見せてやるぜ!」
「…………」
そんな彼を、じっと見つめる影がある。
それは誠治のパートナーのヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)であった。
まあちなみに、なぜじっと黙っているのかと言えば……それは彼女の口にもぐもぐと常に新鮮な料理が運ばれているからである。
また誠治のテンションがおかしなことになってるなーとか思いながらも、ヒルデガルトは食べる口を休めることはない。ラーメンだけでなく、ピザだの炒飯だのサラダだのと、様々な料理をその口に運んでいた。
(……まあいっか。料理は美味しいし)
誠治を止めることは諦めるヒルデガルトである。
一方、その彼女たちのすぐ近くでは――『ギャザリングヘクス』と呼ばれる技でお汁粉なんぞを作っている沢渡 真言(さわたり・まこと)の姿もあった。
(まあ……のぞみの思いつきだけど、付き合いますかね)
真言はそんなことを思っていた。
彼女にとって、三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)の願いというのは自分の願いも同然だった。だから、のぞみが希望するのであれば、それを可能な限り叶えてあげるのが真言の役目というものである。
そんなわけで……お汁粉作り。
ぐつぐつと煮えるそれをかき混ぜながら、真言は古い記憶を思い起こしていた。
(そういえば、パラミタに最初に来たときも、これでスープを作った気がするなぁ……)
それは間違いない記憶だった。
辛いこと、悲しいこと、楽しいこと。様々なものがこのパラミタの記憶の中に詰まっている。そこにはもちろん真言たちの記憶もあった。色々なことがあったが、それでも、いまこうしてこの蒼空のもとに皆で居られるということは……。
――もしかしたら、それだけで幸せなことなのかもしれない。
そんなことを思いつつ、お汁粉をかき混ぜる真言である。
そんな彼女のすぐ横で、ユーリエンテ・レヴィ(ゆーりえんて・れう゛ぃ)はお汁粉をポムクルさんたちに配っている。しかし配りつつも、ユーリはそれを食べるポムクルさんたちの姿を羨ましそうに見ていた。
「いいなー。お汁粉美味しそうだなー。……一人ぐらい、ユーリにくれないかなぁ」
「……なのだ?」
ひょいっと一人のポムクルさんがお椀をくれる。
そこにはあつあつのお汁粉が入っていた。
「いいのっ!? くれるのっ!?」
「いいのだ〜♪ みんなでいっしょに食べるのだ〜♪」
「わーい! 食べる食べるー!」
ポムクルさんたちと一緒になって、ユーリはお汁粉を食べ始めた。
なんともまあ、子どもっぽいが……それはそれでユーリらしい。そんな彼女を微笑ましそうに見ていたのは、同じくポムクルさんたちにお汁粉を配っていたのぞみだった。
それからのぞみの隣には、彼女のパートナーのミツバ・グリーンヒル(みつば・ぐりーんひる)の姿がある。ミツバはお椀にお汁粉をよそっていて、それをのぞみたちに渡す役目をしていた。
「あの、のぞみ……なんだかその格好してると、昔を思い出しますね」
「え?」
そう言ったミツバに、のぞみはきょとんとした目を向けた。
それから、自分の姿を見下ろす。のぞみはショートパンツ仕様のメイド服姿をしていて、確かにそれは自分の昔の格好によく似ていると思った。
(そういえば前は、よくショートパンツに箒で飛び回ってたなぁ)
そんなことを思い出す。
のぞみは彼女ににこやかに笑いかけた。
「そうだね。考えてみれば、似てるかも」
「ですです。ミツバも、何だか昔を思い出しました」
こちらもにこにこ笑うミツバである。
彼女を見ていると、のぞみも何だか幸せな気分になってきた。
その気分はポムクルさんたちにも伝導する。イーダフェルトは人々の幸せな力で動くため、ポムクルさんたちもその影響を受けやすいのだ。
「なのだ〜♪ なのだ〜♪」
歌いながらテーブル席に食事を運んでいくポムクルさんたちである。
そんな彼らを見ながら微笑ましく笑っているのは――ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)であった。
彼女はテーブル席用にチーズの盛り合わせであるプラトーを用意している。
それを運ぶのももちろんポムクルさんたちである。彼らの行く道を開けながら、それを和泉 真奈(いずみ・まな)がひっくっと酔っ払った顔で見ていた。
「あらら〜……ポムクルさんたちも大変ですわね〜……。ひっくっ……」
「って真奈ってば! まさかお酒飲んじゃったのっ!?」
と、いうよりは……お酒に似た酔っ払い成分を含むジュースだろうか。
まあどちらにしても真奈は酔いが回ったようで――いつの間にか服を脱ぎ始めていた。
その下は一応、水着を着込んでいる。しかし、いずれにせよ男たちにとってはありがたい話だ。おおっ……! と、どよめきが走っていた。
「もう、見ちゃだめ〜〜〜!」
ミルディアが、男たちの視線から真奈を守るために壁になる。
それにぶーぶーと文句を言いながら、男たちは立ち去っていった。
――さて、ところで。
男たちが立ち去ったはいいものの、食事の準備は一向に終わる気配はない。
カレーを作る日堂 真宵(にちどう・まよい)とアーサー・レイス(あーさー・れいす)の労働も、大変なものだった。
「……はぁ、まったく。何でもかんでもカレーで解決って、そんなアホな話があるものかしら」
「それがあるのデース! 真宵! カレーはすでに世界の一部を掌握しているのデース!」
そう言ってはばからないのは、アーサーである。
彼はカレー線エネルギーなんぞという訳の分からないパワーを理論構築して、オリジナルのスパイスカレーを作っていた。
それは良い香りを漂わせている。
ポムクルさんたちの鼻もくんくんと鳴って、実にかぐわしいものだった。
「全てはカレーのために、デース! 真宵もさあ一緒に作るのデース!」
「はいはい……分かった、分かったわよ……」
そう呟きながら呆れる真宵は、ぐーるぐーるとカレーの鍋をかき回す。
全てはカレーのために。カレーはみんなのために。
そんな標語を掲げるアーサーの目には、カレーで埋め尽くされる世界が見えていた。
「ああ……カレーとは……世界とは……パラミタとは……」
とまあ……。そんな、カレー一色の未来のようである。
一方近くでは、鳥丘 ヨル(とりおか・よる)が『喫茶バードヒル』なるオリジナル喫茶店を開いていた。
「いらっしゃいませ〜♪」
彼女は店にやって来た客に、愛想よく接客する。
その様子は一般的なコーヒー店の店員そのものである。さほどおかしなところはない。むしろ良心的な店だと分かり、客入りは多いに繁盛していた。
そんな『喫茶バードヒル』の店内。奥の方で豆を挽く不良っぽい少女の姿が一つある。
それは――ヨルのパートナーのカティ・レイ(かてぃ・れい)だった。
「……なぜあたしはこんなところで豆を挽いてるんだ」
彼女はヨルのご要望通りに、コーヒー豆を挽く作業に従事している。それにいささか疑問を覚えないではなかったが、そこは根が素直であるカティのよいところだ。
どうせやるならトコトンまでやってやると、彼女は一心不乱に豆を挽いた。
「うおおおぉぉぉ! 客を待たせてたまるかぁぁぁ!」
「さ、さすがカティだよ! 豆挽きだけにそんなに熱が入れられるなんて!」
ヨルはそんなことを言いながら、これからしばらくしたら自分たちのコーヒーでも飲んでゆっくりしようと思った。それぐらいの休息はあっていいだろう。
そう思ったのだ。
さて、そんなヨルとカティの店からほど近くで……。
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は客にアニバーサリーワインを配っていた。
「さあ、みんな。今まで色んなことがあったけれど、過ぎ去った今となっては楽しい思い出となって残ってる。これからもみんなで頑張ろう!」
そう言うのはエースだ。
彼はワインの蓋を開けてメシエと乾杯。カチャンと、お互いのグラスを打ち合わせていた。
「確かに……色々あったね」
メシエはにこやかに笑いながら、グラスを傾けた。
その脳裏に映るのは、これまで自分がパラミタで過ごしてきた日々だ。
楽しいこと、つらいこと。多くのことがあったが……それが今の、自分を形作っている。
メシエには素晴らしいことに思えた。
「エースとの契約がきっかけで、女性と知り合うわ、結婚するわ、子供が生まれるわ……まさか自分が、こんなに変われるとは思ってもみなかったよ」
「それはお互いさまさ」
エースはそう言いながら、グラスの中のワインを楽しんだ。
「君と一緒にいられて良かった。これからもよろしく、メシエ」
「……ああ、もちろん」
二人はまた、グラスをカチンと打ち合わせる。
ワインのくらりと揺れる表面には、二人の笑顔が浮かんでいた。
――一方、シャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)とグレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)は、二人で愛すべきハンバーガーをもぐもぐと食べながらお祝いしていた。
「ねえ、グレゴさん。バーガーも中々イケるでしょ?」
「む……まあ、そうだな。悪くはない」
そう答えるのはグレゴワールである。
彼はシャノンからバーガーを手渡されていた。
実はこれまで、彼はシャノンの食べているそれを口にしたことがない。普段から清廉な生活を心がけているグレゴワールとしては、ハンバーガーなどというのは俗物的な食べ物の種類に入るのだ。その為に、これまでは食べるのを拒んでいた。
しかし……。
今は違う。
なんせ今日は一年に一度の大忘年会である。
創造主との戦いが終わった今――まあ、イーダフェルト二号の件は気になるが――たまにはシャノンと共通の物を口にする機会も悪くない。
そういうわけで、グレゴワールはバーガーを食していた。
「ふむ……べちゃっとしてシャキッとして、まあ、なんだ…………美味いであるな」
「でしょう? こういうものもね、人類の文化というわけなのよ。だからさ、たまにはこんな無為に過ごしてリフレッシュする日も大切なんじゃない? で、明日からまた頑張ればいいわけで……。どうでしょう? その辺」
「無為に過ごす、か……」
グレゴワールは遠い目をした。
そういえば昔から、ずっと気を張って生きてきた気がする。
こういうパラミタという世界に生きているのであるし、たまにはそうした、シャノンの言うような生き方も悪くないのかもしれない。
まあ、たまには、だが……。
「神も、我に休めと言っているのかもしれぬな……」
「そういうことそういうこと。さー、今日はパーッと食べちゃいましょう!」
笑顔でシャノンが言う。
グレゴワールはそれに頷き、ハンバーガーをまた一口かじった。
ちなみに……玖純 飛都(くすみ・ひさと)はカクテルを作っている。
彼の目の前にあるのはアルコール、ノンアル問わない様々なカクテルだ。それをシャカシャカと振って次々にお客さんたちに振る舞っていた。
「こら、そこのポムクルたち! 働かないと飯抜きだぞ!」
「ひいぃぃぃなのだ〜!」
厨房で働くポムクルさんたちは悲鳴をあげる。
飛都は次々に舞い込んでくる注文のせいで、かなり気が高ぶっていた。
そのせいか、どうやらポムクルさんたちにも檄を飛ばしているらしい。
ちなみに矢代 月視(やしろ・つくみ)はそれをのんびりと眺めている。
まあ手伝いはしているが……さほど気持ちを入れ込んではいないようだ。
ふらふらと歩きながら、たまにぽいっとカクテルを飛ばしたり、ポムクルさんたちのお盆に乗せたりして、何とはなしに動いているだけだった。
「月視……出来ればもう少し頑張ってもらいたいんだが……」
「うんまあ、努力するよ」
「…………」
ため息を吐く飛都だった。
●
トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は忘年会会場のセッティングをしていた。
それは彼の陣頭指揮でのもと、ということである。
トマスは自身のパートナーである
ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)や
カル・カルカー(かる・かるかー)大尉に指示を飛ばし、忘年会の迅速な進行に努めようとしていた。
カル大尉やミカエラにしても同じ気持ちだ。
カル大尉のパートナーである
ジョン・オーク(じょん・おーく)も、彼の指示に従ってきりきりと荷物を運ぶのを手伝っていた。
「さあみんなー、頑張るように! そこらで倒れてる酔っぱらいは、邪魔にならない場所に置いといて……ああ、ほら、そこのテーブルは片付けてくれー!」
そう言うのはトマスである。
彼の指示で、ミカエラやカルが酔っ払いをよっこらしょっと端に追いやる。
でもって……テーブルはぴしっと整えられる。テーブルクロスも新しいものに代えられる。そうこうしている内に、新規のお客さんがやって来た。
「うーん、何だか……旅館というか、ホテルのお仕事みたいになってきたけど」
「まあ、そういうものですよ」
呟くトマスに、ジョンが労うように言った。
「むう……そういうもんかねぇ」
「ええ、まあ……。なんせこのイーダフェルト自体が、そんなものになりつつありますから」
「…………」
まあ実際、イーダフェルトを観光地として利用している者も多い。
ポムクルさんたちも満更ではないようで、それで職を得ている種類もいた。
「…………なんだかなぁ」
呆れ半分でそう呟くトマスである。
すると。
「あーもう! そこ! ぼやっとしてないでどけぇぇ!」
「なのだーなのだー」
テーブルクロスの上で遊んでいるポムクルさんたちに、カルが怒鳴り声をあげていた。
それに対してミカエラは無言でてきぱきと働いている。その動きはまるでロボットで、彼女が通り過ぎた後にはピシッとテーブルクロスがひかれていた。
まあなんとも……完璧なミカエラらしい。
とはいえ、それがすご過ぎるだけに、トマスには何とも言えない無力感が募る。
「…………雷龍の紋章の任務かなぁ、これ」
そんなことを呟きながら、トマスは自分の作業に戻っていった。
●
一方、
布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は給仕として各地のテーブルにお酒やジュースといった飲み物を配膳して回っていた。
その肩には、なぜかポムクルさんたちも乗っかっている。
彼女と一緒に、メイド服姿の
エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が笑っていた。
「……なんか、まるでポムクルたちのお母さんみたいね、佳奈子」
「言わないで」
ポムクルさんたちに髪の毛を引っ張られながら、佳奈子はげんなりと言った。
ちなみに彼女もまたエレノア同様、メイド服姿である。
ただしトレーを持っているのは彼女だけで、エレノアはカートを押して配るべきジュースやお酒を彼女に手渡している。それがエレノアの役目であって、実際に給仕して回っているのは佳奈子だった。
「もうっ……この子たちも少しは手伝えばいいのに!」
「まあまあ。これまでずっと働いてたわけだし、遊びたくなったんじゃないの?」
「働いてた? 働いてたって言うの!? この年中無休リゾート妖精のこの子たちが! そんなことありえるわけないわよぉぉ!」
「…………」
無茶苦茶な言いぐさであるが、まああながち間違ってはいない。
ポムクルさんたちの中には働き者の種類もいるが、たいていはわーっと遊びに悪戯にと夢中になるタイプが多いのだ。それはいわゆるアリの種類分けにも似ているかもしれなかった。
働きアリと、そうじゃないアリ。
…………。
どう考えても、佳奈子の髪の毛をいじるポムクルさんたちはナマケモノだった。
「はぁっ……」
佳奈子はため息を吐いた。
「まあ、いいけどね……。このおかげで何かとみんなからは労ってもらえるし」
「そうそう。やっぱり持つべきものはお母さんよね。ね、ポムクルさんたち」
「お母さんじゃない!」
佳奈子に突っ込みを入れられながらも、エレノアたちは次々とテーブルを回った。
忘年会は大盛り上がりだ。
これがいつまでも続けばいいなぁと、二人は思った。