空京

校長室

帰ってきた絆

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帰ってきた絆

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年を忘れる宴6

 忘年会は盛り上がりを見せている。
 これまでの例に漏れないぐらいの異様な盛り上がりである。
 それもそのはずだ。今回は何とテンションこそがイーダフェルト二号の暴走を止める手段となるかもしれないのだ。そのことを知っているのか――あるいは知っていなくてもだが――契約者たちは独自に紅白歌合戦なんぞを開いて、会場の盛り上がりに一役買っていた。
「いえーい、盛り上がっていくぞー!」
 そう言って仲間たちに呼びかけるのは、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)である。
 彼は隣にいるヴォルフガング・モーツァルト(う゛ぉるふがんぐ・もーつぁると)の演奏で、歌を歌っていた。その曲名は『おれの尻を舐めろ〜歌の絆〜』――実にノリの悪い曲であった。
「俺の尻を舐めろ〜♪ 俺の尻を舐めろ〜♪ さあ、一緒に!」
「――歌えるか!!」
 会場にいたお客さんたちのブーイングが飛ぶ。
 しかし、すでに丸見えの尻を突き出していたモーツァルトにとっては、それすらもある種の快感であった。
「……ああ、イイ! やっぱりこの曲を作曲したかいがあった!」
「あのなぁ……」
 さすがに少しは常識的でもある竜司が呆れたように言う。
 彼としてはもう少し大人っぽい、モテる曲を歌いたいところだった。だが世紀の作曲家であるモーツァルトの分霊からこの曲を歌えと言われたら、断るのも悪いというものだ。
 モーツァルト(もとい、飯田ツァルト)は、客のブーイングも何のそので、尻を出しながら演奏し続けた。
「あ〜あ〜♪ 俺の尻を舐めろ〜♪」
「――やめろっつーの!!」
 いっそのこと、モーツァルトはイーダフェルトに改造されたほうが良かったのではないか。
 そんなことを思わせる客の大ブーイング。それを見ながら、会場の司会をしている五十嵐 理沙(いがらし・りさ)はえーっと……と呆れていた。
 彼女はセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)と共に紅白歌合戦の司会進行役を買って出ていた。
 彼女らは野球場でワイヴァーズというチームを応援している『ワイヴァーンズ・ドールズ』である。その為、こうした司会役はお手の物なのだ。
 まあ、それでも――
「お尻の歌なんてどう紹介すればいいのよ!」
 さすがにモーツァルトたちの歌には戸惑っていたが。
「ええい、まあとにかく私たちが進行しちゃうわよ! やってやれないことはない!」
「ええ、そういうことでございますわ。こういうのは勢いが大事なんですものね!」
 そう言って頷くセレスティアは、理沙から忘年会とはこういうものだと無茶苦茶な説明を受けていたのだった。そのため、無礼講という言葉を拡大解釈してしまっている。
 彼女たちは笑顔のまま次のプログラムを紹介した。
「というわけで――セレスティア、次のプログラムへゴー!」
「では次のプログラムへ。アイドル歌姫『Feeling Songs』の登場です。どうぞ!」
 すると次の瞬間、会場にプシューッと白煙が巻き起こる。
 もちろん、モーツァルトは司会進行役の二人が命じたスタッフによって強制退場させられた。両腕をがっちと捕まれて連れて行かれる際、私の尻が〜! と叫んでいたことは言うまでもない。
 ――まあ、それはともあれ。
 白煙の中から現れたのは二人の美少女だった。
「きゃああぁぁぁ! 夢悠ちゃーん! カワイイィィィ!」
「瑠兎子もサイコォォォ! きゃあぁぁぁぁ!」
 会場に来ていたファンのみんなが盛り上がりを見せる。
 それを見ながら『Feeling Songs』の二人――想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)は、お互いを見やり、そして会場に向き直ってにこりと微笑んだ。
 夢悠はアイドルとは言われているが、実際は『桃幻水』のアイテムを使った男の娘である。もちろん、それはファンのみんなは知らないことだが、夢悠は彼女たちの幻想を壊さないために、一生懸命、女の子のアイドルを演じている。
 だがそれは――決して偽りということではない。
 夢悠自身も、アイドルになることは夢だったのだ。
 彼は『桃幻水』のアイテムを使っている短い時間だけだったが、夢のアイドルになることが出来た。そしてそれを瑠兎子やアイドル事務所のみんなも賛成してくれている。
 夢悠は瑠兎子と手を取り合い、会場のファンに向けて言った。
「今日はみんな、来てくれてありがとうー!」
「いっぱい、いっ〜〜〜ぱい、楽しもうねー!」
 二人の言葉に、会場のみんなのボルテージが上がり、きゃあぁぁぁと甲高い声が聞こえる。
 その声援を受けながら、二人は新しい恋に踏み出そうとする少女の想いを綴った歌を、会場に届けた。

 「スキ」と言えない もどかしさも好き
 素敵な想い出 重ねてく
 甘くて痛い 心地よい季節

 このままでイタイと 願っていても
 私の胸を 吹き抜ける風が
 季節の終わりを 告げていく

 私の想い出パズル 胸から飛び散るピース
 「待って!」の声も届かない
 貴方の想い出パズル 夜空(ソラ)に舞い上がるピース
 「きれい…」と星を見上げてた
 「そこで見てて」と呟いて
 次の季節に 微笑んだ


 ――会場は一つになる。
 歌の力は、どこまでも続いていった。



 アイドル歌手たちのステージパフォーマンスが終わった後でも、歌合戦は続いていた。
 主にこれからは自由参加の時間である。
 男女問わず、誰でも参加出来るという忘年会特有の歌声披露だ。それには酔っ払ったおっさんや、みんなでなのだーなのだーと参加するポムクルさんたちの姿もある。そしてそこには――魂のド演歌を歌いまくる姫宮 和希(ひめみや・かずき)の姿もあった。
「さあ、俺たちの歌を聴きやがれー!」
 彼女はマイク片手に聴衆へ向けて思いっきり声を張り上げる。
 それを後ろから、慣れないギターでサポートするのは、彼女のパートナーのガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)であった。
 彼はやれやれ……と和希を見ながら思っていた。
 なんせいつも、彼女のブレーキ役になるのは彼の仕事である。
 和希はすでに酔っ払っているため、顔も赤くなっていて、いつ暴走し始めるか分からない。常に何事にも対処出来るように、彼は目を光らせていた。
 ――と、まあその予想が当たったのか。
「ういー、あっつい! 俺、もう脱ぐ!」
「ええいやめろ、和希! 見苦しいものを見せるんじゃない!」
「む。見苦しいものとはなんだよー。俺さまこれでもスタイルは――」
「決してよろしくない!」
 一応は女の子である和希に向かってひどいことを言いながらも、ガイウスは彼女の身体をタオルで隠してそそくさと会場から降りていった。
 酔っ払った和希はそれでも「あはははは」と笑っていたものだった。
 ――とまあ、そんなこんながありつつも。
 会場はまずまずの盛り上がりを見せていた。
 カッチン 和子(かっちん・かずこ)ボビン・セイ(ぼびん・せい)は昔懐かしテレビ番組をもじった「それ行け! カッチン!」なる曲を歌ってみせる。
 それはどう考えてもこちらには書き起こせないものなのだが、どうやら古い世代には受け入れられたらしい。主におっさん集団(それでも特に還暦とか)が大盛り上がりを見せ、カッチンとボビンは大変満足そうだった。
「いや〜、盛り上がったね〜、カッチン」
「うん、それはいいんだけど……なんだか涙してる大人もいない?」
 振り返るカッチンの目には、あまりにも古いことを思い出したのか、幼少期の思い出に浸って涙をぬぐっているジイさんたちもいる。歌合戦の会場はそれは何ともシュールで、ボビンに乗せられたまま歌を歌っていたカッチンには、なんだか奇妙な光景であった。
 それでも何とか、おっさんたちの感情にも平穏が戻ってくると……。
 今度はMC役を引き継いだレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が登場した。
「ぬっふっふ……ここからはあちきの出番だよ! さあ、バニーガール・ミスティ、カモン!」
「……だからバニーは着ませんって」
 そう言うミスティはため息を吐きながら、次のプログラムを紹介した。
「えー、次はアイドルユニットから参加です」
「理沙さんだよ! どうぞぉ!」
「えっ、えっ? 私?」
 ステージに現れたのは、白波 理沙(しらなみ・りさ)愛海 華恋(あいかい・かれん)である。戸惑っている理沙に対して、華恋はノリノリだった。
「いえーい、盛り上がってるー!? 今日はボクと一緒に楽しもうよー!」
「うぅ……なんだかよく分からないけど、わ、私も頑張る!」
 二人は即興ではあるが、ノリのいいアイドル曲を歌い始めた。
 まあというのも、彼女らはアイドルユニットの内の二人なのだ。実際には他にもう数名いるのだが、今回は二人で乗り切るしかない。それに他にも、先に出演したアイドルたちが加わって、ステージは大勢の人たちで賑わい始めた。
「さあ、みんなで!」
「一緒に歌うよー!」
 観客と一体になって、アイドルたちの声が響く。
 紅白のステージは大盛況だった。