空京

校長室

戦乱の絆 第3回

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戦乱の絆 第3回
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リアクション


マホロバ・アスコルド・ラドゥ・アクリト・空京スタジアム

■マホロバ

 マホロバ大奥。
 縁側から臨む枯山水には、静かに雪が降り落ちていた。
「……シャンバラでは国家神といえど、力さえあれば器への敬愛や感謝がないようなのでございます」
 樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)は我が子、白之丞を抱きながら縁側に佇んでいた。
 その隣では、葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)が彼女と同じように降り積もる雪の風景を眺めている。
 彼女の手の中の湯飲みから昇る薄い湯気が揺れる。
 白姫は、己の中に何度か重ねていた思いを零すように続けた。
「マホロバでも……扶桑様、天子様、将軍様への敬愛が失われていくのが世の流れなのでございましょうか?」
 眠る我が子を抱く手が自然強くなる。
 そばに控える土雲 葉莉(つちくも・はり)が、ばたばたと首を振り、
「あ、あたしは死んでもそんなコト思わないです! 天子様にも白之丞様にも誠心誠意お仕えしますよ!!!」
 房姫が葉莉の様子に小さく笑み零してから、湯飲みを置く。
 そして、一つ息を置いてから。
「彼らは長らく力の無い土地で何世代も辛く苦しい生活を強いられてきました。それに、今は帝国の驚異にもさらされています。……国家神の力には、国を豊かに治めるために必要な全てがあるのでしょう?」
「ゆえに、シャンバラの人々が器より力に重きを置くのは仕方ないこと、と……?」
 白姫の言葉に房姫が、少し考えるようにしてから、小さく首を振った。
「分かりません。そこに住まう彼らにしか分からない想いが、あるのかもしれない、としか……」
「…………」
 白姫は、ほんの少し迷ってから、紡いだ。
「白姫は……この白之丞が、もし将軍となった時、その一生をマホロバを守るために使ったとて誰にも想われなかったのだとしたらと考えると、胸が痛いのでございます……」
 しんと冷えた冬の静寂を挟んでから、房姫が口を開く。
「民のために生き、民のために死ぬ。それが長であると、私は思います。……時には、自身の真意を民に伝えることなく汚名を被り、民に恨まれ死ぬことが民のためだということもありましょう」
 房姫が白姫の方を見やる。
「ある意味で、長というものは常に孤独なのではないでしょうか。しかし……それは一切の想いから切り離されてしまっているのとは違う」
 言って、彼女は優しく白之丞を見つめた。
「いつかもし、この子が将軍としての役目を負うことになったとしても……白姫様たちに多くの想いを注がれたこの子ならば、きっと、そのことに気づけましょう」


■アスコルド

 エリュシオン宮殿、廊下。
「あまり多くを聞くことは出来なかったですけど……」
 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)が、小さく息をつく。
「少なくとも、大帝の亡くなられた奥様とシャンバラに関係は無さそうなのが分かって良かったです」
 ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)は彼女と共にアスコルドに謁見を終えたところだった。
「俺は、また君が床の穴に落とされるようなことがあれば、どうしようかと思っていたよ」
 ルオシンは苦く息を零し、頭の中で先ほど得た回答を反芻した。
 幾つか、はぐらかされてしまったようなものもあったが……
「とにかく……大帝がシャンバラに恨みを持っているということは無さそうだったな。それに、国家神のシステムをどうこうしたいというわけでもないみたいだ」
「シャンバラが歴史を改ざんしてるとか、そういうわけでも無さそうなのよね」
 ルオシンの隣で氷見 雅(ひみ・みやび)が、ふーむ、と顎に手を当てながら零す。
 彼女とタンタン・カスタネット(たんたん・かすたねっと)も、先ほどルオシンたちと共にアスコルドに謁見していた。
「ふわぁ……」
 タンタンが欠伸し、
「大帝の真意を大帝に聞いても駄目なのでしょうか」
「確かに、もし何かデメリットなことがあれば話してはもらえないかもしれませんね……」
 コトノハが、こて、と小首を傾げながら零す。
「ま、そんなことよりさ」
 雅が、なにか消化不良そうに軽く頬をふくらませ、
「さっさと追い出されるとはね」
 ルオシンは謁見の間の方を見やり、軽く片眉をかしげた。
「あの女性は……どんな話を持ってきたんだろうな?」


 謁見の間。
「アメリカと秘密裏の同盟を、か?」
「ええ」
 ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)は頷いた。
 彼女は白鋭 切人(はくえい・きりひと)と共にアスコルドの元を訪れ、大帝にアメリカに秘密裏の同盟を結んではどうかと持ちかけていた。
 アメリカと帝国が、今の中国・教導団の勢いが邪魔だという点で利害が一致すると、彼女は考えたのだ。
「なるほど……我が子のためか」
「托卵にて授かった子ですわ。穂高と申します」
 ファトラが言って、切人が一歩進み出る。
「この穂高、マホロバが安定するまでは大帝の下に保護してもらいたい」
「こちらには保護してやる義理が無いナ」
「将軍の継承権を持つ穂高が帝国にあれば、いつでもマホロバに介入できる大義名分が出来る。これは悪い話ではないはずだ」
「マホロバは既に帝国に従っている」
 言って、大帝はファトラへと視線を返した。
「同盟の件だが――アメリカが中国への牽制を理由に帝国と協力を結ぶとは考え難い。
 彼らは中国に出し抜かれるとは考えていないだろう」
 ファトラは何を返すでなく、彼が続ける言葉を聞いていた。
「“日本”が中国とアメリカを結んでいるからだ。
 中国では、ドージェ個人に大敗し、広大な自治区を解放された後も周辺の他自治区で蜂起が続いている。
 そのため、現在の国家主席は日本と協調路線をとっている。
 一方のアメリカは、そもそも日米間は同盟を結んでいたということもあるが……
 御神楽環菜によって金融と株式市場を支配されていたために、日本の利益と自国の利益がイコールによって結ばれている」
「日本を中心として協力関係が存在しているため、アメリカも中国も根本のところでは道を違わない――」
 大帝の先を取り、ファトラは続けた。
「しかし、建国失敗や御神楽環菜の暗殺によって、それにも綻びが出来ているはずですわ。現に、幾つかそれらしき動きも」
 大帝が喉を鳴らし、目をゆっくりと引き絞って笑んだ。
「その通りだ。そして――帝国は既に地球の諸勢力と秘密裏の協力関係を結んでいる」
「では、アメリカとも既に」
「半分は正解だといえよう」
「……半分?」
「現在、シャンバラ開発の利益を得られない地球各国の勢力が、まとまって鏖殺寺院となり、シャンバラの乗っ取りを図っている。
 彼らは各国の反シャンバラ派をたきつけることにより、勢力を急速に拡大しているのだ。
 そのため、シャンバラの恩恵を得ているアメリカや中国、日本、それぞれの内にも寺院に与する反シャンバラ派が存在している」
「つまり、それらは寺院と同盟を組む帝国とは間接的に協力関係にある、というわけですわね」
 ファトラは言って、つ、と目を細めた。


■アクリト

 黒崎 天音(くろさき・あまね)は、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と共に学長室のソファに腰掛けていた。
「ふむ……」
 彼らの目の前で、アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)が、天音の持参してきた資料に目を通しながら呟く。
「何か目論見あっての事だろうと思ってはいたが……」
「驚いたかい?」
 アクリトが資料を横に置き、天音を見やる。
「どの勢力にも完全中立な諮問機関の設立と、その顧問として砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)を求める、か」
「彼の知識は、シャンバラに必要なものだよ」
 天音は軽く組んだ手を、こつ、とテーブルの上に落とし、続けた。
「でも、受け皿が無ければ、それは死蔵に変りない。かといって、既存の組織や国のどこに据えても波風が立ちかねないよね」
 天音は笑み、「それに……」と繋いだ。
「これは、すぐにという話ではないのだけれど――――」
 
 天音の話した言葉にアクリトが頷く。
「そちらも興味深い話だな」
「協力してもらえるかい?」
「私に出来ることなら」
「なら、まずはこの件に関して意見を聞かせて欲しいな」
 天音のアクリトは、額の端に指先を置き、そこを軽く叩いてから。
「率直に言えば――こういったものは、これからのシャンバラに必要な機関だ。砕音も喜んで協力したがるだろう」
 アクリトの目が細められる。
「しかし、現状では、望む機関の設立は不可能だ。
 まず、単純に信用の問題として、契約者を有した『完全中立な組織』自体に実を持たせるのが困難だというのもあるが……
 それ以前に、やはり砕音が犯罪者だということがある。
 彼を顧問に据えるのは、今の状況では難しい」
「どうにも出来そうにないかな?」
「実際の彼の功績はどうあれ、シャンバラは彼を犯罪者として扱うしかない。
 条件さえ揃えば、指名手配犯でありながら東シャンバラのロイヤルガードとなったメニエスのように、力技を用いることも出来るかもしれないが……
 それは、君が望む組織の性質からして避けるべきだろうな」
 アクリトが、ふと息を落とす。
「今、私に言えるのは、こんなところだな。君の助けになればいいが」


■ラドゥ

 薔薇学。
「何故、私が貴様らに話などしてやらねばならんのだ」
 ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)が予想通りの拒否反応を示したので、山田 桃太郎(やまだ・ももたろう)は眼鏡の縁を押さえながら、最近開発した一押しのポーズを取った。
「質問に答えてくれたら――」
(顔を、45度に俯かせてからのー……この角度!)
 くいっと顔を上げながら言い放つ。
「僕の体を好きにしてイイヨ!」
「色々とキモいわ、バカ太郎」
 男装したアンナ・ドローニン(あんな・どろーにん)に思い切りしばき倒された桃太郎は、とりあえず、にゅっと復活してラドゥを見据えた。
「闇の帝王のラドゥさんなら心当たりあるんじゃないかな、と思ったんだ。ゴーストイコンを出現させた人物についてね」
「ゴーストイコンを出現させた人物……?」
 ラドゥが首を傾げる。
「そう」
 桃太郎は無意味に鳴らした指の先をラドゥに向け、続けた。
「僕の考えとしては吸血鬼の始祖さんが怪しいんじゃないかと思っているんだよね」
 その言葉に、アンナが頭を掻きながら、
「だけど、ここまで来て言うのもなんだが……始祖は女王に仕えていた家臣なんだろ? そんな奴がシャンバラにゴーストイコンなんていう災厄を撒き散らすか?」
「彼は自らを不死の魔族の体へと作り変えた――その力って何だかゴーストイコンを出現させた人物の力と似ている様に思えないかい?」
「なるほどな……それで、私のところに確かめに来たというわけか」
 唸ったラドゥの方へ、桃太郎は改めてキメ顔を向けつつ、
「どうかな?」
「始祖については、私も良くわからんというのが実情だからな……名も知らないし、どのような力を持っていたかも分からないが――吸血鬼がそういうものを操ったりといった話は聞いたことはない」
 ラドゥが、考え込むようにしながら、独り言めく。
「だが……吸血鬼の創造もゴーストイコンの創造も、その原理的には不明な点が多い。こういうあまりに乱暴なやり方は……体系化された魔術というよりも、むしろ超能力といったもののような……――って」
 ラドゥが、はた、と顔を上げる。
 桃太郎は彼にウィンクした。
「ご協力アリガトウ!」
 ぴしっ、とラドゥの表情が軋む。
「ひ、独り言だったんだからな! 決して貴様らに言ったわけではないからな! 本当だからな!!」
 そうして、彼は足早に校舎の奥へと消えていってしまった。


■空京スタジアム

 スタジアムの隅の自販機前。
「ゴーストイコン被害の統計、ですか?」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、手に持ったリリ マル(りり・まる)へ問いかけた。
 目は自販機の品揃えを追っている。
 そして、温かい飲み物が全て売り切れであることを確認し、アリーセは薄く嘆息した。
 アリーセたちは、スタジアムで、ゴーストイコン被害から避難してきた人々の処理に対応していた。
 諸々の問題に対応している内に、逃れるタイミングを失っていた、という方が正しいかもしれないが。
 ともあれ、今は短い休憩時間。
 リリが言う。
「管理のために用いていた避難民の皆様のデータと、以前作成したゴーストイコンの活動予測を照らし合わせてみたのであります」
「なるほど」
 諦めて冷たい缶コーヒーを選んだアリーセの目の前で、自販機がなにやら陽気な音楽を鳴らす。
 ぽんっと飛び出た立体映像のキャラクターが『アタリ! もう一本!』と告げ、アリーセは、しばしそれを無意味に眺めていた。
 リリが続ける。
「これで、もしかしたらゴアドー以外の巣を見つけることが出来るかもしれないでありますよ」
「団の方へ報告しておきましょう」
 言って、アリーセは三度目が無いことを願いながら、冷たい缶コーヒーのボタンを再び押した。