空京

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戦乱の絆 第3回

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戦乱の絆 第3回
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地上戦・1

「鳥の巣……?」
 エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)は、ふと抱いたイメージを呟いた。
 戦闘の隙をつき、宮殿への侵入ルートを確保したいと思っていた彼だが、実際に宮殿を見て、これは一筋縄ではいかない、と思った。
 シャンバラ宮殿は、いくつもの建物が連なったような構造になっている。
 一見して入り口と思われるところは無数にあって、守備を突破できさえすれば、宮殿内部に入ること自体は困難ではなさそうだが、問題は内部に侵入してからのようだった。
「こりゃあ、ちゃんとルートを定めて進まないと、迷うぜ」
 パートナーの獣人、アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)が唖然としたように言った。
「そうだな……。どこの入り口から入るかでも、目的の場所に辿り付けるかどうか、大きく違いが出そうだ」
 館のような城であれば、事前に既存の宮殿から類似の宮殿内部を調べることによって、何か参考になればと思っていたのだが、根本から全く構造が違う。
 何故、このような構造になっているのかといえば、旧王国時代、シャンバラの支配階級にある種族が、ヴァルキリーや守護天使だったからである。
「これは、こそこそ探るより、大勢で一気に突入してローラー作戦で行った方が、返って早いんじゃないのか」
 アルフの言葉に、
「そうかもしれないな」
とエールヴァントも同意した。
 つまりは結局、この戦闘の結果にかかっているのだった。


「西シャンバラは攻勢に出て、一直線に攻めこんで来ると思われます」
 鏖殺寺院に所属していながらも、イアン・サールの計らいによって東ロイヤルガードの肩書きを持つ、メニエス・レイン(めにえす・れいん)のパートナー、吸血鬼のミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が、東ロイヤルガードのリーダー、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)に作戦案を提示した。
「ですので、自軍のゆる族や忍者、盗賊等の隠密行動に長けた者を編成し、側面・後方からの奇襲を行わせましょう。
 特に補給や医療を目的とした部隊は徹底的に叩くべきかと思いますわ」
「……奇襲はともかく、医療部隊を叩くという点には、賛成できない」
 優子は、眉を顰めてそう答える。
 僅かに険の含まれた口調になってしまうのは仕方がなかった。メニエスと優子の間には、因縁がある。
 だが優子は、それをこの場に引きずり出したりはしなかった。
「他にいい防衛案を出せる人がいて?」
 過去のことなどなかったかのようにふてぶてしく笑いながら、メニエスが言った。
「同じ戦場にいて、赤十字のマークをぶら下げていれば攻撃されない、なんて考えは、甘いのよ」
「東シャンバラは、人員に余裕があるわけではございませんわ。
 奇襲部隊に数を割いては、正面の守りが手薄になってしまうのではなくて?」
 優子の傍らにつく崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が反論すると、メニエスはくすりと笑った。
「確かにそうですが。守りに徹していれば、時間は稼げます。
 奇襲が成功するまで耐えていただければ、勝機もあるはずですわ」
 ミストラルが亜璃珠に答える。
「それに、イコンを数機、配備できるわ」
 メニエスは、イアン・サールに打診して、イコン部隊の一部を地上に配備させていた。それで正面の戦力の強化は成せる。
「……悪いが、その作戦には賛同しない」
 溜め息を吐いて、優子はきっぱりと言い切った。
「強情ねえ。そんなだから、東は負けるのよ」
 メニエスは嘲笑うように言う。
「声を掛けてみれば案外、私の策に乗ってくれる人も多いんじゃないかしら」
「持論を展開するのは勝手だが、あなたに従う者は、百合園の中には、一人として居ないだろう」
 メニエスの挑発に、優子は静かな口調で言い返し、
「忙しいので」
と、身を翻して歩み去る。
 ちらりと二人の様子を窺った後で、しかし何も言わずに亜璃珠もその後に続いた。
「よろしいのですか」
「ま、いいわ。主導権が握れれば上々だったけど、ここは、お手並み拝見と行こうじゃない」
 ミストラルの言葉に、メニエスはあっさり笑って肩を竦めた。


 そのイコンを見て深々と溜め息をつき、颯爽と歩くラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の後に続いてキラーラビットに乗り込もうとする桜井 静香(さくらい・しずか)の姿に、忍野 赤音(おしの・あかね)の胸は痛んだ。
 まるで連行されているようだ。
「ご安心ください。必ずお守りいたします」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)らに励まされて、苦笑しながら、
「うん、頼りにしてるね」
と答えている。
「――全く、ラズィーヤが何を考えているのかやっぱり解らないわね」
 パートナーの萌恵・コーニッシュ(もえ・こーにっしゅ)が呆れたように肩を竦める。
 思い切るように頷いて、赤音はラズィーヤの元へ歩み寄った。
「ラズィーヤ様。よかったら、教えて欲しいのですが」
「何かしら」
 ラズィーヤは足を止めて赤音を見る。
「……その。王国の復活に、何故、宦官が必要なのでしょうか?」
 静香が宦官でなければならない理由。それが赤音には解らないのだった。
 国家神の側に仕えるには必要なのだという。だが、何故それが宦官でなければならないのか?
「……そうですわね。理由は、ふたつありますわ」
 ラズィーヤは微笑んだ。
「ひとつ。
 女王の側に仕える者は、性別を捨てなくてはなりません。
 最も身近な危険から女王をお守りするためですわ」
 つまり、性的な危険から、ということだ。
 暗に含めた言葉が解って、赤音は顔を赤らめる。
「そしてもうひとつ」
 ラズィーヤは、言って美しく微笑んだ。
「女王の宦官は、そうなることによって、素晴らしい力を得ることができるのですわ。
 そう、わざわざイコンに搭乗しなくても、イコンに匹敵するほどに。
 あなたも、静香さんが強くなってイコンを次々薙ぎ払っていくところを、見たいでしょう?」
 有無を言わさぬような、ラズィーヤの微笑みに、赤音はたじたじとなって、
「え、あの、その……」
と口ごもる。
 にこりともう一度笑みを浮かべた後、ラズィーヤは再び歩き出してイコンに乗り込み、複雑な表情で二人の会話を見ていた静香も、赤音に苦笑を見せ、無言のまま後に続いた。


 ラズィーヤが前線に出てきたことは驚きだったが、
「それならそれで、ラズィーヤさん達を護衛するだけだぜ」
ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)は素早く気持ちを切り替えた。
 シャンバラの民同士が戦うことに気は進まないが、百合園学生として、学園の意向に従う。
「それに、私達まで西に回ったら、その瞬間にジークリンデが殺されちゃうかもしれないし」
 仕方ない、ジークリンデの為だ。
「ま、西の奴等といっても、殺さないようにはするけどな」


 我のパートナーは損な道を選んだな。
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は、イルミンスール生でありながら、東シャンバラロイヤルガードとして、東側陣営に身を留めることを選んだカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)に対して、ひっそりとそう思った。
 口には出さず、パートナーの選択に、黙って付き合う。

「――ごめんなさい、ベア」
 一方で、同じくイルミンスール生のロイヤルガード、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)も、自分の選択を、パートナーの雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)に謝った。
「何謝ってんだ、ご主人」
 ベアは屈託なく笑う。彼の纏う、東シャンバラ応援団の学ランが翻った。
「俺様はずっと、東の人間として活動してきたんだしな。
 最後まで、東側の為に戦いたいぜ!」
 うん、とソアは頷く。
 百合園にも、パラ実にも、友達が沢山いる。
 上の決めた所属がどうのという事情で、彼等を見捨ててしまいたくない。
 それに、東ロイヤルガードは、学校の所属に関わらず、東シャンバラ所属として活動して欲しいという通達もある。
 学校を裏切っていることにはならないはずだ。

 そんなカレンとソアは、宮殿前の東側陣営で互いを見付け、顔を見合わせて、苦笑しあった。
「お互いに、損な性分だね」
「そうですね」
 心は西側に傾いてもいて、西側の人達と戦いたくないと思う自分もいて、きっと西側が勝つのだろうと解っていて、それでも、同様にきっと解っていても敗戦に臨む東側の人達を、見捨てることなどできない。
「ボクは、戦況を見て、負傷者達の救出活動に動こうと思ってる」
 イコンやら何やら、攻撃の飛び交う前線で、より早く、負傷者を安全な場所に移動させる。
 威嚇の為のレールガンを背負って、ジュレールも毅然としてその傍らに佇む。
「私は、守ります」
「時間を稼いで、長期戦に持ち込むことで、東側が生き延びる糸口を掴めると思うしな!」
 戦場で立つ場所は違うが、お互い頑張ろう、と言い合ったところで、騒ぎに気付いた。
「始まった?」
 緊張が走り、身構えるカレンに、ジュレールが、
「いや、違うようだ」
と言う。
 だが、何かイレギュラーなことが起きたことは間違いないようだ。


 イルミンスールの決定により、今は西シャンバラに属する瓜生 コウ(うりゅう・こう)だが、どうしても訴えたいことがあり、ラズィーヤの元へと赴いた。
 この東西の激突を避けるには、ラズィーヤの一言が必要だ。
 ラズィーヤが戦わないと言えば、この戦いは止められるはずなのだ。
「てめえ、西側のモンだな。堂々と、何しに来やがった!」
 東側陣地に、非武装で現れたコウを、神楽崎優子と共に防衛線を張る者達が見咎める。
「ラズィーヤに直訴しに来た。この通り、丸腰だ。会わせてくれ、頼む」
「はあ? 何ふざけたこと言ってんだ」
「私はかつてヴァイシャリーの守護騎士だったわ。
 ラズィーヤさんとも面識がある。確認して貰えれば解るわ」
 コウのパートナー、ハーフフェアリーのマリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)が毅然として言う。
「コウさん?」
 そこにソアとカレンらが走り寄った。
 知り合いの姿を見付けて、コウは助かった、と思う。
「どうしたんですか? あなたも、東に……?」
「悪いが、違う。
 オレは戦いを止めて欲しいと直訴しに来た。
 頼む、ラズィーヤに会わせてくれ」
 ソアとカレンは困ったように顔を見合わせたが、すぐにソアが携帯電話を取り出す。
 電話の向こうと会話をした後で、携帯をコウに差し出した。
「“取り込み中なのでイコンからは降りない”そうですけど、話だけは聞くそうです」
 直接聞いてはくれないのか、と、コウは悔しく思ったが、話ができるだけでも、とコウは携帯を受け取る。
「ラズィーヤ。イルミンスールの瓜生コウだ。
 頼む。こんな争いは無意味だ。止めてくれ!」

 先のヴァイシャリーでの戦いで、東西の決着はついたはずだった。
 コウ自身、あれが東西シャンバラの最後の対決になると、そう信じて戦ったのだ。
 その結果は受け入れるべきで、それ以上続けることにコウは意義を感じなかった。
 このままエリュシオンの戦力を借りていては、シャンバラが建国しても、エリュシオンの属国となるだけだろう。
「今、百合園に、戴冠式を妨害する正当性はあるのか?
 ネフェルティティと同じ轍を踏む気か!」
 ふう、と、電話の向こうで溜め息をつく気配がした。
「……あなたが、何をどれほど理解しているのか、わたくしには解りかねますけれど」
 ラズィーヤの声が聞こえてくる。
「今もヴァイシャリーには、エリュシオン兵が駐留しておりますの。
 それが、お答えできる全てですわ」
 そう言って、電話は切れた。
「ラズィーヤ!」
 コウは糾弾するように叫んだが、既にその声は届かない。
「……何故だ。東西シャンバラは、協力すれば、エリュシオンにも対抗できるはずだ!」
 マ・メール・ロアを陥とした、という、前例だってあるのに。
 コウは再び電話を掛けてみようとするが、虚しくコール音が耳の中に響くだけだった。