空京

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戦乱の絆 第3回

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戦乱の絆 第3回
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リアクション




地上戦・2

「優子おねえちゃんが、よくみえないです〜」
 センチネルの操縦席で、身を乗り出すかのように前屈みになりながら、そう文句を言ったヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)に、パートナーのセツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)が注意を促す。
「イコンの中で前のめりになっても、操縦席から顔出ませんから。
 というか、一緒に操縦桿も押し出してしまって、こんなところでイコンを横倒しにさせないでくださいませね」
「わかってるです。でもおねえちゃんがとおいんですもん」
「優子さんを踏み潰すわけには行きませんわ。
 我慢なさってくださいませ。優子さんをお守りするのでしょう?」
「うん。がんばるです」
 優子と共に戦いたいと願ったヴァーナーだったが、優子はイコンに乗らず、白百合団を始めとする歩兵を率いている。
 イコンに搭乗し、最低限の力を出すにはパートナーの存在が必須で、しかし優子には、共にイコンに乗れるパートナーがここにはいないのだ。
 だからヴァーナーは、優子の頭上を守る為に、優子が憂いなく戦いに専念できるようにと、優子の代わりにイコンに乗っている。
「……アイシャおねえちゃんが神さまになったら、ジークリンデおねえちゃんは……」
 近づいて来る、西のイコンを見つめながら、ぽつりと、ヴァーナーが呟く。
「……私がフォローしますから。好きなようにして良いですわ」
 セツカが静かに声を掛ける。
 ああ、でも。
 一生懸命が故に過失も少なくないヴァーナーが、慣れないイコンを扱うことに、不安も拭えない。
 スイッチひとつで、イコンの操縦の主導を切り替えられる仕様になっていたら良かったのに、と。


「ごめんなさいね、千歳。ありがとう」
「何だ、いきなり」
 パートナーのイルマ・レスト(いるま・れすと)の言葉に、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は苦笑する。
「私の希望をきいてくださって、迷惑をかけることになってしまいましたもの」
「そんなことはないさ」
 千歳は、元は蒼空学園生徒だ。
 今回、東シャンバラ側につくことに決め、それに伴って、学園に迷惑を掛ける事態は避けようと、百合園女学院に転校したのである。
 ラズィーヤを護ろうと決めたのは、千歳自身だが、きっかけは、ヴァイシャリー出身であるイルマの気持ちを考えてのことだった。
 女王復活は、シャンバラ人の悲願だ。それを妨害することは心苦しい。
 だが、ヴァイシャリーの民として、ラズィーヤに弓引くことは耐えられなかった。
「この埋め合わせは、いつかいたしますわ」
「ははっ。楽しみにしてるぜ」
 呑気なのか、人を見る目に自信があるのか、新参者の千歳をスパイと疑うこともせず、静香は
「来てくれてありがとう。よろしくお願いします」
と礼を言った。
「期待いたしますわね」
とラズィーヤも言って、防衛線の一端を任されている。
 敗戦濃厚な戦いだが、他の百合園学生達と共に、ラズィーヤの盾となって護り抜く覚悟だった。
「……ただの負け戦では、終わらせませんわ」
 きっと、この戦いが終わった後にラズィーヤの、本当の戦いが始まるのだ。
 彼女の、その戦いをこそ、護りたい。
「そうだな」
 言って、千歳は操縦桿をぎゅっと握り締めた。


 センチネルの操縦席から、鳥丘 ヨル(とりおか・よる)は、上空を見上げた。
「気に入らないなあ」
「どうした?」
 珍しく考え込んでるな、と思いながら、パートナーのカティ・レイ(かてぃ・れい)が訊ねる。
「龍騎士団だよ。ちゃっかり上空へ行ってさ。
 不利なボク達が裏切らないか、見張ってるんじゃないかな?」
「……雪でも降らないといいが」
「どういう意味だよ!」
「まあ、一理あるな」
「今はさ、まだ。
 ボク達東側は、エリュシオンに背いてないっていう姿勢を見せないとね」
 これは、その為の戦いだ。
 それを言葉にして確認する。
 今、誰もが東西同士の戦いに集中しているけれど、自分達の本当の敵は、西シャンバラではなく、エリュシオンなのだと。
 直接接したわけではなかったが、エリュシオンという大国の恐ろしさを、ヨルはぼんやりと感じとっていた。
 自分が肌で感じたわけではなかったが、優子や、ラズィーヤの様子から、それが判断できたのだ。
「“シャンバラ”が生き残る為に……!」
 ヨルは決意を込めて呟いた。




 聞き捨てならぬ噂を耳にして、矢も盾もたまらずに飛んで行って、土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は、金 鋭峰(じん・るいふぉん)への面談を希望した。
「団長!」
 そのただならぬ様子に、鋭峰は僅かに虚をつかれたような顔をする。
「あの、団長、確認したいのでありますが、今回の作戦は、『殲滅』ではなく、『制圧』でありますよね?」
「……正しくは、ここでの作戦目的は『突破』である。
 速やかに宮殿への突入を果たすことが、主目的となる」
 それを阻むと思われる東シャンバラへの、応戦としての戦闘なのだ。
「でしたら……お願いがあるのであります!
 一部の部隊が、イコンによる空爆を実行する計画を立てていると聞いたのであります。
 どうか、団長の指示で、止めていただきたいのであります」
 このままでは、東シャンバラに甚大な被害が出てしまう。
 東西入り乱れることになるだろう戦場で、西シャンバラに属する者も、巻き添えを受ける可能性も皆無ではない。
「お互いに事情がある以上、戦いは避けられないのでしょうが」
 パートナーの守護天使、エルザルド・マーマン(えるざるど・まーまん)も、そう雲雀をフォローした。
「被害は最小限に抑えなくては。
 教導団の目的はシャンバラの守護であって、殺戮ではないはずです」
 鋭峰は、横で何かを言いたそうにしているパートナー、羅英照を見る。
「つい先程、オレも別の教導団生徒から同じような話を聞き、ジンに報告しようと思っていたところだ」
 英照の言葉に、鋭峰は頷いた。
 雲雀のでっち上げという様子でもなく、複数がその噂を聞いているというのなら、それは対処しなくてはならない事案である。
「英照、真偽を確認し、それを阻止せよ」
「了解した」
 鋭峰と英照の会話に、雲雀とエルザルドは安堵する。
 英照が、鋭峰の命令を仕損じることはないだろう。空爆は阻止できたようなものだ。
 鋭峰が雲雀を見る。
「報告ご苦労」
「えっ、いえっ! とんでもありませんなのであります!」
 うろたえて、緊張のあまり良く解らない口調になってしまいながらも、憧れの鋭峰に労われて雲雀は本望だった。




 ――シャンバラ宮殿上空での戦闘は、既に始まっていた。
「……思わしくないように見えるな」
「我々が速やかに宮殿内に突入できれば、対空攻撃で援護することもできよう」
 金鋭峰と関羽・雲長(かんう・うんちょう)は会話の後、李 梅琳(り・めいりん)に指示を出す。
 陣を整えている余裕は無い。生徒達には既に通達してある。

 到着した者から、或いは小隊ごとに、それぞれ各個攻撃が始まった。



「いいか、野郎共!」
 東シャンバラのロイヤルガードにしてパラ実生徒会長、姫宮 和希(ひめみや・かずき)は、集まるパラ実生達に向かって叫んだ。
「西の連中は闇龍の件の時、大荒野の住民の避難に骨を折ってくれた恩人だ。
 そしてこの先も一緒にシャンバラを作って行く仲間だ。
 殺したりなんかするな。男だったら、百合のお嬢様方を護ることに専念しろ。
 そして自分達もこの先、復興の為に働かなきゃなんねーんだ。死ぬな!」
「……不良相手というより、熱血学生に対する演説であるな」
 パートナーのドラゴニュート、ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)が、呆れたように呟いた。
「うるせえ! ダチ同士で殺し合いとか、間違ってるだろ!」
 和希はガイウスを黙らせる。
 建国は民衆の悲願でも、その為に壊れる友情があったり、人柱になる者がいたり、そんなことは間違っていると思うのだ。
 若いな、とガイウスは思う。
 勤勉さとは程遠く、働くのを拒んでカツアゲに走るパラ実生に、復興の為に働こうと言って聞くだろうかと、ガイウスは内心で本当に呆れていたのだが、先のセリヌンティウスの説得もあってか、ノリの良いパラ実生徒達は、和希の言葉に一斉に同意して吠えた。
 消極的戦闘になるが、防御優先で時間を稼ぎ、頃合を見計らって撤退指示を出す作戦だ。
「ケンカにアツくなった連中が、和希の言葉を忘れて攻勢に転じるかもしれない。見極めは大事だぞ」
「わかってるっての!」
 そして、それで責任を問われることがあるなら、罰は受ける覚悟だった。

 そんな和希の演説に影響されたわけではなかったが、国頭 武尊(くにがみ・たける)は、今迄に無く燃えていた。
 勿論、防御メインに戦う意志などこれっぽっちも無かった。
「ふっ、誰に憚ることなく堂々と、西……っていうか教導団と戦えるなんて、最高じゃないか」
 しかも、シチュエイションがまた最高だ。
 百合園のか弱い女学生達を護りながら、悪鬼羅刹の如き西の連中(特に教導団)と戦うヒーロー。
 今時少年漫画やライトノベルでも有り得ないようなガチさである。
「こんな状況を作り出してくれたシャンバラ女王に感謝しないとな!」


 騎兵科の本分は、突撃を行い敵の軍勢を乱すことにある、と、大岡 永谷(おおおか・とと)は考えた。
 ならばこの戦いにおいても、自分の本分を果たすことが自分の使命であり、意志でもあると。
「あたいも忍びパンダの本領を見せるよ」
 パートナーの熊猫 福(くまねこ・はっぴー)は、陰ながらのサポートを行うことにする。
 光学迷彩で姿を消して、しびれ粉を仕掛けて敵の動きを鈍らせる、という作戦だ。
 だがこれは、小人数相手なら有効でも、敵の数が多すぎる場合は全体的には効き難く、この場合は味方も巻き添えにする可能性があった。
 姿を消しつつ、
「敵襲だよ! 全員退却!!」
と叫び、敵を煽って動揺を誘おうともしたのだが、百合園生は必死の覚悟でこの戦いに挑んでいて、誰も逃げようとしなかったし、戦闘に興奮したパラ実の連中の耳には届かなかった。

「東のロイヤルガード隊長、神楽崎優子嬢は剣の名手だ。
 周りを固める者も手練れ揃いだし、心して挑めよ!」
 シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)が士気を上げる為に発破をかける。
 数で勝っていることは有利にならない。
 優子は生身でイコンと対峙できるだけの強さを持つし、今回の戦いで背水の陣を敷く東側の覚悟には、並々ならぬものがあるはずだ。
「……アレナさんを助けるには、シャンバラを独立させなければならない前提があるのではないでしょうか」
 シルヴィオのパートナーの守護天使、アイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)が、今は封印されている、優子のパートナーを思って言った。
「けれど、彼女は百合園を捨てたりしないでしょう」
 二人の思いを案じ、沈痛な面持ちで言う。
「……辛い立場ですね」
 優子と、そのパートナー、アレナのことを思って、アイシスは目を伏せた。
 だが、だからこそ正面から打ち勝って、戴冠式を成功させなければならないのだと思う。
「私は、後方から支援します。お気をつけて」
「ああ、頼りにする」
 そう言ってシルヴィオは笑みを浮かべた。

「正直なところ、イルミンが西についてくれて助かったわ」
 リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は、戦闘態勢を取りながら呟いた。
 西側に所属していて、イルミンスールの友人達と戦うのは気が引けていた。
 あのまま敵側にあり、そして敵としてまみえたなら、容赦無く戦うつもりではあったが、実際にそういう場面になった時に覚悟が決まるかどうかといえば、それはその時になってみないと解らなかった。
 そういう事態にならなかったことに、安心する。もう、自分を縛るものは何もなかった。
「これでもう、手加減も容赦も不必要、ってことだよね」
 リースにとっては、残る東側生、百合園とパラ実の生徒達には、特に思うところがないからだ。
「リース。僕は敵陣に突撃するからさ。援護頼むね」
「任せて。ガンガン雷撃を撃つから」
 パートナーの吸血鬼、レイス・アズライト(れいす・あずらいと)の言葉に請け負った。


「多勢に無勢、かあ。
 それに対抗するのはもう、気合いと根性しかないよね!」
 逃げるわけにはいかないし、ここで退いたらかっこ悪いしね、と、迎える百合園生徒、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は半ば開き直った。
 だが周囲には、ロイヤルガードの人達もいるし、優子達白百合団の面々も居る。
 全くの不利というわけではないと信じた。
「……本当に、皆さん強情ですこと」
 パートナーの守護天使、和泉 真奈(いずみ・まな)の方は、半ば呆れている。
「何言ってんの、全力で護るよ!」
「勿論、精一杯お手伝いさせていただきますが」
 精一杯、できるだけのことしかできない。それだけだ。
「気をつけてくださいね」
「わかってるよ」
 勝とうと思うのではなく、護りきる。攻め込まれないということが重要なのだ。
 周囲にディフェンスシフトを敷く。
 レイスが突っ込んでくるのに気付いて身構えた。
「どうせなら、好みのタイプの子に居て欲しかったね」
「お生憎さま!」
 軽口を叩くレイスに、ミルディアは叫び返した。
「宮殿には、一人たりとも入れさせないよっ!」

「個人的には気乗りしないけど、そんなことも言ってられないよねえ……」
 溜め息を吐きつつ、
「正々堂々やりたいけど、そうもいかないよねえ……」
と頭を掻いていた曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)は、戦場を光学迷彩で姿を隠しながら移動していた。
 タイミングを見て、則天去私での攻撃を試みようと考える。
 その時点で隠れていてもばれるだろうが。
「私も、迷ってますけど……でも、やらなきゃいけないんですよね」
 小首を傾げながらそう言ったパートナーのねこ型ゆる族、マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)も、同じく光学迷彩で姿を隠し、行動を共にしている。
「東の面々だって必死なわけだしねえ。とりあえず、味方の援護など、参りますか」

「わああああああ!」
 気合いを込めた吠声を上げながら、大岡永谷が突撃する。
「は! 意気込みだけは立派だな!」
 迎え撃つように東陣から、パートナーのシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)によるパワーブレスで強化した国頭武尊が、宮殿用飛行翼を装備し、地表すれすれの高度で飛行して突撃した。
「……ここかっ!」
 そこへ瑠樹が攻撃を仕掛ける。
「ッ!」
 見えない敵からの不意打ちのその一撃を、武尊は幸運にも躱した。
 働いたのは、殺気看破による自らのカンか、女王の加護か。
「やってくれるじゃねえか!」
 それはこっちのセリフだよ、と瑠樹は肩を竦めるしかない。
 ざっ、と地を踏んだ武尊は両手に、レーザーガトリングとマシンピストルを持って叫ぶ。
「ここから先は通行止めだぜ!!」