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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
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●龍の逝く穴(07):雷の試練

 緋山 政敏(ひやま・まさとし)一行四人が いち早く奥部にたどり着けた理由は、その準備の綿密さにあった。同行の綺雲 菜織(あやくも・なおり)らと共に、上層を過ぎた辺りでマントに土をこすりつけて匂いを消し、徹底してドラゴンから身を隠したのだった。進行に関しても、各人がその能力を活かした様々なアプローチを行い、それぞれ奏功していた。
「……」リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は暫し、壁に手を触れて黙っていたが、やがておもむろに口を開いた。「震動からして、この壁の裏側に大きな空洞があるわね。かなり大きい……イコンが隠されているとしたら、こういう場所である可能性が高いわ」仲間に告げると、彼女は通信機の回線を開き同じ事をイコン探索のメンバーに伝達する。
「流石だな。緋山君はどう思う?」菜織が問うと、
「俺も異存はない。リーンにはいつもこうやって助けてもらってる」政敏は口元を綻ばせた。しかし彼の眼は、決して笑っていないのだった。アンズーがあるとしても、そう簡単に入手できるとは思えない。
「リーンお姉様のおっしゃる通りだと思います」最小限の火術を指先に発生させ、有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)は空気の流れを読んで結論した。「それに……」火を消すと彼女は岩壁に身を寄せた。「もしイコンが、それを駆る人間によって隠されたのだとしたら」この辺りに近道があるはず、という美幸の言葉はすぐに証明された。
 短い隠し通路は、大きなホール状の場所に到達した。あまりに広大な空間がひろがっていた。
「こんな場所があったのか……」政敏は呟いた。暗い洞窟ゆえ全貌は不明だが、天井の高さ、幅の広さからして、空間はドーム球場ほどもあるかと思われた。
「進んでみよう」しかし程なくして、菜織の足は止まった。「ドラゴンか」腰の刀にはまだ触れない。
 前方の闇より、吊り上がった黄金色の両眼が彼らを見つめていた。政敏が進み出た。
「俺は緋山政敏という。わけあって、龍の逝く穴に立ち入らせてもらっている。理由は……」
 しかし政敏の言葉は龍が制した。「アンズーか」千の銅鐘が一斉に鳴らされたような、ずんと重々しく腹に響くような声だった。「問うは無用、イコンは我が蔵している」
「ならば話が早い」政敏はすぐに譲れとは言わなかった。「まず、名前を聞いていいか、イコンの守護者たる龍よ」
「我には十五、あるいは十六の名がある。……だが、地球人に最も理解しやすい呼称ならば『雷龍』となろうか」龍の目に光が宿った。途端、その全容が闇より姿をあらわす。全身が蒼、しかし肉厚な印象はなく、戦闘機を思わせる精悍な姿だった。翼の棘や爪に目、そして獅子のようなたてがみは燃えるような金色である。恐るべき巨体にもかかわらず、歩む際に立てる音は豹のように小さかった。
(「貫禄があるな」)政敏は思った。龍は眼前に立つだけで、相手を押し潰しかねない威圧感があった。さしもの政敏も胃が縮まり、心臓が口から飛び出しそうになるほど緊張した。しかし政敏はこれに耐えた。臆している場合ではないのだ。「雷龍よ、名乗りを感謝する。知っているかもしれないが……まずは俺の言葉を聞いてくれないか」そして彼はシャンバラ勢を代表すべく語った。イナンナとカナンの現状、ネルガルの野望、そして、罪なき民の窮状を。「雷龍よ、どうか力を貸して欲しい。カナンに緑を。『誰もが住める』地にしてみせる」
「緋山政敏よ、その言は良し。だが言葉とは虚しいものだ。長の年月で我は、言葉を弄す者をあまりに多く見過ぎた」竜は静かに首を振った。「その言葉、真の意志か口先だけか見てやろう!
 力をもって証明するがいい、と一声吼えて、雷龍は天を仰ぎ雷のブレスを吐き出したのだ。宣戦布告のしるしであった。
「戦いは避けたかったけどね」リーンは戦闘姿勢を取りつつ声を上げた。「死んでも退かないという信念を見せなければ、アンズーの譲渡を許す気はないようね……!」
「やむを得まい。我々の中にも現に、ネルガルに寝返っている者もいるゆえにな」菜織は抜刀した。刀の刃が雷光を反射して煌めいた。
「でも四人きりじゃ厳しそうですね。なんとか味方が到達するまで保たせなくては……」という美幸の言葉が、終わるか終わらぬかのうちに、
「四人きりじゃありませんよ」音井 博季(おとい・ひろき)が姿を見せていた。博季は龍に歩み寄り、最後の願いとばかりに叫びを上げた。「音井博季と申します。言葉は虚しくとも言わせて下さい。僕たちは戦いに来たんじゃありません! どうか理解をお願い致します! 次の世代のためにも! ……それが今を生きる私達の義務じゃありませんか!」
「我とてその言葉を信じたいがな、音井博季よ。だが我が求めるは、言葉を保証する実力である!」もう容赦はなかった。龍の吐き出す雷撃は、博季の身を直撃するルートにあった。
 博季は回避しようとしなかった。その体で、嘘がないことを示そうとしたのだ。
「無駄死には駄目よ、博季!」博季の身を、さっと西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)がすくい上げた。幽綺子は光る箒に跨っていたのだ。幽綺子は箒の柄を握り急上昇させる。博季の足元を電光が駆け抜け、発生したエネルギー流で二人の体は大きく揺れたものの墜落はしない。「雷龍の意志は固いようね。自分を犠牲にしたところで、『弱いものにはアンズーは渡せない』と言われるに過ぎないわ。……戦争を解決するもののために武力をふるわなければならないというのが残念だけど、今は戦うしかない」
「僕は……」
「反論なら終わってから聞くわ。今は私に従いなさい」
 博季は目を閉じ心を決めた。幽綺子に預けていた聖剣エクスカリバーを受け取って握った。
「これが……雷の試練」真口悠希の姿があった。
 瓜生コウも隠し通路を抜け、到達していた。「古龍の教えてくれた通りだったか……。試練、受けて立とう」
 リーンの連絡を受け、次々と探索者が駆けつけた。その中に、水神兄弟の姿もあった。
「あの龍を制しなければイコンは手に入らないというわけだね。それにしても……なんて大きい!」水神 誠(みなかみ・まこと)は目を丸くし、
「並大抵のことじゃ制圧はできないと思うけどね」水神 樹(みなかみ・いつき)は応え、双子の弟とのコンビネーションを見せる。「私の背中、誠に預ける!」
 龍骨の剣が唸りを上げた。樹の一太刀は斜め上方に斬り上げるように奔り、それを追って誠の矢が閃光のように飛んだ。剣が傷つけたその場所に、寸分違えず矢が突き立った。
「こらあかん、穴のヌシを探してきてみれば、もうすっかりおカンムリや。説得して機晶石採掘とか色々、お願いするつもりだったんだがなあ」あちゃあ、とばかりに七枷 陣(ななかせ・じん)は自身の額を叩いた。
「では、どうするつもりです?」彼のパートナー小尾田 真奈(おびた・まな)が問うた。
「言う必要あるか?」陣は薄笑みを浮かべた。「真奈はオレのこと、理解してくれてると思ってる」
「理解しています」真奈は即座に、メイド服の下から愛用のハンドキャノン『ハウンドドック』を抜いた。仲間の窮地を黙って見逃せる陣ではないと、真奈は充分に知っていた。
 陣は頷いて魔法の詠唱に入った。(「オレがイナンナに協力するのは、『女神様』を崇拝しているからじゃなく、困窮してるカナンの人を救いたいからだ。そして、民を苦しめ迫害するネルガルを、本気で阿呆だと思うからだ……」)これが民のためになると信じて、陣は蒼紫の焔を生み出した。「なら行くぞ……セット!」
 さすが守護者を自認するだけあって雷龍は強力な敵だ。その羽ばたきは人間を吹き飛ばし、吐く雷撃は岩をも削る破壊力を有した。その身は電雷と光輝属性に耐性があり、両者に由来する攻撃はほぼ無効化した。その上、体は常に帯電しており、尾や爪を使った攻撃に追加ダメージを乗せることができるのだった。ドラゴンの羽ばたきによって壁に叩きつけられ、あるいは雷撃に包まれ、立ちあがれないほどのダメージを負った契約者も少なくなかった。
 しかし雷龍は一体であるのに対し、シャンバラ勢は徐々に数を増していった。誰かが倒れても、その誰かを担ぐ肩が現れた。傷つき後退する戦士があっても、代わりに前進する勇士は後を絶たなかった。
「うははははは、待たせたな!」豪快な笑みはどれほど皆を勇気づけただろう、ドン・マルドゥークが到着したのだ。「事情は聞いた。ドラゴンに包囲攻撃をかけるぞ! 我らの意地の見せ所だ!」彼とともに多数の戦闘者も姿を見せた。
「なら私も!」女神イナンナも雷龍に対峙した。武器はないように見えるがそれはカムフラージュ、無光剣を握って前進する。ところが龍は即応した。イナンナに向け雷撃をレーザー兵器のように、真っ直ぐ野太く放射したのだ。「しまっ……」

 イナンナの身が雷光に包まれる――かと思われた瞬間、その身をイナンナがかばった。

 これを目撃した誰もが、目の錯覚かと思ったのではないか。
 だが間違いではない。女神イナンナが女神イナンナの代わりに、その身に雷を浴びたのだ。
「イナンナっ……!」
 護られた側のイナンナが声を上げた。しかし彼女は紅い目のイナンナ、つまり影武者の鬼崎朔だった。朔を救った本物のイナンナが微笑した。
「良かった……。あたしのことなら気にしないで」
「だって……そんな!」
 朔は手を伸ばした。彼女の目の前で、イナンナの体に亀裂が入っていった。攻撃を浴びた背は勿論、顔にも手にも、落とした石細工のようにひびが走り、表面がボロボロと落剥した。救う間もなくイナンナは砕け、ざらざらとした石の山だけが残った。
 しかし、イナンナの発言は続いた。
「心配しないで」女神は言った。その声は朔の心に届いた。「あたしの本体は、ネルガルによって石版に封印されたまま……さっきまでの姿は、自分を祀った石像を依り代にしていたにすぎないんだよ。あたしの意志は消えてない。すぐに別の石像を見つけて転移するからそれまで待ってて」
 朔は胸をなで下ろした。ならば影武者は不要だったのか? そうではない。やはり軍にはシンボルが必要なのだ。イナンナが席を外している現在、朔こそがシンボルを務めなければならない。
「みんな! あと一押しだよ!」
 イナンナ――朔は片腕を振り上げ味方勢を鼓舞した。
 龍は疲れ、勢いが落ちていた。羽ばたきを繰り返すも、徐々にその前動作やパターンが読まれ、朔の鼓舞で全軍が総攻撃に入ってからは、もうさしたる効果を上げられなくなっていた。
 強く放たれた雷撃を紙一重でかわして、「あなたはもう立派に戦いました。私たちの本気も、伝わったものと思います」体操選手のように空中、二回転して体を捻り、樹は竜骨の剣を薙いだ。「もう戦いを止めるべき時です!」
 だが龍は首を縦に振らなかった。「まだだ……まだ足りぬ!」
「政敏、もう止めるべきよ」リーンが政敏の腕を引いた。「勝敗は明らかになったわ。おそらく雷龍は老齢、その寿命は尽きようとしている……せめて静かに眠らせてあげるべきだわ」
 しかし政敏は首を振った。「違う」彼は告げて、致命傷となるスナイプを龍の額に行ったのである。一撃は、貫通した。「静かに眠らせてやりたいからこそ、ここで止めるわけにはいかないんだ」政敏は目を閉じた。(「雷龍、その名前、胸に刻んでおくからな……」)
「誇り高き龍よ、貴公が望むは、消えかけの蝋燭のごとき衰弱死ではなく」菜織は馳せた。龍の前脚を駆け上り、巨大な肩を踏んで飛び、鞘を捨て刀を両手大上段に振りかぶる。「貴公の欲するは、全力を尽くし戦場に散る華々しき最期であると見た!」菜織は龍の頭上を取った。
「然り!」とうに命絶えているはずなのに、龍は菜織を飲み込まんと口を開け牙を剥いた。「加えて、我を殺す力量なき者たちにイコンを与えるつもりもない!」
 バクッ、と龍の牙が空を切った。勢いの余り噛み合わせた牙が砕け、破片が雪のように舞い散った。
 かわしざまに菜織は剣尖を突き出していた。剣は龍の片眼に突き刺さり、重力と加速力によって真下に引かれた。その軌跡は赤黒い線となって、龍の右目から下り顎、喉、肩口まで続いてようやく終わった。
 菜織が着地し見上げた瞬間、龍の顔面は裂けた。
「見事……!」雷龍は二本の脚で立ち上がると、「持っていけ! アンズーはこの真下に埋めてある!」叫びを断末魔がわりに、ぐらりと均衡を失って後方に倒れたのだった。
「敬意を表す、その士魂に!」菜織は鞘を拾い上げ、剣を一振りして血糊を払った。