空京

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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●龍の逝く穴(08):Find the Way

 雷龍の示した地点の足場は、岩ではなく土の層だった。
 さらに多くの者が結集し、時間をかけてそこから一機のイコンを掘り出した。
 その場にいたあらゆる者が、あらゆる感慨を抱いたであろう。イコン『アンズー』はつやのない銅色、飾り気のないデザインで、機能性重視の構造が工業用ロボットを彷彿とさせた。頭部は胴体に埋まっており顔らしい顔はなかった。両の足は安定度を増すためか前後に大きく、アームも単純でマジックハンドのようであった。両肩の放熱ファン、各駆動部分の突起も前時代的で無骨だ。しかしトータルで見れば、一切の無駄のない美意識が感じられるかもしれない。
「まだイコンに近づかないで下さい。不審な点があります!」大きな眼鏡をかけた少女が、周囲に喚起を促した。「時限爆弾……でしょうか? なにか聞こえませんか? 私が行って調べ……」と、進みかけた彼女だが、
「不審なのはキミだ」という冷静な声と共に、襟首を掴まれて引き戻された。しかも声の主――源 鉄心(みなもと・てっしん)は、左腕を伸ばしてもう一人、駆け出そうとした少女のローブを掴んでいる。
「な、何をするんですか!」変装用の伊達眼鏡がずれたが、構わずに藤井 つばめ(ふじい・つばめ)は声を上げた。
「私たちはただ……」つばめのパートナーコレット・ミシュテリオン(これっと・みしゅてりおん)も慌てて抗議しようとするのだが、鉄心の声は氷のように冷たかった。
「小芝居はよしてくれ。アンズーはカナンの民のため、災禍を駆逐するため使われるだろう。……私心や、単純に力を求めて此処に来たのなら、お引取り願いたいな」
 鉄心の指摘は図星だった。つばめはアンズーを奪取する心算だったのだ。ただし変装と偽名で、その正体は露呈していない。さらになにか言いかけるつばめに、
「女神イナンナの力を手にしたネルガルが良い例だ。力は使うものを選べず、使う者のありようによって災いを呼ぶ」と言って、鉄心はぱっと両手を放したのである。行け、という意味だ。さもなくば……という意味も言外にあった。つばめとコレットは、変装姿のまま姿をくらませた。
「悲しい人たちでしたね……」鉄心のパートナーティー・ティー(てぃー・てぃー)が首を振った。時限爆弾などという嘘を、いち早く看破したのはティーだったのだ。
「どういうつもりだったのかは知らないが、アンズーは雷龍が命を賭して我々に託してくれたものだ。好きにさせるわけにはいかない」
「ええ。雷龍の最期を冒涜するような真似はさせたくない、と思います……」ティーは瞳を伏せた。
 調査は続行された。機械整備のプロフェッショナルが集まり、イコンのメカニックを点検する。
 雨月 晴人(うづき・はると)が手早く機体各部をチェックした。「まんま竜型のイコンだとか思っていたが……作業機械って感じだな。って、待て待て!」晴人は作業の手を止め、パートナーのアンジェラ・クラウディ(あんじぇら・くらうでぃ)に飛びつく。「アンジェラ、興奮する気持ちは判るが、今回はシャウトするなよ? 静かにな」
 口を塞ぐ晴人に頷いて、アンジェラは手を外してもらった。「大丈夫です。落ち着いてます」と彼女は言うものの、その実、イコンに触れる興奮で叫びそうになるのを懸命に我慢しているのは秘密だ。
「すごい、五倍以上のエネルギーゲインがある……」長谷川 真琴(はせがわ・まこと)は好奇心の目を光らせつつ動力部を調べていた。しかし真琴は、現状のままではイコンが動かないことを理解してもいた。「動きさえすれば……」無骨な作業用ロボットと見る向きもあるかもしれないが、真琴からすればこのイコンはまるで芸術品だ。徹底的に計算されつくされた動力構造であり、鮮やかな組み方がなされている。それだけに、すぐに動かして見せられないことが残念だった。
「アンズーを綺麗にするには、地上に出てしっかり整備する必要がありそうだね」クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)が言った。いくつかの部品は取り替えなければならないだろう。
「ちゃんとした保管が出来る環境で整備をし続けなきゃ、メカってのはあっさり壊れちまうもんだからな」佐野 誠一(さの・せいいち)も同意見だ。それにしても、と彼は思った。(「こいつは名機だな。設計者のアイデアがこれでもかと盛り込まれているし、しかもその大半が汎用可能だ」)合理的な計算で成り立つアンズーならば、このデータをもとに、シャンバラのイコン製造プラントで量産型が作れる可能性は高いだろう。いずれこの件を、イナンナに提案してみたい。
「さて、ここから移動させるにしても、せめて歩くくらいはさせないと……」作業着の袖をまくって真琴が言うと、
「歩行なら、なんとかできるんじゃないかな。ほら、このカムをこれと繋いで……」クリスチーナはドライバーの先で、動力部を指し示した。
「えっ、でもそのパーツを取ってしまうとこちらが駄目になっちゃうんじゃ?」真琴も身を乗り出した。
 そこに、「いくらか部品を持参しました。大半が不適合でしょうが、使えるものもあると思います」と結城 真奈美(ゆうき・まなみ)がやって来て、パーツを満載した工具箱を開けた。機械に興味のない人にとっては、その箱は謎の部品が詰まった鉄の箱にすぎない。だが彼ら機工士にとってはまるで宝の山だ。すごいと感心したり、よくこんなものが用意できたなと胸を熱くしたり、彼らの間にしばし幸福な時間が流れた。
 やがて彼らは額を付き合わせて相談した。しかし目的は同じ、すぐに結論に達する。
「よし、クリスチーナの案でやってみよう!」晴人が言うと、
「異存はない」誠一も片手を上げた。
「受け入れてくれて嬉しいよ」クリスチーナは帽子を被り直すと、握り拳を作ってイコンの脚部をポンと叩いたのだった。「よし、アンズー。すぐ歩けるようにしてやるからね。まあ、あたいに任せな」
 作業開始だ。