空京

校長室

選択の絆 第二回

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選択の絆 第二回

リアクション


【1】収集

「……」
 アルティメットクイーンが無表情とも、微笑ともいえぬ、言葉にし難い表情をしつつ宮殿の方向を見つめている。
 これから魔物と交戦するというのに、優雅さのようなものが彼女の周りに充満していた。
「うーん、見れば見るほどわからん人だ」
「そんなことより早く帰ってパソコンに触りたいんだが……」
 護衛兼通信兵としてクイーンの近くにいた裏椿 理王(うらつばき・りおう)、と愚痴を零す桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)
 部下十人と一緒にクイーンを護衛しつつ、彼女の様子を窺っていた。
「にしてもずっと同じ方ばかり見て、疲れないのか?」
「表情も変わりませんしね。素顔はどんな女性なんでしょうか……」
 クイーンの仕草に疑問や疑念は耐えない。誰かの傀儡になっているようにも見えるし、そうでないようにも見える。
「……あークイーン様! こういうので信者に呼びかけてみてはどうですー?」
 突然、理王が動いた。
 手に持っていたコンピューターを駆使して、簡単にクイーンのアバターを再現し、それをクイーンに見せに行く理王。
「……」
「結構可愛くできるとーって、あれ? あははー……だめですかね?」
 居たたまれない空気に理王が苦笑いをする。クイーンは、何も言わない。と思いきや。
「可愛いものですね。ですが私には不要なもの。データの組み合わせなど、私には無用の長物ですから」
「そ、そうですかーこれは失礼しましたー!」
 逃げるようにして屍鬼乃の所へと走って帰る理王。
「なんともいえない超常的な、超越的な雰囲気……怖いような、とっつきにくいだけのような」
「……あんまり無茶すると銃殺されちゃうよ?」
 屍鬼乃のツッコミ通り、銃殺!なんて目に遭わない様に護衛をがっつり強化する理王だった。
「喋らない、というわけじゃなさそうだ」
「近寄りがたさは拭えないけどな」
 クイーンを観察していたトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が言葉を漏らす。
 彼らもまたクイーンの護衛についていた。しかしそれは表向き。腹の中では別のことを考えていた。
「そろそろ敵と交戦するってさ。その交戦時に、何とか隙ができればいいんだけど……」
「戦闘時における心動向に着眼したのは悪くない。結局のところ、クイーンがどうか、だな」
 同じく護衛についていたカル・カルカー(かる・かるかー)夏侯 惇(かこう・とん)がトマスに近寄りながら喋りかける。
 どうやら偵察部隊と本隊が合流し、地上でも本格的な戦闘が起こると聞いてきたらしい。
 魔物の数も少なくないそうで、激しい戦闘が容易に予想できるとのことだ。
「まあ、これはこちらにとってもチャンスだ」
 トマスの言葉にカルが返事をする。
「ああ。あの余裕がなくなれば本音も漏れ出すかもしれない。多勢の魔物ってのは好都合」
「うん。テノーリオも、思い切りやってくれ」
「ああ! 任せておけって!」
 言われたテノーリオがぐっと腕を上げる。
「惇も頼んだ」
「これだけの厚い護衛の層、魔物が突破できるかは天命に任せるとしよう」
 惇が言葉を紡ぎ終わった直後、前線で激しい戦闘音が聞こえてきた。
 肉がえぐれ、骨が軋み、血が舞い飛ぶ。
 戦場の、臭い。
 それは確実に、クイーンにも届いているはず。それでも彼女はただただ宮殿を見つめている。
「……表情変わらず、か」
「おい、天命叶ったりだ! 飛行する魔物が数体こちらに寄ってきてる!」
 カルの指差した方向には前線を飛び越えて本隊の中央へ急襲してきた魔物の姿があった。それを見たテノーリオが真っ先に動く。
「っしゃ! 守るとしますかー!」
 襲い来る魔物の一体の前に立ちはだかり防衛を開始。ただ守るのではなく、わざと攻撃をくらったり、自分の攻撃をはずしたりとクイーンの不安を煽る様な防御に徹する。
 無論、いざとなれば他の三人が助けに入るだろうが。

―――――キシャー!

 残りの魔物がクイーンへと一直線。なんという幸運だろうか。
「……」
「来い」
 トマスと惇が間に割ってはいり、魔物を一撃。……魔物が倒れない程度に。
 どうにか二人の攻撃を堪えた二体の魔物はそのまま二人をかわしてクイーンへ。
 ここまでは全て順調だった。そう、ここまでは。
「愚かな」
 






「……なっ!?」
 カルが声を上げる。何故か。
 一瞬のうちにクイーンが移動し、魔物たちの急襲をかわしたからだ。そのまま魔物は飛んでいってしまった。
 この事象を目撃したトマスたちも驚きを隠せない。
「何をしたか、という顔ですね。……それと、私に何か聞きたい、と言ったところでしょうか」
 不意にクイーンがトマスとカルに喋りかける。まるで心のうちを見透かすような目をしながら。
「……いろいろ考えたけど、だめだったか」
「何故、今なんだ」
 カルは自分たちの思惑を見透かされていることに観念し、トマスはクイーンに問い、クイーンは答える。
「今が“時”なのですよ。世界を救う、その時。だから私はここにいる。それだけです」
 トマスとカルに静かに告げ、また宮殿の方へと目を向けるクイーン。
 その瞳には、どのような“時”や“世界”が見ているのだろうか。

 地上でも戦闘が開始されてから、常にその前線でセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が猛威を振るっていた。
「壊し屋セレンのお通りよ! 道を空けない奴はオールブレイク!」
「ため息が絶えない私の身にもなってほしいわね。結局一緒になって暴れるのだけど」
 道を阻む魔物たちを撃ちたおし、その力を遺憾なく発揮していた。
「……遅くするのもいいけど、たまには仕事してるところ見せないと怪しまれるってね」
「あら、セレンにしては考えてるのね」
「私にしては余計よ!」
 セレアナの辛辣な突っ込みに銃をバカスカ撃ちながら返すセレン。
「よし、これで後は大丈夫でしょ。次に行くわよ……そっちの準備は?」
「ええ。ばっちりよ」
 人気のないところに移動した二人は、別の場所で奮戦してるであろう理子にメールを送る。
 本隊の動き、クイーンの様子などを理子たちに知らせ、助けるために。
「『こちらは上空、地上で交戦開始。戦闘に滞りはないけど、各契約者たちが“うまく”やってるから、進行は遅れている。それと、クイーンに目立った動きはなし』と」
 セレアナが文章を書き終えて、メールを送信する。
「せっつくでもなく、ずっと宮殿を見ているわね。恋人でもいるんじゃない?」
「そんなわけないでしょ……ただ、エレクトロンボルトが不満そうだから、これから少しスピードを上げる様子よ。あんまり暴れ過ぎないようにね」
「善処するわ」
 セレンがそういい終えるとセレアナ宛てに理子からメールが返ってくる。
 すぐにメールの内容を確認するセレアナ。
『了解! そのままうまい具合に進めちゃってね!』 
「……」
 セレアナがセレンの方を見る。
 そこには魔物と踊り、息をするように大暴れしているセレンの姿があった。
「……『善処させるわ』、と。……はあ」
 ため息を一つ零しながらメールに返信をして、セレアナも魔物(とセレン)を止めるため前線へ向かう。
 このやりとりにより、理子やネフェルティティの心にも余裕ができるだろう。
 セレアナのため息は決して、無駄なものではなかった、ということだ。……そう思いたい。