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リアクション
再び、クィクモ。
「む? 何でありましょう。あなた方は……? ここからは許可なしには入れませぬ」
ノイエ・シュテルンの兵が警備している港。教導団の艦が内海に停めてある。
「我らは海軍の関係者だ。彼らは、」と言い、男は後ろにぞろぞろと付き従ってきている技師らしき集団を指した。「我々が連れてきた、造船技術者・船大工らである」
「は、はあ……海軍の、でありますか。ならば……して、いかなることでしょう? あなたのご身分は?」
「ふふん」壮年の男は、紳士的な口調ながらも続けて強気に言う。「私はウィルフレッド・マスターズ(うぃるふれっど・ますたーず)。これより彼ら技術者らを総動員し、艦隊の修理を昼夜通して突貫で行う。工員と水兵を除き、ノイエ・シュテルンを始めとした兵らには、一旦艦を退去して頂かねばならぬ。速やかにな」
「はあ、ええでは誰か上官に……」
「従わなくても工員たちと共に担ぎ出して強制退去して貰う。それ、急ぎ取りかかるぞ!」
ウィルフレッド。自称・教導団の渋い中年男性担当。かつては王立海軍兵学校に於いて教官を務めていた事もあるという。海軍の若き指揮官ローザマリアの補佐役とも言える存在だ。工員らにてきぱきと指示を与えていく、まさしく、「これぞ英国紳士といった風貌や身のこなしは、年齢による衰えを全く感じさせない」。
ウィルフレッドの隣に並んだのは、ローザマリアの副官ジェンナーロ・ヴェルデ(じぇんなーろ・う゛ぇるで)。
「これからは、オレたち海軍が、忙しくなりそうだよ?」
ジェンナーロは、さっと一冊のノートを取り出した。
「ほう。ジェンナーロ? それは」
「これかい。オレたち海軍創設に必要な施設や停泊地、海軍士官・水兵養成施設の建設の必要性を、このオレが無尽蔵に書き出したものでね。
フフ。香取翔子中尉の書いたというレポートは悪くないが、矢張り教導団の中に在っては陸軍の考え方の域を出ないかな……? うむ。矢張り、残念だが餅は餅屋ということだ。
このノートは、「ヴェルデ・ノート」とでもしておこうか?」
「ふふぅ」
工員らが早速作業に取りかかるのを眺めつつ、今後の海軍の理想に思いを馳せ合う彼ら。
「これは一体、何事だ!」
「ほう。新星の将校が来たか? 威勢がよいな」
昴少尉……と言い、兵が何かを訴えている。「何ぃ?」少尉と呼ばれたまだ若い男は抜刀しかねない様子だ。
「貴官ら。誰の許しを得ての行いだ。勝手な真似は僕が許さんぞ」
「僕? ほう……昴少尉殿と言ったか。若いな」
「何!?」
「昴さん!」「おお、何をしておる? こんな時に……」新星の兵舎の方からまた年若い者と、上官なのだろうか年配の男が駆けて来る。
「アクィラ。青殿! この者ら……」
クィクモでは、会議が召集されようという直前であった。クレセントベースから、急報が入った。一つは、調査班が内地で龍騎士と何らかの接触を持ったということ。更には、それとの関連性は不明だが、クレセントベースの上空にも龍騎士が飛来したのを目撃したとのことである。
ノイエ・シュテルンではただちに兵員を送りつけるべきと、慌しくなった。それに対し、新たに編成されたばかりの海軍は……? ともあれ、会議はこの急な事態を含めてそのまま開かれることとなった。クレアは部下のパティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)に周辺の警護を任せた。クレア司令官はハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)を伴い、会議の上座へ。隣に戦部参謀長が着く。
「ノイエ・シュテルンとしては、ミカヅキジマの防衛体制強化を提案します」
クレーメックの代理として、新星を代表する水原ゆかりは、少尉としての初任務に些か緊張しつつも会議に臨む。
「ミカヅキジマに飛来した龍騎士ですが、彼らの目的は状況偵察もしくは長猫一族との交渉にあると判断します。
しかし、無論、帝国のことですから、外交交渉によって目的を達することができない場合は武力侵攻の辞さないなどとちらつかせつつ、懐柔と恫喝を織り交ぜての交渉を展開するということもあるでしょう。
早急に救援を送らねば、折角の同盟者を失うことにもなりかねない……」
ミカヅキジマにいる同僚の香取の顔が一瞬浮かんだ。勿論、教導団の重要拠点となる場所だ。水原は危機感を募らせた様子で、述べた。
「しかし、損傷した艦隊の修理にはまだ暫し時間がかかり、今の状態で出すのは危険極まりない」そう言って、即座の出撃には断固として反対を述べたのは、海軍の……ローザマリアの姿は見えない。彼女の名代であるホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)であった。ウィルフレッドに負けず渋いおっさんであり、髭をさすって述べた。言わずもなが世界三大提督の一人である。ローザマリアの、英霊となっているのだ。
「ですけど……!」
ネルソンは、「ふむ。艦隊の破損状況は備に調査してある」と言い、とくに大型艦には射線を引き「判定:大破・作戦行動不能」と加えてある紙面をはらりと流した。
水原はそれをちらりと見て呟く。
「作戦行動不能……(大型艦の機関損傷したように見せかけるのはマーゼンの作戦だった筈で、そこまで損傷はひどくはない筈だけど……)」
「ミカヅキジマへは、」と、またネルソンはひげをさすり、「応急処置を施した中型艦の一隻を旗艦とし向かおうぞ。湖賊には俺から船を一隻頼んであるし、クィクモにはウィルフレッドが船を依頼している」
「ウィルフレッド……?
わかりました。とにかく、大型艦は出さない、ということですね? 海軍としては」
「うむ。大型艦の修理に伴う戦線離脱によって生じた輸送力の穴を埋めるべく、尽力したつもりである」
「ええ。……感謝します」
「クィクモからは、船を出すことへの了承の返事は来ていますね」戦部参謀長は付け加えた。「では教導団の中型艦を旗艦。湖賊の一隻、クィクモにも中型の船も一隻程度ならあるということ、あと小型艦数隻も出るでしょう。それで早速、兵を編成しましょう」
クィクモを基点に主に活動を展開する予定であった鋼鉄の獅子・龍雷連隊も、この事態に対し、兵員を出すことを申し上げた。
「ではこれで、緊急事態ともなりかねないミカヅキジマへの対応はよしとしよう」クレア司令は述べる。「私からの見解であるが、ミカヅキジマへこちらからある程度の戦力を送ることは急務であるが、艦船の破損状況を見るに、無理やり人員を乗せて運べばいいというものでもない……すでに先ほどの話で出ているが。
いかにして「クレセントベースの戦力配置が済むまで、戦端を開かずにしのぐか」ということが重要であろう。あちらの司令部ともよくよく、話し合い判断を見誤らないよう。ではノイエと海軍はそちらの方を頼む」
水原は静かに頷き、ネルソンはふふん。と不敵に頷いた。
「ミカヅキジマについては、龍騎士に対抗するためには兵士よりも契約者である士官候補生を中心に送り込むことが肝要でしょう」と戦部。「化け物には化け物で対抗するしかない、ということでもありますが」逆に兵士には兵士で対抗するしかない。対応した者で対抗しない事には被害が大きくなるだけ。戦部はそれを心得ている。
「基地の設営についても、あちらと協力しお願いします。必要な資材等は空路第二陣が運んできます」戦部は付け加えた。
「ふぅ……作戦会議ってけっこう大変なのね。ジーベックの苦労がしのばれるわ」そう呟く水原に、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)はお疲れ様と声をかける。ジーベック隊長には、カーリー(ゆかり)に参謀としての経験を積ませようというその配慮に感謝しなきゃねと。
「次に、クィクモにおける行動になってくるが……身近にあるヒクーロ対策だな。これはクィクモとのつながりが大きい」
【鋼鉄の獅子】隊長のルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)少尉はこれについて身を乗り出し、
「鋼鉄の獅子は空路(文脈から空戦力と言い換えても可か)の確保が最優先だと考えています。いくらコンロンにたどり着いたと言えども、現在の戦力では敵と戦えば立ち向かえるはずがない。
そのためには、教導団の飛空艇団を盤石なものにする必要があります!!」
と強く述べた。
「そこで重要になって来るのがヒクーロです。
かの地はコンロン最強と言われた飛空艇団を所持する都市。ここと手を組むことができれば空路での移動は問題なくなる。しかし、対等以上の立場での交渉でなくては意味がない。そこで注目するのが、現在のヒクーロが悩まされている空の滝です!!!」
ここで、獅子の隣の席に座る、【龍雷連隊】隊長の松平 岩造(まつだいら・がんぞう)少尉もすっと立ち上がった。
「ヒクーロ。クィクモより北へ二五〇キロあり、「空の滝」の両岸に築かれた都市であり、かつてはコンロン一を誇る飛空艇団を従えた軍閥であり、今もその力は温存されていると聞く……小官も、思います。最強の飛空艇団を誇るヒクーロの財閥を、私どもの軍の味方に付けることができれば、今後の戦いにおけば、楽になる可能性もあります」
松平少尉の背後に、彼の武者鎧 『鉄の龍神』(むしゃよろい・くろがねのりゅうじん)がぬうっと立ち上がる。
「そこで肝心なのは、空の滝において魔物が無数に現れて……頭を……悩んでいるそうで……」
「ふむ。隊長二人は、考えていることはおおよそ同じか」クレアが言う。
「ええ。ここでは雲海の魔物がともどなく溢れ、危険地帯となっております。この場所を我ら教導団が制圧し、問題を解決もしくは大量発生の原因を発見すればヒクーロに恩を売ることができ対等以上の立場で交渉を行えるはずです!!
お願いです!!! 鋼鉄の獅子に船と兵をお貸しください!! 空中を自由に飛び回る事が出来る、鴉賊と共ならば必ずや成果を御覧入れましょう!!」
ルースは熱くアピールするように発言を終えた。
「ヒクーロの人々はそれで困っているから、それらの発生している原因を詳しく調査していくことです」と、松平、続いて武者鎧が「……何故それが起きたのか……一度ヒクーロの現地において詳しく調査次第、一番の原因が何か突き詰めていく……さすれば原因もわかる筈と思われる……」と、述べた。
「意見はもっともだ。但し、エリュシオン側と競合することになれば、「空戦力(期待値)の比較」「ヒクーロとクィクモの関係」を鑑みるに不利だ。ここは忘れていはいけない。
交渉以外の、別の角度からのアプローチも平行して考え、雲賊や魔物の情報は押さえておきたいところだ。うむ。……」クレア中尉は少し考え、
「【鋼鉄の獅子】に船と兵を与える。松平少尉は、考えの通りに隊員を差し向け、原因解明にあたって頂こうか」そう二隊長に伝えた。
ルース少尉はぐっと拳を固めた。「有り難きこと。我ら【鋼鉄の獅子】必ずや、期待に応えて見せます!」
松平少尉の脇に侍る武者鎧の背後から、フェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)が現れた。「エリュシオン……」
「む? エリュシオンがどうした、松平少尉。何かあるか?」
「はっ! フェイトが申し上げますわ」フェイトは、夫である松平の横に並んだ。「ヒクーロで飛龍の影が目撃された情報が出てきました。その飛龍というのは、帝国のものではないかと思われています」
「うむ。その通りだ、フェイト候補生。それで?」
「もし帝国の龍騎士がヒクーロにいるとしたら、帝国もヒクーロに目を付けているのではないかと思われ、もし、もし帝国にヒクーロと手を結ばれるようなことがあるとしたら最悪、戦局も悪化する恐れがあるので……」
「うむ」
「早いうち、ヒクーロを味方につけば、今後の戦いも楽になるでしょう」
「……うむ。よく言ってくれた、フェイト。それがエリュシオンとの競合を避けるということになるな。そのため、貴官らには交渉以外に我々教導団とヒクーロを結ぶつけるアプローチを見つけてもらいたいのだ」
「はい!! クレア少尉!」
更に、松平、フェイト、武者鎧の後ろから、ファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)が姿を現した。
「ヒクーロはまだ情報が詳しくわかっておらず、偵察役を向かわせて把握していくがいいであろう。……真白。真白雪白が適任だ」
「むう。よし、真白隊員を出すぞ。フェイト!」
「はぁぁっ。フェイトはここにございます!」
「武者鎧 鉄の龍神!」
「わしも若い者には負けはせんぞ」
「行くぞ! 龍雷連隊の出陣だ」
この他の地域についてはクレア中尉から、
「ミロクシャについては、報告が入っているようにエリュシオンがすでに関わっているようだ。旧軍閥残党が鍵になるだろうか。
支援のため戦力を送れるよう、手はずは整えておこう。かつて首都だったというだけあって、位置的にも重要度は高い。この先を考えれば、是非とも押さえておきたいところだが」
というわけで、クィクモ本営からも手が打たれることになる。
「ボーローキョーについては、うむ。交渉の余地自体があるものかどうか……」
そして最後に、参謀長・戦部 小次郎より、この出兵における大方針が述べられることになる。これは上層部にも許可取りの上、各隊に示されたものであり、今回のシリーズ自体の本営からの大方針とし各員に留めておいて頂くことにしようと思う。
――コンロン地域を教導団の影響下に置き、エリュシオンとの緩衝地帯とする。(「支配下ではない所がミソです」。)
この大方針については、無理に支配下に置くと住民の反発を招く可能性が高いのと、そこを統治するための人材を割かなければいけないので、相手からの要望がない限りは友好を保つ状態に止めておく。(「まだまだ人材も潤沢とは言えないし、兵士も潤沢でないですからね」。)
また、各軍閥についても交渉自体は進めても問題はないが、相手の意向を無視しての部隊の進駐は控えるようにする。(「部隊の進駐はエリュシオンの介入する口実を与える事となり、エリュシオンとの戦闘を誘発する要因となるためです」。)さらに複数の進駐は兵力の分散を招き、こちら側が各個撃破される可能性を生む。その危険性を、戦部は指摘しておいた。
これを各部隊長・士官らは各員に伝え念頭に置いて頂こうと思う。
戦部参謀長自身は、残った者らで第二陣の受け入れを行う準備を進めることになる。
「……あのクレーメック・ジーベックが胸騒ぎなぞを感じ、雲海の出島まで出迎えると言うが……」と戦部は呟いた。「そこまで心配性になるべきかどうか。……ともあれ、我はクィクモの港で第二陣と、それを迎えて戻ってくるクレーメックを待つ、とするか。ふむ。中佐は勿論のこと、あの男にも何か労いをかけてやらんと、か。今回も長いおそらく苦しい戦いになりそうだ。同じ司令部の同僚として無事、共に本校へ戻りたいものだからな……。
クレア中尉。では戦部も行って参ります。本部の兵は、我に続け!」
「うむ。……中佐。それにクレーメック・ジーベック、無事だといいが……胸騒ぎ、か。私には、わからん類のことではあるが」
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