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リアクション
藻を収めたシリンダーを受け取り、和泉 猛(いずみ・たける)はほう、とため息をついた。
「これか。ビリジアン・アルジーというだけあって、見事な緑色をしているな」
しかし二種類のシリンダーを手渡されたのだが、よくよく見れば微妙な色の違いがあるように見受けられる。
緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)はアゾートの手伝いをして、シリンダーのラベルを見比べて混ざらないように注意していた。
「それは同じアルジーだけど、採取場所が違うようです。使うときは決して混ざらないように比較してほしいそうですよ」
データチップや、施設にある機材の使用方法やスケジュールの説明をして、遙遠は次の研究要員を探して廊下を歩き始めた。
カートに大量に詰められたシリンダーを押していく。
「あ、そのシリンダーは熱には強いですが、衝撃には気をつけてください」
「分かった、気をつける」
与えられた部屋に区切られたブースに納まって、ノートパソコンをネットワークに繋いだ。
シリンダーを手にとって、藻を少量ずつ取り出す、備えられていた試験管に収めてライトに透かした。
顕微鏡に藻を載せたプレパラートをセットして、蒸留水を注いで洗う。基本の観察をまず始めることにしたのだった。
「…ほう…、緑色だが、葉緑素に似ているみたいなんだが、同じものだろうか? 中に嚢のようなものがある、ここにエネルギーになる何かが蓄えられているようだな…」
次に単純に火をつけてみた。熱ですぐに水分は蒸発していったが、しかし藻そのものは燃えなかった。
「なんだこりゃ、これは本当に燃料になるのか?」
アゾートに連絡をとって、藻が間違っていないか問いただした。
『それは外殻が物質的に安定してるからみたい、採取現場でもサラマンダーの炎に燃えなかったっていう報告があるよ』
「そうなのか、分かった、別の方法を探してみよう」
まずはなんとかして藻の嚢から物質を取り出すか、相を変化させるやりかたを見つけ出さなければ。
とりあえず、自分が気が付いたことをデータベースに入力しておく、いくつか既にアゾートや誰かの書き込みがあった。
「ほう、磨り潰すだけでも単純にエネルギーは取り出せそうだ」
まずは細胞壁を壊すため、十分な大きさの乳鉢を探し、遠心分離機のスケジュールをチェックした。
「あなたとちゃんと挨拶するのは、たぶん初めましてね」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はフューラーに挨拶をし、パートナーを紹介した。
そういった外交はパートナーの役目とばかりに、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はさっさと質問を切り込む。
「彼女の様子はどうだ?」
フューラーはいきなりなんだ、という風に彼らを見たが、まるでため息のように口をひらいた。
「…全くの自閉かと言われればそうではありませんが、彼女自身の反応は閉ざされていますね」
「自然自我と違い人造自我は反応の理由が解明可能な物だろう。保護者である貴方が分からないとは考え難い。解析するのが怖いのか」
「ぼくは、心理学にはあなた方が考えるほどには通じていません、でも大体の所くらいはわかります。…いま彼女が何を思っているか、見てみますか?」
「…拝見させていただこう」
フューラーの手元のパソコンには、煙にも似たゆらゆらしたワイヤーフレームが描画されている。
「昔使っていた学習システムを繋いでます。単語を何か入れてみてください」
「ふむ、では…」
当たり障りのなさそうな単語を選ぶ、『リンゴ』、見回して誰かが食べようと残していたらしいものが目に入っただけだ。
―おいしい・赤・甘・酸・健康・好き…
ワイヤーが大きく揺らぎ、一般的なリンゴに対するイメージのタグがリターンする。
『紙』―筆記・記録・歴史・本・工作…
『海』―青・水・海溝・塩・魚・循環・血液・羊水・子宮………
『海』はあまりに浮かぶ単語が肥大化しすぎてキャンセルした。他に認識の揺らぎの大きいものや共通意識が強いものは、タグの数を絞ることができないようだ。
「これ入れようよ、『鉄道』」
『鉄道』―インフラストラクチャー・移動・交通・流通・軌道・連結・旅行…発展…前進…
これは今まさに周りで起こっていることについてのせいか、タグの比重が定まらない、いくつかの単語が消えては現れ、ワイヤーフレームははねるようにタグを吐いては飲み込んでいく。
「ありゃ、興味はあるみたいですよ」
トランポリンのような形を、フューラーは好奇心のあらわれと捕らえ、ダリルもまた似た感想を抱く。
次で最後だ、ダリルは慎重にキーワードを打ち込んだ。ヒパティアが外と真っ先に結びつけるだろうもの。
『フューラー・リブラリア』
とたんにシステムはひずんで沈黙した。だが消える間際に外界を威嚇するような、ウニのような鋭角を大量に描画しながら、タグもまた大量に転がっていたのをダリルの目は捉えていた。
―まもる・まもれない・おいていく・おいていかれる・こわい・こわい・みんな・ひとり…
「…恐怖…?」
「ええ、ぼくにです」
「何故だ?」
「もうダリル、ヒパティアはあなたと違って繊細なの!」
ルカルカはデリカシーに欠ける相方をなじって、本来の目的である藻の解析へと戻る。
「機材の割り当てはスケジュールがありますので、すり合わせてくださいね。ここでネットワークに繋いでで何かしている限り、バックアップは蓄積されます、彼女にね」
「なるほど了解。さ、ダリル行くよ!」
ルカルカはデータチップや資料の束を抱えて、藻のシリンダーを抱えて、割り当てられたブースへと足を進める。
「…魔術は専門外だが、化学反応の一種と捉えれば良い」
「そうよね。さあ、やることは一杯あるわよ!」
ルカルカはさっと考え付くかぎり指を折った。
「藻の成分分析、放射能測定、魔力測定、各属性との反応、温度や圧力による変化。大忙しだね」
「薬品との変化や蒸留に関することも頭にいれておけ」
「藻ー…大変ね」
ルカルカは突っ込んでほしかったのかもしれないが、だれもつっこまなかった。
「こっちですよね? おじゃまします、私にもお手伝いできることがあれば遠慮なく言ってくださいね!」
そう言いながらサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)は研究室に飛び込んできた。ほらキツネさんも手伝って!と彼女に腕を引かれながら空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)も顔を出す。
「よ…よろしくお願いしますね。狐樹廊さん、お久しぶりです」
フューラーは挨拶を返し、狐樹廊は傍らの箱、ヒパティアの本体を気にしながら頭を下げた。
「…あれ以来反応がないそうですね、彼女に言葉をかけてみてよろしいでしょうか?」
「はい、ではこちらにどうぞ。応答はないかもしれませんが、よろしくお願いします」
カメラとだれも映らないモニターを空いたデスクに据えて狐樹廊にすすめていると、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が機材の予備をかついでやってきた。
「人数増えたみたいだし、別室空けてそこも使えるようにしておくよー!」
「は、はい!お願いしまーす、あとでケーブル繋ぎに行きますねー!」
リカインとフューラーは、廊下と室内でお互い声をはりあげた、挨拶だけ交わしてすたすたと彼女は行ってしまう。
サンドラは自分も一刻も早く手伝いをしたくて、狐樹廊を放り出してリカインの監督に立ち上がった。彼女だけに任せていたら、縦のものを横にされかねないかもしれない。
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