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リアクション
―ゴァァァァァァ…!
腹の底を震わす咆哮の下に、鈍い剣戟のような音が混じり、それを聞いたものは足を速めた。奥に少し開けた場所があり、光術で照らされた空間は闘いに申し分はなかった。
「ティア、サラマンダーになんとしても剣を突き立ててください」
「了解!」
「この洞窟にはサラマンダーは一匹だけらしい、なんとしても倒すぞ!」
隼人は先客に、サラマンダーの数を伝える。他にいるかもしれないサラマンダーを警戒しての体力の温存を図る必要はなくなった。
「うらぁ!どけカス共!」
吐き散らされる火球を玄秀のアシッドミスとで緩和して、その隙をソルランが掻い潜る。それに続いた立て続けの真人たちの攻撃に、とうとう右の前肢をがくりと折ったサラマンダーに、ティアは飛び掛った。脳天にバスタードソードを突き立てんと振りかぶったが、火蜥蜴は苦し紛れに身体を反転させて尻尾を振り回す。バックラーで受けることも間に合わず、剣をそのまま突き出すことでその直撃を避けた。
「ああもう! 失敗!」
太いしっぽの半ばに剣を取り残してティアは悔しがる。
「惜しいね!」
みこがその成果を惜しみ、それに続いて歩夢がサラマンダーの背中に追いすがろうとしたが、頭を戻したサラマンダーがまたも咆える、火球がくるかと思った歩夢はスウェーで飛び退った。
サラマンダーはますます咆えたける、奥まった場所だが、ほかに幾つも分岐ポイントがあり、どのルートにも十分に藻が繁殖しているようだ。敵をここから逃がさないようにしておけば、その間に採集班は十分に藻を採取できるはずだ。
「よし、今の内に藻の採取をしてくれ、俺たちはなんとしてもサラマンダーをひきつけておくから」
銃型HCで真人は外に待機している者に連絡を入れた。
「まだまだ粘らないと、私達も無用な殺生はしたくないから、退いてくれるといいんだけど、見えないところで暴れられても困るものね…」
セルファがつぶやいて、皆も気を引き締める。
「みんながサラマンダーを引きつけている間に悪いけど、ボクももうちょっと調査がしたい、行ってくるよ」
真人が連絡を入れる少し前、アゾートがそう決断し、行ってきますと腰を上げた。一度戻ってきた契約者から、藻について気になる話を聞いたので、どうしても検証してみたかった。
「…あ、アゾートさん、危ないですから…私たちがご一緒します…」
エリセル・アトラナート(えりせる・あとらなーと)があわてて引き留め、びくびくとしながら護衛にと手を挙げた。もし…もしもだ。サラマンダーが戻ってきて、友人が傷つくことになるのは、いやなのだ。
トカレヴァ・ピストレット(とかれう゛ぁ・ぴすとれっと)はエリセルの言い分にぴくりと眉を上げた。
「もう、私の護衛対象が護衛をするだなんて…でもエリセルだから許してあげるわ」
そろそろと洞窟に進入し、ふと手探りでついた壁、しかも洞窟入り口の比較的そばにはもう藻が生えていた。トカレヴァが疑問に思ってつい口に出す。
「これが藻なの? あまり光が射さないのに。藻って光と水がいるわよね…?」
「まだ…入り口ですが、気をつけてください…」
藻のある場所は、すなわちサラマンダーの警戒エリアという可能性もなくはない。トカゲの生態は藻も食うのである。
「おそらく、地熱や魔力を吸って成長する藻なんだ、そうして魔力をため込んで賢者の石の材料になるものなんだと思う、少なくともボクはそう予想しているよ」
「あの、アゾートさんもしかして…お…奥のほうまで行かれるつもりです…?」
止めさせるつもりまではないけれど、心配性のエリセルは思わず確認してしまう。
「うん、どれくらいの植生かも見たいし、場所によって違いがあるかもしれないでしょ?」
洞窟全体に藻は自生していて、藻のせいか洞窟の特性なのかわからないがじっとりと熱が伝わってくる。湿度も高く、長くいるのはつらい環境だ。
奥に行けば行くほど、繁茂の強さが増してくる。これは場所のサンプル採取も行わなければ、とアゾートは心に決めた。
「入り口近くと違って、奥のほうの藻が緑色が濃いね」
「こ…この先で…音がします、これは多分、みなさんがサラマンダーと戦ってる音ではないかと…戻りましょう…」
「一周してきたのかな、じゃあついでにさっき見た分岐の道をたどってみよう。エリセルさん、いいかな?」
「ああっ、アゾートさん、待って…」
知の解明のためなら恐れるものなど何もない、ずんずん進むアゾートを、まるでひなどりのようにエリセルは追いかける。
ほとんど振り回されているような感じだが、エリセルは大好きな友人の護衛なのだと一生懸命だ。その熱意がどこから来るものか、エリセルは早く知るべきだとトカレヴァは思うのだ。
「まったく…、エリセル、がんばりなさいよ」
「ヴィー? う、うん、がんばる」
ぎゅっとアトラク=ナクアの神糸を握り、周囲の警戒に意識を研ぎ済ませて、エリセルは進むアゾートの前に出る。
マンボウが漂っている、ちまっこい何かをくっつけてはいるが、悠然とヒレをはためかせて泳ぎ、あたりを見守っていた。
まちがいなくマンボウ、しかしここは水族館や海などではなかった。水の気配のほとんどしない洞窟内である。
アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)がふわふわとだたようウーマ・ンボー(うーま・んぼー)に文句をつけた。
「マンボウ、こっちは手一杯だ。浮いてるだけじゃなくて、お前も手伝え」
洞窟の壁面から藻をこそげ落とし、袋に詰めるだけ詰める。
「大丈夫だ、見守っている」
…期待はしちゃいないが、いかんせんマンボウの目は、茫洋としてその視線の行方は知れない…。
「…あぁ、解った。俺じゃなくてビリジアン・アルジーを見守ってくれよ」
「了解だ。それがしの視界は、限りなく360度に近い。安心するが良い」
ペト・ペト(ぺと・ぺと)はウーマの背中から忘れられじとさえずった。
「…その、どこを見ているか解らない目を、信頼出来ると思うですか?」
「…大丈夫だ、見守っている」
「………駄目な予感しかしないです」
とりあえずペトはウーマの背中から、手のひらに収まるちいさなからだを精一杯のばして、チェリーナイフでいっしょうけんめい壁をたたいて藻をぽろぽろと落とそうとしている。
「ウーマ、もうちょっと寄ってくださいです」
「了解だ」
そっと近寄るが、360度に近いというウーマの視野は奥行きはどうなっているのだろう、近寄りすぎてしまったようだ。
「きゃああああああ、く、くっついたですうううぅぅぅ」
しかしウーマでは浮かぶだけでどうにもできない、仕方なくアキュートが手を止めて、壁に張り付いたペトをひっぺがしてやるのである。
「ほら、気をつけるんだ」
「うー…ありがとうございます…」
モウセンゴケの花妖精は、そんな試練には負けないのだ。果敢にもまたちょこちょこと藻をはがしに戻る。
アキュートは指先で藻をつまみ、ほのかに感じる魔力の気配と、これを材料として練成されるという賢者の石について思いを巡らせた。
「どれだけの力を持ったものなのか…。いいね、実に興味深い」
「どっちのほうが、藻ががっつり採れそうかしらね…」
茅野 菫(ちの・すみれ)は洞窟内で分岐に差し掛かり、トレジャーセンスでそれっぽい方向に向き直った。
「なんとしてもここでポイントを稼いで、鉄道というか運送業の利権に食い込んで…あら独り言が…」
いけないいけない、と緩む唇をおさえる。周りに誰もいないことを確認し、胸をなでおろした。
進む先で奥まった場所に、特に鬱蒼と藻が繁殖している場所を見つけて菫は狂喜した。
「こんなにあれば、きっとあたしが一番藻を採取したに違いないわ!」
現時点では場所を見つけただけで一つも採取していないというのに、菫はそう考えて疑わない。
ものすごい勢いで壁から藻をはがしとり、袋に詰めていく、分厚く剥がれる藻はずっしりとしていて菫はニヤニヤがとまらない。こいつはきっとよい賢者の石の材料になるにちがいない。
あとは自分が一番貢献しているのだというアピールをどこかでしておけば完璧だ。恩というものは分厚く着せるが勝ちなのだ。
「ああ、アダマンタイト…気になるなあ…分けて欲しいな…」
ビリジアン・アルジーをかき集めながら、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はそこからの連想でアダマンタイトを思い起こしていた。
「このサイボーグ体、悪くはないんだが、いかんせん普通の鋼鉄製だし…戦闘用外装だけでもアダマンタイト製にして強化したいんだが…」
己の身体を眺め、腕を持ち上げて二の腕をぽんと叩く、慣れてきたこの固い感触はどう変わるだろうか。
「とにかく、ひたすら貢献して交渉してみようか…耳を貸してくれるならいいんだがなあ」
アゾートやエリザベート、ましてや環菜がそれに耳を貸すかどうかはわからないが、その道は非常に困難だと思われるのだった。
「はぁ…骨折り損になりそうか…」
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