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リアクション
ヘキサポッド・ウォーカーを採掘エリアのすぐ外に待機させて、須藤 雷華(すとう・らいか)はツルハシを担いで飛び降りた。
「道は合ってるわね。ここから先はさらに天井が低くなってるわ、ここに停めておきましょう」
北久慈 啓(きたくじ・けい)もそれに続き、天井に頭をぶつけないようにしてウォーカーから飛び降りた。
帰りは啓にヘキサポッド・ウォーカーを任せ機晶石を積み込んで、雷華は周囲の警戒にあたる予定だ。
がしゃりと何かのがらくたを踏み抜き、雷華は足下を見た。撃破された機晶姫の投げ出されたパーツが散らばっている。
そういえば、いくらでも沸いて出てくるように思えた機晶姫が数を減らしているような気がした。
「それならそれで採掘に専念できるだろう、いくぜ」
先に来ていたものたちが、すでに機晶石を堀り当てはじめたようで、少しずつ大きなクリスタル状のものが積み上がりはじめている。
「…すごい、これが機晶石なのね」
雷華は思わず感嘆した、エネルギーを秘めた結晶の荒削りの美しさに目を奪われる。これが加工されて機晶姫に納められ、彼女らは命を吹き込まれることになるのだ。
「なにをしている雷華、さっさと掘りにいくぞ」
啓が彼女を促したが、雷華は啓の装備を眺めてため息をついた。
「いいなーゴールドマトック、それならいっぱい掘れそうだもの」
「まだおまえでは振り回されるぞ、せいぜい修行するんだな」
「鉄道のロマンのためにも、がんばるわよ」
ツルハシをぶんとふりまわして、岩盤に思い切り叩きつけると、クリスタルの小さなかけらが飛び散った。
天城 一輝(あまぎ・いっき)は機晶石の運び出しを手伝い、洞窟の外に運び出して額の汗を拭った。
ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)が迷彩塗装して景観にまぎれたトラックを入り口につけ、運び出した機晶石を積み込んでいく。
「貴様、何もありませんでしたか?」
「機晶姫にはもうほとんど出くわさなかったよ、ところでこれ、何処に運べばいいんだ?」
ヒラニプラからヴァイシャリーまでの敷設を目標にするとは聞いたが、一体どこに運べば良いのか、確かに現時点では分からなかった。
「では、環菜様に聞いてみましょうか」
ローザが銃型HCを取り上げて、連絡先を呼び出…そうとしてやめた。
来る前に連絡先を交換した何人かの中で、一番環菜につなぎをつけられそうな相手のアドレスを引っ張り出す。
「もしもし、フューラー・リブラリアです、どちらさまでしょうか?」
スマートフォンの着信に見慣れない名前が浮かんだ。こちらへ来たときに何人かと連絡先を交わしたが、たぶんその内の誰かだろう。
『ローザ・セントレスと申します。すみません、機晶石をどちらへ運べばよいか伺っておりませんでしたので…』
「はあ…それはぼくの方では聞いてませんのでカンナさんの方に…」
と言うや否や通話が切れた。切れる直前になんかスラングが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。調度手が空いているのと、自分も用があったので、カンナの執務室を訪れた。
「失礼します」
ノックに応答があって、部屋に入ったフューラーの視界には、そのときカンナのおでこしか見えなかった。
「…ええと、どうされましたか?」
たまたまモニターをのぞき込んで考え込んでいただけの彼女が顔を起こす。
「なんでもないわ、ちょっと余計な仕事を増やされそうなだけ。何か用?」
「ええと、先ほど機晶石をどこに運搬すればいいか、こっちのほうに連絡が来まして」
「なぜこっちに聞いてこないのかしら? まあでも伝えていなかったのは確かね。…このポイントへ運んでと連絡して、ヴァイシャリー湖のそばよ。集まり具合はどう?」
「藻のほうはまだ聞いていませんが、機晶石の量は集まりそうですよ。ちょっとデータを送るので失礼…」
なぜ直接カンナに聞かなかったのか、フューラーは話題をそらしたがなんとなくわかる。わけもなく苦手な人って、やっぱりいるもんだ。
手早くスマートフォンでローザにデータを添付してメールで送っておく。
「送信、と。それと、ちょっと許可をいただきたいんですが」
「何かしら、機材ならまだ届いてないものはあると思うけど、一応要りようなものは揃っているはずよ」
「いえ、それじゃないんです。施設内のLANを、自由に妹が使えるように常時アクセスすることを、許していただきたいんです」
ただのネットワークではない、施設内にある監視カメラにまで自由にアクセスしたいというのだ。
「妹さんがそれをしたいと?」
「いえ違います、ぼくの独断です。まだ…あの子は引きこもっていますから…」
「なるほど…天の岩戸ってこと? いいわよ」
苦笑を浮かべながら、フューラーはありがとうございます、と頭を下げた。
「ところで、先ほど何を悩まれていたんです?」
「機晶石を採掘に入った洞窟にガーディアンである機晶姫がいて、彼女らを救いたいという嘆願が多くてね、今の私たちにそんな余裕はないわ、よそ見をしていたらレールも敷けなくなるわよ」
「ガーディアンというなら、そのように命令されているんでしょう、命令の書き換えは…」
「現場で試みたらしいわ、失敗したそうよ。一応それに関する機晶姫のデータも来たわ、ちょっと見てみてくれる?」
「わかりました、本来ぼくはこっちの方が専門ですからね」
「…まあ、専門外かもしれないけど、無茶言って悪かったわね」
彼らはパラミタに来た当初にカンナにちょっとした恩がある。その時少し話しただけでも外面はともかく、内心彼はびくびくしていたものだ。
―おおっと、ほんとにカンナさんが丸くなったというのは本当らしい!
データチップを受け取りながら、そう、フューラーはひそかに感動するのである。
「よーそろー、でござる!」
坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)がフューラーに与えられた部屋に顔を出した。挨拶は気安いが、完全に主をスルーして、四角い箱のほうに挨拶をしている。
「お久しぶりです、何用でしょうか!」
「おおフューラー、いたでござるか」
いたとも。とりあえず彼はわけもなくキレたいのを我慢する、今のところ特に何かされたわけではない。
「ところで今何を? 藻の研究をされると聞いたが、その準備でござるか」
「まだ本命は来ませんし、届いてない機材もあるので、今は一段落です。これはヒパティアに回線を接続してるんですよ」
パスコードを打ち込んで、監視カメラのアクセスに必要な上位権限と、アクセス者の制限を行う。
「あの子が、この施設内だけでも色々なところを見られるようにね。どこかの監視カメラとかに挨拶してみてください、ヒパティアに届くと思いますよ。…多分ね」
姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)がそれを受けて、手近なカメラに手を振った。
「まだ彼女は閉じこもっておられるのですね…ところでそれは何ですの?」
マニュアルや書類が積み上げられた机の一角に、それらと分けられてメモ書きと共にデータチップが置かれている。
「ああこれは、洞窟のほうで機晶姫がガーディアンとして立ちはだかっているようなので、なんとかならないだろうかと」
チップを取り上げて手近なスロットに入れる、ヒパティアの演算容量があれば解析にさほど時間はかからない。ヒパティア本人はいないものの、演算を借りるだけならばスパコンのようにも扱うことができる。
しかし、彼らはスパコンを相手にしたいのではなく、その知性の結晶たるヒパティアと会話をしたいのだ。
「こうやってなんでもいいから、彼女に情報を与えて、こっちを見て欲しいんですよ」
「確かに、かつての感情への強い刺激と連動させる事で表に出る動機になるかも…しれませんわね」
機晶姫のデータをロードして解析を待つ間、雪はかつてあった機晶姫がらみの切ない出来事を思い起こす。
「ところで鹿次郎さん、ここにいるからには環菜さんのところに用があるんでしょう?」
「まあそうでござる、鉄道計画に一言もの申しに参った!」
「あ、ちゃんとそっちの用事もあったんですね…あなたのことですから、見境なく女性に巫女服を勧めるのだと…」
「環菜? 巫女服着てくれない人なんてこちらから知らぬでござるよ!」
「…あーはいゴチソウサマデシタ…」
「それ今の会話のどこにかかるんで!?」
とにかく、巫女服はおなかいっぱいだ。
そこに橘 カナ(たちばな・かな)が訪れた、兎野 ミミ(うさぎの・みみ)と共に、鹿次郎と企画書を練りにきたのだ。
「…ここでやらなくても、ほかに空いた部屋あるでしょうに」
だれもそんな呟きなど聞いていない、おもむろにカナは魂の相方の福ちゃん(注:操り人形)を抱えて腹話術のような会話をはじめた。
(福ちゃんの声)「全体ノ見通シモワカラナイママ契約者契約者タチヲ動カスナンテ、今マデト同ジヤリ方は通用シナイワヨ!」
(カナの声)「福ちゃんの言うとおりね、もっと具体的なプランを皆に示して共有すべきだわ!」
ミミがこんなこともあろうかと、ぴらりと企画書を取り出した。
「さあカナさん、これを提出して認めてもらうッス!」
額を付き合わせて内容をチェックしはじめる、けんつくやりあいながら、最後に鹿次郎は譲れないポイントを書き付けた。
「これで仕上げ、そして完璧でござるぅぅぅ!」
「で、これは何?」
彼らは早速カンナの執務室に押し掛けて先程の企画書を突きつけていた。
「ぱらみた全土トカ、規模ガ小サスギルワ」
「企画書のパラミタを”全世界”に修正しておくわね」
「線路拡大についてね。既存のシェアとぶつかってどうするの、無駄よ却下」
「古代の魔列車を再利用するとして、列車の燃料も採掘状の提携先が見つかればといい感じになると思うッス!」
「車両はその予定、現在イルミンスールと百合園のほうでそれは進んでいます。燃料については希望だけなの? 具体的な示唆は? ちなみに現在ヒラニプラにすでに打診中よ、却下ではないけれどもうちょっと詰めなさい」
今現在機晶石を採掘する理由も、初期投資を抑えるためでもある。次にレールを引くためにも、機晶石のエネルギーは転用することもできるだろう。
「さ、最後は駅についてッス!」
「各駅に自動改札機、Naraka対応でナラカエクスプレスとも乗り入れ可能。駅舎はその土地らしさを強調、ご当地グッズも販売するのよ!」
「ナラカエクスプレスは確かに心惹かれるけど、それについてはまだやるべきことがあるでしょう。ご当地はもっと下調べしてから具体的に言いなさい。そして却下、特に最後」
「サ、最後ッテェ!?」
最後には『女性添乗員の制服:巫女服』とあった。
「あ、陽太さんいいところに」
フューラーは廊下を歩いている陽太を発見した、歩く方向からして、十中八九カンナのところへ行くだろう。
「僕になにか?」
「先程預かったデータをまとめたものです。カンナさんにお渡しください」
「見てみていいですか?」
許可を得て陽太はレポートをめくると、洞窟のガーディアンについてのデータの羅列があった。
知性的要素の抑制、運動性能に関するリソースの増大、それに伴う思考域の制限etc。
レポートには人間性を失った機晶姫たちの、戦闘マシーンとして押し上げられたいびつなスペックが並んでいた。
昔はともかく、今の契約者たちにかかればそう苦労するものではないだろうが、パートナーなど機晶姫という存在に親しみをもつものにとってはつらいものだ。
「まだ概要ですが、あんまり気分のいいものではないですね。ではお願いします」
「ええと、なぜ僕にこれを?」
「…誰だって馬に蹴られたかぁ、ないと思いますよ」
それだけ言ってフューラーはさっさと研究室に戻った。
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