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リアクション
彼は能わざる者だった。
第3章 聖地クリソプレイス
シャンバラ内において主な交通手段は馬、ないしは馬車である。
小型飛空艇は長距離の移動には向かないし、通常の飛空艇は絶対的に数が少ない。
だが、空京―ヒラニプラ間だけは、鉄道が通っていて、シャンバラの主な都市間の移動では、最も楽に行けることができる。
最も、空京やツァンダ、ザンスカール等と違って、特色的にヒラニプラはあまり一般的には行かれることの少ない町なので、爆発的に人口が流れたりはしなかった。
何にしろ、ヒラニプラまで鉄道を使えるのは便利だった。
たとえその先が険しい山岳地帯で、更にその先が厳しい氷雪地帯だったとしても。
「リネン、防寒具はちゃんと持ちましたか?
携帯用の暖房機も必要ですね、氷雪地帯は極寒だといいますし、備えをしっかりしませんといけませんわ。
カイロも大量に持って行きましょう」
パートナーの世話を兼ね、せっせと準備に励むユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)に、リネン・エルフト(りねん・えるふと)はまるで無反応だが、無視なのではなく好きにさせているのだと、解る者には解る。
「――で、目撃情報にあるドラゴンとは、聖地の守護者ではないかと推測するのだが」
イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)の意見に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はなるほどと頷いた。
「そっか、アズライアって人がコハクの村の”守り人”って言ってたみたいに、聖地にはそれぞれ守護者がいるかもしれないってことね?」
「そう。だとしたら、ドラゴンを説得することはできないだろうか」
「えーっ、じゃあ、また戦闘はお預けなワケ!?」
声を上げたのは、イレブンのパートナーのカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)だ。
「お前は我慢を覚えるいい機会だな」
戦闘ともなると、夢中になった挙句パートナーのイレブンをほっぽいて前線に駆け出すこともしばしばなカッティに、イレブンは冷静に言ってのけ、
「何よそれえ!」
とぶいぶい文句を言いつつも、カッティはあっさり、
「まいっか。ドラゴンに会えるなんて面白そうだもんね!」
と切り替えた。
いつかはドラゴンを乗りこなして大空を飛んでみたりもしたいものである。
あっさりと立ち直ったカッティに
「前向きなことだ」
とルカルカのパートナー、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が呟く。
良いことだとは思うが、これではイレブンの言う「我慢強さ」は身につかないことだろう。
「とにかく、ドラゴンを説得できて、尚かつ助けを借りることができれば、状況は随分変わってくると思う」
例えば、ドラゴンであれば、セレスタインに行くこともできるのではないだろうかと、イレブンは踏んでいた。
「パラミタを護るためだもん、ドラゴンもきっとわかってくれるって信じてるわ!」
こちらの誠意を、偽りのない覚悟が届けば、きっと思いは通うと。
「……無茶はするな」
彼女の性格を知るダリルが釘をさし、それにルカルカは
「大丈夫!」
と笑う。
だが、必ずしも楽観視だけでなく、悪い方向にも考えておいた方がいいと、リネンは考えていた。
そうでなければ、敵がわざわざ、自分の不利になる情報を与えるとは思えないからだ。
イレブンの言う通り、ドラゴンが聖地の守護者だとすれば、『ヒ』はこちらの同士討ちを狙っているのかもしれない。
ドラゴンも邪魔な存在だろうからだ。
状況を冷静に見極めなくては、と思う。
「……でしたら、戦闘は避ける方向で行くのですわね。安心しましたわ」
イレブンから預かった、ヒラニプラ南部地方の地図と、氷雪・山岳地帯での防寒・登山用具メモをぺらぺらとめくりながら、ユーベルが安心したように言う。
「沢山着込んだら、光条兵器を取り出すのが大変ですし……あたし、出す度に服を破いてしまうんですもの」
温暖な場所でなら、肌を露出した服を着ているユーベルだが、今回はそうはいかない。
カッティには悪いが、戦闘がないならその方が助かるユーベルなのだった。
「キュー、大丈夫? 冬眠したくならない? 寒いだろうけど我慢してね」
「冬眠て……人を爬虫類か両生類みたいに言うな。我を何だと思ってるんだ」
氷雪地帯からは少し離れた崖の上から様子を窺いながら、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がパートナーを心配して言うと、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)はむすっとして言い返す。
「違うの? 何なの?」
「ドラゴン類だッ」
無邪気に訊ねたリカインに突っ込んで、はあ、とキューは溜め息を吐いた。
「……で? リカは行かなくていいのか?」
様子を見ているだけで、行動に移らないリカインに訊ねると、
「まあね、ちょっと、見届けようと思って」
とリカインは答える。
「見届ける?」
「だって、聖地の魔境化が悪いことだなんて、情報ばっかで、実際に見てみないとはっきり解らないじゃない?」
「リカ、それは……」
「必要悪って言葉だってあるしね。
情報だけじゃ解らないから、実際に見てみようと思って。
魔境化が防がれるなら、それはそれでいいと思うしね」
「……そうか」
間を置いて、キューは小さな溜め息と共に頷いた。
「リカがそう決めたのなら、我が言うことはないな」
自分達の道を決めるのはリカインだ。
自分はその道中で、自分の役割を果たしていけばいいだけのこと。
「だが聖地には行くのだろう?
油断はするなよ。道中にも危険はあるだろう」
ヒラニプラ山岳地帯、氷雪地帯など、モンスターの巣窟だと思ってもいいくらいだろう。
「もっちろん、解ってるって! 任せてるからね、キュー!」
「我かよ」
どん、と背中を叩かれて、キューは今度は大きな溜め息を吐いた。
一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、シャンバラ教導団の資料室に篭っていた。
「アリーセ、一休みしたらどうだ?」
何回目になるか解らないコーヒーをアリーセに運んで、パートナーの久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)が声をかけた。
声をかけるのも何回目になるか解らないが、返事は1回も返ってきていない。
「アリーセが構ってくれなくて寂しいぜ……」
哀愁の秋風を漂わすも無視だ。
アリーセは、幾つかある資料室の内、整理もされずに文書が堆く積み上げられたままの、というか、整理された資料室から、不要な文書と判断されて仮置きされている文書の山から、魔境化に関する情報を探し出そうと忙しいのだ。馬鹿に構っている暇はない。
対策の糸口でも掴めれば、それを名目にやりたい放題研究ができるはずだ。
「……なあ、ところで何調べてんだ?」
言われるままに資料を運んだり戻したりしながら、思い出したように訊ねたグスタフに、アリーセは溜め息を吐いてコーヒーを飲んだ。
態度は冷たくとも、運んだコーヒーや軽食は、全てしっかりアリーセの胃に収まっているのが嬉しい。
「……まず、聖地が魔境化した場合、戻す手段はあるのか」
「ふむ」
「次に、魔境化した場合、拡大を防ぐ手段はあるのか」
「ふむふむ」
「魔境化すると通常の人間は生きてはいられないようですが、活動できる手段」
「ふむふむふむ」
「瘴気というものが何か解れば、防護服などを開発できないかと思っているのですが」
「……はあ、アリーセはすげえなあ。
立派に育ってくれてパパは嬉しいよ」
「あなたは私の父親でも育てられた記憶もありません」
冷静に言い放って、何だよう、パートナーなんだから親子でいいだろー、というグスタフのぼやきにも耳を貸さず、再び資料に意識を戻す。
「ん?」
(『ヒラプニラ南部地帯におけるモンスター目撃報告』……?)
それはこの資料室に多い”不要な資料”とは思われないから、間違いで紛れたのだろうか。
それとも同じ報告が既にあって、ダブリで廃棄されたものだろうか。
アリーセは目を通す。
「”氷雪地帯において、氷竜、および氷虎の存在を確認。
個体は無限、不死身であり、交戦には注意を要す”……」
ドラゴンは、山岳地帯を超え、氷雪地帯に入って程無くして確認された。
だがそれは、予想されていたような存在ではなかった。
「視認したであります! 北西25度! 距離は推測20メートル!」
比島 真紀(ひしま・まき)の叫びが聞こえて、吹雪いてはいないながらも、舞い散る雪の為に視界が悪い中を双眼鏡で確認したイレブンは、眉を寄せた。
「あれが……?」
「おいおい、あれは違うだろう……」
ドラゴニュートのサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が、視認されたドラゴンを見て呟く。
ドラゴンといってもそれは、完全に上から下まで氷で出来た、透明色のドラゴンだったのだ。
地表から頭迄の高さは3、4メートルだろうか、ピシピシ、とひび割れるような音を鳴らしながら、ドラゴンは真紀やイレブン達に気付いたのか、長い首をこちらに向け、雪を掻き分けて近づいて来る。
ブリザードブレスが吐き散らされて、イレブン達は慌てて射程外に逃れた。
「は! 望むところよ! こっちは戦いたくてうずうずしてたんだから!」
カッティがホーリーメイスを構え持ち、
「突撃ぃ!」
と叫んでドラゴンに突進していく。
足場が雪の為に、突撃、というわけには行かないが。
「馬鹿! 待て! 奴にお前得意の撲殺は効かない!」
足場の悪さが功を奏し、走り去る前にイレブンがカッティの襟首を捕まえる。
「火術を使う!」
サイモンの叫びに真紀は氷竜を引き付ける為に動いた。
しかし、放たれた火術は、氷竜の表面を僅かに溶かしただけだった。
何しろ周囲が雪だらけで、温度が低い。
氷そのものと言ってもいいあのドラゴンが火に弱いのは間違いないだろうが、火術を持っているのがサイモンのみなのだ。
「爆炎破!」
ルカルカが放った炎攻撃に合わせ、イレブンも同じ場所に爆炎破を放った。
ばきん、と氷竜の一部が脆く砕ける。
やったか、と思ったしかし次の瞬間、失われた部分は、周囲の氷雪が付着して、みるみる補われて行く。
「これは……」
「ぬるいわよ! ぼっこぼこにして粉々にしちゃえばいいのよ!」
暴れるカッティを押さえ付け、イレブンは
「戦略的撤退といくか」
と周りに合図した。
粉々にしたところで、再び集まって復活するのが関の山だろう。
氷の塊を相手にしては、分が悪いというか、自分達では使えるスキルが少ない。
ここで無駄に戦うよりは逃げるが勝ちだ。
「充分な距離を取る間、我々が引き付けるであります!」
真紀が言ったが、
「……それは、私達の役目」
小型飛空艇を持つ自分達なら、引き付けた後の撤退も容易い。
リネンがユーベルと共に飛び出した。
「あのう、光条兵器は取り出しませんわよね?」
念の為、と、ユーベルがリネンに訊ねる。
「……そんな無駄なことはしないわ」
意味が無い、というリネンに、ユーベルはほっとした。
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