リアクション
第4章 帰還
百合園生が作ったもの以外は食べないこととし、パーティは続けられている。
ただ、柚子が綾に武器を振り下ろしたことや、薬の混入事件を受けて、すっかり怯えてしまった百合園生もおり、一部の百合園生は馬車で早々と帰還してしまった。
綾も護衛達に護られ、最初の馬車で帰っていった。
……柚子の姿は、いつの間にか消えている……。
「千百合ちゃん……あの、ね……これ…千百合ちゃんへの…チョコレート、ですぅ…」
隅っこの席で、日奈々が千百合に、ラッピングをした箱入りのチョコレートを控えめに差し出した。
「ありがとう」
千百合は……日奈々が皆に配るものとは別に、特別なチョコレートを作っていたことに気付いていた。やっぱり自分あてだったんだと嬉しく思いながら笑顔で受け取る。
リボンを解いて箱を開けると、中には大きなハート型のチョコレートが入っていた。
「いただきまーす」
早速、千百合はチョコレートを口に運ぶ。
甘い味が口の中に広がっていき、千百合は「んー」と声を漏らして満足そうに笑みを浮かべる。
「おいしい、ですかぁ…?」
日奈々の言葉に、頷いて……
「スッゴくおいしいっ! 日奈々も食べてみる?」
そう言ったかと思うと、千百合は日奈々を返事も待たずに抱き寄せて、驚く彼女の唇に、自分の唇を重ねて温かな口付けと共に、チョコレートを口移しするのだった。
「おいしいでしょ」
そう問いかけた千百合に日奈々は真っ赤になりながら……。
「ちょ、チョコの味があまりよくわからなく……ううん、美味しいですぅ。すっごく……」
そう言って俯きながら日奈々は千百合の腕をぎゅっと握り締めた。
「最高だよね」
千百合は明るい笑顔を浮かべて、日奈々の肩に手を回して抱きしめた。
1時間ほどマリルを喫茶店で休ませた後、マリルと静香達百合園の重役達も馬車に乗り込み、別荘へ帰還することになった。
「食材類については、一通り毒見をしたのじゃが、毒見係はこの通りぴんぴんしておるぞ」
業者の対応をしていた青 野武(せい・やぶ)が、毒見を行っていた青 ノニ・十八号(せい・のにじゅうはちごう)を前へ引っ張り出す。
「なんかぐったりしてるけど……。だ、大丈夫?」
静香が心配そうに声をかける。十八号は気分が悪そうな顔をしていた。
「うぷ……っ。大丈夫、です。単なる食べすぎですから」
「今日運び込まれた食材には混入されていなかったということでしょうか。ありがとございました。お大事にどうぞ」
鈴子が十八号と野武にそう礼を言った。
「これ、迷惑をお掛けしたお詫び……にもなりませんけれど。手作りじゃないから安全ですわ」
亜璃珠が、用意してあったチョコレートを鈴子に差し出した。
「ありがとうございます。私からもお渡ししたいものがあります」
亜璃珠からチョコレートを受け取った後、鈴子は鞄の中から包装紙に包まれた箱を2つ取り出した。
有名な和菓子屋と高級洋菓子店の包装紙だ。
「私と、副団長の神楽崎優子からです。分校生全員分はさすがに用意できませんでしたので、最も頑張って下さった分校の役員の方々で分けていただけたらと思っています」
片方の箱には、白いカードが挟まっている。
『お疲れ様。いつもありがとう』
カードには、力強く硬く丁寧な字でそう書かれていた。――優子の字だ。
「ありがとうございます。皆で戴きますわ」
亜璃珠は2つの箱を両腕で抱える。
「大変だと思いますけれど、よろしくお願いいたしますわね」
「はい」
亜璃珠の返事を聞いた後、鈴子は軽く頷きを見せて馬車に乗り込んだ。
静香や護衛の者達も既に馬車に乗っており、鈴子が乗ってドアが閉められたと同時に、馬車はルリマーレン家別荘に向けて、走り出した。
静香は袋に入りきらないほどのチョコレートを分校生や百合園生から貰っていた。
薬が入っている可能性も考えて、直ぐに食べることはなかったけれど……静香は馬車の中でチョコレートと一緒に添えられていた手紙を確認していた。
ひとつひとつを嬉しそうに読んでいた静香だけれど、百合園生からの一通の手紙の内容に表情を曇らせていく。
「ねえ……鈴子さん」
隣に座っている鈴子に、静香が問いかける。
「パラ実と教導団、どちらかを取るなら教導団という話って、百合園生の中で一般的なの?」
「いえ、そのような話は聞いたことがありません。ただ無論、犯罪行為をしているパラ実所属の者に対し、教導団が取り締まりを行う場合や、武力での制圧を図る場合は当然百合園も教導団側につきますので、パラ実生徒会に与していると思われかねない現在の状況を私は好ましいとは思っておりません」
「この間の戦いでは、蒼空学園と組むことになって、教導団と共に戦わなかったことについてどう思う?」
「……百合園には中立であってほしいと私は思いますから、教導団を含む他校と剣を交えるようなことになるような事態は絶対に避けるべきだと考えます。ただ、目的が一致しないために、共に戦うことが出来ないからといって、それを理由に何もしないで傍観しているわけにもいきませんから。私は校長の判断が間違っていたとは思いません」
「そっか」
そう言った後、静香は窓の外に目を向けた。
外には、穏やかな月の光が降り注いでいる。
しばらく外を眺めた後、静香は再び、手紙に視線を戻した。
『こんにちは。鳥丘ヨルです。
心配事があって相談したいのですが、パーティの雰囲気を壊したくないので手紙で失礼します。
百合園は他校とは良好な関係を築いています。ですが不安要素が沢山ありるように思います』
手紙の書き出しにはそう書かれていて、百合園が八方美人であるという指摘がされていた。
『下手すると百合園は全部が敵になってしまう危うさを含んでいるように感じました。
六校協調のための八方美人か、最後にトップに立つための八方美人か。
無自覚の八方美人で自滅した家をボク……私は沢山知っています。無自覚は罪です。
百合園はそんなふうになってほしくないのです。
ボ……私もまだ考えはまとまってませんが、先生と一緒に考えていきたいです』
そして最後はそう締めくくられていた。
「八方美人、か……」
「そうですよ」
静香の呟きに、鈴子が答えた。
「そっか」
静香は同じ単語をもう一度口にして、1人、苦笑した。
ラズィーヤはもちろんわかっていて。生徒会役員達もわかっていて。
百合園の重役の中で、無自覚だったのは自分だけ、なんだなと。
手紙を折りたたんで、静香は目を伏せた。
(僕はどうすればいいんだろう……)
結論は直ぐには出ない。時間をかけても良案は出てこない。
だけど、決断は直ぐに下さなければいけないことが多くて。
どして、僕、校長なんだろう……。
そんなことを、考えてしまう。
○ ○ ○ ○
「……ただ、彼の地位向上のためにもそちらで手は下さないで下さい。確約は出来ませんが、移送時に私が救出いたします。……はい。畏まりました。そちらもお気をつけて。いえ、お会いしなくてもわかります。相当ご無理なさっているのでしょう」
くすりと笑みを浮かべた後、
朱 黎明(しゅ・れいめい)は、終話ボタンを押した。通話の相手は
ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)だった。
悠司からの連絡によると、捕らえた子供はまだ悠司達の元にいるらしい。
悠司達が拠点へ連れて行き、価値を見定められた後、子供はどこかに移送されるようだ。
場合によっては、悠司自身がその役目を申し付けられるだろう。
拠点の場所は、黎明も知っている。……悠司が今、所属している拠点はキマクにある。
キマクにあるもうひとつの拠点だった酒場のような場所からは、かなり距離があり、ヴァイシャリーや神楽崎分校に近い位置に存在している。
「キマクなら……潰してしまうことも、難しくはないんですけれどね」
黎明は、いまやC級四天王だ。
舎弟を引き連れて拠点に乗り込めば、拠点を破壊することくらいはそう難しいことではない。
だが、それは最終手段だ。
潰してしまったのなら、更に組織の足が掴みにくくなってしまうだろう。
黎明はバイクに乗り、その拠点近くへ偵察に向う――。
「警備が厳しくて近づくことも出来ませんでしたね」
キマクのオアシス近くの屋台で
ひなが、隣に座る青年……マスクにグラスに入った水を差し出した。
「ありがと。興味、あったんだけどね。……賞金首の1人が来てたみたいだし」
マスクはグラスを受け取って、水を一口飲んだ後、フォークを手にとって、皿の上のから揚げを刺した。
ひなとマスクは、組織から薬は受け取っていたが使わなかった。
マスクの方は、
悠司から説明のあった、妖精拉致の依頼についても組織から説明を受けていたらしいが、それを受けるつもりはないようであり、彼の目的はもっぱら組織が報酬を支払うという人物の殺害だった。
「やっぱり最近報酬の額も上がった、
ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)がいいと思うんだ。パラ実生だし、組織にとって邪魔な存在で、ヴァイシャリー軍からも指名手配されてる。堂々と殺っても、他に被害をださなきゃ、こっちが捕まることもないだろうしな」
「そうですよね〜。私も手っ取り早くのし上がるには、賞金首づばーんが一番だと思います〜。ただ、その方は首刎ねても死体出ずに生きていそうです〜」
「うん、見たことはないけど、噂に聞く限りだと、なんか正体不明神出鬼没で、何考えてるのかわからなそうな奴なんだよな。格好的に、本人だと証明するのもちょっと難しそうだよなー」
マスクは手帳を開いて、ターゲットの名前や独自に調べた情報を確認していく。
ひなはそれを覗き込んで、ナガンと
クラウンの殺害報酬額が以前の2倍になっていることを確認した。
組織の報酬額は時価なので、また直ぐに変わるだろうが。
「早河綾……組織に与していた女。こいつも殺ってもいいと思うか……?」
マスクは呟きのようにそう言って、ひなに目を向けた。
「……さあ。その人のこと、私は知りませんから〜。と、おじさん、私にもから揚げお願いします〜。それからソーセージも!」
ひなは大きな声で、店主に料理を注文するのだった。
「ふむ、なかなかお似合いに見えるの。その調子でオトして情報を手に入れるのじゃ」
遠くでひなを見守りながら、
ナリュキは組織関連で動いている友人達からのメールを確認していく。
「隆光達は一応成功したようじゃの。黎明は大丈夫かのう……」
ナリュキは黎明からのメールに、愛の言葉山盛りのらぶーな返信を送ることにする。