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嘆きの邂逅~闇組織編~(第2回/全6回)

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嘆きの邂逅~闇組織編~(第2回/全6回)

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第2章 準備

「雪がかなり積もってますね」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)はバイクを止めてヘルメットを外し、周囲を見回した。
 殺気看破で周囲に警戒を払うが、近づいてくる者の気配はない。
 建物には特に注意を払う。双眼鏡の反射光1つでも見逃すつもりはなかった。
 百合園生達を乗せた最初の馬車が小夜子の側に停まる――。
「異常はありませんが遠回りになっても、広い道を通っていきましょう。雪道は危ないですから」
 御者に指示を出した後、小夜子は先導すべく再びバイクを走らせる。
 異常はない……いや、全く異常がなかったかといえば嘘になる。
 小夜子はこれまでの間『使い魔』を何度か発見している。
 今のところこちらに隠さねばならないことはない。
 気付かない振りをし続けていたが、後に団長に報告すべく見かけた使い魔の種類や行動を脳に刻んでおく。

 馬車の中の百合園生、他校生達は概ね和やかで、校長の桜井 静香(さくらい・しずか)も目的を忘れたかのように生徒達と楽しく談笑をしていた。
 だけれど、一台だけ。その馬車だけは雰囲気が違った。
「綾お嬢様、寒いようでしたらこちらを」
 譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が、馬車の中で小刻みに震えている早河綾の肩に毛布をかけていく。
 綾はずっと俯いたままだった。
 組んだ自分の手を見つめたまま、身体を震わせている。
「ごめんなさい……ごめん、なさい……」
 時々彼女の口からは震えた謝罪の言葉が発せられる。
「なら、俺は俺の全身全霊をかけて、綾さんを許します」
 大和は毛布で彼女の身体を覆って、そう言葉をかけた。
 震えている手でぎゅっと毛布の端を掴んで、綾は目もぎゅっと閉じた。
「ありが……とう、ごめん、なさ……い」
 綾の目から一粒涙が落ちたのを見て、氷川 陽子(ひかわ・ようこ)が、大和の肩に手を置いた。
「優しいお言葉ですが、感情的にさせてしまわないようお互い注意いたしましょうね」
「ええ」
 大和はそう返事をして、外に目を向ける。
「綺麗な雪景色です。外に出るのが楽しみですね、綾お嬢様」
 綾は俯いたままで何も答えないけれど、大和は他愛もないことを時々こうして綾に語りかけていた。
「綾さんのご両親の了解を得て、綾さんの執事をされている譲葉大和さん。それから、白百合団の団長から今回の件の担当を任された私、氷川陽子とパートナーのベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)。あと、綾さんのお世話を務めてくださっており、今回も団に協力の申し出をされたというメイベル・ポーターさんを中心に綾さんの援助をさせていただきますわ」
 陽子が同じ馬車の中にいる者達にそう説明をした。
「綾さんが同行している意味については、皆さんも察しているとは思います。身体が不自由であることや、体調的理由ももちろん、彼女が狙われる可能性も考え、私達が用意したもの以外は彼女に食べさせないようご配慮いただければと思います。会場に着いた後には色々薦められるとは思いますが、体調不良を原因に本人に代わってどうかお断り下さい」
 ベアトリスがそう言い、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が頷き、メイベルのパートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、足元においてあった大きな袋を持ち上げる。
「病院の先生に教えてもらって、綾ちゃん用のお腹に優しい食事を作ってきたよ! 自分達の分もあるから、一緒に食べようね」
 セシリアがそう声をかけると、綾は俯いたまま小さく頷いた。
「メイベルはん、セシリアはんが作った食事なら安心どすなぁ」
 護衛のために付き添っている橘 柚子(たちばな・ゆず)はにこにこ微笑んでいた。

○    ○    ○    ○


「この辺りは、雪積もってなくて残念だね。でもその方が寒くないからいっか〜」
 話しかけても、返答は返ってこなかった。
 口をへの字に曲げて、ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)は、河原に立っている2人を見上げた。
「ねえ、木の枝とかも十分あるし、テントの中も温まってるし、もう何もすることないよ。暇だから遊ぼうよー」
 ロザリアスは2人の服をぐいぐいと引っ張った。
 2人のうち1人――ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が、凍るような視線をロザリアスに向けた。
 ビクリと震えて、ロザリアスは手を離し、焚き木の側にちょんと腰掛けた。
(なんかミストラルがいつもより怖い……どうしたのかな)
 少しの間そうしていたけれど、直ぐに暇に耐えられなくなり釣竿を取り出して、釣りを始めることにする。
 それも直ぐに飽きてしまうのだけれど……。
 ミストラルはロザリアスの様子を一瞥だけし、主であるメニエス・レイン(めにえす・れいん)に付き添っていた。
「だめね……」
 メニエスは大きく息をついて、帰還した使い魔に自由にしていていいと指示を出す。
 とある目的のために、メニエスは課外活動に勤しむ百合園生達の行動を調べていた。
 別荘にはフウロウとネコを。
 向うと聞いている分校の方にはカラスとネズミを向わせている。
 先ほど別荘の方から報告に戻ったフクロウとネコだが、この使い魔達は細かい偵察行為などは上手く行えないようだった。側で魔力を高めてくれる使い魔であり、主から離れることは望まず、側にいたがる傾向にあるようだ。
 それでも、人の動きくらいは把握できそうであり、百合園生が分校に向った時間やルートくらいはわかるかもしれない。
 大して情報は得られなかったが、メニエスはロザリアスが建てたテントに戻って、仲間へ手紙を送ることにする。
「食事の準備をいたしましょう。水を用意いたします」
 ミストラルはすっと頭を下げてメニエスを見送ると、タンクを持って川へと向う。
 テントに入ったメニエスは、次なる作戦について考える。
 ふと、頭の中に1人の人物の顔が思い浮かぶ……。
「やらなくちゃいけないことだし……」
 吐息をついて、メニエスは紙とペンを取るのだった。

○    ○    ○    ○


 神楽崎分校では、分校生達が百合園生を迎え入れる準備を進めていた。
 歓迎に興味がない者は元々登校してはいないので、皆精力的に準備に勤しんでいる。
 だが、個性的な者の多いパラ実の分校だけあり、普通の学校とは一味違う。
「そっちの雪かきが終わったら、薪割り手伝ってくれ」
 教師を務めている高木 圭一(たかぎ・けいいち)が声を上げる。
 乗り物に乗って訪れる百合園生の為に、生徒達と共に早朝から雪かきを行っていた。
 普段はあまり気にしていなかったが、今日は暖を取るための薪も必要と感じた。
 建築作業は殆ど終わっており、材木のあまりが残っているのでそれを適当な大きさに生徒達と一緒に割っていくことにする。
「あちぃな、こんなにあちぃなら、薪なんていらねーんじゃねぇ?」
 汗をぬぐいながら、パラ実の少年が言った。
「暑いのは、よく働いている証拠だ。頑張ってるな! パーティは夜まで続くそうだから、沢山準備しておくことに越したことはない」
 頑張っている者は褒めて、服装などの乱れがある者には注意をしながら、圭一は準備を進めていく。
「猿めにやらせた墨俣を思い出すのう」
 分校生に木材を運ばせながら織田 信長(おだ・のぶなが)は呟き声をあげた。
「専門家がおれば、もっと立派にできたものよ」
 ほぼ仕上がったホールを見上げ、信長は自らの顎を撫でる。
 建築の指導はほぼ信長が行っていた。
 だが、作業員が細かいことは気にしないパラ実の素人学生だけであり、設計図通りというわけにはいかなかった。
「ここでいいのー?」
 屋根の上からニニ・トゥーン(にに・とぅーん)の声が響く。
「もう少し右、その辺りがよいだろう」
 信長が頷く。それでもまあ合格点といったところだろうか。
「な、なんで屋根の上に金ぴかなお魚を飾るんだろう……」
 ニニは屋根の上で不思議そうに言いながらも、言われた通り、金鯱もどきを屋根につけていく。
「それにしても……」
 つけながら、見下ろしたのは妖精のような姿の子供だった。
「この木の破片つかえるぅ〜」
「使えぬな。向こうで休んでおれ」
 信長にそう言われて、その子供イリィ・パディストン(いりぃ・ぱでぃすとん)は、「はあーい」と返事をするとパタパタと飛んで南 鮪(みなみ・まぐろ)の方に向っていく。
「おおっと、そこには下りるなよ。秋の内に集めて置いた毬栗貯蔵庫直行の落とし穴を作っておいたからな!」
 鮪が飛んできたイリィにそう声をかけた。
 それを見て、ニニは悔しげな声を上げる。
 飛べるあの子ではなく、自分ばかり危険な仕事をさせられている。
 だけど、それはいい。それはいいんだけどっ。
「うぎぎぎぎ、何で普通の、むしろ長くてふわふわさらさら!」
 ニニは悔しさのあまり歯軋りをする。
 自分はあの鮪に、強引に無理やりモヒカンにされてしまったのに!
 可愛らしさでは同じくらい、いや寧ろ自分の方が勝っているはずなのに!
「なんであのまま、あのままあのままで許されるのーっ」
 涙を浮かべながら、ニニは作業を続ける。
「あっ」
 途端、涙をぬぐったニニの手から金色の鯱が落ちる!
「ぐあっ」
 下で作業をしていた鮪の頭にクリティカルヒット! 
「なにぃ、上からも仕掛けてくるとは、しかも空から魚とは、意表をつく攻撃で混乱させようってわけだな! 敵もよく考えたものだぜ……ッ。上から種モミシャワーだけじゃ足りないぜ! 罠は上空にも張らねばならないようだ!」
 幸い鮪は1人で納得して、鯱を焚き木の中に投げ捨てると罠作成に勤しむ。
「はわわっ、ど、どうし……ぎゃっ」
 ニニは青くなりながら、鯱回収のために屋根から下りようとして滑り落ちてしまう。
「うおっと、危険でござるよ。あー、パンダさんの頭が二つに割れてしまったでござる」
 椿 薫(つばき・かおる)はパンダの雪像に埋まったニニを助けながら、残念そうに声を上げる。
「ごめんなさいごめんなさい。イリィという名の新入りのせいで、ううっ」
「また作るから大丈夫でござるよ」
 薫はニニに微笑みかけて、雪像の作り直しを始める。
「大丈夫ですか? 危険な仕事任せてごめんなさいね」
 関谷 未憂(せきや・みゆう)が救急箱を持って、パートナーのリン・リーファ(りん・りーふぁ)と共に駆け寄ってきた。
「無茶する人多いから、怪我をする人多いですよね、ここ」
 未憂は、擦りむいて血が滲んでいるニニの手を消毒して絆創膏を貼り付けていく。
「でも、ちょっの怪我じゃ気にしない人ばかりだよね。こちらもモヒカンさんは泣き虫さん?」
 リンがニニの顔を覗き込む。
「その呼び方はやめて……。って、ぎゃー!」
 焚き木に火が点けられて煙が立ち上っている。
「ありがとーーーーーー!」
 礼の言葉を叫びながら、ニニは鯱救出のために駆けていった。
「面白い人達沢山いるねー。モヒカンの人とか、リーゼントのひととか」
 リンはきょろきょろ辺りを見回す。
 教師の圭一の指導の下、変わった格好をした分校生達が木材で机を作ったり、暖を取るための櫓を組んだりしている。
「それじゃ、ホールの中の掃除しようか」
 救急道具を片付けて、未憂が言う。
「うん! お掃除なら任せといて〜。綺麗にしようね」
 リンはぶんぶん箒を振り回す。
「先に、喫茶店の掃除を頼めるか? 今日は貸切にしてくれるそうだ」
 掃除に行こうとする2人に、圭一が声をかける。
「分かりました。では、怪我をされた方がいましたら、喫茶店の方で治療させていただきますね」
「了解、先生っ!」
 未憂とリンは明るく答えて、喫茶店の方に向うことにする。