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リアクション
女王器は、宝飾は無いが、中世のイギリス、ヨーロッパ辺りのアンティークな装飾がびっしりと施されていて、ぱっと見宝石箱かオルゴールのようだった。
「針は……本当に、動かないですねぇ。
これが直ったら、何か起きたりするのでしょうかぁ」
持ち上げたり、軽く振ってみたりして、しげしげと眺め、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が首を傾げる。
「例えばぁ、機工士の人に見せれば、何か解るかしらねぇ」
「ボク、機械修理得意だよ!」
ファルがぱっと顔を輝かせる。
その手で? とメイベル達はドラゴニュートの手をしげしげと見つめる。
いやこれが結構、と呼雪が苦笑しながら保証した。
「機械じゃないけどね、これは。
まあ器用な人であれば、機工士にこだわることはないとも思うけど、この場合。
予測だけど、これ、壊れてるのではないんじゃないかな」
天音の意見に、
「ボクもそんな気がする」
と、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)も頷く。
針は、何かで固められて固定されているわけではない。
それでもぴくりとも動かないのだ。
「でもとりあえず、まずは壊れてると仮定して、『叩けば直る』方法で行ってみよっか?」
「馬鹿者。いつの時代のテレビの話をしておるか」
レキのパートナー、魔女のミア・マハ(みあ・まは)が、持っていた杖でぽかりと軽くレキの頭を叩く。
「解ってるよ〜、これは最終奥義だって!」
解ってないだろう、とミアはレキをジト目で睨んだ。
「全く……あまり阿呆なことをするでない」
「解ってる解ってる。
それは最後の手段で、念を込めてみたり、とか、どうかな?」
とレキが提案するので、試しにミアが念を込めてみた。
変化は無い。
「ダメかあ」
光ったりしないかなーと期待してたんだけど、とレキががっかりする。
「特定の人じゃないと駄目なのかなあ。コハクにやって貰ったらどうかな?」
「念を込めるって、どうするの?」
渡された女王器を見て、困ったように言うコハクに、ミアが
「簡単に言えば……。両手で力強くそれを持って、意識をそれに集中してみるのじゃ」
と助言する。コハクは言われた通り、じっと集中してみたが、やはり変化は訪れなかった。
女王器はメイベルの手に戻り、ちらりとそれに目をやった後、天音はところで、と、コハクに訊ねる。
「純粋な興味だけど。
その翼、バランス悪くて肩こりしそうだね」
目立つ片翼が目を引いた。
コハクは、有翼種のヴァルキリーだが、その翼は片方にしかない。
もぎ取られて失われ、そして今は、失われた側には、奇跡的な事象により、光翼種の翼に生え変わったのだ。
光の翼は任意の時しか現れない為、普段は今のように片翼の状態なので、確かに目立っている。
コハクは苦笑してみせた。
「慣れました、っていうか。呪詛を背負ってた時の方が重かったかも。
今は、そうでもないです」
「呪詛?」
大体の話は、呼雪などにも聞いていたけれど、やはり当事者から聞く話は興味深く、天音は色々と訊ねてみる。
あの時は、ボクも頑張ったんだよ〜とレキがひっそりアピールした。
コハクのパートナーである小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、
「私達も空京に行ってみよう!」
と提案したので、コハクは女王器の調査を彼等に任せて空京に向かうことにした。
いきなり、妙な理由で女王器を渡されたところで、どうしたらいいのか解らない。
ならば持ち主であるオリヴィエ博士に協力を仰ごう、と、美羽は考えたのだ。
「天音は、行かなくて良いのか?」
意外に思って、ブルーズが天音に訊ねる。
「不在だった助手も帰って来たのに」
「勿論気にはなっているけどね」
相変わらずなんだろうね、あの人、と、天音は肩を竦めて答えた。
「これが本当に女王器なら、実物を見られる機会はそうないし、どんな物か見ておきたかったからね」
それに、と天音は、砕音・アントゥルースのことを思い出した。
……いや、今はミスター・ラングレイ、か。
「神子についての情報は曖昧だから、少しでも何か掴めたらと思ってね」
「……ふむ」
ブルースは頷いた。
「蓋の中央に、何か書いてあるようですぅ」
装飾に埋もれて目立たない文字を見付けて、メイベルがレキ達にそれを見せた。
「古代シャンバラ文字じゃな」
ミアがその文字を見て言う。
「読める?」
レキが訊ねた。
見かけは12歳ほどだが、ミアは魔女だ。
本当の年齢は黙して語らないが、アーデルハイト並の年齢ならば読めても不思議は無い。
しかしミアは渋い表情をした。
天音がひょいとそれを手に取って、軽くその文字を見た後、ブルーズに渡す。
「……『盤』。『導く』……盤はこの羅針盤のことか。導きの羅針盤、といったところか。
この女王器の名称だな」
「導きの羅針盤、ね……」
「何かの場所を示す道具なのかな?」
天音の呟きに、レキも首を傾げてそう言う。
「裏にも文字がありますよぉ」
ひっくり返してじっと眉を寄せていたメイベルが、箱の蓋の裏側を示して言った。
見てみると、確かに、装飾に隠れている上、古く掠れていて解り難いが、隅の方に文字と思われるものがある。
レキや天音達は、顔を付き合わせて、何とかその文章を書き出した。
「……聖なる水。……聖なる水が満ちる? いや、満ちる聖なる水、か」
ブルーズが、唸りながらその文章を解読する。
そして、最終的に結論づけられた訳文はこうなった。
『満ちる聖なる水により、汝の道は示される』
一方早川呼雪は、自らの知識に蒼空学園図書館の蔵書も最大限利用させて貰いつつ、”写本”の解読の方にかかりきっていた。
「ねえねえ、もしかして、それって、あの女王器の取扱説明書だったりしないのかな」
呼雪を手伝いながら、ファルの疑問に、彼は「いや」と答える。
「女王器に関することは、何も書かれていないようだ」
多分、と睨むように写本から目を離さずに、呼雪は答える。
かねてより、古代王国や、古い時代の言葉を勉強していた彼だったが、この写本は、一筋縄ではいかない代物だった。
「どうだい? こっちの具合は」
休憩のお茶を持った盆を持つブルーズを隣りに、天音が様子を見に来る。
「……どうもこうも」
と、友人の姿に、ふう、と写本から目を離して溜め息を吐いた。
これを持ってきた時のヨシュアから説明を聞いたコハク達曰く。
10年ほど前、シャンバラと地球が繋がりを持った頃のことだが、イルミンスール大図書館で事故があったらしい。
巨大迷宮とも言われるイルミンスール大図書館は、その個人のレベルによって、入れる場所が制限される。
つまり自分の頭の具合に見合ったところまでしか入ることができないのだ。
それが、全くの解放状態になり、誰でもが深層の方まで入れるようになってしまったことがあったというのだ。
この機会にとどんどん奥地にまで入り込んでいる最中に事故状態が直り、戻る術を失って今も最深部をさ迷ったまま出られない者もいると伝えられるその時に、偶然オリヴィエ博士も大図書館にいたらしい。
勿論彼も高レベルの階層に入って行き、事故状態が戻る前に帰ってきた。
その時に、歴史書のひとつをコピーしてきたと言うのである。
「実物は持ってこれないけど、一部でも書き写してきて高く売れないかな、と思って」
しゃあしゃあとそう言ったそうだが、結果的にその写本は売れず、今回偶然発掘されるまで、オリヴィエ博士本人にも忘れ去られていた。
「最初は、全然読めないんで、古代王国より更にもう一段階古い時代のものなんじゃないかとも思ったが」
ブルーズの淹れてくれた紅茶が、疲れた脳に染み渡る。
「人が写したものなら、誤字や書き損じもあるだろうとは予想していたけどね」
「つまり?」
くすくすと笑いながら、天音は先を促す。
余程苦労したようだ。勿体ぶらないとやっていられないのだろう。呼雪は肩を竦めた。
「……強烈に個性的な文字でね」
少し考えて、ブルーズが言った。
「要するに、字が下手、ということか」
何の暗号かと思ったよ、と呼雪は溜め息を吐いた。
天音はそれは大変だったねと笑って、ブルーズを見る。
「君、こっちを手伝ってあげた方がいいんじゃないかい?」
「そうしよう」
「ハウエルとカチエル、という名前があった」
とりあえず解ったところを言うと、と、呼雪は書き出したメモを見せた。
「それって、コハクのご先祖さまの名前だよね?」
ファルが確認する。
セレスタインに”虚無の蛇”を封印し、遠く隔たれしその島へと別離した者達。
「2人は当時の王宮騎士だが、5千年前、女王を封印した人物らしい。
神子、という呼び名はどうやらそこから来ているようだ」
「5千年前に、女王様を封印した人達のことを、神子って言う、ってこと?」
ファルの言葉に、呼雪は頷いた。
「多分、その子孫だから、コハクも神子かもしれないというのが、オリヴィエ博士の推論だろう」
「神子というのは血統なのか?」
首を傾げたのはブルーズだ。
「……いや、それだと色々釈然としないことがあるし、違うんじゃないかと思うが、何らかの関連はあるだろうと博士は思ったんだろう」
ハウエルとカチエルというのがコハクの先祖の名前であることを、先の事件の時に博士は誰かから聞いていただろう。
しかし、神子だ、と断定するのではなく、神子かもしれない、と可能性で言ったのも、そのせいだろう。
更に呼雪とブルーズで解読を続けていると、”結晶”という単語が出てきた。
『隔たれし島より2人の騎士を呼ぶ為に、”結晶”が使われた。
結晶は砕け、分かたれて、力場を護る者達に託された。』
と。
◇ ◇ ◇
「こんにちは」
と、見知らぬ少女から声をかけられて、
「こんにちは」
とコハクは笑みを返した。
大勢の、顔と名前を憶え切れないほど色々な人に助けられた経験からか(勿論そんなことはなく、関わってくれた人達をちゃんとコハクは憶えているが)、基本的にコハクは人見知りをしない。
「私は、ジル・アスオデム。
あなた、コハクさんでしょう? 教えて欲しいことがあるんです」
「僕に教えられることなら」
どうぞ、とコハクは先を促す。
「巨大な魔物を倒すのに、石化の剣を使ったって聞いて、興味が沸いたの。
それって、何処で手に入れたのかしら」
私、レアアイテムコレクターなんです、と、ジルは言う。
「石化の剣?」
コハクは首を傾げた。
「ルカルカさんが持っていたやつ?
ごめん、あの人が何処で手に入れたのかまでは、僕は知らないです」
困ったように答えて、コハクはパートナーの小鳥遊美羽を見る。
「私も知らないなあ」
ルカルカ・ルー達とは確か、イルミンスールからキマクに向かったところで合流したのだった。
キマクにある聖地、モーリオンで、彼女はその剣を振るっていたが、あの時はコハクも色々あったし、細かいことはよく知らない。
「でも、もしかして、リシアさんなら知っているかもしれないです」
「リシア?」
「リシアさんは、アトラス火山で活動しているトレジャーハンターで。
稀少なアイテムについて詳しいかも」
「そうですか。色々ありがとう」
礼を言って、ジルはコハク達と別れる。
そして、人気の無い、離れたところまで行って、変装を解いた。
「リシア、ね」
マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は、ふふんと笑みを浮かべる。
石化の剣、ソードオブバジリスクは、魔物と戦う際に壊れたと聞いたが、それは一本限りの伝説級の剣ではなく、稀少価値はあれども、複数存在するものではないか、というのがマッシュの予想だった。
それを入手すべく、情報を集めていたのだ。
「フフッ、情報ありがとう、コハク。
剣を手に入れたら、お礼をするよ」
にたり、と笑って、マッシュは一人呟いた。
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