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世界を再起する方法(第1回/全3回)

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世界を再起する方法(第1回/全3回)

リアクション

 

 休暇を取って、空京の町をブラついていた一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)の耳にも、その噂は入ってきていた。
 どうやら、コハク自身も空京に来ているようだ。
「またあの人、何かに巻き込まれてるのですね」
 それも神子や女王器関連とはまた、大きな事件に巻き込まれたものだと、アリーセはコハクを思い出す。
 あの時の事件では、コハクにはあまり関わらなかったとはいえ、全く知らなくもなかった。
「それにしても、女王器を、いくら神子かもしれないと言っても、ただの学生にぽんと渡してしまうとか、あの博士、ちょっと何考えているのか解りませんね」
 胡散臭いという意味で。
「えー、何を言うのでありますか! 一条殿は知らないのでありますか!?」
 そんなアリーセに反論の声を上げたのは、彼女が持っていたカバンだった。
 いや、喋るカバンに見えるがその実体は、アリーセのパートナーの機晶姫、リリ マル(りり・まる)である。
「オリヴィエ博士と言えばゴーレム研究者の権威の一人で学会ではその名を知らない者はなく、自分は雑誌で組まれた特集を見た時から、博士の作ったゴーレムに一目惚れし、ずっと憧れを抱いているのであります。
 いつか人型ボディを手に入れる時には、是非オリヴィエ博士に作品を手がけて欲しいと……」
「はいはい、解りました解りました」
 長くなりそうなセリフを、アリーセは投げやりに遮る。
「お解りいただけたでありますか、一条殿!
 いつか人型ボディを手に入れた暁には!」
 大事なことなので2回言う。
「はいはい。その機会が来るといいですね」
 しかし口先でそう受け流すアリーセの脳裏ではリリのセリフは右から左に抜けて行き、アリーセは、全く私のパートナーはどうしてうざいのばかりなんでしょうと内心で溜め息を吐いていた。


 鬼崎 朔(きざき・さく)は、ヨシュアが蒼空学園を訪ね、コハク達に女王器を渡すところを偶然見ていた。
 一見して珍しくもない面会者だったが、女王器、という言葉がでてきたのを耳にして、その様子を窺っていたのだ。
「ありえません」
と、朔は思った。
 ヨシュアという人物は、怪し過ぎる。
 博士なる人物が『コハクという少年が神子で、彼が持ってた方がいいんじゃない』と言っただけで、ほいほいとそれに従って動くことも有り得ないと思ったし、そもそも、その博士という人は、本当にそんな突拍子も無いことを言ったのだろうか。
 あまりにも唐突すぎる話だと感じた。
 あっさりと女王器を渡したヨシュアは、あっさりと彼等と別れ、帰って行く。
「……後をつけてみますか……」
 どこに行くのかを確認して、本当に博士とやらのところに戻るのであれば、そこで詳しい話を聞ければいい、と考えた。


 民間の駅馬車を使って空京へ戻り、町から外れたオリヴィエ博士の自宅へ戻る前に、買い出しをしておこうと空京の町の中を歩いていたヨシュアは、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)に呼び止められた。
「ようやく追い付いた。
 怪しい者ではない。話を聞いて貰いたい」
 蒼空学園にて一連の事情を見聞きしていたイーオンは、ひとつの懸念を胸に、ヨシュアを保護しようと、パートナーと共に、友人のアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)にも協力を依頼して、ヨシュアを追いかけてきたのだ。
「……はあ、あの、どちら様ですか?」
「怪しい者ではないと言った。
 俺はコハクの知り合いだ。おまえを、保護しに来た」
「え、保護? 何故です?」
 きょとんとするヨシュアに、イーオンのパートナー、ヴァルキリーのアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)が進み出る。
「とにかく、立ち話で済む簡単な話ではないですので、何処かのお店に入ってはどうでしょう。
 そこで詳しくお話します」
 威圧的なイーオンと入れ代わって、柔らかな物腰のアルゲオにそう促され、はあ、とヨシュアは頷く。
 彼等は連れ立って、ミスドに入った。
「端的に状況を説明すると、おまえは、鏖殺寺院に狙われる確率が非常に高い」
「えっ、どうしてです?」
「……世界状況を、何も理解していないのか……」
 断定したイーオンの言葉にきょとんとするヨシュアに、ぽつりと、呆れたように、アシャンテが呟きを漏らす。
「君、蒼空学園で、女王器をコハクって子に渡したんだって?」
 アシャンテのパートナー、ゆる族のラズ・シュバイセン(らず・しゅばいせん)が、着ぐるみの下でにっこりと笑った。
「あれ、相当目立ってたみたいだからね〜。
 鏖殺寺院が神子とか女王器に関して躍起になっているのは知ってるデショ?
 君は、重要人物としてターゲットにされそう、というワケ」
「ああ……」
 なるほど、と、ヨシュアは思い至ったようだった。
「しまった……博士に感化されすぎた……。
 少し考えたら解りそうなものなのに……」
 額に手を押し付けて、苦渋の表情でぶつぶつ文句を言っている。
「とんだうっかり者だな」
 イーオンのパートナー、魔道書のフィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)が、呆れて笑い、ヨシュアはふと、顔を上げた。
「……えーと、貴方方が実はその刺客で、味方のフリをして僕に近づいている、という可能性は……?」
 ぴく、とアシャンテが眉を顰めた。
 違う。がしかし、じく、と一瞬頭が痛んだ。
「違いマス」
 にこぉ、と、怪しさ満点の笑顔が見えるような返答を返したのは、やはりラズである。
 じっとイーオン達を見渡して、
「そうですね」
と、ヨシュアは笑った。
「……でも僕、おつかい頼まれただけで殆ど何も知らないんですけど……」
「そんなことを鏖殺寺院の連中は知るまい。
 避難を要する。おまえを保護し、蒼空学園に匿おうと思うが、承諾するであろうな?」
「ここからまた、ツァンダへ?」
 ヨシュアは困ったように訊き返す。
「……私が、お前達を護る……」
 問題無い、と、アシャンテが呟くように言った。
「いや、そうじゃなくて……。
 えーと、とりあえず一旦博士の家に戻りたいんですが。
 留守をお願いしている人もいますし、ここまで来て帰らないというのも」
 イーオン達は顔を見合わせる。
「構わぬのではないか」
と言ったのは、フィーネである。
「ごねて私達から逃げられるよりはマシであろう」
「信用してないわけじゃないですよ……」
 ヨシュアは苦笑した。
「説得できた以上は、すみやかに町を離れた方がよいであろうな」
 ミスドを出ながら、イーオンの言葉に
「博士のご自宅が、町から離れたところにあるのは、都合がよかったかもしれないですね」
と、アルゲオも答える。
 蒼空学園でコハクを襲撃した赤毛の女は、人目を全く気にしなかった。
 ヨシュアを狙う刺客も同様であるとすれば、空京の人ごみはまずい。
 周囲の無関係な人々を巻き込む恐れがある。
 急いで移動しよう、という彼等の後に続いて店を出ながら、アシャンテが静かに
「ラズ」
と呟いた。
「何?」
「ラズが今回、イーオンの依頼を受けるように言ってきたのは、何か理由があるのですか?」
「…………」
「時々頭が痛みます。こんなこと、あまりないのに……」
 くしゃりとラズは無言でアシャンテの頭を撫でた。
「とりあえず、依頼を終わらせてから」
「……はい」


 イーオンやアシャンテ達に護衛されつつ、空京の結界を抜け、郊外のオリヴィエ博士の自宅に帰宅したヨシュアは、家の周りに何だか大勢集まっているのを見て、呆然とした。
 一体、何が起きているのだろう。
 バイトは勿論、ボランティアの募集もしていないはずだが。
「ヨシュア・マーブルリング?」
 幾つもの職業を渡り歩こうとも、魂は常にメイド。
 熱意の象徴であるメイド服に身を包んだ朝霧 垂(あさぎり・しづり)が、ぴらりと1枚の紙をヨシュアに突き出して見せた。
「博士から依頼されて来た。これが依頼書だ。依頼内容は瓦礫の片付けだ。
 俺達がここに来た時、すれ違いでおまえがここを出た後だったので、勝手にやらせて貰っていた」
「えええっ!? 博士の依頼!?」
 ヨシュアは心底ビックリした様子で、半ば奪い取るように垂が持って来た依頼書を手にし、食い入るように中を読む。
「……何をやっているんだ、あの人は……」
 溜め息と共に思わず吐き出した言葉に、垂は首を傾げた。
「何か間違いがあったのだろうか?」
 垂のパートナーの魔道書、朝霧 栞(あさぎり・しおり)が問う。
「間違いっていうか……、あなた、多分給料踏み倒されますよ……」
 人を雇っている余裕なんて無いくせに! とヨシュアは頭を抱える勢いで、ここに居ない人物に呆れている。
 博士は博士なりに、ヨシュアを心配したのかもしれないが、だったら滞納している給料を払ってくれという話である。
 垂と栞は顔を見合わせた。
 ヨシュアには黙っていたが、実は依頼には「警護」も含まれていたので、ヨシュアの危惧は当たっているのだろう。
「報酬はないそうだぜ?」
「……だからと言って、ここで切り上げて帰るのも寝覚めが悪い。
 ま、ここまで来たら、今回はボランティアと割り切るのもいいだろう」
 それに、ヨシュアが予測しているだけで、実際がどうかはまだ解らないのだ。
「そんなわけで、暫くよろしく頼む」
 垂はそう言って、ヨシュアに手を差し出す。
 ヨシュアは困ったように笑って、
「よろしくお願いするのはこちらの方という気もしますが」
と、垂と握手を交わした。


「こんにちは、博士の助手さんですね」
 帰りを待っていた高務野々が、首を傾げて問いかけた。
「私は百合園女学院のメイド、高務野々と申します」
「あ、どうもこんにちは、ヨシュア・マーブルリングです……」
 ヨシュアは名乗りを返す。
「マーブルリング様、ですね。
 実は私ハルカさんに会いにきたのですけど」
「ハルカちゃん? まだ帰ってきてないでしょう?
 博士と一緒に旅行に行っているんですけど」
 ああ、やっぱりそうですよね、と野々は肩を落とす。
「えと、どちらに向かわれたのか、なんてご存知ないですよね」
 やはり伝言を頼むしかないか……と、思った野々に、ヨシュアは
「今何処にいるかは解りませんけど。
 携帯で連絡を取ってみたらどうでしょう」
と言って、野々はきょとんとした。
「…………携帯」
「僕も博士も、携帯持っていませんけど。ハルカちゃん、持ってますよ」
「ええっ! ハルカさん携帯持ってるんですかっ!
 でもでも、私アドレス知りません……!
 ハルカさんてば、教えてくれてもいいですのにっ……」
 ショックで泣きそうになっていたら、
「あ、えーと、買ったの今年に入ってからみたいですし。
 連絡先、知らないとこちらからも連絡できなかったからじゃないですかね。
 ちょっと待っててください、メモ持ってきますから」
 パートナーがいないので、無料通話できる相手はいないが、電波さえ届けば普通に使うことができるのだ。
 ハルカは、博士に携帯を購入してもらって大喜びでいたそうだが、それを教えようにも、野々達の連絡先を知らなかった。
 教えられた番号に電話をしてみると、電波の届かない先にいるようで繋がらなかった。
 仕方がないので、連絡を請うメールを送ってみる。返事待ちだ。



「というわけで、エロ本見せていただけませんか」
「はい?」
 初対面の相手にいきなりそんなことを言われて、ヨシュアは目を丸くした。
「こちらで、オリヴィエ博士秘蔵のエロ本が発掘されたと聞いてきたんですが」
 真剣な表情で頼む朱黎明に、ヨシュアはしばし考え、ちょっと指先で眉間を押さえて
「あのう、何かの間違いじゃないですか?」
と言った。
 何だろうこの人、と、その表情は如実に物語っていたが、流石に口には出さない。
「ごめんなさい、ごめんなさい。
 あの、引かれるかもしれませんが、主人に悪気はないのです」
 そんな黎明を、ネアが必死にフォローする。


 突然、ルカルカ・ルーが、がばっと振り返りながら、両腰の剣を抜刀した。
 同時に、問答無用で繰り出そうとした攻撃は、視界に映った光景を見て驚いて止まる。
 はっとした佐々木弥十郎は、ヨシュアの姿を探し、パートナーの仁科響に合図する。
 響はぱっと立ち上がった。
 また、殺気を感じて、志位 大地(しい・だいち)が顔を上げる。
 大地のパートナー、英霊の出雲 阿国(いずもの・おくに)と魔道書のメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)は、大地の様子を見て首を巡らし、視線の向こうに、来訪者を見付けた。