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リアクション
ヨシュアの要請に従って、集中して地下室入口付近の掘り出しに取りかかる者達をよそに、白銀昶は自由に思い思いの場所を、トレジャーセンスを行使して漁っていた。
まずはくんくんと周囲の匂いをかいでみて、
「腐った臭いはしないな」
と安心する。
「つーか、むしろこの家、崩壊前にナマモノの食料とか置いてなかったのかよ」
と小声で突っ込んでみる。
ついでにヨシュアの匂いもかいでみた。
「ま、不測の事態に備えて」
ある意味で、不測の事態は既に越えたが、憶えておけば、もしもいなくなったりした場合、狼である自分なら臭いで追える。
それに、善人か悪人か、臭いでピンとくることもあるのだ。
「……うん、危険な臭いはしないな」
あの博士の助手だから、只者ではないだろうと踏んではいたのだが。
とりあえずのところに危険はないと判断したので、昶は宝捜しを再開した。
「……噂には聞いていましたが、残念な状況ですね……」
アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、オリヴィエ博士の自宅の惨状を見渡して、思わずそう呟いた。
メニエスやグロス達の襲撃により、今迄の苦労は水の泡、更に酷くなったという涙ぐましい話は、襲撃前の惨状(しかしそれも惨状にかわりはない)を知る者だけが知っている。
ここへは話を聞きに来たのだが、この有様を見て話だけ聞いて帰る、というのも気が引けたので、アリアも片付けを手伝うことにした。
これまでの片付け作業で、博士的に重要なものはほぼ、既に飛空艇兼仮自宅の方へ引き上げ済らしく、
「もう片っ端から片付けていいです」
と、ヨシュアは言ったが、アリアはヨシュアの補佐という感じで、彼の近くで作業した。
「ところで、博士は何故コハク君が神子だと考えたんでしょう?」
作業しながら、訊ねてみる。
「ヨシュアさんは、……う、これ重……博士から神子について何か聞いていませんか?」
ヨシュアはアリアの手から、よく解らない機械のようなものを引き取りながら答える。
「僕も詳しくは聞いてませんけど。
そもそも神子という言葉も知らなかったみたいですよ。あの人俗世間に疎いから。
でも、流石に最近は、よく聞くようになりましたしね。
僕が帰ってきてすぐくらい……
あ、僕暫く旅行に行ってたんですけど、”写本”を発掘して、懐かしいねえとか自分で書いたものながら何だこれ読めないとかぶつぶつ言いながらそれを読んでいて、
読み終わった後暫く考えこんでいて。
もしかしてあの子神子なのかもね、って言い出したかと思ったら、
じゃあこれ、私が持ってても仕方ないし、もしかしたら何か役に立つかもしれないからあげてきて、って」
2人の会話を、周囲で瓦礫を掘り起こす者達も聞き耳を立てている。
「詳しいことを聞かずに、頼まれごとを引き受けたんですか?」
少し意外に感じて、神野 永太(じんの・えいた)が訊ねた。
物が物である。気にしないにも程があると思うのだが。
「だって、あの人の言うことでしたし。また始まった、くらいで。
あーはいはい、って思って。気にしたら負け、みたいな。
ああまた自分が楽したいから人任せにして……みたいなね。
引き受けたら引き受けたで、じゃあ私はこの子と旅行に行ってくるから。この子も折角シャンバラに来たんだから引きこもらせてるのは可愛そうだしあちこち案内してあげたいしね〜とか言って、色々放り出して旅行ですからね。
もう勝手にしてくれと」
あの子、というのは、最近オリヴィエ博士のところに居候することになった少女、ハルカのことである。
旅行から帰ってきてハルカの姿を見たヨシュアは、ついに犯罪に走ったかと絶望にくれた。
確かに、もっとちゃんと突っ込んでおけば良かったなあ、と独り言のように呟いて、ヨシュアは周囲を見る。
まさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう。
「……まあ、何というか……お疲れ様でした」
黙々と働いているパートナーの機晶姫、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)と顔を見合わせた後、何と言葉をかけたらいいのか考えあぐねて、永太はとりあえず、そう労をねぎらった。
「それにしても、ヨシュアさんて、忍耐強いよねぇ」
半ば呆れたように、半ば感心したように、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が言った。
ここには何度もボランティアで片付けの手伝いに来ているが、まさかの女王器が出て来たと知り、よもや他にも何か出ないかと、目を皿のようにしながら作業をしている。
博士的に重要な物は回収済と言っていたが、博士基準はアテにならない。
「ボクだったら、3日でおいとまを願い出ちゃう。
よく我慢して博士の助手やってるね」
「本当にね」
と、ヨシュアは遠い目をしてしみじみと言った。
「誰か代わりにやってくれる人がいればね……。
でもほっといたらあの人、何をやらかすかと思うとね。
呑気度とマイペース度がもう、半端ない人で……」
「ヨシュアさんて……いい人だなぁ」
ほろりと指を目頭にあて、
「さーて続き続き!」
とちゃっちゃと作業を再開するカレンに、今度はヨシュアがほろりと指を目頭にあてた。
「あの博士の助手なら、よほどのしたたか者か、よほどの善人でなくては勤まらないでしょううとは思っていましたが」
エース・ラグランツのパートナー、吸血鬼のメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)がふと呟く。
「彼は、よほどの善人の方だったようですね」
そのようですね、と、剣の花嫁であるエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が、メシエの呟きを耳にして微笑んだ。
「そういえば、パートナーを探していたと言ってたっけ?
まだ見つからないのか?」
葉月 ショウ(はづき・しょう)が訊ねた。
ヨシュアは何度もパートナー探しの旅行にでかけている、と聞いた。
ヨシュアが答えずに遠い目をしたので、まだ見つからないのか……と察する。
「特にこだわりがなければ、最近地祇なんかを見かけるぜ。
売店に売ったりもしてたみたいだが」
破格の安値だったような気がするが、そういえばヨシュアは今も給料の支払いを滞納されているのだろうか。
「僕はシャンバラ人だからね。相手は地球人じゃないと」
「あ、そうか」
うっかりしていた、と、ショウは肩を竦める。
「でもまあ、ネット契約なんかもあるしな。知ってるとは思うけど」
「ありがとう。
何というか、こう……運命の出会い的なものがないかな……と、思ってるんだけどね……」
なかなか、上手い具合にはいかない、と苦笑するヨシュアに、
「契約に夢を見過ぎです」
と、ザイエンデが冷静に言った。
「こら、ザイン」
永太が止めようとするが、
「事実です」
と、ザイエンデは抑揚もなく言う。
契約は、そんなロマンチックなものばかりではない。
「そうかもしれないですね」
と、ヨシュアは苦笑した。
「でも、もう少し悪あがきしてみようかな、と」
「そうそう、全くそういう出会いがないわけじゃ無いんだしさ。
俺で手伝えることがあったら手伝うぜ」
ショウもそうフォローした。
「ヨシュアさんは、神子のことをどう考えてますか?」
アリアはもう1つ、訊いてみた。
神子という存在について、自分以外の多くの人から意見を聞いてみたかった。
ヨシュアはふと手を止めて、アリアを見つめ、少し考え込むように間をおいてから、口を開いた。
「僕は、契約者じゃないから。
生まれた時からシャンバラに生きてきて、女王が復活する為に重要な存在が神子だと聞いているから、「神子」をシャンバラの救世主みたいに感じてる。
けれど、契約者として神子に関わっている君達にとっては、そう単純なものでもないんでしょう。
僕も、誰かと契約して、視点が変われば、また違うように思うのかもしれない」
「……」
ただの情報収集ではない、真剣な問いだと、ヨシュアは受け止めてくれたのか。
真摯な様子でそう答えた彼に、アリアは、ありがとう、と言い、ヨシュアは笑って、作業を再開した。
「失礼だが、あなたがたは、女王器についてどのような認識をしていらっしゃるか」
クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が訊ねた。
ヨシュアと、そして所持していたというオリヴィエ博士は、女王器を所持するということの意味を、どのように考えているのだろう。
「あえて厳しい言い方をさせていただくが、私から見れば、あなたがたの認識は甘いと言わざるを得ない。
あれが本当に女王器であれば、それに関わっただけで、生命の危険も危ぶまれるものと理解されておられるか?」
ヨシュアはぽかんとしてクレアを見、やはり何も知らないでいるのか、とクレアは感じた。
「……あれは、博士の師匠の形見らしいんです」
過去を聞いたことはないのでよくは知らないんですけど、と、ヨシュアは言った。
「博士の師匠は長寿の種族で、5千年前、女王の時代には宮廷魔導師の一人だったらしいです」
「……何?」
クレアは眉を顰める。
「それを瓦礫の下に埋もれさせて忘れてた辺り、確かにどうかと思いますけど、博士にとっては女王器だというのはどうでもいいことで、あれは師匠の形見としての認識しかないと思いますね。
でも、女王器ではあるわけだから、丁度コハク君が神子なのかな? と思ったタイミングでもあったし、じゃあ彼に渡した方が何かの役に立つかな? と、その程度の感覚で」
自宅崩壊の後、瓦礫の中から発掘されるまで、博士はそれのことをすっかり忘れていたのだ。
渡す相手も、特にコハクであった必要はなかったのだろう。
誰でもいいから、コハクにしただけで。
あれ?
聞いていたカレンが首を傾げる。
師匠の形見。それって、何処かで聞いたような。
「……そんな軽いことでいいのか」
クレアは溜め息を吐く。
そんなだから、今回鏖殺寺院に襲撃される事態になったりしたのではないだろうか。
「あなたには、我々、教導団による保護を勧めたいところだが」
女王器がもうここには無いことは判明されたが、それでも、今後襲われることがないとは言い切れなかった。
まだ上に話を通してはいないが、許可が下りないということはないだろう。
教導団での保護を受けるなら、責任を持って護衛する、と言うクレアに、ヨシュアは困ったように考えこむ。
「……今回のことで皆さんには、とても迷惑をかけてしまいましたし、そうした方がいいのでしたら、そうします」
自分が危険だという実感は沸かないが、こういったことに詳しい人物がそう言うのであれば、そうなのだろう。
自分のせいで、彼等に迷惑をかけるわけにはいかなかった。
カレンが心配そうに、ヨシュアを見る。
「……あの、ね?
皆いるんだし。
迷惑とか思わないで、頼って、したいようにすればいいと思うよ?」
あたしいっつも、やりたいようにやってるよ?
カレンを見たヨシュアが、ありがとう、と口を開きかけたところで、
「ドアが出てきたぞ!」
というエースの声が上がった。
何度か休憩を挟み、佐々木弥十郎が腕を振るって食事もし、日もまたいで、ようやく瓦礫に埋まったドアを掘り出し、地下2階へ降りてみて、灯りがついた瞬間、そこに広がる異様な光景に全員が息を飲んだ。
床いっぱいにずらりと並んだ、多少の差はあれ、通常サイズ――つまり大人の人間大のゴーレム。
それらは多種多様な容姿をしていたが、その殆どが、いわゆる”萌え系”の女の子の姿をしていたのだ。
「な、何コレ……」
ドン引きしながら、カレンが背中に冷や汗を浮かべる。
博士の家にはまだ何かある! と期待していたものの、これは想定外の代物だ。
「あ、それは注文品です。博士のバイト」
振り向いたヨシュアが、事も無げに言った。
「バイト!?」
「最近増えてるんですよ。
ゴーレムを可愛い系の容姿にして欲しいとか、お姉様系の美女にして欲しいとか。
こういう感じの注文が今のところ、一番多いですね」
こういう感じ、と、ヨシュアは萌え系女の子を指差す。
「……素朴な疑問だけど、コレ、笑ったりしゃべったりするの……?」
「感情の類が無いんですから、そんな気持ち悪い機能はつけません。
まばたきくらいならできないこともないそうですけど」
博士は、積み木を組んだようなシンプルなフォルムが一番美しいと思うのにねえ、と言いつつも、仕事は完璧にこなしているうよだ。
「っていうか、博士って仕事してたんだ……」
当り前のことが、ものすごく意外に思えるのは何故だろう。
「内容は微妙だけどな」
エースが乾いた笑いを漏らす。
しかもこれは、ゴーレム技師というよりは、彫刻技師という気がしないでもない。
「へえ……これが博士の研究か……」
朝霧垂は、微妙に違う方向に納得していた。
「この階が無事で本当に良かった。これ全部潰れてたら、博士は一生借金生活ですよ」
そんなことより、こっちです、とヨシュアは歩き出す。
その階の隅に、地下1階にあったものと同じ巨大ゴーレムが、一体だけあった。
「1階は、完成品とか試作品とか失敗作なんかを置く場所なんですけど、この階は、未完成品を置いておく場所なんです」
「つまりこのゴーレムは未完成なのね?」
ルカルカが訊ねる。
「”真竜の牙”っていうアイテムがあるんですけど。
博士はふざけて稀少石、なんて呼んでいましたけど、ヒラニプラ大遺跡で偶然発見した物です」
それは、”機晶石より貴重な稀少石探索”をバイト君に依頼し、稀少石はとりあえず置いといて、バイト君が発見して持ち帰ってきた物だった。
「最初は粘土みたいなものだったんですけど、加工したら液体になって、最終的には個体になりました。
で、個体になってからは、ものすごい強度で破壊できないばかりじゃなく、魔法も全く受け付けないんです。
で、丁度作り掛けだったゴーレムの外皮に使ってみたんですが」
完成した後、このゴーレムは駄目だね、と博士は言ったという。
「弱点がないものなんて有り得ない。
可哀想だけどこれは、失敗作だな、って」
「完璧なのに、失敗作なの?」
「あの人の考えることはよく解らないから」
クマラ・カールッティケーヤが首を傾げ、ヨシュアが苦笑して答える。
「でも壊すこともできないんで、じゃあもう一体同じものを作ろう、ということになったんです」
「え、どうして?」
「ドラゴンのセイントの法則、というのがあるらしいですよ」
よく解らないんですけど、とヨシュアは言った。
聞くところによると、地球の中国の故事をもとにした法則で、『最強の剣と最強の盾を激突させると両方壊れる』というものである。
つまり同じゴーレムで相討ちにさせよう、というわけだ。
「このゴーレムも大体できていて、あとは”真龍の牙”を入手するだけという状態だったんですけど。
僕が旅行中、博士の依頼で真龍の牙を取りに行ったバイト君が、蛮族の襲撃に遭って、それを奪われてしまったそうです」
「それを奪い返せばいいわけか」
話は解った、と、エースが頷いた。
「遺跡にはまだ、その”真竜の牙”があるのではないですか?」
エオリア・リュケイオンが提案する。
奪われてしまったものは仕方がない。新しく探し直せばいいのではないだろうか。
「最初にバイト君が見付けた時は、2つしかなかったそうです。
そもそもその時に2つとも持ってくればよかったんですけどね」
「何故1つしか持って来なかったのです?」
メシエ・ヒューヴェリアルが問いを引き継ぐ。
「博士が、『何か見付けても全部は持ってこないでいいよ』って言ったからですね」
「え、どして?」
クマラ・カールッティケーヤがきょとんとする。
「次に誰かがそこを探検した時、何の収穫もなくなってしまうからです」
一同は唖然とし、密かにこめかみを押さえる者もいた。
ある意味異様な空気の満ちた地下倉庫を出ると、外の空気が何だか美味しい。
「エオリア〜疲れた。
お菓子チョーダイ。お茶も飲みたい。飲みたい」
クマラがだだをこね、はいはい、とエオリアが応じる。
「休憩にしましょうかぁ。皆のお茶も、用意するよ〜」
清泉北都がティータイムスキルを駆使して、全員分の紅茶を用意する。
ところで、と、鏖殺寺院の襲撃の時からこの場所に来た武神牙竜が、確認したいんだが、とヨシュアに訊ねた。
「ちなみに、博士の旅行ってのは、旅行スケジュールのようなものはねえのか?」
牙竜の問いにヨシュアはあっさりと言った
「無いですね。
というか、少なくとも聞いてませんね。
あったところで、博士のことだから、スケジュールを無視して気が向くままにフラフラしてそうですけど」
それはますます、今現在もハルカが迷子になっていそうな答えである。
と、その時、野々の携帯がメールの受信音を鳴らした。
すかさず携帯を見てみる。
「ハルカさん!」
何と画像付きだ。
「本当?」
「あの子大丈夫!?」
「迷子になってない?」
レベッカ達が野々に群がる。
画像は、乗騎用巨大毛玉、スナネズミをバックに、フェルト製の小さなぬいぐるみを抱いたハルカの他、オリヴィエ博士だけではなく、他2名の男子もいた。
『ののさん、お元気ですか?
メールありがとう。わたしも携帯買いました!
今はヒラニプラにいますが、わたしと博士だけではどうにもならない感じなので、諦めてヴァイシャリーに行こうと言ってるところです。
ついさっきヒーローさんとみっちゃんに会いました! びっくりです!』
手打ちの文章では、ハルカ独特のあの口調はないようだ。
「これからヴァイシャリーに向かうそうです……」
野々は取りあえず要点だけを、周りの者達に伝えた。
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