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建国の絆第2部 第3回/全4回

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建国の絆第2部 第3回/全4回
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リアクション



ジークリンデと結


 奇妙な形をした巨大な岩の瓦礫。そんな岩々が、なだらかに隆起していく大地の斜面に延々と転がっていた。
 アトラス火山――シャンバラ大荒野の中央付近に存在し、アトラスの傷跡と呼ばれる巨大火山だ。周囲の砂漠から生えていく荒涼とした地面が、様々な地形を描きながら、遥か彼方に突き伸びる火山の頂きへと続いている。
「やはり、奇妙な光景でござるよな」
 坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)は、かつて流れ出たマグマによって出来た黒く固い地を踏みながら呟いた。
 丸め潰してから広げた紙の表面のようにデコボコと鋭く尖った地形。その向こうに見えていたのは、そんな殺風景に不似合いな、洗練されたデザインの未来的な建造物だった。
 あれはシャンバラ古王国期の建物だという。このアトラス火山のあちらこちらには他に幾つも、同じく古王国期のものと見られる建物を見ることができた。
 これらは最近になって姿を現し始めてきたのだそうだ。――”前兆”だという。
「深空ちゃん」
 ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)の声がして、鹿次郎は視線を向けた。
 ジークリンデが、先行していたダークヴァルキリーの元へと飛んで行く。
「私、ドーナツを作ったの。ね、一緒に食べましょう?」
 しかし、ダークヴァルキリーは彼女のことを、わざと無視するように離れ、岩場へと降り立った。ジークリンデが、諦める様子なく彼女を追って、
「深空ちゃん……昔の私は、あなたにひどい事をしてしまったみたいだけれど――」
 ダークヴァルキリーのそばに降り立ち、古王国期の建造物の方を見やる彼女へと続ける。
「でも、もう、そんな事はしないわ。だから、仲良くしましょう?」
「うソつキ」
 ダークヴァルキリーが漏らし、歪んだ顔をジークリンデへと向ける。
「思い出しテナイくセニ」
 冷たく言い放ち、また、彼女は飛んだ。
「……深空ちゃん」
 ジークリンデは、ドーナツの入った包みを薄く抱きながら、ダークヴァルキリーの方を見上げ……しかし、軽く頭を振ってから、自身も飛んだ。
 一部始終を眺めていた鹿次郎の横で、姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)が溜息を零す。
「健気ですわね」
「……必ずや、拙者らで護ってやらねば」
 言った鹿次郎の方へと雪が顔を向け、今度は呆れた調子の溜息を零した。
「少し良い顔をされてお礼を言われれば、調子に乗ってこんな所まで――まったく、わたくし程付き合いの良い剣の花嫁はおりませんわよ?」
 二人は寺院の者としてジークリンデと共に行動していた。
 ダークヴァルキリーは、ここアトラス火山にシャンバラ古王国復活の兆しを見出しており、既に復活していた古王国時代の貴族の屋敷を拠点としながら、旧王都を探していた。
 屋敷には数人の寺院兵やメイドが共に訪れていたが、複雑で足場の悪い地形こともあり、ふらふらと単独で飛び回るダークヴァルキリーに追い付いていたのは、ジークリンデと鹿次郎たち、そして、一応、ジークリンデの見張り役として同行していた児玉結エンプティ・グレイプニールだけだった。
 オオサンショウウオやチョウチンアンコウの口の部分だけを、巨大に引き延ばしたような姿のエンプティに乗っかった結がジークリンデの横に並ぶ。
「あんさー、いちおー確認しとっけど、あんた逃げる気ねえっしょ?」
「え……ええ」
「んぢゃ決まりね。ランランから何か貰ってたみてーだし、なんかあっても余裕っしょ? ユー、これからヤボ用あって、ちょい抜けキメるんで後よろッスー」
 結は、ラングレイの事を『ランラン』と呼び、自身の事を『ユー』と呼ぶ。
 少しばかり、きょとんっとしてしまったジークリンデの顔を見ながら、結が、にひひっと楽しそうに笑う。
「ちゃんと言ったかんね――はいじゃ、行っちゃってエンプティー」
 言って、結は、ぱたぱたと手を振りながらエンプティと共にどこぞへと飛び去って行ってしまった。
 鹿次郎たちは、ジークリンデと共に、ぽかんっとしながら結たちを見送って……とりあえず、何事も無かったようにダークヴァルキリーを追った。

 ◇

「約束の場所は……ここ、で合ってるよな?」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)はアトラス火山に居た。まるで、丸まって眠る猫のような形をした巨大な岩の前だ。以前交換した携帯アドレスで結と連絡を取り、ここで会う約束をしている。
「ごめんなさいねぇ、ご一緒させてもらっちゃって」
 早川 あゆみ(はやかわ・あゆみ)がのんびりとした様子で言う。彼女とメメント モリー(めめんと・もりー)も結たちと会いたがっていたので、壮太は一緒に連れて来ていた。
「あ、来た来た」
 ミミ・マリー(みみ・まりー)が空を指した向こうに、エンプティと、それに乗っかる結の姿があった。
「ちょえーっす!」
 地面に降り立った結が、んびしっと機嫌良く片手を上げる。
 あゆみが、「はい、こんにちわ」と柔らかに微笑んで、
「うん、やっぱり結ちゃんはちゃんとご挨拶出来るもの、大丈夫ね」
 なにやら満足そうにうなずく。隣でモリーが「ちょえーっす、ってちゃんとした挨拶?」と突っ込んだりしていたが、それはともかく、あゆみが、ゆっくりと周りへ視線をやって、小首を傾げる。
「深空ちゃんやリンデちゃんは一緒じゃないの?」
「お、あっちに用? なら、エンプティに送ってもらいなよ。ダクキリー様、飛び回ってるからそっちのがいいって」
「あら、じゃあ……お言葉に甘えようかしら。あ、そうだ、結ちゃん」
「お?」
「今度みんなでお買い物に行ったり、ええと……げーせん、でいいのよね、そこでプリクラを撮ったりしましょう」
「ひひひ、いいねー。ユー、プリクラ好きだよ。ユーの変顔、マヂやべーし」
 ふにょふにょと自分の顔を弄って見せながら結が笑う。その後ろでモリーが、
「あゆみん……みっそんが入れる大きさのプリクラ機なんて無いと思うよ」
「あら。なら、鏖殺博士さんに作って貰ったら良いんじゃないかしら」
 あゆみのその言葉に、結は遠慮なく不機嫌さを覗かせ、「ハカセがンナ事するわけねー」と落とした。
「あいつは自分のトクになんないことはやんねーし」
 彼女は鏖殺博士の事を心底嫌っているようだった。


 あゆみを乗せたエンプティが、ダークヴァルキリーたちの方へ向かっていく。それを見送っていた結が、あっと声を洩らし、壮太の方へ振り返って笑った。
「今更んなって、実はワナでした、とかナシだかんね」
「なわけねぇって」
 壮太は、わざと呆れたような調子で返し、ふと小さく息をついた。
「俺はおまえにそんなことはしねぇよ。同じだからな」
「同じ?」
「俺はコインロッカーから産まれたんだ」
 言って、笑う。きょとん、としていた結が、はたと気づいて、楽しそうに言った。
「ユーは公園のゴミ箱がママで、コンビニ袋がシキューだよ」
 そうして、二人は共にケラケラと笑った。
 壮太は笑んだ目を細めて、
「俺も施設を飛び出して、あてもなく彷徨ってた頃があって――だから、あの時、おまえに話しかけたのかもしんねぇ。きっと同じ匂いを感じたんだ」
「同じ匂い、か……あ、これが、ホントーのクセー仲ってヤツ?」
「うまくねぇな」
 そいで、また笑い合う。
 と、マリーが、ちょこんっと壮太の横から結の方へと顔を出し、包みを差し出した。
「あの、これ」
「なになに?」
「お土産。児玉さんと、エンプティさんに」
「へぇ……?」
 結が包みの中を確かめる。
「クレープ?」
「うん、空京で買ってきたの」
「え、なに、この子、マジいい子過ぎるんですケド! 神じゃね! マジでブッダ!」
 放たれた言語は少し難解だったが、喜んでくれているらしいと分かったのかマリーの顔がほころぶ。
 結が包みを嬉しそうに抱き、
「これ、後でエンプティと食うわ。マジありがとー」
「ねえねえ、エンプティって、どんな種族なの? ああいうの初めて見た」
「さーねぇ。ランランやハカセは、ナラカから来た『道』の種族だっちゅーけど……ナラカってそんなに道があるのかな?」
「『未知』の間違いじゃない? 道の駅じゃあるまいし」
 モリーの的確なツッコミに一同は痛く感謝した。
 と、マリーは小首をかしげ、
「そういえば、さっきも少し出てきたけど、ハカセって、どんな人なの?」
「鏖殺博士っつーイヤな女だよ。自分以外はモルモットかカネとしか思ってない。あいつにカネやってホイホイ命令聞いてる学校とか信じらんねー――と……あんまししゃべるとランラン的に人質がやばいらしーから、このくらいにしとくわ」
「とにかく、嫌いなのね。ハカセのこと」
「あいつがユーを改造して洗脳しようとしたんだしー」
「……ねえ、改造ってどこを改造されたの、かな?」
「…………」
 結は言葉を返さず、軽くンーっと首を傾げた。そして少しの間、視線をそっぽに投げてうろつかせてから、マリーのパートナーである壮太を見やり――
 俯き、小さく首を振ってから、彼女は自分のアゴに手をかけた。
 少しだけ”皮”をめくる。
 覗いたのは、茶色い爬虫類的な鱗。
「……体全部」
 呟いて、彼女はそのまま”人間の皮”を全て脱いだ。
 しばらくの後、そこに立っていたのは、エンプティに手足を生やしたような姿の、怪物だった。
「な――なんっつーか、さあ……」
 と切り出した結の声が笑う。
「さっすがに恥ずかしーから、あんま人に見せたく無かったんだけど、出血大サービスっつーか? え、つか、ちょっとマヂ、視線がエロくねー?」
 そうして彼女は、声に無理やりな明るさを保ったまま、再び人間の皮を被り直した。

 ◇
 
 アクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)は、アトラス火山の岩陰の間に身を潜めながら、空を眺めていた。
(――最近、技術科はスカってばかりだけど、本当に大丈夫かな……この作戦)
 彼が眺めている遠い空にはパオラ・ロッタ(ぱおら・ろった)が居た。
 彼女は”目標”を探し、上空を慎重に飛び回っている。
 つまり、アクィラ達は偵察を行っていた。
 アクィラは小さく息をつき、サンタのトナカイの首を撫でた。
(不安は、ある。でも、任務は任務だし……)
 と、パオラから目標発見の合図。
 それを確認しながら、アクィラは表情を引き締めた。
「――核よりは、いいよな」
 呟き、トナカイの鼻先を巡らせる。
 そして、彼は後続の本隊の方へと、地表すれすれの低空を速やかに駆けて抜けて行った。

 ◇

 あゆみを送り届け、戻って来ていたエンプティが、
「ぐー」
 と鳴く。
「ぐー」
 と返るモリーの声。
「ぐぅ?」
「ぐ〜」
 モリーはどうやらエンプティとコミュニケーションが取れるらしい。といっても、モリー自身はどんなやりとりが成立しているのか、いまいち分かっていないようだったが。
 ぬるんっとエンプティが10mはあろうかという巨体を巡らせて、モリーの頭を掠める。
「お、お、お……?」
 モリーが前のめりにつんのめって倒れそうになったりしているが、はたから見れば、ジャレついているように見えなくもない。
「――そういえば、他に洗脳された人とかいるの?」
 マリーの問いかけに、結がいつもの調子で、
「さあー? でもカゲキな改造、洗脳はしまくってるみたいよ。カゲキ過ぎて死んじゃうとか、捨てられて野良モンスターとして暴れてるとか。あー、あと、失敗作の人が、鏖殺寺院の他の支部で活動してるとかウワサで聞いたことある」
 と、結は、ハタリと気づいたように携帯で時間を確かめた。
「うわ、ケッコー長いことトークしちゃってたねー。あたし、イチオー見張り役だからそろそろ戻るわ」
 そう言ってエンプティの方へ向かおうとした結の腕を、壮太の手が掴む。
「いや、おまえはジークリンデたちのところに戻らず、このままどこかに避難するんだ」
「へ?」
 壮太は、きょとりとした結の腕を離し、ジークリンデ討伐隊のことやドラゴンキラー作戦のことなどを告げ、ジークリンデたちの側にいれば巻き添えを食う可能性があると話した。
「特製の弾丸ッスか。いや、でも、あたしだけバックれんのは、さすがにマズそーな……」
 やはり、結は素直に避難してくれそうに無かった。
(仕方ない、か……)
 壮太は、そんな結を見ながら、ドラゴンキラー部隊やクイーンヴァンガードと戦う覚悟を決めていた。