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決戦、紳撰組!

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決戦、紳撰組!

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 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)と共に入れられた牢獄で、両腕で体を抱えていた。
 ――このまま殺されてしまうのではないか。
 そんな恐怖に怯えながら、思わぬ場所で追体験している幕末の京都にさゆみは思いを馳せていた。
 そこへ、彼女達を拉致した朱辺虎衆の女が一人やってきた。
「食事だ」
 抑揚のない声で告げた女は、二人の前にそれぞれ膳を置く。味噌汁と白米、漬け物、そして川魚を塩焼きにしたメインがある。
「早く食べろ」
 牢の扉の横にしゃがみ、さゆみ達を一瞥しながら、朱辺虎衆の女は面を外した。
 木製の朱い牛面が、床に置かれる。
「貴方も此処で食べるの?」
「見張りがてらの休憩時間なの」
 さゆみに対してそう応えた彼女は、短く切りそろえたセミロングの黒髪を掻き上げた。
 湿気がまとわりついてくる。それは他よりは冷えているこの牢にいると、より外の暑さを実感させるからだった。
「もしかして、今日の食事はまたそれだけなのですか?」
 アデリーヌが訊ねると、麦で水増しした、おにぎりをたった一つ手に取りながら、朱辺虎衆の女は頷いた。
「金銀屋を始め、いくつか資金提供をしてくれる商家はあるけどねぇ――それを私達の食費として無駄に使っちまうわけにはいかないんだよ。私達には、やるべき事があるのだからねぇ。そもそも扶桑の樹が元気をなくしちまっていた頃なんて、天変地異と異常気象続きで、日に一度もおまんまを食えないなんて、ざらだった。今年は段々、扶桑の樹が安定してきたとかなんとかで、農作物も順調に育っているようだけれどね。これまでは、不安定な気候に強い蕎麦すら育たない事も珍しくなかったんだ。私だって朱辺虎衆にはいるまでは、その日食べるものにすら困っていたよ。だから首領には本当に感謝している。――嗚呼、何でこんな話しをしちまったんだか」
 痩せた女は何処か懐かしむように語った後、さゆみ達へと視線を向け直した。それまで遠くを見ていた彼女の瞳が、二人を交互に見据える。
「じゃあ、私達のような捕虜に、どうしてこんな豪勢な食事を与えてくれるの?」
 さゆみの率直な疑問に、朱辺虎衆の女が頬を持ち上げた。
「巻きこんじまった負い目かねぇ……いや、違うかな」
 おにぎりを咀嚼しながら、考えるように女は目を細める。
 麦の混じる米を飲み込んでから、彼女はさゆみとアデリーヌを交互に見やった。
「情がわいちまったのかも知れないねぇ。おい女――自由になりたければ、一つだけ道がある」
「なんですの?」
 アデリーヌが問うと、朱辺虎衆の一人は喉で笑った。
「このままでは、お前達は二人とも口封じに殺される」
「っ」
 さゆみがあからさまに息を飲み、アデリーヌの手を握った。
「朱辺虎衆に入るか、口封じに殺されるか。どちらか一つを選ぶ事だねぇ」
 あるいはそれはストックホルム症候群の一種だったのかも知れない。
 このシンドロームは、人質側が犯人に対して憧憬を覚え、あるいは無意識にそれが安全だと判断し服従することもあれば、逆に犯罪者側が情を覚える事もある。他にもいくつか心理学的な見解はあるが、その時朱辺虎衆の女が何を考えていたのか、二人に知る術はなかった。ただ、さゆみは考えていた。
 ――生き延びるために前者を選択する。ここは争乱の地であり、自分たちはここに身を置いている以上、いずれ何らかの選択を迫られる……今回はその時が来たということ。
 それに、と彼女は考えた。
 ――『不逞浪士』と、ひとくくりにされている朱辺虎衆だけれど、彼らと接している内に朱辺虎衆といい紳撰組といい、互いに譲れぬモノを背負っているのだと言うことに気づいたのだ。
「分かったわ」
 さゆみは簡潔に応えた。
 ――そこに絡んでしまった以上、そしてそこで情と言うものを抱いてしまった以上、傍観者としてではなく、朱辺虎衆として戦おう。
「朱辺虎衆に入って、貴方達に協力するわ」
「さゆみ……」
 パートナーのその声に、アデリーヌが何か言いたそうにした。だが結局、口をつぐんでさゆみの手を握りかえしたのだった。


 その頃、朱辺虎衆の面々や暁津藩の過激派志士、そして不逞浪士と呼称される者達が集っている池田屋の二階――奥座敷には、朱辺虎衆首領の姿があった。
 他には久我内 椋(くがうち・りょう)モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)、そして三道 六黒(みどう・むくろ)両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)虚神 波旬(うろがみ・はじゅん)の姿、それから白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)松岡 徹雄(まつおか・てつお)の姿がある。他にも斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)、また天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)が居た。彼らの正面には、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)南臣魚〜里ち坊(みなみおみ こ〜ちぼう)と名乗っているオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)がいる。その傍らでは、甲賀 三郎(こうが・さぶろう)高坂 甚九郎(こうさか・じんくろう)そして本山 梅慶(もとやま・ばいけい)メフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)が見守っていた。
 朱辺虎衆四天王は、青龍の跡を継いだ黒龍こと六黒の他は、朱雀を残して身罷っている。
「戦火に飢饉と大変なこのマホロバのご時世に、宴とはのんきなものだ……まぁ、色々と勢力図がうかがえたのでとても楽しい一時だったが」
 椋が、先に行われた松風堅守の手による宴を回想しながら呟いた。
 脳裏では、東雲遊郭で遊女――天神をしている、在川 聡子(ありかわ・さとこ)の事や、今も日常業務に従事してくれている坂東 久万羅(ばんどう・くまら)の事を思い出していた。
 純粋にマホロバのことを想い、梅谷才太郎に代わる遺体を用意した椋は、手を下したパートナーに対して、些か申し訳ないという思いを抱いている。
「しばらくは様子見か……まぁいい、必要なときに、動けば良い」
 モードレットはそう口にしながら、血の色を思い出していた。シャギーがかかった金色の髪が揺れている。
「勢力図か――おまんらぁにも迷惑をかけたな」
 その声に二人が振り返る。すると、竜造が溜息をつきながら、後頭部に宛がうように手を組んだ。
「元治元年。約一半世紀前と同じ名前の場所で同じ事が起こる。マホロバってのはつくづくおかしな所だ」
 その声に、一同が視線を向ける。
「ところで、また四天王がぶっ殺されたみたいだがどうする気だ? またどっかから連れてきて据え置くつもりなのか? ――まっ、俺には関係のねぇことか」
 竜造のその言葉に、首領が腕を組んだ。
 その様を一瞥しながら、竜造は考えていた。
 ――赤辺虎衆の奴ら……もとい、黒龍を名乗る三道 六黒(みどう・むくろ)を紳撰組に討ち取られるのは癪だから手を貸してやるか。あのおっさんをぶっ殺すのは俺なんだからよ。
「白虎の名を継いじゃーくれんか」
 竜造はその様に思案に耽っていたモノだから、初めはその言葉が自分に向けられたモノだとは思わなかった。それから我に返って首領を見る。すると彼は、面の口元を撫でながら改めて言った。
白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)――白虎の名を継いでくれ」
 首領がそう告げると、竜造が驚いたように目を瞠った。彼は思わずパートナーの二人を見やる。
 するとアユナが呟いた。
「……もう、ここまできたらトモちゃんが関係してない事ぐらいは理解してますけど、それでも、竜造さん達に黙って従おうと思ってます」
 もう一人の契約者である徹雄はといえば、神妙な面持ちで腕を組んでいるのだった。
 彼は何も言わない。
 ただ内心で考えていた。
 ――世界樹事や不逞浪士による尊攘活動と、ここも慌ただしい場所だね。まあ得てして動乱の時はそういうものか。
 ――志を持つ浪士達、それに加担する者、利用する者、止めようとする者。彼らの思惑や、それに伴って動く時代の流れ。それらに興味なんてないさ。
 そうしたやりとりを見守っていたハツネは、赤い瞳を鍬次郎達へと向けていた。
 暗殺偽装をした彼女達ではあるが、その行動理由の根幹は、ハツネの瓦解した心と『裏切り者は許さない』という鍬次郎の矜持故である。
 ――土方さんに暗殺認められたからなぁ……徹底的に追跡して奴の情報引き出してやる。そして奴がクロなら……新撰組として粛清だ。
 土方 歳三(ひじかた・としぞう)を想起しながら彼は顎に手を添える。鍬次郎のそんな思いを知ってか知らずか、ハツネはシャギーがかかった白い髪を揺らした。
 裏切り者が、紳撰組――ひいては新撰組に対しての裏切り者が此処にいるのであれば、それは許されざる事だ。
 瞳孔を開くように、真剣な面持ちをした鍬次郎に対して、葛葉と新兵衛がそれぞれ複雑そうな感情を覗かせる。
 その正面で、光一郎が微苦笑して見せた。
「大変じゃん」
 彼のその声に、オットーは腕を組む。
「お、おう?」
 話を聴いていたオットーは思い出していた。
 ――先日、隠れて様子を伺っていたそれがしはシャッター音を確かに聞いた。これは葦原名物、敵対PC除去の定石『指名手配』の布石ッ! だろう、多分。
 ――ちなみに、決して覗きではない、警戒していたのである!
 汗を頬につたらせながら、彼は考えた。
 ――しかし対象が死んでしまえば手配は無効!
 ――ではそれがし、これを逆手にとって光一郎になりすまし、これまた流行りに乗ってマッチポンプ的な自作自演で死を演出してみせよう。
 そんな事を考えていたオットーの正面で、首領が、刀の柄を畳につく。
「我らが目指すは、紳撰組の討伐――違わぬな、朱雀」
「勿論です」
 二人のその声は、池田屋の奧で、闇夜に熔けていったのだった。


 その頃池田屋には、ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が泊まりに来たのだった。






 東雲遊郭で連絡を待ちながら天 黒龍(てぃえん・へいろん)は深々と溜息をついた。
 黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)から知らせがないのである。一緒に出向いている紫煙 葛葉(しえん・くずは)の事も気にかかった。
「黄泉からの連絡が来ないな……何かあったのか?」
 一人呟いた黒龍がいる東雲遊郭は、マホロバ城下にある幕府による唯一公許の遊女街だ。幕府の規制もあり、出入口は大門のみである。そこで影蝋をしている黒龍は、なにか――と、思案して、遊郭の内側で見聞きした数多のことを思い出した。無論それらの数々は口外できるものではない、が、いくつか特に気にかかることがあったのである。
 ――紳撰組は、ここの所朱辺虎衆の者達を追いかけているらしい。
 ――その朱辺虎衆四天王の一人は、奇しくも『黒龍』を名乗っているという。
「……様子を見に行ってみるか」
 問題はいかようにして捜索するかである。
 これは――名前と容姿を説明して聞いて回るしかないか。
 一人頷いた黒龍は、静かに唇の片端を持ち上げた。
 「私の名は……『黒龍』――こくりゅう、としよう。この程度の偽名なら――」
 パートナー達も私だとわかるはずだと考えて、黒龍は遊郭からひっそりと外へ出た。
 大姫や葛葉の安否が気にかかって仕方がなかったのである。


 その頃、暗い夜道、長屋の続く通りにて。
 点喰悠太と名乗っている佐々良 縁(ささら・よすが)が、パートナーの孫 陽(そん・よう)蚕養 縹(こがい・はなだ)と共に身を休めている部屋の近くの大樹には、幹に背を預けている人影があった。
 長屋の明かりが消えるのを見守っていたのは、東條 カガチ(とうじょう・かがち)である。
 幸いこの長屋に朱辺虎衆が気付いている様子は未だ無い。
 たがパートナーの東條 葵(とうじょう・あおい)からの連絡を待ちながら手持ちぶさたになった彼は、一人旧知の友人の安全を確かめながら、唇を噛んでいたのだった。
 カガチの表情は、端整な顔立ちをも飲み込んでしまいそうなきつい眼差しで彩られている。
 ――随分おちょくってくれたよねえ。ついでに縁ちゃんにもしてくれちゃったしこれはお仕置きが必要かなー。
 実は先の逢海屋での戦いで、縁が重傷を負ったのである。
 そこへ。
 ――キン。
 欠けた鉄扇を閉じる音が響いてきたから、我に返ったカガチは顔を上げた。
 するとそこには芹沢 鴨(せりざわ・かも)が立っていた。
「随分と怖い顔をしてるじゃねぇか」
「鴨ちゃん」
 古い知り合いである鴨の姿に、カガチは嘆息した。
「あんまり深入りすると、どうなるかわからねぇ――強いのか弱いのかもよく分からない相手だな」
 縁の住まいの方を一瞥しながら、鴨もまた僅かに目を細めた。
「俺はどうなってもいいけど、女の子に、ダチになんかする悪い子は許せない」
 カガチのその言葉に、鴨が喉で笑う。
「朱辺虎衆の相手をするつもりか?」
「首領……つか白虎、だっけか。そいつがいたら相手さしてもらう。いやなに、仇さ。縁ちゃんのさあ」
「首領の名前はまだあがってこねぇが、嬢ちゃんに悪さしたのは白虎とやらの配下みたいだな。監察方から聴いてる。ただし、白虎自身は、紳撰組の副長が首を取ってる」
「じゃあ犯人は今どこに?」
「さぁな。何せ相手は不特定多数の集団だ。ただなぁ、どうやら四天王とやらを頭首に四隊編成をしているみたいだって事は調べが付いてる。最新の監察方からの情報だと、青龍が逝って黒龍って輩が後継したように、白虎の名前も誰かが継いだようだな。と、すりゃあその配下に、前回の主犯がいるのが道理だろう」
「教えてくれて有難う、鴨ちゃん」
「たまにはな。――こんなご時世じゃなければな。嗚呼そうだ、再戦を楽しみにしてる。精々、くたばるんじゃねぇぞ」
 鴨なりの激励を受けて、カガチはようやくいつものような、きまぐれそうな瞳を取り戻したのだった。
 ――こうしてカガチ達と縁達の当面の目的は、打倒白虎と決まったのである。


 その頃『白虎』――とは言っても、幻獣の一種でもある、白い虎で、その霊力によって炎を退ける力を持つものを護衛につけ、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は、『扶桑』の樹を見上げていた。背後には、樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)、そして玉藻 前(たまもの・まえ)の姿がある。
「誰もが笑顔でいられますように」
 祈るように手を組んだ白花は、樹を見上げてから目を伏せた。
 ――何時扶桑が傷付けられるか分かりません、イルミンスールに助けてもらった事を無駄にしないためにも『扶桑』のために出来ることを。
 そんな想いで彼女は、スキルである『禁猟区』を発動させた。
 白花は、扶桑の元で天子様と自分達の代わりに扶桑に取り込まれた人達に呼び掛ける。
「私達はここに居ます、今のマホロバを守るために皆が頑張っています――どうかその人達に声を聞かせて下さい」
 どうやら彼女は、返事が来るまでずっと呼び掛けるつもりらしい。
 これは未だ、扶桑の中に御花実様とその契約者達が取り込まれていた頃の出来事だ。
 入れ替わるように解放された白花は、乳白金の波がかかった長い髪を揺らしながら、強く声をかけた。夜風がその髪を少しだけ弄んだが、その乱れた髪すら美しい。
 見守っていた三人は、紳撰組にも扶桑見廻組にも属することなく、第三勢力の『彼岸花』として暗躍している。白花が呼びかけたいという強い想いを持っていたのは事実だったが、彼らの念頭には、未だ色濃く放火された扶桑の事が影を落としているのだった。
 彼岸花は、独自の価値観の元で、マホロバや扶桑を想う組織である。
「これからどうなるのであろうな」
 玉藻 前(たまもの・まえ)が訊ねると、刀真は薄く笑った。白花を見るその目は優しい。
「どうなるかは、分からない。ただ、どうするかは分かっているつもりだ。最悪を想定しそれに備え、その備えを無駄にするために――最悪の結果が訪れないように、俺達は動く。先ずは……噴花が起きる場合に備える」
 噴花とはなにか――この時は未だ、扶桑の都にいた人々は知るよしもなかった。
 あるいはそれは最悪最低で、それでいて最高最善である、輪廻の唄であるのかもしれなかったが、地に足を着き、朝は陽を見て夜は月を感じ暮らす人々にとっては、捕まえた綿雪が熔けて消える事以上に、曖昧模糊で遠い場所にあるものだったのかもしれない、その時は未だ、そして今後も。
 仮に彼らの噴花の日々綴る語り部がいたとすれば、その理と優麗な時の調べに敬服し、絶賛し、誰もが胸に持つ微かな傷を縫うだろう希望と称してみせるかも知れない。
 しかしその時扶桑の前にいたのは、彼岸花の面々だけだった。少しばかり遠巻きにして扶桑見廻組の人々が警戒を怠らぬよう、周囲に気を配っている。






 屋敷へと戻った継井河之助は、遅い夕餉を摂っているオルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)と、眞田藤庵と名乗っている久坂 玄瑞(くさか・げんずい)の居室へと姿を現した。
「元気そうで何よりじゃ」
 竹の意匠が施された扇子でパタパタと仰ぎながら、継井が子供らしい笑顔を浮かべる。
「おかげさまで、回復しました」
 塞がった傷口を無意識に撫でながら、オルレアーヌが静かに呟く。
「これも藤庵先生の手腕か。流石です」
「いえ」
 この幼い家老は何を考えているのだろうと思案しながら、玄瑞は腕を組んだ。
「継井殿は――」
「なんです?」
「幕府ではなく瑞穂藩をどう思います?」
「瑞穂は瑞穂。ありのままでしょう。かつて西国に追いやられた不運――とまではもうしませんが、将軍家から遠方におかれた事実は、民を疲弊させたことでしょう。しかし今となっては、西国一の大名だ」
「では瑞穂がなす事についてはいかようにお考えですか」
 玄瑞のさらなる問いに、暁津藩の年若い家老は腕を組んだ。
「さてはて。なにか成したのですか。先生のように明晰な者ではない、わしのような者にも分かりやすく願います」
「倒幕についていかように思いますか」
「恐ろしいこ事としか。何、わしは、二千五百年前の天下二分の戦いで、将軍家についた藩の者――何のご期待にも添えないでしょう」
「それは本心ですか?」
 では何故助けてくれたのかと暗に問うようなオルレアーヌの瞳に対し、継井は肩をすくめて笑ったのだった。
「将軍家への中心が藩意にすぎずとも、子供には子供の思う所があり、使命があるものじゃ。わしはわしを裏切らないでしょう」
 断言して、継井は立ち上がった。居室へ戻るのだろう。その道すがら、継井は一つの封書を見つける。
『私は、現体制であれ旧大老派であれ、瑞穂藩、ひいてはエリュシオンと闘うパートナーであれば、喩えそれがザナドゥの魔王でも構わないのです。あなた方は、瑞穂藩をどう思っているのでしょうか? もし、互いの志同じくするならば、お会いしたく』
 それは継井の目に触れるように、オルレアーヌが落としておいたものだった。