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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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第5章 再び東カナン首都アガデにて

 一夜明けて翌朝。領主の居城、奥宮の一角。
 わりあてられた客室のリビングで、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)はアガデに残る者たちに召集をかけた。
「こんな朝早くからすまない」
 応じた者たちを見渡して、宵一は告げる。その表情は彼らが室内へ入ったときから声同様思わしくない。
「かまわねーよ。どうせ起きてたし」
 ふう、と高柳 陣(たかやなぎ・じん)が重い息を吐き出す。
「私たちも起きてたわ。だから平気。
 どうしたの? 何かあった?」
 宵一の声に、そうと気付いたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が気遣うそぶりで近付いた。
 彼女だけではない。集まった全員が大小の差こそあれ、それと察してこちらをうかがっているのを見て、こほと空咳をつくと、なるべく平常に見えるよう意識しながら話した。
「みんな、驚かずに聞いてほしい。みんなも知っていると思うが、俺たちがツアーに向かう直前、東カナンの北カフカス山へ向かうハリールという少女の護衛依頼が掲示板に貼り出されていた。その隊が昨夜襲撃されたそうだ――セテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)率いる忍者部隊によって」
「なんですって!?」
「おいてめぇ! ふざけたことぬかしてんじゃねーぞ!」
 目を瞠り、息を飲むリネンの横から前に出たのはフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)だった。
 こうなると見越していた宵一は冷静な態度を崩さず、フェイミィと視線を合わせる。
「事実だ。ヨルディアが託宣を受けた」
 その言葉に、フェイミィは宵一から一歩下がって立つヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)へ目を向けた。
 巫女の御託宣の正確さはフェイミィも知っていた。それでも信じがたいという思いが顔に現れたのだろう、ヨルディアは少なからず申し訳なさそうな表情で肩をすくめて見せたが、否定はしなかった。お告げを受けたのは事実だ。
「だけどッ!」
「まあまあ。向こうと連絡とってみりゃすぐ分かることだ」
 陣がとりなすように間に入った。肩越しに、まだ驚きの表情で目をぱちぱちさせているティエン・シア(てぃえん・しあ)を見る。
「向こうには、たしか小鳥遊がいたか」
「あ……うん。美羽お姉ちゃんが行くって言ってた」
 大急ぎ、陣のカバンをごそごそやって銃型HCを取り出して手渡す。まだ窓の外は藍色濃く、太陽は東の地平を離れたばかりだったがベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は朝食の準備ですでに起きていた。
 簡単な朝のあいさつをかわしたあと、陣はおもむろに話を切り出す。
 陣からの問いにベアトリーチェは口ごもった。なぜそんなことを訊くのかとまどっているような気配。小さなため息。そして言葉を飲み込むような間をあけたのち、
「……美羽さんにかわりますね」
 と美羽に交代する。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は普段の彼女からは想像もつかない悄然とした声で、ヨルディアの御託宣を肯定した。
 昨夜隊が襲撃され、その指揮をとっていたのはセテカだったと―――。
 その瞬間、陣がブチ切れた。
「あのヤロウ、一発ぶん殴ってやらねーと気がすまねえ!」
 テーブルにこぶしをたたきつけ、部屋を飛び出して行った。
「陣! 早まるでない!」
「待って、お兄ちゃんっ!」
 ティエンと木曽 義仲(きそ・よしなか)がばたばたとあとを追って行く。その後、何か陣と義仲がやりとりをしている声が聞こえてきたが、戻ってくる気配はなかった。あの勢いからして、おそらく北カフカス山へ向かっているハリール護衛の隊と合流するつもりなのだろう。
「……ま、無理もないわね」
 ネイトやアナトたちへのあいさつもそこそこに、厩舎の一角を借りて預けてあった幼き神獣の子へと向かう陣たちの姿を窓から見下ろして、リネンはつぶやく。
 それだけ衝撃的だったのだ。
 それを聞いた全員が「まさか」と思った。だが美羽が見間違えるはずがないことも分かっていた。
 襲撃があったのは昨夜。彼女たちも籠手型HC弐式という連絡手段を持っている。なのにこちらから連絡をとろうとするまで話さなかったということは、彼女もまた激しく動揺し、逡巡する思いがあったのだろう。自分たちを襲撃したのがセテカだったなどと……打ち消したい思いがあったはずだ。だがそんな葛藤する心を殺して、美羽はアガデの都にいる彼らへ話した。自分の憶測は混ぜずにありのまま、起きた事実だけを。
 そんな彼女が「あれはセテカだった」と断言したのだから、疑いようもなく、それはセテカだったに違いない。
 リネンとて、陣のようにあちらへ向かいたい気持ちはあった。セテカとはともに戦い、幾度も苦難を乗り切ってきた仲だ。それだけに彼を直接問い詰めたい衝動は大きい。
 しかし、この城で得た情報がリネンの衝動を制し、押しとどめた。
 セテカはハリールを殺そうとしたという――だが彼女を守ってほしいと依頼したのもセテカだ
(大きな矛盾ね)
 なぜ彼がそうしたのかは分からない。だけど、知っていることがある。
 それは、彼は絶対に悪人ではないということだ。
 真意が分かりにくく、回りくどいしうさんくさい男ではあるけれど、彼の根底にはいつも揺るぎない東カナンへの忠誠心があった。
 初めて会ったときもそうだった。彼は自分たちを利用しようとしたけれど、それは東カナンのためだった。
 なら、自分は今、友として彼を信じるべきだ。
「またややこしい話になってきましたわ…。あの方らしいといえば、らしいのかもしれませんけれど」
 リネンの心の機微を感じとり、彼女の心が定まったのを見通して、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)が微苦笑する。
「そうね」
 リネンも苦笑を返す余裕が生まれていた。
「……チッ。あのバカ、また面倒くせぇこと始めやがって。毎度のことながら、オレにはあいつが何考えてんだかさっぱり分からねぇな!」
 そう頭を掻きながらも、フェイミィも今は驚きから冷め、落ち着きを取り戻しているようである。
「ティエンはテレパシーが使えるから…。向こうで何かあれば、きっと知らせてくれるわ。私たちは私たちで、できることをしましょう」
 その言葉に宵一も彼らが衝撃から立ち直ったのを確信して、あらためてリネンへと近付いた。
「大丈夫か?」
「ええ。ごめんなさい」
「いや、俺も昨夜ヨルディアから聞かされたときは少なからず動揺した。彼と特に親しいきみたちは俺以上だろう」
……「それ御託宣じゃなくてでむぱだろ」って一笑に伏して、全く信じなかったんですよね
 ヨルディアはそのときのことを思い出し、少なからず動揺なんてかっこいいものじゃなかった、と宵一にしか聞こえない、少々恨みがましい声でぼそっとつぶやく。もちろん宵一は無視した。髪の毛を探れば後頭部にはまだヨルディアによる説得(物理)によってできたこぶがある。よけいなことを口にして、引っ込みかかっているそれをさらに大きくされてはたまらない。
 そんな宵一の胸中など思いもよらず、リネンはうなずいた。
「知らせてくれてありがとう。もう大丈夫よ。
 それで、今日の予定だけど……あなたたちも、ここに残ると思っていいのかしら?」
「ああ。御宣託では忍者部隊とあったのが引っかかってな。……賊を追って行ったのは、東カナンの忍者カイン・イズー・サディクだ」
 どこにあるともしれない目を気にするように、最後、宵一は格段に声をひそめた。
 彼が何を言いたいかを悟って、リネンの顔が引き締まる。
「まさか……セテカが内通者だった?」
「向こうの忍者部隊がサディク家の者なら、盗賊も忍者だった可能性は多いにある」
 宵一はかつて東カナンを訪れた際、知り合ったミフラグ・クルアーン・ハリルの件を通じてカインの能力を見ていた。彼女にまるで影のように忠実に従っていた配下の忍者たち。あれが盗賊で、カインは追跡者という偽装をしていたのではないか…。
「セテカだけならやつの単独ということも考えられたが、そばに忍者がいたのではな。
 向こうとこちら、案外同じ事件なのかもしれん」
「……そうね。セテカなら…」
 バァルの親友、魂の半身とも呼ぶべき彼なら、バァルの私室の鍵を持っていたり、特別室の鍵がどこにしまわれているかを知っていてもおかしくない。
「だが、まだ本の盗難とハリール襲撃の関係性が不明だ。襲撃を待ち、セテカに直接訊けば早いのかもしれんが、やつが素直に話すとは思えん」
「私もそう思うわ」
「ああ。あの回る口でいいようにごまかされるか、煙に巻かれるのがオチだぜ」
 最初の怒りはかなり消えたが憤懣が残っている、という様子で腕組みをして、フェイミィも同意する。
「俺たちはこちらで証拠固めをすべきだと思う。やつが、もうごまかしきれないと観念するまでな」
 と、宵一はそれまでヨルディアの腕のなかでもふられていた、量産わたげうさぎ型HC肆番機を持ち上げて見せた。
 鼻先をピクピクさせるしぐさといい、どこからどう見てもわたげうさぎにしか見えないが、これでも立派にHCだ。コンソール等が耳部分に格納されている。
「何か分かればこいつで高柳に送ろう」
「助かるわ。私たちにはそういう手段がないから。
 私たちはセテカの最近の動向を探ってみようと思うわ。あなたたちは?」
「俺は、騎士長のネイト・タイフォンに話を聞こうと考えている」