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リアクション
ミツエ探し
「イリヤ分校に向かう。ほてやみつえ」
曹操、劉備、孫権の三人がそのメールを受け取ってから数日が過ぎていた。
それ以降は何の音沙汰もないし、こちらから連絡を取ろうにも繋がらなくなっていた。
ザリッ、ザリッと荒野を鉄下駄が踏みしめる音が続く。
「人っ子一人見かけんのぅ……」
照りつける太陽のもと、水洛 邪堂(すいらく・じゃどう)は遠く地平線に何か見えはしないかと目を向ける。
例えば、今噂のほてやみつえというイラストレーターとか。
が、代わりに見えたのは争うような砂埃だった。
しかし見放されたように人間に会えなかった邪堂には充分な変化で、彼は鉄下駄の重さなど物ともせずに喧嘩しているであろう現場へ走った。
近づいてみてわかったのは、パラ実生に追われる少女がいたことだ。馬に乗って多数のパラ実生から逃げている。彼女の服装はパラ実の女子の制服だったから、仲間割れでもしたのかもしれない。
「とはいえ、大勢で一人のおなごを襲うなど……」
言いかけた邪堂の目がハッと見開かれる。
「しつこいのよっ!」
と、怒鳴って少女が振り回した何かから電撃が放たれ、今にも掴みかかりそうだったパラ実の男を一人吹き飛ばしたのだが、邪堂が気を取られたのはそこではなく少女の手にある電撃を放った物にあった。
──あれはもしや伝国璽ではないか?
「待たれよ! わしはミツエ王国軍が猛虎、水洛邪堂! おぬしら、何が狙いじゃねっ!」
声を張り上げながら邪堂は割り込み、一人の襟首を掴んで投げ飛ばした。
「何だジジイ! てめぇは関係ねぇだろ、引っ込んでろ!」
「そういうわけにもイカンのじゃよ」
いきり立つパラ実生を、邪堂は長年鍛えた格闘術であっという間に叩き伏せてしまった。ドラゴンアーツを使うまでもなかった。
「おぬしら、もちっと鍛えよ。若いのじゃからいくらでも伸びようぞ」
呻く若者達に邪堂は豪快に笑ってみせた。
それから、少し離れたところで見守っていたパラ実女子生徒に目を向けると、孫を見るような優しげな眼差しを見せた。
「さてミツエ殿、わしのことを覚えておられるかな?」
「……私はあなたの言うミツエじゃないわよ。ミツエ軍の猛虎の存在は知ってるけどね。牙攻裏塞島の四天王にとどめを刺したり、暴れる虹キリンを仕留めたりしたんだってね」
淡々と告げて背を向けると、女子生徒は馬を歩かせ始めた。
邪堂はすぐに追いかけて横に並ぶ。
「虎に翼という言葉がある。たいしたお方というのは存じておるが、どうじゃ、この猛虎を再びミツエ殿の傍に置いてくださらんかね」
「……アシスタントでもしてくれるの? 私、イラストレーターのほてやみつえなんだけど」
消しゴムかけを頼んだら原稿用紙が破けそうな筋肉ね、と呟くみつえ。
あくまでもとぼけようとする彼女に、邪堂は思わず苦笑する。そして、アプローチを変えてみることにした。
「何も側近になりたいとは思うておらぬ。実は、わしには孫がおってのぅ……少しミツエ殿のことが心配になった。それだけかの」
「へえ……孫がいたんだ」
みつえは意外そうな目で邪堂を見た。
己を鍛えること一筋に見える印象からは、家族のにおいはしなかったからだ。
「では、共に行くことを」
「おぬしが、あのほてやみつえか!?」
突如、邪堂のセリフを遮って長い銀髪の女の子が割り込んできた。
邪堂が警戒態勢をとるが、彼女の赤い瞳はみつえしか見ていない。その目は感激に潤んでいた。
「わらわは悠久ノ カナタ(とわの・かなた)という。以前ネットでイラストを発注した者じゃ!」
カナタの勢いに押されてタジタジのみつえをそのままに、カナタは鞄から色紙とサインペンを取り出すと、
「ここにサインをしてもらえぬか?」
と、迫った。
しばらく逡巡した後、みつえは色紙とサインペンを受け取り名前を書いてカナタにそれを返した。
ぎゅっと色紙を抱きしめて喜ぶカナタに、みつえはソワソワと落ち着かない。
「え、えっと、それじゃ、あたしはもう行くわね。あなたもここは危険だから早いトコ帰ったほうがいいわよ」
「ま、待ってくれ! これからどこへ行くつもりなのだ?」
「……イリヤ分校よ」
「わらわもついて行こう! おぬしの言う通り、ここは物騒な地じゃ。護衛をしよう。そこの御仁も腕に覚えのありそうな者、護衛なのじゃろう? 守りは多いほうが良いと思うぞ」
断ってもついてきそうだった。
それは邪堂にも言えることだが。
みつえは諦めて二人と共にイリヤ分校を目指すことにした。
道中カナタが『イラストレーターほてやみつえ』がどれほど好きかを、途切れることなく話し続けるため、賞金稼ぎ達からはすっかりノーマークとなり、しばらく平和な時間が流れたのだった。
物凄く痛そうな音と同時に、三人の男が地面に伸びた。いずれもパラ実生だ。
ライトブレードを鞘に収め、周瑜 公瑾(しゅうゆ・こうきん)は呆れ顔で男達を見下ろす。そして、その目をそのまま秋月 葵(あきづき・あおい)へ移した。
「本当に、この変装はうまくいっているのでしょうか……」
「だーいじょうぶだよ。だって、今まで誰も公瑾ちゃんだって気づかなかったでしょ」
「それはそうですが……」
ため息をついて周瑜は自身のひらひらしたスカートをつまんだ。いつもの凛々しさは影を潜め、情けなさそうに眉を下げている。
とはいえ、この服は嫌ですと強く言えないのは自分のせいなので、周瑜は泣きたい気持ちをグッとこらえて顔を上げた。
「周瑜さん、ミツエさんが見つかるまでですから……」
何とか機嫌を直してもらおうとエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が宥める。
周瑜は悟りを開いたような淡い笑みを見せた。
「葵の言うことは本当ですから、いいのですよ。パラ実生達は、私に懸けられた賞金ではなくナンパ目的で私達に近づいてきているのですし。ただ、これでは埒が明きませんね」
パラ実生徒会に1万Gの懸賞金をかけられた周瑜のために、葵はゴスロリ風メイド服でミツエ捜索に出ることを提案した。
最近はゴチメイ隊というのが現れ大人気だというので、自分達はそれに憧れて同じ格好をしたパラ実女子、という設定で行こうというのだ。
フリルやリボンやレースの服は恥ずかしい周瑜だったが、いつもの服装で出歩けばたちまち賞金稼ぎが群がってくること間違いなしなので、渋々提案を呑んだのだった。
葵の案は確かに成功した。
誰も周瑜だと気づかない。
それどころか、どこの子? 一緒に遊ばない? と次から次へとナンパの声がかかってくる。
かわいい女の子が三人、楽しそうに歩いていれば当然そうなるだろう。
最初のうちこそほてやみつえについて尋ねていたが、
「教えてやるから一日付き合え」
と言われた時点で周瑜は、この格好ではまともに探せないと悟った。
ひっそり黄昏ていると、葵が明るい声で新たな提案を発した。
「トレジャーセンスで伝国璽を探ってみようと思うの」
葵の衣装はエレンディラが縫ったものだ。三人の中で一番リボンとフリルが多く使われている。人形のようなかわいらしさだ。
が、それよりも。
「もっと早くにそれを……! あ、いえ、そうですね。それがいいと思います」
周瑜は無理矢理笑顔を作った。
葵は照れたように微笑むと、ぐるりと荒野を見渡しお宝のにおいはしないかと意識を凝らした。
「あっち! あっちから何か感じるよ」
言うなり駆け出して行く葵を、エレンディラと周瑜は慌てて追いかけた。
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